バーチャル世界も

文字数 2,367文字

 要は職場に赴く
「遥さーん、新着情報でーす。死神についてのお話ですよー」
 その日、遥は階段から降りて事務所の机でエクセルを開いてデータ相手に格闘していた
「聞いてるかーい?」
「ごめん、今計算してるふりしながら古代文献漁るので忙しいから」
「ああ、そう」
(こんなバカが上司だなんて認めたくないが、俺が支えてやらないと本格的に生きていけない人だからな、この人。まあいいか)
「実は探している白狼と対話をしてきました。その結果、依頼主のリリコさんは助からないということがわかりました。それで、そういうお話で大丈夫ですか?」
「駄目ね、白狼と対話をして何がわかったの?」
「そうですねー、心が死んだら人間は生きられないと、そう言っていました」
「今私が読んでいる文献も似たようなこと言ってるわよ。兼光という人が書いた随筆なんだけど、人間何かを生み出していないと死んでいく生き物らしいわ。この作者、この文献の執筆終わったら山犬に自分のこと食わせるって書いてる。随分と覚悟の決まった人生よねー」
「その人、多分今リリコさんを狙ってますよ」
「どうしてかしら?」
「どうしてですかね、リリコさんの精神が死のうとしていると、どこかで理解しているのかもしれません」
「そっかー、ところでこの文献の作者、生まれたのが平安時代の最盛期で死んだのが鎌倉時代らしいわね。随分と長生きなのねえ」
「ひょっとしたら不老不死になった人間なのかもしれませんね。ところが何を思ったのか自ら死を選んでしまった、そんな感じじゃないですか?」
「あり得る。私も長生きはあんまり好きじゃないからね。適当なところで死にたいわよ」
「人間は生きようとする生き物なのだろうか、それとも、生きていることが当たり前になりすぎたら死のうとする生き物なのだろうか?」
「それは線引きの問題だし、人によって違うでしょうね。不死身になりたい人は世の中に一定数いるし、私も不死身になったら不死身になったなりの生き方をしてみたいわねえ」
「遥さんはどこからどこまでが生きているとして、どこまでを死としますか?」
「わかんない。そういうの気にしないで適当に生きて適当に死にたいわ」
「それも案外悪くないかもしれませんね」
「そうよそうよ、人間なんておいしいもの食べて女の子と付き合って適当に気持ちよくなってればそれで安定じゃない。変に精神的に高度な境地を目指す必要なんてない」
「そうですか。自分は割と精神的に高いところを目指していますけどね」
「じゃあ、兼光さんみたいに心が満足しなくなったら死ぬつもり?」
「それはその時に考えるとして、今は生きたいですね。でも仮に、これ以上知識が深まらない、知見や見分が広まらないとわかったら、ひょっとしたら死ぬかもしれません」
「あははは、あなたの知識にどん欲なところ大好き。愛してるといってもいいね」
「そうだね、そう言ってくれると愛し返せそうだよ。それで……遥さんは生きることと死ぬことのどこに線を引きますか?」
「わかんなーい、わからないわよそんなの。現実世界はうたかたの夢、水面に浮かぶ泡みたいなもので実在しない。私の命も、要の命も」
「仮に、物体としてだけ生きられたら楽かもしれませんね。生きるだの死ぬだの悩まないで済む。兼光さんも物体に成り下がれなくて苦しい思いをしたと思いますよ」
「あははは、妙にリアリティのある話ね、それ」
「現実世界はいつもくだらないことだらけですからね」
 要はどうしてそんな話をするのか
「要君はさあ、いったい何を目指して生きてるの? 兼光さんは生きることに目的が見いだせなくなって死んだらしいけど、要君は、何を目指しているの?」
「学を深めるため、もっと多くを知るため、そんなところです」
「今どき勉強しようと思ったら大学とか研究室とかじゃない、こんな薄汚れた会社じゃなくて」
「それが……できなかったんですよ、その道が。早くに家族から出てけって言われちゃいましてね、別に大学で遊ぼうとか思っていたわけではないのですが、どういうわけか自分は金がかかるから追い出されました」
「そっかー、大変ねえ。明日のごはんとか食べていけそう?」
「まあ、何とか」
「ごめんなさい、私、あなたのこと誤解してたわ。あなたはもっと素敵でシンデレラみたいな生き物かと思っていたのだけれど、そんなわけがなかったわね。あなたはボロボロの布に身を包んだビフォーシンデレラだったわ。もっと、素敵な人生を送れるわよ、これから」
「どういうことですか?」
「あなたは物体に成り下がってはだめよ」
「何を言っているのかわかりませんね」
「わからないなら、わからないでいいのよ」
「引っかかる言い方ですね。でも無理矢理言わせるのは趣味じゃないですね」
「見てみたいわ、要君が暴力に頼って人から情報を得ていく様を。あの賢い人が蛮人に成り下がるところは割と興味があるわね」
「そうですか、割とマゾなんですか?」
「ある程度マゾじゃないと人間やってけないわよ」
「言いえて妙だなあ」
「いいえ、そんなことはないかもしれないわ。辛いことや悲しいことだけが人生じゃない、もっと幸せなことやうれしいことがたくさんあったほうが素敵な人生じゃない。そういう人生を望んだほうが楽しいじゃない。でもそうなったら、兼光さんが死んだのは楽しいことが亡くなったから、そう説明できるわね」
「楽しいことか……」
「楽しいことがないと生きてけないわよ。食べ物や実利も大切だけど、人生の意味と同じく人生の楽しさも必要よ。楽しくない人生を送っていたら私は死んじゃうと思うわ」
「自分も、新しい知識を得られなくなったら死にます。あ、墓場は作らないでくださいね、その場合」
「人間が墓場を作るのは葬式が楽しいからよ。幸せなお祭りがあれば、悲しいお祭りもある。葬式ってそうよね?」
「その話詳しく」
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