07.BMI(ブレインマシーンインターフェース)

文字数 3,221文字

 ケイスの前で、エアーの抜ける音ともにドアが開き、白い室内を青い光が包み込む。

 リプレイスメントされた身体にあわせて作られた大きめのリクライニングに身を投げ、しばらく考えてから、左側の端末からケーブルを引き、耳器官の後ろのジャックにプラグを差し込む。

 ブレインマシンインターフェース(BMI)。脳から直接端末を操作して、ネットワークから情報検索結果を表示させる。

 ある連想が、脳内の視覚野にテキストインターフェースを即時に起動させ、補助電脳を通して外部端末に送られる。先日インストールされたものが調子良く動いている様だった。

 脳内のマトリクス、室内の風景を背景に、グリーンの格子模様(ワイヤーフレーム)で描かれた世界が描かれる。

 そのデジタルで構成された疑似感覚空間を眺めながら、リハビリの一環で行われた、脳科学分野の進化とサイボーグ化技術、オールリプレイスメント技術の発展についての座学を思い出していた。

 補助脳が関連情報をインデックスするかどうか聞いてくるので、OKと指示を出す。ただし、五分以内に調べられる範囲に限定する。インデックスできた物から、重要度(プライオリティ)順に表示。

 一連のインデックスの中から、リンクをたどり、座学での話と合わせながら情報をカテゴライズする。

 サイボーグ化技術の発展は、「ブレイン・マシーン・インターフェース=BMI」技術の発展と共に進んできた。

 どんなに素晴らしい、義足、義手、義器官といった義体があったとしても、脳からダイレクトに命令が送られ、それが不自由なく制御できなくては、意味のないものとなってしまう。

 また、義聴覚、義視覚、義味覚、義触覚といった人工感覚機器からの情報を生体脳にしっかりとインプットするための技術の発展も同様だった。

 一九七〇年代からBMIに関する研究が進んでいたとはいえ、片通脳介機技術と言われる人工的に作られた義足、義手、義器官といった外部の人工義体を、脳から直接制御することが動物実験レベルで完成をみたのが二〇一〇年代後半。二〇二〇年代後半にようやく医療用分野での進出を果たし、徐々に実用化が行われていた。

 ケイスが装備していたモータードレスは、特定の脳波と身体ジェスチャの組み合わせを検知して信号化を行い、ごく限定された操作パターンで操作していた。これは、BMIとはまったく別物だ。

 むしろ、ケイス達の特殊訓練のたまものと言っても良い。

 例えば、弾倉を交換する際の格納パックのハッチを開けるためには、開けるといったイメージではなく、ある特定のパターンを強く思念することによって開閉を行っていた。この思念して特定の脳波信号を出すといった行為が初めはなかなか難しく、集中力とちょっとしたこつを要するため、何度も訓練を行うことになる。

 また、似たような脳波に対して、特定の行動を取るようにプログラムされていたため、事故につながったケースも少なくない。分析と新たな方法の考案、訓練という名の実験の繰り返しで、洗練されたものだ。

 この技術自体は、MRIなどといった生きたまま脳の活動を観測する脳機能イメージング技術ができた一九九〇年代以降だったが、当初は頭部を切開して電極を埋め込む侵襲式という方式もあった。

 頭蓋骨の外からの脳波の検出が難しかったためだが、手術後の障害など、リスクが高かったため、現在は、頭部に特殊なセンサーを配置することによる、非侵襲式が一般的となっている。

 導電率の異なる脳・硬膜・脳脊髄液・頭蓋骨・皮膚などを通して、脳波をセンサーが受信することによる空間分解能の低さ、センサーの頭皮との接触不良による雑音混入など、使用時の故障も多かった。

 しかし、これはあくまで、脳から外部の人工気管に信号を送り、自由に制御する技術だ。

 外部機関からの情報受信、視覚、聴覚、味覚、触覚を脳に効率よく伝える技術の発展は遅れ気味であり、片通ではなく双通脳介機への発展はこの後になる。

 そして、当たり前のように、これらの技術はどん欲に軍事利用に関する研究も行われていた。

 はじめは、戦傷を負った体の補完として。次に補完ではなく強化として使われ始める。

 四肢の義体化を行った兵士を戦場に投入して、四肢外傷を負ってもその部分のみをすぐに換装して、再度出撃させといった実験から始まったようだ。

 ベトナム戦争当時に、ゴムバンドを両手両足の動脈に巻いて突撃を行い、外傷を負っても出血多量で倒れることなく戦えるようにしていたベトコンのようだ。

 まもなく、それは、四肢外傷以外の内蔵の各器官の義体化、筋肉や骨格の強化と究極の兵士を作るために発展することになる。ごくあたりまえのことのように。

 戦場でバラバラに吹き飛ばされて家族を悲しませるより、”生存率”を高める方法として、あらゆる倫理団体の批判を家族のためにという標語で乗り越える。戦争そのものの倫理については棚に上げてだ。

 脳みそさえ残っていたら換装可能。頭部を最大限に保護して、より経験を積んだ脳を生存させ、新たな兵器に作り替える・・・ブレインアーマー・プロジェクト。

 その現在の最大系が、脳と兵器の直結へと繋がっていく。初めは、戦車や戦闘機に、最終的には、脳だけを積まなければ実現不可能な兵器に。

 そのうち、軌道を廻っている兵器衛星にまで良く使い込まれた脳が積まれるのではないかとケイスは思う。

 地球の暗い軌道上をたった一人、感覚器官限界まで落とされ、半永久的に廻っている自分を想像して、ケイスは無いはずの背骨に寒気を覚えた。

 ヴァレンティナの話を思い出す。

「東側の連中なんて、代理神経網だけつけられて、兵器に放り込まれるんだ。」   

 ワイヤーフレームの世界から転じて、現実世界に戻り、あらためて自分の姿を眺める。

 強化された、骨格、筋肉、表皮を持ち、近距離での手榴弾の爆発に耐えうる。

 限界高度から落ちても変形しない骨格と脳保護機能。

 頭部だけでも数十時間の生存が可能。救出後は、数時間の換装作業で再出撃が可能。

 ゾンビー軍団。大昔のB級ホラー。不死のウィルスで不滅の体。

 それでも、迎えてくれる家族がいるなら、生きていたいと思うかもしれない。

 施設から出ることも許されず、黙々とリハビリと戦闘訓練を続ける日々。

 自分が着実に兵器化していくのと、それに伴って遠のいていく感情や感覚。

 怒りや悲しみ、喜びといった感情がどんどん遠のいていく。

 それでも、脳からこびりついて離れない、ナオミの死に顔と、聞いてないはずの叫び声。それを思い出す時だけ、ケイスは人間らしい心が自分の中にふくれる様に感じる。

 再度、アクセスを開始して、あきらめかけているキーワードを入力する。

 補助電脳の声が頭に響くように聞こえる。

「リック・マイヤー上等兵はベルファスト基地付属病院に収容されています」

「コリーナ・フレイツェン上等兵のはベルファスト基地附属病院に収容されています」

 二人の級友の安否だけが唯一の救い。こちらから連絡する手段はまだないが、いつか連絡がとれるだろう。

 続けて、聞きたくない音声が響く。

「ナオミ・ワトソンの消息はありません」

 テキストと音声で、補助電脳が乾いた音で告げる。

 このどうしようもない落胆も、徐々に遠ざかっていく。

 ケイスは、コンソールから手を離し、耳の後ろにあるジャックからプラグを引き抜くと、そのまま背もたれに身を預けた。

 こんな体になっても、脳は一定の活動に対して、一定の休養(睡眠)を求めてくる。

 最後に、ヴァレンティナのあの肢体が浮かび、ケイスは唯一の人工ではない生理現象に身をゆだねた。

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