08-2.連戦

文字数 4,764文字

 回収されたケイス達はそのまま国境沿いの秘密キャンプに輸送された。

 テント張りの一見粗末な臨時基地(キャンプ)だったが、それでもブレインアーマーの整備と補給が可能のようだ。

 三機のリヒターは片膝を付く形で並び、その周りを多くの整備兵達が行き交っている。

 ケイス達はコクピットから出ることを許可されたが、その必要性が感じられなかった。

 ヤンとメイサもそうなのか、彼らも出てくる様子はない。

 足下にアイヒマンの姿が見え、ケイスは余計にコクピットから出る気が失せた。

 リヒターとの同期を一部切ってしまえば、暗いコクピットに一人きりだった。

 リプレイスメント化された体を維持するためのエネルギーはリヒターから自動的に送られてくる。”何の必要”もないはずだった。

 視界にヴァレンティナとレイチェルの姿も見えた時に、あそこに行って彼らと話すことで、自分が兵器(マシーン)じゃないことを確認したいと思った。しかし、戦闘後にも続くトランス状態は、すぐにでも自分が戦闘におあつらい向きの精神状態に移行しそうで、そのギリギリの状態が怖い。

 「ケイスさん・・・」と、一度だけレイチェルからコールが入ったが無視を決め込んだ。

 二時間程度の作業の末、作戦ブリーフィングが開始された。ブリーフィングは、視覚野に浮かぶ映像インターフェースと音声で行われる。

 このキャンプから、平原を徒歩で移動。施設の目的と名称は明かされなかったが、軍事施設の破壊作戦だった。

 何の施設かと問うケイスに「作戦に必要ない」とアイヒマンがにべもなく答えた。

 護衛として、先の二〇四式戦車とWZ二〇一ガンシップ、また、ここには、最新鋭の動力甲冑(モータードレス)部隊、ソビエト第二二武装擲弾兵師団が駐屯しているという。

 第二二武装擲弾兵師団は内務省や陸軍、海軍の特殊部隊(スペツナズ)から優秀な人材を集めて、モータードレスの訓練を行ったスペシャリスト集団。世界初となる、大規模なモータードレス運用を行い戦果あげている部隊だという。

 ブリーフィングが終了して、三〇分後に発進が命じられる。ケイスもヤンもメイサも誰も機体から降りなかった。

 二フッ化キセノン性バッテリーから通電がスタート。巨大な人口の筋肉が震え、ゆっくりとリヒターが顔を上げる。ブンブンと重低音を響かせて、筋肉が震えているのがわかる。巨体が立ち上がると、膝に付いていた大きな土くれた落ち、土煙を上げる。

 青い月明かりの下に、三機のリヒターが整列した。一番機から雪の残る平原の歩行を開始する。追随は軽装甲車が数台。護衛のモータードレスも積んでいる。上空には偵察機が上がっているはずだ。

 地平線の見える広い雪原を、三機のブレインアーマーがゆっくりと進み出した。



 ロングレンジで映し出された視覚インターフェースに月明かりに光る白い施設が見える。民間の工場の様に平たい建物と、ケイス達が居た病院のような建物が、フェンスで区切られた平原に唐突な感じで建てられていた。

 真夜中を過ぎたというのに、フェンスの内と外に見える甲冑姿の兵士。

 兜(ヘルメット)に付けられた蒼いリボンと、丸みを帯びた胸部装甲に付けられた、同色の紋章。シルバーに輝く機体が規則正しく雪原を巡回している。各小隊は六機で構成され、それが、内外に相当数いるようだ。

 二〇四式戦車もWZ二〇一ガンシップの姿も見える。

 メイサの機体が膝を折り、ブレインアーマーの全高とほぼ同じ長さ、全長一八メートルの超大型のロングレンジライフルを設置する。

 リヒターもうつぶせに寝転ぶと、ライフルに付けられた直径四〇センチはあるスコープと頭部を専用ケーブルで繋いだ。

 ブレインアーマーは人工筋肉(ソフトアクチュエーター)で動くため、熱量をほとんど発しない。摩擦係数を最大限に減らした上で、挙動に注意すれば熱探知による発見は難しくなる。またそれと同じくして作動音自体も他の動力兵器と比べて格段に低い。闇夜に紛れて地上を隠密で行動する大型兵器。その威力が今試されようとしていた。

 ケイスとヤン、両名のリヒターが同時カウントを開始。バックパックのエンジンを点火した。ガスタービンが勢いよく回り、ジェットエンジンが巨大なリヒターを持ち上げる巨大な揚力を生み出す。

 足部の人口筋肉を使ってジャンプすると、そのまま一気に上昇。

 一〇〇〇メートル地点まで上昇すると、今度はそこを起点にして垂直に落下を開始する。

 同時にメイサからの遠距離射撃が開始された。

 基地のサーチライトが四方に向かって一斉に光の帯を飛ばし、警報音が平原に響く。

 どこに隠されていたものか、移動式の高角機銃が空に向かって砲身を伸ばし、一斉に機銃弾を発射するのを、メイサの放つライフル弾の砲撃が片っ端から潰していく。

 足下に見える工場風の建物からサーチライトが照らされ、ケイスとヤンの機体にも機銃弾が集まり出した。

 ケイスは左手に装備されたタワーシールドを下に向け機銃弾を防ぐと、右手のヘッケラー&コッホ社製MP7BAの引き金を引く。サブマシンガンから小気味良い作動音がすると、機銃に向けて四五ミリ弾がうなりを生じて落下するように飛んでいき、着弾していく。

 接地寸前に、ジェットノズルから逆噴射をかけ対地速度を限りなくゼロに近づけ着地すると、膝をついたままマシンガンを横に凪ぐ。

 こちらに砲身を向けつつあった、二〇四式戦車がその六本の補助脚を使ってジャンプ。ケイスの放った四五ミリ弾を避けると、空中で方向を変え、ケイスに向かって鉄鋼弾をおみまいした。

 ガツンッ!という音と共にリヒターの腰部装甲に命中。はじかれたようにケイスのリヒターがよろめく。二〇四式の一二〇ミリ滑空砲から放たれる形成炸薬弾の直撃と、近接信管による機体近くでの爆発がタイミング良く連続でやってくる。何とかシールドで避けて体制を立て直そうとする。

「バカかおまえ!こうやって避けるんだよ!」

 空中で航空力学を無視した動きを見せているヤンの機体。自分の肉体以上の動作を、擬似的に接合された機体で実現している。ケイスにはあそこまでの力量はない。

 ガツンッガツンッと音がしてケイスを狙っていた二〇四式が空中でたたき落とされる。

 メイサからの援護射撃が的確にケイスを窮地から救い出す。

 ケイスはブースターと脚部を使ったジャンプで後ろにトンボをうつと、ようやく集中砲火から逃れた。

 補助電脳が無機質に告げる警告が少し和らぐ。

 ケイスの視覚野にキャッチされた、連続して跳ねる二〇四式戦車。空中で砲撃を行い、そのまま着地。すぐにジャンプして、攻撃を避ける。

 まるで、昆虫の様に飛び跳ねて攻撃を行う重戦車。戦闘前のブリーフィングでアイヒマンに告げられた、自分たちの同じ存在。

「運動性能が高い戦車はおまえらと同類だ。もっとも、彼らは五体満足な体を持ってるわけじゃないがな」

 二〇四式に直接、脳を直結させられた機体。感覚、感情、生理といったあらゆる人間的事象を欠落させられ、兵器に詰め込まれた脳。

 東側に回収されたナオミの脳が詰め込まれていたら。激しいトランスの波に差し込まれる、強烈な喪失感。

 人で亡くなったこの身で、もう一度、会うことはかなわぬと言う焦燥感。

 それでも、容赦なく降り注ぐ銃弾と言う名の憎悪と、360度を認識し、常人の数十倍の反応速度で避け、確実に死を与え続けるリヒター。

 最悪の想像を振り払うように、ケイス機体が戦場を疾走する。

 跳ねる戦車は、的確にリヒターの装甲の弱点を突いてきた。

 まるで、虫だなとケイスは思う。二〇四式が何か飛び跳ねる大きめの甲虫に見え、鳥肌が立つ感覚がする。

 ロシア騎士団の再来。彼らのモータードレスは、千年前の甲冑を模している。長い馬上槍に見えるのは彼ら自慢の高性能アサルトライフルと、銃身に付けられたチタンさえも切り裂く、特殊振動カッター。別名ロシア騎士団と呼ばれる、異相の動力甲冑(モータードレス)部隊。

 リヒターの膝や踝の関節、アキレス腱部分のアクチュエーターを、五機編成でフォーメーションを組んでケイスの機体、膝関節狙って襲いかかっってくる。バックブースターでジグザグにかわしながら、一機に丁寧に二発ずつ弾を打ち込んだ。

 MP7BAが、四五ミリ弾の穴を五機目に開ける。膝から崩れて倒れる、鎧を羽織った騎士。

 一機のモータードレスを踏みつけ、もう一機にスパイクを突き立てる。

 足の裏から中身の詰まった固い何かを潰す感触。突き立ったスパイクからゴボゴボと流れる赤い液体。

 唐突にサラエボの赤い空とナオミの傷ついた肢体が浮かび、そして、あのトランスがやってきた。

 いつの間にか聞こえてくる賛美歌の声。ヤンのリヒターが縦横無尽に暴れ回る。

 蹴散らし、叩きつぶし、貫く。

 トランス状態に入る前でも、十分戦果があがっていたはずだったが、薬物と素子(デバイス)の実行が行われた。

 ケイスも脳内に突き上げる衝撃をもてあます。極限化された反射神経、視覚野、知覚、反応速度。

 二台目の飛び跳ねる二〇四式をスパイクでたたき落とすと、鋼鉄製の槍がひん曲がる。それを炸薬ボルトでパージすると、すぐさま新しいスパイクを装填する。ギラリと光るスパイクを見て、自分がニヤリと笑った気がする。

 メイサだけは、射撃のためにトランスの外にいる。

 ケイス達の脳に遠く聞こえるメイサの泣き声。

 おそらく、正常な精神では静止できない殺戮の嵐。

 モータードレスを装備した死体の山。死んだ甲虫のようにひっくり返った二〇四式戦車が辺りに転がる。

 施設や工場からは民間人とおぼしき人々がバラバラと外に出てきては爆発や着弾に巻き込まれて吹き飛ばされ、粉々に散る。

 ケイスもヤンもお構いなしに、施設自体の破壊も開始する。

「モウヤメテ!!」

 大口径ライフルによる正確な砲撃を続けながら、メイサが叫んだ。

 血と硝煙と鉄の焼ける臭いが辺りに立ちこめる。

 基地からの攻撃が沈黙するまで三〇分とかからなかった。

 制圧と言うにはあまりにも凄惨な殺戮の後、僅かに生き残った施設内のスタッフ達が並んで連行されていく。

 ケイスの疲れた視覚に、兵達によって工場から何か持ち出されるのが映る。

 自分が収容されていた施設で良く見かけたタンク。トランスの収まらないケイスの脳でも、それが人体から取り出した脳を入れる槽だと気がつく。到着した輸送ヘリに次々と運び込まれていく脳槽。

「彼らは捕虜扱いなんだろうか?」

 六本の無骨な形の足で飛び跳ねる二〇四式。その武骨な外殻に詰め込まれた脳の人権。

 東の空にうっすらと日と光が見えだしてきた。

 地平線のすぐ上を、四発ティルトローターを装備した大型の輸送機が近づいてくる。

 ボーイング社とベル・ヘリコプター社によって共同開発された大型垂直離着陸機(VTOL)。四発のティルトローター「クォッド・ティルトローター」を装備した超大型ティルトローター機、ベルE−QTRが巨大な十字架の影を落とした。

 胴体の真ん中は、ブレインアーマーの肩部を両側から引き上げられるようにへこみが付いており、そこに引き上げようのフックが装備されている。

 懺悔する三匹の巨大な悪魔を吊るすように、三機のブレインアーマー・リヒターをつり下げると、赤い空に浮上する。
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