20.リプレイスメント(完)

文字数 1,570文字

 一〇人が通り過ぎて、九人が振り返るような、そんなリプレイスメントボディ。

 優美な曲線は、通常の肉体を持つ男性にさえ生理的な欲求を喚起させるような、ある種芸術的な出来映えだった。

 社会にもだいぶ、完全サイボーグ化、すなわち、全身を人工物とリプレイスメントした人達も増え、町中でもたまに見かけられるようになっていた。

 ヴォーグの表紙を飾りそうな、そのリプレイスメントが、香りのよりアールグレイをポットから注ごうとすると、後ろに表れた、これも男性型のリプレイスメントが取って丁寧に注いでやる。

「遅かったのね」

「これでも飛んできたんだぜ」

 二人の頭部が優美に重ねられる。

 ロンドンの空に鷲がゆっくりと飛んでいる。店の奥から、シャンソンが聞こえた。

「また、オキナワに行きたいわ」

「そうだな。その前にこいつを片付けちまおう」

「アイヒマンが潜伏してるって話、信じる?やつがまだ生きてるって。NATOの捜査班はなにをしていたのかしら?」

「奴も今日から年をとらないさ。体を失ったツケはきっちり返してやる」

 そう言うと、男性型のリプレイスメントはガラス張りの近代的なオフィスビルを見上げた。

 バジリスク事件に関与したとして逮捕されたアイヒマンは、NATO軍司令部に護送される直前に逃亡した。

 アイヒマンの不審な通信を発見したゾフィーがヴァレンティナと共に暗号通信の解析を行い、バジリスク部隊との関係を伺わせるいくつかの証拠を入手。ブルクハルトと共に軍司令部に訴えたのである。 

 最終的にアイヒマンの逮捕を指揮したのは、ゾフィーだったが、ケイス達を好き勝手に銃撃していたアイヒマンの部隊を制圧したのはリック達だった。

 リック達士官候補生達のブレインアーマーは、アイヒマンの特殊部隊の連中を素手で制圧、複数の銃弾を受けたケイスとナオミの脳槽を救出した。

「ま、一応味方だったしな。みんなの戦いぶりを、マスターにも見せてやりたかったぜ」

 一番大暴れした当人が、珍しく少し照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。

 アイヒマンの所有していた精鋭部隊も素手で倒したことで、ベルファスト基地の士官候補生の名声は上がった。

 アイヒマンの逃亡を助けたのは、レイチェルだったという。レイチェルは五人の護衛を一人で倒した。残念なことにその五人の一人に入ってしまったサミュエルが、病室で横たわるケイスに「およそ、彼女の力とは思えない力と動きだった」と語った。そして、レイチェルもまた、アイヒマンと同じく姿を眩ましてしまった。

 バジリスク部隊とアイヒマンと関係の詳細はわからずじまいだった。この事件に関係して、西側のある政府高官が逮捕もされたが、それはまた別の話だ。もっとも、アイヒマンが利用されていた可能性もある。

「奴をやっつけないと、気が済まないんだろ?」

「あちら側に亡命ですって?!冗談じゃないわ!」

 中指をたてて見せた後、女性型のリプレイスメントは立ち上がり、先にビルの方へと向かう。まるで、買い物でも行くかのようだ。

 実際には、アイヒマンの息のかかったこのビルの警備員とおそらく警護の兵は、これから最強のリプレイスメント使い二体に襲われ酷い目をみることになるのだが。

 補助脳にビルの構造を送らせる。建設当時の設計図がワイヤーフレームで表示される。乾いた声で終了を告げる。

 ガラス製の大きな回転扉の前で、女性型のリプレイスメントが振り向いた。

「ケイス。早く行きましょう」

 美しいラインのボディが暖かな日差しの中でキラリと光った。

 ケイスが肩をすくめるようにして立ち上がると、それでも楽しそうな足取りでに近づいていった。

「あんまり派手にやるなよ、ナオミ」

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