第11話

文字数 1,364文字

 ≪《社長、横山さん、小峰さんもいる。小峰さん、戻ったんだ!みんなが拍手している。
「よくやった。これで挽回できる」
社長はすすけた顔をして軍服を着ていた。
「人類にはまだ希望がある。おまえのおかげだ」
 ああ、そうだ、社長じゃない、指揮官だった。おれは武器と弾薬を危険地帯を通り抜け、調達成功したんだ。みんなの拍手、みんなの笑顔。ありがとうと口々に言っている。誇らしい気持ちでいっぱいだった。スポットライトがまぶしかった。》≫


 カーテンを閉め忘れた部屋に上ったばかりの朝日が顔にあたっていた。目覚ましはまだ6時前だ。夢の続きの意識からこの状況に混乱した。そして一気に現実に引き戻された。重い身体を引きずるように起こす。慣れとは不思議なもので、考えなくても勝手に身体は動く。

 廊下正面の部屋のドアにはいつものようにメモが貼られていた。食べ物やDVDなどいろいろ書かれているようだったが、見る気も起こらない。階段を下りる動作も緩慢で、がたがた音がする洗濯機を回す気も起こらない。母は当然のようにまだ寝ている。昨日も帰るのが遅かったのだろう。バッグや衣類をそこらあたりに放り出している。それらをゆっくりと片づけだす。こんなサイアクな気分のときでも、慣れた手つきで朝の用事をこなそうとしている自分にやるせない気分になる。ふと手がとまる。母親のバッグからこぼれた書類やポーチの間から通帳が見えた。おれの通帳。嫌な予感しかなかった。あわてて中を開くが、最後はゼロの数字で終わっていた。

 毎朝洗濯機をまわし、朝ごはんを作り、妹の用事をこなし、昼も食事をもって帰ってきた。母の頼みごとも妹の頼みごともこなして、付き合いつづけてきた。向いていない仕事もやめるわけにはいかないから、いやいや続けてきた。

「なんでだよ」
 おれは通帳を放り投げた。バッグも服も放り投げた。
「なんでだよ!」
あたりのものも片っ端から力いっぱい投げた。テレビのリモコンが壁に当たって割れた。
「なんでいつもそうなんだ!それなら死ぬまでそうしてろ!」
 階段をかけあがると、服をそこらあたり着替えて、家を飛び出した。いつもより早い時間、通りにはまだ人が少ない。走るほど靴がぱかぱか音をたてる。いつもの習慣で服も靴も仕事モードだった。おれはバス停を通り過ぎて走った。なんでも母や妹のせいにして理由をつけて、何もしてなかったおれ、人ごとだったおれ。そうして家族も、そんなおれ自身もすべてを捨てて逃げていくおれ。ポケットに入れたままの万歩計の音が鳴った。

 万歩計「宇宙戦艦Z号GO!」を取り出す。とうとう歩数をクリアし、Z号は惑星ファーラウェイへと旅立った。これからのさらなる旅路が待っている。
 行け、おれ2号。
 勢いよく万歩計を放り捨てた。

 さあ、これからどうするか。ぱこぱこ音がする靴をまず買い替えるはずだったが、もう仕事用の靴はいらない。この先はわからないが、とりあえず今は走ろう。ただ、走るんだ。あの夢で見た「おれ2号」のようになるために。


おれ2号  おわり

この後、「13分キエラ」へとつながっていく話でした。SFとはまったく違う方向であれ?と思われたかもしれませんが、読んでいただきありがとうございました。
ジャンルにはこだわってませんが、今後も書いていきます。
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