無何有郷も

文字数 2,412文字

「ナニコレ……美味しーーーー!」
 求は要を勧誘したその足でタピオカ屋に入店、今はやりのタピオカをキメるのだった
「お前、こんなことするために人間界に来たの?」
「そう……人間界に来れば美味しいもの食べ放題、それ以外に魅力ないよ……この薄汚れた地上、店員さんが差し出してくれる食以外に快楽がない……ゆえにその誘惑は絶大」
「帰っていいか? せっかくコンビ結成祝いに好きなものを奢ってやろうといったのは俺だけど……いや……俺なんだが」
「苦しゅうないぞよ、明日からドバドバ殺せばそれでいいから」
「帰りたい」
「それ本音だったりする?」
「そうだね」
「殺さないの?」
「殺さないよ。だって、殺したら甦らないからな」
「ははーん、正義の味方気取りですか。わたしは知ってるぞー、人間同士がこの世界でお互いに差別しあって食いつぶしあって生きてるの。そんな世界で人殺しはよくないとか言っちゃうわけ?」
「そうだ。悪いか?」
「あはははー! これは残念な人間引き当てちゃったなあ」
「きゅーちゃんは差別肯定派か?」
「そだねー、きゅーちゃんは差別肯定派よ。人間同士食いつぶしあって生きていくのが世の常、弱肉強食です」
「そんな話、どこで聞いてくるの?」
「現代のネットかな。今はやりのSNSとかニコニコ動画とか。ユーチューブもそうですね」
「俺より現代っ子じゃん」

「そんなことよりタピオカ美味しいですよ。要は飲まないのですか?」

「一つ言っておくけど、弱肉強食は流行らないぞ。世の中、弱者のほうが多い。どれだけ崇高な弱肉強食だろうと数の理論でねじ伏せられる」
「ははーん、正義の味方気取りかー! おりこうさんでちゅねー、かなめくんはー」
 その時要のスマホのアラームが鳴る
「ごめん、俺これから夜勤だから。きゅーちゃんはこれから行くところとかある?」
「ないですね」
「じゃあこれ……俺のホテルのID、これ使って宿とっておいて、支払いは俺の財布から行くから」
「あはははー! 何から何まで申し訳ないわね、というか要の家に行かせてくださいよ。そういう居候する技術も死神には必要じゃないですか?」
「何言ってんだよ。タピオカなんて飲んでる女の子を家に連れ込めるわけないだろ、常識で考えろ」
「いや、ここ、俺の家の住所、少し散らかってるけど好きにしてくれ。俺は帰らないから。食べ物も好きにしていいし全部好きにしてくれ。これ、鍵ね」
「ありがとうございます。あなたのそういう融通が利くところ助かります」
「それじゃあ……俺仕事だから」
 そして要は一人で夜の街に溶けて……次にその姿を現したのは雑居ビルの一室だった
「こんばんは二階堂さん。今日は面白いものを拾いました」
 要に呼ばれた相手、二階堂遥は恐らくは要から見て書類の山の死角にいる、だからそこに向けて話をすれば返事が変えてくる……はずだった
(返事がない。まだ出社前か)
 なんだろう、実のところ階段を上がって上の階へ行けば遥がいるであろう部屋にたどり着けるのだが……そこは彼女の寝室、要がいけるような場所ではない
(待つしかないか……)

 そう考えて10秒……20秒……本当だったら要よりも早く下りてきているはずの二階堂さんが下りてこない

 少し怪しいと思って要は階段の踊り場まで行って二階堂さんがどんな感じか様子をうかがうのだった

 そこでは……

 遥

「ど、どうすれば……」

 二階堂さんが悩んでいた
「どうしたんです?」
「右足で階段を下りるか、それとも左足で階段を下りるかで迷っているの。決断疲れよ」
「いや、早く決めてください」
「無理よ。こんな重大な決断できないわ」

 偉い人の二階堂さんは決断疲れで階段を下りられないでいた

 くだらないことで悩んでいるかもしれないが、遥さんにとっては重要なことなのだ

「早く下りてきてください」
「む、無理よ……私には選べないわ……」
「じゃあ、降りてこなくていいんで、この距離で話をしましょう。このノート、さっき拾いました。なんに見えます?」
「真っ黒なノート……いや、かすかな法力が感じれるわね……何かのマジックアイテムかしら?」
「ふーん、不思議な力を感じるかあ……二階堂さんがそういうならそうなんでしょうね」
「で、具体的な効力は?」
「名前書くと死ぬって書いてありますね」
「こわいわー、そんな危険なもの放置できないわね、さっさと闇に葬りましょう」
「それがいいですね、ライターどこですか?」
「ないわよ、私タバコ吸わないもの」
「自分も吸わないですねー、マッチあります?」
「ないわよ」
「ガスコンロあります?」
「それはちょと火力たかすぎない?」
「なんか、結論から言って燃やすの避けようとしてませんか、二階堂さん。隙があればこのノートを奪おうとしているでしょう?」
「当り前じゃない。それ奪って売り払わないと今月のあなたの給料払えないのよ」
「頼む、お願いだ、嘘だと言ってくれ……」
「真実から目を背けてまで生きたいかしら?」
 目を背けなくていいからこの経営能力の低さをまずは直視してほしい
「いや、払えないなら払えないでいいですよ。そこまで余裕のない暮らししてるわけじゃないですから」
「ありがとう。恩に着るわ。ところで成功すれば一獲千金のお仕事があるのだけれど、どうかしら?」
「それは二階堂さんが階段を下りられないことよりもはるかに重要ですね。なんですか?」
「知り合いに死神を見たという人がいるんだけど、その死神の正体を暴いてちょうだい」
「お安い御用ですね。死神の外見的特徴は?」
「あらゆる命を奪いつくす、死を告げる銀色の毛並み……大きな山犬」
「ごめん、当てが違った。解決に時間がかかりそうですね。とはいえ、金になるんならやりましょうか。で、正体を暴いた後はどうすればいいんですか?」
「正体を暴くだけでいいの。最近は情報だけでも高く売れるから」
「わかりました。その知り合いとやらが山犬を見た場所は?」
「横浜市関内駅北に500メートル、大きな桟橋」
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