末法の世も

文字数 2,221文字

 求の召喚に応じ死神が呼び出された
白い山犬の死神は毛がもじゃもじゃではなく適度に手入れされており、誰かに飼育されている感じが漂っていた

毛並みが実に美しく、飼いならされすぎて太っているというわけでもない

どこにでもいそうなオオカミの、それこそ自然に生きている崇高さが見て取れる、そういう相手だった

 白狼

「だれだ、私を呼んだのは?」

「こいつです」
 求は要を指さしてそう言った
(色々言いたいことはあるが、未知の生命体と対話できるチャンスだ。ここはそういうことにしておこう)
 要、お前はそれでいいのか?
「こんばんは、あなたを呼んだのは自分です。それで……お伺いしたいことがありましてあなたを呼んだ次第です」
 要は正直すぎるのが玉に瑕だなあ、逆の意味で

 白狼

「ふむ、この世をさまようついでだ。タピオカティーやその他供物をもらえるなら喜んで答えてやろう」

「供物がいるの?」

 白狼

「いや、私自身は何も口にしなくても生きられる存在だ。できればでいい」

「そっかー、まあただで教えてもらうのも悪いな。ちょっと待ってください」
 要はスマホでウーバーイーツを呼び出して白狼に見せる
「どれがいいですか、色々ありますけど」

 白狼

「やはり供物といえば酒だな。これで頼む」

「承りました」

 要は注文を送信した

 御高名な死神ともなれば神酒でも注文してくるのかと思えばそんなことはなかった

「意外と俗っぽいお酒を飲まれますね。死神も神様の一種でしょう? もっと贅沢をされてもいいのでは?」

 白狼

「ははは、そういう考え方もあるが、贅沢をしすぎると精神によくないからな。神仏としての徳が高ければ質素倹約に努めるほうがいい場合もある。私はそのタイプだ」

「ふーん」

 白狼

「それで、尋ねたいこととはなんだ?」

「実はリリコという人物がいまして、彼女があなたに狙われていると言っているんですよ」

 白狼

「いかにも……私の主が狙っている」

「ふーん……」
(狙っているのか……誰かしらが。人間いずれ死ぬが、仕事だしなあ)
「どうにかしてリリコさんを狙うのをやめてもらうことはできませんか?」

 白狼

「難しいだろうな。そのリリコさんも内面が死のうとしている。肉体が生きたところで心が死んでしまえば屍も同然。それを私の主は知っている。だから狙っているのだ」

「心が死ぬ、ですか。面白いですねえ」

 白狼

「例えば要とやら、君は娯楽を一切やらないで何の楽しみもなく生きられるか?」

「無理でしょうね」

 白狼

「それと同じく生きることが楽しくなければ人間は死んでしまう。そういうわけで私の主はリリコさんを狙っているのだ」

「そうですか……」
「リリコさんの心が死んでいくのを止める術はないのでしょうか?」

 白狼

「ない……今までも死んでいくのを何度も止めようとしたが、もう寿命のようだ。心の命は永遠ではない」

「なんか、リリコさんが不老不死にでもなったみたいな物言いですね」

 白狼

「いかにも。リリコさんは不老不死だ。意図をもって殺そうとしない限り死なないが、肉体的な寿命を迎えることは永遠にない」

「ふーん、面白い話を聞きましたね」
「不老不死ですか。死神からしてみたら耳が痛い話ですね。そんなものが巷にあふれかえったら死神廃業ですよ」

 白狼

「とはいえ、人間とは面白い生き物で不死を望む者はそれほど多くない。そなたは死神のようだが、その心配はいらないだろう」

「なら安心です」
 少しして、ウーバーイーツの配達員が酒を運んできた

 白狼

「うむ、うまいな。最近はこんな酒が簡単に手に入るのか」

(意外と新しいタイプのお酒でも口に合うんだなあ。死神ならそれこそブランドの強そうな酒しか受け付けないかと思ってたんだけど。変な思い込みだったな)
「心が死んだら死んだも同然、人は精神の生き物ですからある意味当たり前ではありましたね」

 白狼

「そうだ、人間は精神の生き物、食べ物があればそれで生きられるわけではない」

「どうもありがとうございます。リリコさんはここで死ぬ運命だった、そういうことですね」

 ちょっと雑なやり取りだったが、誰かに質問した内容なんてこんなものだろう

 要としてはリリコさんが救えないという事実を一つ確認できただけでも十分な収穫だし、白狼にも出会うことができた。

 これで一つの仕事が完了したことになる

 だが、それでリリコが納得してくれるとは思えない
(リリコさんの死を避けられないとして、それで納得してもらえるのか……)

 おおよそ無理な話だろう

 死にたくないから死神を撃退しろといったのはリリコさんだ

 そのリリコさんが死んでいくのを望んでいるから放置というのはいろいろと矛盾がある

(引っ掛かりまくりだなあ、ちょっと未知の生命体相手で揺さぶりをかけるのは度胸がいるけど、まあ対話できそうな相手だしなあ)
「死神さんは……誰に仕えているんですか?」
「兼光さんですよね、白狼様が使えているのは」

 白狼

「いかにも、そこの小さき娘よ、そなたは勘がいいようだな」

「いいえ、私は平安時代でも生きていましたから。白狼様とリリコさんのやり取りはリアルタイムで見ていました」

 白狼

「なら話が早いな。娘よ、お前が彼に伝えてやれ」

「あとで話を聞いておきます。ですが、今この場では言わないのですか?」

 白狼

「兼光にどう思われるのか定かではないのでな。私も所詮は誰かに仕える身だ」

「そうですか、それじゃあご苦労様でした。聞きたいことは全部ですよ」

 白狼

「それでは、失礼する」

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