15.地中海
文字数 3,383文字
薙いだ海が、青い光の草原のように、果てしなく光る。
気分まで高揚とさせる明るい青色の海と、吹き抜ける暖かな潮風が、気分をゆったりとさせる。
所々、ブルーとホワイトのコントラスト。小さな島々とそれを覆う緑が青い空と海に映える。
北欧の海の灰色がかった海に比べると、現在、アイングロバーバルが航行している地中海の明るい海は、ケイスの心を和ませた。
遙か先の水平線上を、白く巨大なリゾート船がゆっくりと渡っていく。
これが作戦行動中の巨大潜水空母でなければ、もっとのんびりした気分になれるのだろうとケイスは思った。
一六歳で士官学校に入り、これまでは士官になるための教練続きだったことを思い出す。唯一の休暇らしいものは、モータードレスの最終調整で訪れたオキナワでナオミとビーチリゾートを楽しんだことぐらいだ。
リプレイスメント、全身を有機と無機のハイブリッド表皮に覆われた全身。この体でもう一度休暇が楽しめる日が来るとは思えない。そのことを思うと、明るく青い海と空を見ていても、ケイスの気持ちは暗く沈む。
アイヒマンの言うとおり作戦内容の開示時刻になると、目的地と各担当向けの作戦内容が伝達された。
目的地は、イスラエル、ガザ地区。分析班が次にバジリスクによるテロが行われる可能性が最も高い箇所として割り出した場所だ。
微妙な人種、宗教、独立問題を抱える地域に対して、確実に現れ、一般人、軍人を問わず襲いかかり虐殺を繰り返す、巨大鳥型兵器とブレインアーマーの部隊。
心理的プレッシャーを与え、民衆や兵の心理に深刻なダメージを与えるテロ行為。
神出鬼没であると同時に、巧妙に証拠を隠し、東側が関与していることを全面否定できるように活動している、高い精度でパッケージングされた部隊。
作戦内容には、途中、イタリア沿岸で補給を受けることも入っていた。その際に新しいブレインアーマーを受領予定だという。
先日、奇襲をかけてきた朱いブレインアーマーが最近、バジリスクと同じ部隊にパッケージされ、活動を行っているという情報が確実となり、現在の重量級ブレインアーマー「リヒター」で駆逐することは難しいと判断されたためだった。
アイングロバーバルほどの大きさはないが、それでもかなりの排出量を持つ巨大な補給艦に三機分のパーツが積まれていた。補給艦からはベルトコンベアーを利用して積み上げられ、艦内で組み立てが行われるらしい。
ケイス達が訓練を行えるのは三日後となり、その際は、例の新しい飛行ユニットもしようできるという。ケイスにとってはまた新しい、巨大な人工の肉体。これをイスラエルに着くまでに、自分の肉体のように使いこなせなければならない。
アイングロバーバルのその夜の食堂は、食料の補給も行ったため、その日はさながらイタリアンレストランの様だった。
ムール貝やイカ等、魚介をふんだんに使ったパエリア。イカスミのパスタと、つややかなトマトを使ったアラビアータ。モッツァレラチーズとバジルのピザ。
ブルクハルト、リック、コリーナと食べる食事は、新旧の親しい友人や上官に囲まれて和やかだった。ヴァレンティナとレイチェルも誘ったが、新装備の調整に追われ、食事をするどころではないらしい。サミュエルは当番兵らしくこちらも来れなかった。
「うまい!潜水艦だっていうから期待していなかったんだが、ここはいいぞ!」
リックが興奮して、トレーに大量の食べ物を盛ってくる。
「ここのコックは俺が選任したんだ。海軍はやはり飯がうまくないとな」
専用の士官食堂や艦長室で特別メニューを食べることも出来るのに、何故かこの艦長は、ケイス達と良く一緒に一般兵の食堂で食事を摂る。
ブルクハルトが四枚目、リックが五枚目のピザを平らげているとき、食堂の入り口に美しいフォルムのリプレイスメントが現れた。
他の、兵やスタッフに緊張が走り、視線が一斉に入り口に立つリプレイスメントに集まる。そうした雰囲気を良くわきまえているのか、ゆっくりと落ち着いた感じで食堂に入ってきた。
メイサは落ち着いた、女性らしい足取りでビュッフェスタイルのカウンターを回ると、皆と同じようにトレーに食事を載せていった。
ケイスはすぐに立ち上がると、席に着こうとしているメイサに歩み寄った。軽く手を挙げて「よお」と声をかける。後ろで、リックが「なんだ、もう新しい体で彼女ができたのか」と言ったが、コリーナに頭をはたかれた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう。まだ、うまく痛覚とかのコントロールが出来ないんだけど、以前より良くなったわ。ゾフィーさんがアイヒマンとかけあって、戦闘用の薬物の投与と素子(デバイス)の使用を止めてくれているみたい」
「よかった。今度、あいつが何かしたら、俺が殺してやる」
ケイスはいつになく腹が立ち、声を荒げた。
「ありがとう。けど、もういいのよ」
それが、体のことなのか、それともこれからのことなのか、ケイスは何となく聞くのがためらわれた。自分ですら、これから先、この体で生きていく自信がない。
「あの子、見たことある。私も、ベルファストにいたのよ。知らなかったでしょ?」
メイサがコリーナの方を見て言った。
「ごめん。人の顔を覚えるのは苦手なんだ」
「なら、今は覚えやすいでしょう?」
ケイスがドキリとして見る。女性らしいフォルムと色合いで構成された顔は無表情だが、メイサは微笑んでいるように見えた。
「あの、女教官の人は?あなたが仲良くしていた」
ケイスは黙って首を振った。行方不明だと答える。
「ごめんなさい。余計なこと聞いたわね」
メイサが丁寧にスプーンでムール貝の中身を取り出すと、ゆっくりと口に運んで咀嚼する。
メイサのリプレイスメントされた体は、デフォルメーションされた女性的な美しいフォルムで仕上げられている。細い指は戦闘用と思えないほど優美に動いて、ムール貝の身を口に運ぶ。ケイスは、ゆっくりと動く細い顎が綺麗だと思った。
「味を感じるのね。ちゃんと。香りもするわ。けど、なんだか遠い。遠くにあって現実ではない感じ」
メイサが、ピザを小分けに切り始める。その手が、僅かに震えている。
ケイスは何故かメイサが泣いているように見えた。
「あっちで、一緒に食べないか?気分も晴れると思うよ」
メイサは小さく首を振ると、
「ありがとう。だけど、ごめんなさい」
そして、下を見つめた。
「少し、一人で食べる練習をしてみるわ。今度また、一緒に食事しましょう」
メイサはケイスの方を向くと、顔の横で小さく手を振った。一人にしてと言う控えめなジェスチャー。
ケイスも頷くと席を立ち、リック達のところに戻った。
「あれが、メイサなの・・・」
ケイスが、今までの経緯をリック達に話すと、コリーナが青くなって言った。
「知っているわ。あの子、私と同じ後方勤務訓練課程にいたはずなのに、突然、モータードレス訓練課程に変更したのよ」
そう言って、意味ありげにケイスを見た。ケイスには意味がわからない。
「ブロンドの長い髪に青くて大きな瞳が綺麗な子だったわ。スタイルも良かったし。男子にもかなり人気があったと思うわよ」
「お、覚えてるぞ。あのグラマーかよ」
リックがメイサの方をじろじろと見だすと、今度はブルクハルトとコリーナが同時にリックをはたいた。
「あのサラエボの作戦に参加していたんだ・・・」
サラエボに実験的に派兵されたケイス達の部隊は、かなりの連隊規模だった。モータードレス以外にも、装甲車、一般歩兵、ガンシップなど兵科も多岐にわたった。
ベルファスト基地附属士官学校の候補生だけでなく、ベルファスト基地の正規の軍人達も多く参加していた。
ケイスが思い出そうと、メイサの方を見つめるが、昔の面影はない。
そんなケイスのことをコリーナがじっと見つめていた。
「あなたにはわからないかもね」
「・・・?」
ケイスが不思議そうに見ると、コリーナは少し赤くなって、顔を背けた。
気分まで高揚とさせる明るい青色の海と、吹き抜ける暖かな潮風が、気分をゆったりとさせる。
所々、ブルーとホワイトのコントラスト。小さな島々とそれを覆う緑が青い空と海に映える。
北欧の海の灰色がかった海に比べると、現在、アイングロバーバルが航行している地中海の明るい海は、ケイスの心を和ませた。
遙か先の水平線上を、白く巨大なリゾート船がゆっくりと渡っていく。
これが作戦行動中の巨大潜水空母でなければ、もっとのんびりした気分になれるのだろうとケイスは思った。
一六歳で士官学校に入り、これまでは士官になるための教練続きだったことを思い出す。唯一の休暇らしいものは、モータードレスの最終調整で訪れたオキナワでナオミとビーチリゾートを楽しんだことぐらいだ。
リプレイスメント、全身を有機と無機のハイブリッド表皮に覆われた全身。この体でもう一度休暇が楽しめる日が来るとは思えない。そのことを思うと、明るく青い海と空を見ていても、ケイスの気持ちは暗く沈む。
アイヒマンの言うとおり作戦内容の開示時刻になると、目的地と各担当向けの作戦内容が伝達された。
目的地は、イスラエル、ガザ地区。分析班が次にバジリスクによるテロが行われる可能性が最も高い箇所として割り出した場所だ。
微妙な人種、宗教、独立問題を抱える地域に対して、確実に現れ、一般人、軍人を問わず襲いかかり虐殺を繰り返す、巨大鳥型兵器とブレインアーマーの部隊。
心理的プレッシャーを与え、民衆や兵の心理に深刻なダメージを与えるテロ行為。
神出鬼没であると同時に、巧妙に証拠を隠し、東側が関与していることを全面否定できるように活動している、高い精度でパッケージングされた部隊。
作戦内容には、途中、イタリア沿岸で補給を受けることも入っていた。その際に新しいブレインアーマーを受領予定だという。
先日、奇襲をかけてきた朱いブレインアーマーが最近、バジリスクと同じ部隊にパッケージされ、活動を行っているという情報が確実となり、現在の重量級ブレインアーマー「リヒター」で駆逐することは難しいと判断されたためだった。
アイングロバーバルほどの大きさはないが、それでもかなりの排出量を持つ巨大な補給艦に三機分のパーツが積まれていた。補給艦からはベルトコンベアーを利用して積み上げられ、艦内で組み立てが行われるらしい。
ケイス達が訓練を行えるのは三日後となり、その際は、例の新しい飛行ユニットもしようできるという。ケイスにとってはまた新しい、巨大な人工の肉体。これをイスラエルに着くまでに、自分の肉体のように使いこなせなければならない。
アイングロバーバルのその夜の食堂は、食料の補給も行ったため、その日はさながらイタリアンレストランの様だった。
ムール貝やイカ等、魚介をふんだんに使ったパエリア。イカスミのパスタと、つややかなトマトを使ったアラビアータ。モッツァレラチーズとバジルのピザ。
ブルクハルト、リック、コリーナと食べる食事は、新旧の親しい友人や上官に囲まれて和やかだった。ヴァレンティナとレイチェルも誘ったが、新装備の調整に追われ、食事をするどころではないらしい。サミュエルは当番兵らしくこちらも来れなかった。
「うまい!潜水艦だっていうから期待していなかったんだが、ここはいいぞ!」
リックが興奮して、トレーに大量の食べ物を盛ってくる。
「ここのコックは俺が選任したんだ。海軍はやはり飯がうまくないとな」
専用の士官食堂や艦長室で特別メニューを食べることも出来るのに、何故かこの艦長は、ケイス達と良く一緒に一般兵の食堂で食事を摂る。
ブルクハルトが四枚目、リックが五枚目のピザを平らげているとき、食堂の入り口に美しいフォルムのリプレイスメントが現れた。
他の、兵やスタッフに緊張が走り、視線が一斉に入り口に立つリプレイスメントに集まる。そうした雰囲気を良くわきまえているのか、ゆっくりと落ち着いた感じで食堂に入ってきた。
メイサは落ち着いた、女性らしい足取りでビュッフェスタイルのカウンターを回ると、皆と同じようにトレーに食事を載せていった。
ケイスはすぐに立ち上がると、席に着こうとしているメイサに歩み寄った。軽く手を挙げて「よお」と声をかける。後ろで、リックが「なんだ、もう新しい体で彼女ができたのか」と言ったが、コリーナに頭をはたかれた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう。まだ、うまく痛覚とかのコントロールが出来ないんだけど、以前より良くなったわ。ゾフィーさんがアイヒマンとかけあって、戦闘用の薬物の投与と素子(デバイス)の使用を止めてくれているみたい」
「よかった。今度、あいつが何かしたら、俺が殺してやる」
ケイスはいつになく腹が立ち、声を荒げた。
「ありがとう。けど、もういいのよ」
それが、体のことなのか、それともこれからのことなのか、ケイスは何となく聞くのがためらわれた。自分ですら、これから先、この体で生きていく自信がない。
「あの子、見たことある。私も、ベルファストにいたのよ。知らなかったでしょ?」
メイサがコリーナの方を見て言った。
「ごめん。人の顔を覚えるのは苦手なんだ」
「なら、今は覚えやすいでしょう?」
ケイスがドキリとして見る。女性らしいフォルムと色合いで構成された顔は無表情だが、メイサは微笑んでいるように見えた。
「あの、女教官の人は?あなたが仲良くしていた」
ケイスは黙って首を振った。行方不明だと答える。
「ごめんなさい。余計なこと聞いたわね」
メイサが丁寧にスプーンでムール貝の中身を取り出すと、ゆっくりと口に運んで咀嚼する。
メイサのリプレイスメントされた体は、デフォルメーションされた女性的な美しいフォルムで仕上げられている。細い指は戦闘用と思えないほど優美に動いて、ムール貝の身を口に運ぶ。ケイスは、ゆっくりと動く細い顎が綺麗だと思った。
「味を感じるのね。ちゃんと。香りもするわ。けど、なんだか遠い。遠くにあって現実ではない感じ」
メイサが、ピザを小分けに切り始める。その手が、僅かに震えている。
ケイスは何故かメイサが泣いているように見えた。
「あっちで、一緒に食べないか?気分も晴れると思うよ」
メイサは小さく首を振ると、
「ありがとう。だけど、ごめんなさい」
そして、下を見つめた。
「少し、一人で食べる練習をしてみるわ。今度また、一緒に食事しましょう」
メイサはケイスの方を向くと、顔の横で小さく手を振った。一人にしてと言う控えめなジェスチャー。
ケイスも頷くと席を立ち、リック達のところに戻った。
「あれが、メイサなの・・・」
ケイスが、今までの経緯をリック達に話すと、コリーナが青くなって言った。
「知っているわ。あの子、私と同じ後方勤務訓練課程にいたはずなのに、突然、モータードレス訓練課程に変更したのよ」
そう言って、意味ありげにケイスを見た。ケイスには意味がわからない。
「ブロンドの長い髪に青くて大きな瞳が綺麗な子だったわ。スタイルも良かったし。男子にもかなり人気があったと思うわよ」
「お、覚えてるぞ。あのグラマーかよ」
リックがメイサの方をじろじろと見だすと、今度はブルクハルトとコリーナが同時にリックをはたいた。
「あのサラエボの作戦に参加していたんだ・・・」
サラエボに実験的に派兵されたケイス達の部隊は、かなりの連隊規模だった。モータードレス以外にも、装甲車、一般歩兵、ガンシップなど兵科も多岐にわたった。
ベルファスト基地附属士官学校の候補生だけでなく、ベルファスト基地の正規の軍人達も多く参加していた。
ケイスが思い出そうと、メイサの方を見つめるが、昔の面影はない。
そんなケイスのことをコリーナがじっと見つめていた。
「あなたにはわからないかもね」
「・・・?」
ケイスが不思議そうに見ると、コリーナは少し赤くなって、顔を背けた。