11.ステーキ
文字数 2,107文字
「こちらも非公式とはいえ、東ドイツで派手にやっつけてるからな。その仕返しだったんだろうよ」
ブルクハルトが今日三枚目のステーキにナイフを入れ、大ぶりに切った肉を熱心に口に運ぶ。
リヒター二機の回収が済むと、アイングロバーバルは警戒のため沈降を開始。
奇襲騒ぎの後始末が済んだところで、ブルクハルトがこれも報告と検査の済んだケイスを食事に誘った。
「あの程度の戦力じゃ、この艦は墜とせないからな。もっとも、艦内にモータードレスでも投入されたらことだったが」
一方的に話し続けるブルクハルトに、自分もステーキを食べながら答える。ミディアムレアで焼かれた分厚いヒレ肉に、塩と胡椒を軽くして、別皿に盛られたガーリックバターとレモン汁を付けて口に放り込む。ガーリックとバターの香り、肉汁のうまみが後をひく。最近はこういった微妙な味わいもだいぶ近いところで感じられるようになっていた。
戦闘中、ヤンは自分自身の大腿部と胸部周辺のパーツに損傷を負ったらしく、コクピットから担ぎ出されると、そのまま医務室へとストレッチャーで運ばれていった。
「いってえよ。ちくしょう!あいつら絶対殺してやる!」
と大騒ぎしながら運ばれる。幼年学校程度のガキの様に騒ぐヤンが印象的だった。とても訓練を受けた兵士とは思えない。
ケイスに損傷はなく、ヴァレンティナの検査の後、アイヒマンへの報告へ向かった。
アイヒマンは終始イライラとして、貴様みたいな役立たずは、ばらして海に放り込むと息巻き、さすがに頭に来たケイス飛びかかろうとするのを衛兵に止められる。
サミュエルが必死にケイスを羽交い締め「いつか、チャンスはくる。今は耐えろって」と耳元で囁いていた。
今回は模擬戦だったため、脳への薬物投与システムと素子を積んでいなかったらしい。そのため、新装備で効果実証できなかったことをくやしがっていたと教えてくれたのはレイチェルだった。
「私たち医師は、軍属といえども、薬や素子(デバイス)を利用して、強制的に脳を制御することには反対なんですよ」
そう言った後、「ごめんなさい」と付け加えていた。
大きな目をすまなそうに伏せたレイチェルの顔を見て、ケイスが彼女の肩を軽くポンポンと叩く。自分が笑顔をみせられない体だということを思い出すと「ありがとう」と声をかけた。レイチェルが少し困った顔で微笑むのを見て、医務室を後にしてきた。
しかし、次の任務ではまた、あのトランス状態で戦うことになると思うと、ケイスはうんざりした。
せめて、人間らしく戦いたいと思う。戦闘の恐怖を感じる鋼の肉体だとしても。
「スホイが付いていたし、まあ、ロシアなのは確かだよ。あの辺りに潜伏していた潜水空母から発進して、強襲をかけたんだろうな」
ケイスが口に運びかけたステーキを止めて、ブルクハルトを見つめた。空中で華麗なマーシャルアーツを使う、朱色の機体を思い出す。
「例のあの赤い機体な。あれは日本製のブレインアーマーらしい。タイプ名は確か「YUZUKI」と言っていた」
ハンカチで口を拭って、ノンアルコールビールを煽る。YUZUKI=夕月とは、夕方に見える三日月の意味らしいと付け加える。
「もちろん、最近日本が、あちら側(東側)に寝返ったなんてニュースは陸でもやってない。まあ、組み上がった兵器でなければ、どこでも輸出はできるんだろうが。拝金主義者どものやりそうなことだ。それとな、」
ブルクハルトの話では、飛行ユニット自体も特殊な技術が使われていると続けた。
「あの飛行ユニット。あれには、新しい航空技術が使われているらしい。おかしいと思わなかったか?ブースターらしきノズルもなければ、プロペラもない」
ケイスが見た時も、ブースターノズルやプロペラントタンクも見あたらなかった。
航空力学を無視した動きはヤンの機体も同様にしていた。あれは人型であるがゆえに出来る動きだ。背面に付いた飛行用の翼と身体のバランスを天才的な能力で連動している。しかし、あの朱いブレインアーマーの動きはそれを凌駕していた。飛行と言うよりは空中に地面があるような動き。
パイロットの力量も相当なものだとケイスは思う。そして、あの動きは達人クラスだ。そう、ナオミの様なマスター(師範)クラス。
ブルクハルトは四枚目のステーキを皿に盛ろうかどうしようか迷っているらしい。グリーンのベレーに副艦長のバッジを付けた女性が食堂の入り口に現れるまでは。食事中の兵達に少し緊張が走るのをケイスは感じた。
ゾフィーはつかつかとブルクハルトとケイスの前に来ると、分厚い書類をテーブルにドサリと置いた。
「艦長。私に報告を押しつけて、ご自分はお食事ですか?」
ブルクハルトがぽりぽりと頭をかき、ナイフとフォークを置くと、すぐに立ち上がった。
「また、なにかわかったら、伝えるよ。坊主、今日はゆっくり休めよ」
ゾフィーが、まったくといった顔をして艦長を見やり、その後ケイスの方を振り向くとウィンクした。
ブルクハルトが今日三枚目のステーキにナイフを入れ、大ぶりに切った肉を熱心に口に運ぶ。
リヒター二機の回収が済むと、アイングロバーバルは警戒のため沈降を開始。
奇襲騒ぎの後始末が済んだところで、ブルクハルトがこれも報告と検査の済んだケイスを食事に誘った。
「あの程度の戦力じゃ、この艦は墜とせないからな。もっとも、艦内にモータードレスでも投入されたらことだったが」
一方的に話し続けるブルクハルトに、自分もステーキを食べながら答える。ミディアムレアで焼かれた分厚いヒレ肉に、塩と胡椒を軽くして、別皿に盛られたガーリックバターとレモン汁を付けて口に放り込む。ガーリックとバターの香り、肉汁のうまみが後をひく。最近はこういった微妙な味わいもだいぶ近いところで感じられるようになっていた。
戦闘中、ヤンは自分自身の大腿部と胸部周辺のパーツに損傷を負ったらしく、コクピットから担ぎ出されると、そのまま医務室へとストレッチャーで運ばれていった。
「いってえよ。ちくしょう!あいつら絶対殺してやる!」
と大騒ぎしながら運ばれる。幼年学校程度のガキの様に騒ぐヤンが印象的だった。とても訓練を受けた兵士とは思えない。
ケイスに損傷はなく、ヴァレンティナの検査の後、アイヒマンへの報告へ向かった。
アイヒマンは終始イライラとして、貴様みたいな役立たずは、ばらして海に放り込むと息巻き、さすがに頭に来たケイス飛びかかろうとするのを衛兵に止められる。
サミュエルが必死にケイスを羽交い締め「いつか、チャンスはくる。今は耐えろって」と耳元で囁いていた。
今回は模擬戦だったため、脳への薬物投与システムと素子を積んでいなかったらしい。そのため、新装備で効果実証できなかったことをくやしがっていたと教えてくれたのはレイチェルだった。
「私たち医師は、軍属といえども、薬や素子(デバイス)を利用して、強制的に脳を制御することには反対なんですよ」
そう言った後、「ごめんなさい」と付け加えていた。
大きな目をすまなそうに伏せたレイチェルの顔を見て、ケイスが彼女の肩を軽くポンポンと叩く。自分が笑顔をみせられない体だということを思い出すと「ありがとう」と声をかけた。レイチェルが少し困った顔で微笑むのを見て、医務室を後にしてきた。
しかし、次の任務ではまた、あのトランス状態で戦うことになると思うと、ケイスはうんざりした。
せめて、人間らしく戦いたいと思う。戦闘の恐怖を感じる鋼の肉体だとしても。
「スホイが付いていたし、まあ、ロシアなのは確かだよ。あの辺りに潜伏していた潜水空母から発進して、強襲をかけたんだろうな」
ケイスが口に運びかけたステーキを止めて、ブルクハルトを見つめた。空中で華麗なマーシャルアーツを使う、朱色の機体を思い出す。
「例のあの赤い機体な。あれは日本製のブレインアーマーらしい。タイプ名は確か「YUZUKI」と言っていた」
ハンカチで口を拭って、ノンアルコールビールを煽る。YUZUKI=夕月とは、夕方に見える三日月の意味らしいと付け加える。
「もちろん、最近日本が、あちら側(東側)に寝返ったなんてニュースは陸でもやってない。まあ、組み上がった兵器でなければ、どこでも輸出はできるんだろうが。拝金主義者どものやりそうなことだ。それとな、」
ブルクハルトの話では、飛行ユニット自体も特殊な技術が使われていると続けた。
「あの飛行ユニット。あれには、新しい航空技術が使われているらしい。おかしいと思わなかったか?ブースターらしきノズルもなければ、プロペラもない」
ケイスが見た時も、ブースターノズルやプロペラントタンクも見あたらなかった。
航空力学を無視した動きはヤンの機体も同様にしていた。あれは人型であるがゆえに出来る動きだ。背面に付いた飛行用の翼と身体のバランスを天才的な能力で連動している。しかし、あの朱いブレインアーマーの動きはそれを凌駕していた。飛行と言うよりは空中に地面があるような動き。
パイロットの力量も相当なものだとケイスは思う。そして、あの動きは達人クラスだ。そう、ナオミの様なマスター(師範)クラス。
ブルクハルトは四枚目のステーキを皿に盛ろうかどうしようか迷っているらしい。グリーンのベレーに副艦長のバッジを付けた女性が食堂の入り口に現れるまでは。食事中の兵達に少し緊張が走るのをケイスは感じた。
ゾフィーはつかつかとブルクハルトとケイスの前に来ると、分厚い書類をテーブルにドサリと置いた。
「艦長。私に報告を押しつけて、ご自分はお食事ですか?」
ブルクハルトがぽりぽりと頭をかき、ナイフとフォークを置くと、すぐに立ち上がった。
「また、なにかわかったら、伝えるよ。坊主、今日はゆっくり休めよ」
ゾフィーが、まったくといった顔をして艦長を見やり、その後ケイスの方を振り向くとウィンクした。