法界も

文字数 1,888文字

 生と死の哲学を披露した要はその日次の夜に備えて眠ろうとしたが、どうやら求は朝の住人らしく、要が仕事をしていた間眠っていたようだった

 要が眠ろうとすれば求は活動しようとする

 求が活動しようとすれば要は眠る

 この先は要の物語ではなく求の時間だ

難しく考えなくていい

単なる視点交代だよ

要が解き明かせなかった謎を求が解き明かす

世の中、複数の視点で物事を眺めると新しい発見があったりするだろう?

求にはそれをやってもらうだけ

難しく考えなくていいよ

(あーあ、要は殺さないタイプかあ。でもまあ、私みたいな弱小はパートナーなんて選んでられないか。最低限人格は問題ないし基本的には優しいタイプ。多分大外れではないですね)


 求は要の家を出発すると昼間の街を散策することにした

 まず向かったのは公園だった

 その公園はとても広く、隣がすぐ海で近くに大きな展示場(ビッグサイトじゃないんだよなあ、これが)もあり実に素晴らしいところだった

 公園のど真ん中に海から延びる水路が引かれ、そこに置かれた飛び石の上を求は歩いた

 実に、実に陽光が眩しいではないか

 光が海面に反射して求を照らす

(まさしく、生きてるって感じですね。ここは命であふれかえっている。生きる喜びで満たされている。なんてすばらしい場所なのかしら)

 求が言うところの生きる喜びとはこういうことか

 死神のくせに……生きることを謳歌している

「ねえ、お姉さん、お姉さんはこんなところで何をしているの?」

 ふと公園に設置されている椅子に座った女性に求は話しかけてしまう

 なんか、こうやって誰構わず話しかけてしまうのは求の悪いところでありいいところでもある

「私? 私は今、ある人に頼んだ仕事がちゃんとうまくいくかどうか心配になっているところよ」
「あはは、それって誰?」
「それは内緒、プライバシーや相手の会社にかかわることもあるからね」
「お姉さんは何をそんなに心配しているの?」
「そうね、お仕事がうまくいくかどうか、それ以上にこの先、生きることができるのかどうか、そのことが少し心配だわ」
「人間、生きていればいつか死ぬ、それは分かりますか?」
 残酷すぎる残酷すぎる君の笑顔を
「そうね、いつか死ぬでしょうね。でも、たぶん明日じゃないし明後日でもない」
「そうだね、たぶんそうだよ。断定できないですけど」
「ごめんなさい、きっと私、今無神経なことを言いましたね」
 わかっているなら言うなよ
「そうね、言ったわ。少しあなたに殺意がわいたわよ」
 リリコはリリコで殺意を簡単にあらわにしないでくれよ
「そうでしょうね。人間、肉体を傷つけられるよりも心を傷つけられるほうがよっぽど痛いですから」
「もし、私のことを本当に死神が狙っているなら、きっと肉体ではなく心を殺しに来るのでしょうね。今のあなたみたいに」
「ええ、たぶんそうだと思いますよ。お姉さんは死ぬことにおびえているんですか?」
「そうね、怯えているわ。私は趣味で芸術を愛でているから、肉体の衰えよりも感受性の衰えがとても怖いのよ。最悪、心さえ生きていれば死んでも構わない、そう感じているわ」
「あはは、初対面の人にそんな話をするだなんて、よっぽど思い詰めているのでしょうね」
「そうね……」
「肉体が死んでいくよりも心が死んでいくほうが恐ろしい。それで、あなたは心が死んでいかないようにどうしているんですか?」
「そうね……死神が襲ってくる、と嘘をついてみたり、幽霊を見たと冗談を言ってみたり」
 要に話してたのは全部嘘だったのかよ!
「面白いですね」

 求は無神経なので口にしなかったが、話している相手がやっていることは構ってほしい子供がおとぎ話を作っているのと大して変わらない

 現実世界があまりにも退屈で、自分自身の境遇に虚飾を加え装飾を加え、人に面白く映る様に見せている

 実際問題心が貧困で気持ちにやりどころがないのだろう

 ひょっとしたら豊かな心を求めるがあまり、心がすでに死に絶えてしまったかのような状態なのかもしれない

(すでに死体か。まだ甦る可能性のある死体だけどね。この人は殺し甲斐がないなあ)
「あなた……どこかで会ったことはあるかしら?」
「いいえ、たぶん初対面ですよ」
 はーい!

 ここフラグですよー、伏線ですよー

 『』を頭の中でつけてこの後の物語の参考にしてくださいねー

「そ、そうよね。気のせいだったわ」
(でも、死神を恐れているならきっと初対面とは言い切れませんね。私はあなたを殺しませんが、きっと別の死神があなたを殺すでしょう)
(こんな人を相手にしている仕事関係の人は大変ですねえ)
要は眠っているのでくしゃみはしなかった
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