第5話

文字数 2,912文字

 斎場は街中にあったので、とりあえず営業車は駐車場に置いて来た。ネクタイを黒に変えて歩き急ぐ。
 死んだのは三上という、高2、高3のとき同じクラスだったやつだ。20歳で同級生の葬式に行くとは思いもしなかった。そりゃあそうだろう。死を意識するには早すぎる。

 斎場に行くと、大勢の人が集まっていた。見覚えのある顔もちらほらあった。「よお」と、高校時代はそんなに親しくなかったやつからも声をかけられる。なんて名前だったっけな?
「交通事故だってね」「まさか同級が死ぬとは思わなかったよなあ」などと、お互い普通に話す。高校の時は気が合う合わないで、全然違った。ほとんど話すこともなかったやつでさえ、今はこうやって世間一般と同じように会話をする。こんなときに、おれもやつらも大人になったなあと思うんだ。

 高校時代、三上は優秀だった。彼は誰か特定のグループとつきあうわけでもなく、誰とでも親しくなれるやつだった。かといって、親しい友だちというほどじゃなかった。おれはおれで、ごく普通に目立たない存在で、みんながどっか行こうぜと言えば、最後についていくようなタイプだった。三上とは気が合うとか関係なく、名前の順が並んでいた学年のときがあったり、研究発表チームがいっしょだったり、なんとなく話すことが多かった。

 斎場で座っていると、斜め前に見覚えのある姿を見つけた。一瞬どきりとした。彼女だと思った。真島恵利奈、おれは高校2年のときから彼女がずっと好きだった。

「久しぶり」
 出棺の後、彼女が声をかけてきた。
「よ」と、となりにも見覚えのある男がいた。「おれおれ。ミクニ」
「ああ…」
ミクニはおれと同じで勉強できない組だった。クラスでは大学めざす鞄大きめ組と、とりあえず卒業する組みたいに垣根があった。だが、彼は運動はよくできた。サッカー部だった。
ミクニは「元気?」と聞いてきて、「なんかこの場所では合わないな」と肩をすくめた。
「なにしてんの?」
「まあ、営業」と言いながら、ちらりと真島を見た。
「ふーん」
「おまえは?」
「おれ?陸防軍」
「は?」
「アーミーだよ。ちょうど帰省してたら、これでびっくりさ」
「どう?」彼が軍とは想像の範囲外だった。
「どうって、まあ給料はいいぜ」自衛隊と言われていたが、改憲で日本軍と明記、法制化されたのは、そんな前じゃない。軍となり、募集するにあたり、給料はかなり上がったという話だ。
 ちょうどお昼のサイレンが聞こえた。
「じゃ」と、ミクニは真島にも軽く手をふって先に帰った。

「でも、元気そう」
 真島恵利奈が少し微笑んだ。二人になって少し緊張した。
「同窓会、以来だね」
ああ同窓会、ブルーな気分がよみがえる。

 卒業1年後の同窓会は苦い思い出しかない。女は大人になると、高校時代を思い出せないくらい、あっという間に変わる。再び会った彼女も化粧をして、すっかり大人の女性になっていたが、ますますキレイになっていてどきどきしたものだった。だが、そのときに、高校卒業後、彼女が三上とつきあっていることを知ったんだ。彼女は短大いきながらコンパニオンをしていて、三上は来ていなかったが、一流大学に行ってた。
 同窓会じゃ、誰もがいろいろな話題があった。学生生活、就職、結婚、引っ越し、子どもが生まれたやつまでいた。おれはというと、そのときフリーターだった。大学生のバイトでもなく、時給1020円の夜のコンビニバイトとか、家とバイト先の往復の毎日で、それ以外なにもなかった。「おまえはどう?」と聞かれることに気後れした。みんな、新しい未来に向かって輝いているように思えたから。
 おれは彼女に会えることを密かに期待してた。けど、彼女の笑顔を見ながら、同窓会にやって来たことをハゲシク後悔したんだ。

 今も彼女はとてもきれいだった。
「三上のこと、ほんとに…」
「ほんとに」と、彼女も繰り返した。目が赤い。つき合ってたんだ、当然だろう。
「ぜんぜん、なんか、ぴんとこない」
「うん」

 少し沈黙したまま、斎場の出口へと歩く。多くの黒い服の人たちが散らばって行く。
「あの写真、真面目くさった顔しちゃって」 ふいに真島恵利奈が言った。
 祭壇の三上の写真は、ネクタイを締め、真面目なエリートサラリーマンという感じだった。 「けっこうふざけてたよね。ほら、映画とってたときに、すごい意外だったけど、あれが本当の性格だったって」
 おれと三上と彼女、3人は秋の文化祭での研究発表のグループだった。期末が終わった夏休み前に研究を相談したけど、三上が熱心に映画撮ろうっていうもんだから、結局、夏休みを利用して30分の映画を作った。
「どこが研究だろうって思ったけど」
「映画の構成と手法を考察するとかなんとか、言ってたけど、ただ三上くんが撮りたかっただけって」
「うん、そうだよね」
三上が親父のデジタル映像機器を持ち出して、いつのまにか台本や細かい説明の入った絵コンテのようなものも作っていた。出演は真島さんとおれで、ラブストーリーかと思ったら、全編アクションものでがっかりだった。三上は自分がやればいいくらい、やる気がないおれや真島さんに熱心に演技、いやアクション指導をした。ほんと笑っちゃうほどに、熱心にふざけたアクションを真面目に考えていた。

「お笑いが好きだったなんて」
 真島さんも同じことを思い出してるようだった。
「おかしかったよね。あんなに頭のいい三上が、あんなにバカな」
「ムカイくんも。お笑いアクションを真面目に指導されて、そのとおり素直にやってたから、おかしかったって」
「真島さんは真面目にやってなかったの?」
「実はテキトーだった」
「え」
「もちょっとマジメにやってあげたらよかったな、なんて」
「そうだよ」
完成した映像を見たとき、真島さんのふいに見せる表情や、演技の合間の笑顔とか、台本にのってないカットがあった。そのとき、よくわかったんだ。

「三上、あの映画、真島さんを撮りたかったんだよ」
 真島さんはえっという顔をしたが、微笑んだ。
「あんなにバカな映画で?お互い大変だったよね、カット割りごとに、アルミホイルを重ねまくって作った反射板を持つ担当もして…、でも、楽しかった」
まだ20歳なのに、もはや過去形でしか語れないことにため息がでた。三上のことはもちろんだけど、おれたちもだ。2年、接点がないんだ。18で共有した思い出は終わってる。
「ね、あの映画、また見たくない?」
「三上が持ってた?」
「いまは私が持ってる」
「ああ…」三上とつきあってたんだからな。
「今度、渡したいけど」
「え、いつでも。いや、真島さんの都合いいときに」
「ひょっとして仕事…」
「してるけど、都合つく仕事だし。会社員だけど」
今でもフリーターと思われてたらマズイと思ったせいで、やけに強調してしまった。
「結婚はまだよね?」
「誰が?」
彼女がおれを見た。
「いや、ぜんぜん」変な答えだ。あわててる。
「また連絡するから、電話教えて」
「あ、おれ、住所は昔のまま」
「スマホの」
「あ、そか」
かなりあわててる。そりゃそうだ。過去形のはずが、いきなり未来形だ。
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