第6話

文字数 2,382文字

 斎場を出て、それじゃあと別れようとしたら、彼女が小さな声で言った。
「私、三上くんとは、もう別れてたんだ。今日のこと、新聞で知って、来たの」
どう返事したらいいのかわからなかった。
「でも、さすがにショックだった」
「うん」
「そうだよね。じゃあ、また連絡するね」
真島さんは手を振ると、急ぎ足で時計を見ながら歩いて行った。
 彼女はかつて学生コンパニオンだったけど、いまは何をしてるんだろう。OLか。それとも誰かとつきあっているのかもしれない。期待しないように考えをもっていくが、それでも今度会うであろう彼女のことを思うとドキドキした。もし、彼女が結婚していなかったら、彼氏がいなかったら、今度は打ち明けることができるんだろうか?変な感じだ。葬式からの帰りなのに、妙に足取りが軽くなっていた。

 昼メシを買いにコンビニに行った。コンビニの前に男子高校生たちがいる。なにをするわけでもなく、つまらなそうにみえるが、それでもおれには彼らの時間が輝いてみえる。
 高校のときなんてたいして何もなかった。特別なことなどありもしない。学校、家、遊び、それくらいだ。けど、いまにして思うと、何気ないどうでもいいようなアホらしい話してたあの時間が、今はうらやましく思い出せるんだ。なぜだろう?楽しいなんてことはまるでなかったのにな。
 そりゃあ真島さんは好きだった。けど、ほとんど話すこともなかった。研究チームがいっしょになって、映画作りしたのはすごいラッキーだったけど、結局はやっぱり三上が好きだったわけだし。どうみたって彼女は手に届かない存在だった。もてるコのまわりには暗黙のバリヤーがあった。まわりの男同士の無言の競い合いだ。その時点で入っていけなかった。さえなかったからな。けど、今よりまだダサかった昔のあの頃のおれでも、いまはうらやましく思えてしまうんだ。

「あ、それやばい」
 おれが弁当のひとつを手にとろうとしたら、声がした。振り向くと、阿部康祐がやって来る。とろうとする手を、思わずひっこめる。
「あれ?買わない?じゃ、いただき」と、阿部さんは最後のひとつだったその弁当を取った。    
 阿部康祐は仕事で知り合った、というか、そう、このコンビニで知り合った。偶然にも隣り合わせて止まった車の中で、まったく同じに牛スジコロッケを食べながら、同じアニメ本を読んでいたことからだ。いきなりはしゃべらなかったが、それから何度かいっしょになるうちに、いつしか話しだして、うまがあった。
 彼も営業している。だが、おれとは大違いの全国規模の大企業で、ここには県外からやってきてる転勤族だ。蒲鉾売るのとは全く違う分野で、地域開発コンサルティング部門だという。彼はけっこうずばっと言うタイプで、愛想も言わない。太ってる分、貫禄があり一見威圧感さえある。だが、悪気があるわけじゃない。ただ、アニメとプロレス好きのおたくで、仕事よりそっちに力が入ってるだけだ。アニメでは話がもりあがる。お互い好きな系統が違うから、いかに自分の好みの方が素晴らしいかを張り合うこともあった。

 今日も互いの営業車を並べて、車の中で弁当を食べる。
「めちゃやばいな、ほんと」
 阿部さんは弁当をほんとうまそうに食べる。まだ大学出たての23歳なのに、ちょっとメタボがやばい。
「あーあ、今日もダメかな。午前中は小さいルート回っただけで、葬式あったし」
 それに、なんとなくグチを言えるたったひとりの相手だ。家族でも誰でもなく、コンビニでたまたま知り合っただけの彼に、というのが笑える。
「へー、誰の?」
「高校の同級生…」
「ありえねぇーっしょ。葬式なんて、じっちゃんが死んだときぐらいだよ」
 おれは営業用の蒲鉾を出した。板つきの1本700円のやつだ。持ち出しセットのミニナイフですっと板から蒲鉾を分けて、阿部さんにやる。
「あ、どうも。じゃっ」と、彼は慣れた手つきでひょいと蒲鉾をつまんだ。

「はあ」
 人生なんてのは、あっけないもんかもなあと思う。毎日仕事や洗濯とか身のまわりのこまごましたことなんかをこなすだけで、結局、何かを成し遂げるなんてこともなく、ただ毎日過ぎて行く。
 母親はパチンコに通い、妹はひきこもったまま日々は過ぎて行く。ゲームでいえば、ライフポイントをムダに消費しているみたいだ。ほんと、ゲームでも必死でクリアするまでは楽しいが、クリアしたとたん、なんか虚しくなる。クリアしたけど、だからなんだってのって気分になるからだ。社会人になるまではそんなに思わなかったけどな。

「激やばいわ、コレ。そのままかぶりつくってのがイケすぎ」
 阿部さんは固まりのままの蒲鉾を手に、かぶりついている。おれが営業ダメなおかげで、阿部さんは当たりがいい。が、これもメタボに貢献してるかもしれない。
「阿部さんもノルマとかあるんでしょ?」
最高に幸せそうな顔して食べているのを見ていると、彼には悩みなんてあるんだろうかと思える。
「おれも悪いよ」
「会社から何か言われないか?」
「まあね。転職したいなあ。向いてないと思うワケ。入って3日でそう思ったよ」
「でも、阿部さんとこの会社ってすごいじゃない。有名だし、人気あるし、競争率高かったんでしょ?えらいよね。いいとこ就職したんだし」
「でも、そんなに仕事ばっかできないし」と、がははと笑った。
「やっぱ元気だね」
「見てよ、ここ」
阿部さんは頭をひょいとかき分けた。小さくきれいに丸くハゲてる。
「10円ハゲっての?見つけたときはおーまいがっ!ホーリーシット!だよ」
阿部さん、ネットでホラーゲームの外人実況見過ぎじゃないのか。
「そんなにたいして仕事してないのに、それでもコレって、どんだけおれはナイーブなんだって」と、またがははと笑った。なんだかおれもつられて笑った。
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