ヴァルハラも

文字数 1,992文字

 要は自宅に戻った

 今日はもう疲れたしこれ以上働くと残業扱いになって遥に怒られる

「お帰り」
「ただいまきゅーちゃん」
「おかえりー!」
 案の定自宅のベッドでのさばる求を放置し要はデスクに座っておもむろにノートを開いた
「なんか、時代に合わせて電子機器にできなかったの?」
「それは無理ですね、私の技術レベルが低すぎますから。で、誰か殺しましたか?」
「はっ、殺さん殺さん。殺してなんになるわけ?」
「これはいけませんね、殺さないタイプですか、ひょっとして蚊も殺さないのですか?」
「いや、さすがに殺すな。毒とか危なさそうだし。自分の都合のいいように、最終的には自分が得するように決めてるよ」
「だったら、そうねえ、そこにいる蜘蛛をノートで殺したらいいものをあげましょう」
「は? 意味が分からん。なんなの、そのいいモノって?」
「それは秘密です」
「あーあ、これだから頭が悪かったり妥協することを知らない人は嫌いだ。蜘蛛なんて技を使わなくても殺せる。どうしてノートを使わなくちゃいけないわけ?」
「知ってるか? ドラゴンボールを集めるだけの武力を持っていれば世界平和は余裕、お祈りする必要はない、こんなに近くにいるならノートなんて使わないで直接刺したほうが楽、固い鍵はショットガンでぶっパすれば開く、もっと頭を柔らかくして反則技をガンガン使って行こうぜ」
「え、なんですかあなた……根底がずる賢い、どこでそんな発想仕入れてくるんですか?」
「やっぱ、幼いころ読んだ漫画かな?」
「知恵が回るタイプですね、予想とは違いましたが、案外あたりを引き当てたかもしれません」
「そりゃどうも」
 要は開いたノートを求に見せる
「質問だけど、このマジックアイテム、原理は? 知り合いが気になっていた」
「私のオーダーメイドです。同じものはこの世に2つとないです」
「そうか、じゃあ、特注品だから類似品なし……か。それで……話は変わるけどキューちゃん以外に死神って巷に出歩いてたりするか?」
「そうですねえ、人間界にやってくる死神はそれなりに多いです。人間世界のグルメ目当てで」
「じゃあ、白い狼みたいな死神のことは知ってるか?」
「知らないですねえ。少なくとも知り合いにはいないです」
「そうか……求は知らないか……」
「そんなことより、私、あなたのことを知りたいです。あなたはどんな人なのか? 頭が柔らかいのは分かったけど、それ以外に好きなものはなんですか?」
「そういう自己アピールはあんまり好きじゃないな。あんまり自分のない人間なので」
「ははっ、つまらない人ですねえ。せっかく初対面だけどなれなれしくしてあげたのですが……ひょっとしてこういうの苦手ですか?」
「簡単に仲良くなれる人は確かに好きじゃないな。とは言っても人には人のペースがあるし、求がそのほうが楽ならそれでいいや」
「いえいえ、そんなそんな。こちらこそ突然家に上がり込んじゃって、ごめんなさいね」
 求は突然丁寧な口調になった
「いきなりどうしたんだよ?」
「だって、そんな私のペースに合わせなくても……」
「いいじゃないか別に。これでも仕事だけの人生を送る寂しい人間なんだ。多少は仲良くしてくれてもいいぞ」
「そう。じゃあ私もフレンドリーなほうがいいですから……フレンドリーになろっか」
「どんとこい」
 要はここで少し間をおいて求にこう尋ねた
「ところで……求はどこからどこまでを生きていると定義してどこからどこまでを死んでいると定義するかな?」
「え、なにそれ。いきなり哲学ですか。私は命とは喜びのことだと思っていますから。喜びを感じなくなったら死です」
「そっか」
「なぜそんな話をしたんですか?」
「死神がどこに線引きを置くのか知りたかったんだよ」
「あはは、私は死神ですから。死について尋ねるのは釈迦に仏教を尋ねることと同じ。まさしく適任です」
「世の中そんな単純じゃない。命が生と死に分類されるなんて俺は信じられないね。それこそ線引きがたくさんあっていいと思うよ」
「例を挙げてください。混乱しています」
「例えば、この世界で最もおいしいカフェオレのコーヒーと牛乳の比率を求めたとする。だけどそんなの人それぞれだよな。俺はちょうど半々がいいけど、世の中には牛乳1割コーヒー9割なんて人もたくさんいる。そうやってグラデーションを描く命題、スペクトラムな問題、線引きに多様性を持たせられる命題、その一つに生と死があると思う。僕らはみんな生きているなんて歌ってる人がいるが、いや、ひょっとしたら死に片足を突っ込んでいるかもしれないんだ。で、それを聞いて死神はどう考える、一つの考えを教えてくれないか?」
「……わからないですね」
「そうか」
「もっと釈迦に説法な話はできないんですか?」
「いや、こう見えても性格の根本が学者でね。その手の常識に疑いを立てていけばきりがない性格なんだ。でもまあ、わからないならいい」
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