第4話
文字数 2,113文字
まずは近所の森下商店という小さな店によることにした。80近いおばあさんがやってるところで、おれが会社に入るずっと前からの顧客だ。昔は日に50ほどの受注があったらしいが、近所にスーパーができてから減り始め、今はもう日に蒲鉾1つ、天ぷら2枚になっている。それでも社長は昔からの付き合いだからと、納品ルートにいれて、運んで来ている。
「あのですね、10、あ、いえ、もうふたつみっつとってもらうことは」
言いながら気の毒になった。今でさえ3つ、それに3つとれば200%のアップ率じゃないか。 「えー?」 森下さんは耳が遠い。顔を近づけて来た。その動きで、側の棚がはずれ、置いてあった菓子がばらばらと落ちた。あわてて拾う。
「悪いねえ、ムカイさん。もうこの棚も古くて」
「いえいえ」
それにここで3つ増やしてもらったところで、何の足しになるというのか。
「それで、何ですかね?」
「あ、いえ、大変ですねえ。森下さん。脛の方はどうですか?まだ痛いですか?」
大声で言う。
「まだね、階段とか上がったら大変だわねえ」と、森下さんはにっこりしながら言った。残念ながら、肝心なところで押しが弱い。
“仕出ししまもと”に行く。ここも曜日で違うが、ある程度決まった数を注文してくれている。島本さん夫婦2人でやっている小さな店だ。
「あ、ムカイさん」
島本さんがにっこりした。
「このあいだは弁当届けてくれてありがとう。間に合わなくなるところだったから、ほんとにおかげで助かりました。あなたも仕事中なのにねえ」
「いえいえ、こちらの営業もかねて…」
相手の弱みにつけこむつもりはないが、恩着せがましいこともする。いや、全部が打算なわけじゃない。半分は本当に気の毒だと思って、手伝ってあげたい気持ちだったんだ。
「焦げてるぞ、早く」
旦那の方が言う。島本さん夫婦は、今日も忙しそうに動き回る。
「あ、じゃあ…」
営業先がまたにしてと言っても、すぐには引き下がらないことが必要だが、おれはまたにしてと言われなくても忙しそうだと悪いなあと思い、つい、あとで来ますと言ってしまう。
≪《Z号の修理は突然邪魔が入った。裏切り者によって別の宇宙戦艦を造る画策がなされていたのだ。そちらが完成に近づいていたのだ。このままではZ号は負けてしまう。
「二番じゃだめなんですか?」
おれの言葉にみんなが動揺した。勝ち負けだけがすべてなのか?いや、がんばることこそが大事なんだとおれは思った。》≫
おい、おれ2号、勝つことがすべてだろう!負けたら地球滅亡だ。滅亡まであと88日と出てるぞ!いまだ発進すらしてないじゃないかよ、のんびりやってんじゃねえよ。まったく。どんだけ歩けば飛んでくんだよ。
「あ、ムカイさん、ねえねえ、食べて食べて」
いつも寄るスーパーで、対面販売をしている顔見知りの沖津さんが声をかけてきた。
「今日もお昼の買い物?」
「あ、今日の昼は家には帰らないんで」
「あら、妹さんは」
たいてい昼飯をここで買って、いったん昼に家に戻る。おれの分じゃない、妹の分だ。おれは車で食ってるからな。
沖津さんは、この店が長いベテランで50代だ。妹のことも家にいることは知ってるけど、たぶん、引きこもりと察してると思う。こんな平日の昼前にスーツ男が食品売場でウロウロしてるんだ、ちょっと印象に残ったんだろう、いろいろと話しかけてきて、だんだん親しくなった。 「あ、一応昼のものあるんで。それより沖津さんとこ、息子さん、骨折したって言ってたけど、どうですか?」
「ああ、ギブスとれるまでまだまだかかりそう。もうバイクで勝手にコケてるから。バカよもう」
「でも骨折ですんで、よかったですよ」
「まあねえ」
「それどう?」 ウインナーとキュウリを交互に串に刺して焼いたのをもぐもぐしている。
「すごいおいしいです。あ、とろけるチーズがアクセントなのかなあ」
家でメシ作るのに、ここの試食とか総菜とかけっこう参考にする。
「でしょ?」 沖津さんは自慢げににっこりした。
「あ、これ蒲鉾とでもコラボできる、なんて思いません?」と、おれもにっこりした。
「蒲鉾?またまた」と、沖津さんは笑ったが、「うちのスーパーがムカイさんとこの商品も取り扱ったらいいのにねえ。そしたらばんばん売ってあげれるのに」と、残念そうな顔をした。
ここのスーパーは県外大手がやっている。おれの会社の食い込むスキはない。自分の営業エリアだが、営業するのも気がひけてしまっていた。
「ほらほら」 沖津さんがまたウインナーキュウリをくれる。
「ね、おいしいでしょ?」
「あ、はい」
結局、車の助手席には袋入りウインナーが2袋置かれた。この金欠のときに、思わぬ出費だった。つい買ってしまうんだ、おれは。
商店街でティッシュとか配られたらつい受け取るし、アンケートお願いしますとか言われたら、つい答えてしまうし、特売と思って買った後でレシート見たら間違ってても戻せないし、何につけてもいつもこうだ。
何の成果もないまま、昼前になる。いつもならさっさと昼メシにするんだが、今日は行かなければいけないところがあった。
「あのですね、10、あ、いえ、もうふたつみっつとってもらうことは」
言いながら気の毒になった。今でさえ3つ、それに3つとれば200%のアップ率じゃないか。 「えー?」 森下さんは耳が遠い。顔を近づけて来た。その動きで、側の棚がはずれ、置いてあった菓子がばらばらと落ちた。あわてて拾う。
「悪いねえ、ムカイさん。もうこの棚も古くて」
「いえいえ」
それにここで3つ増やしてもらったところで、何の足しになるというのか。
「それで、何ですかね?」
「あ、いえ、大変ですねえ。森下さん。脛の方はどうですか?まだ痛いですか?」
大声で言う。
「まだね、階段とか上がったら大変だわねえ」と、森下さんはにっこりしながら言った。残念ながら、肝心なところで押しが弱い。
“仕出ししまもと”に行く。ここも曜日で違うが、ある程度決まった数を注文してくれている。島本さん夫婦2人でやっている小さな店だ。
「あ、ムカイさん」
島本さんがにっこりした。
「このあいだは弁当届けてくれてありがとう。間に合わなくなるところだったから、ほんとにおかげで助かりました。あなたも仕事中なのにねえ」
「いえいえ、こちらの営業もかねて…」
相手の弱みにつけこむつもりはないが、恩着せがましいこともする。いや、全部が打算なわけじゃない。半分は本当に気の毒だと思って、手伝ってあげたい気持ちだったんだ。
「焦げてるぞ、早く」
旦那の方が言う。島本さん夫婦は、今日も忙しそうに動き回る。
「あ、じゃあ…」
営業先がまたにしてと言っても、すぐには引き下がらないことが必要だが、おれはまたにしてと言われなくても忙しそうだと悪いなあと思い、つい、あとで来ますと言ってしまう。
≪《Z号の修理は突然邪魔が入った。裏切り者によって別の宇宙戦艦を造る画策がなされていたのだ。そちらが完成に近づいていたのだ。このままではZ号は負けてしまう。
「二番じゃだめなんですか?」
おれの言葉にみんなが動揺した。勝ち負けだけがすべてなのか?いや、がんばることこそが大事なんだとおれは思った。》≫
おい、おれ2号、勝つことがすべてだろう!負けたら地球滅亡だ。滅亡まであと88日と出てるぞ!いまだ発進すらしてないじゃないかよ、のんびりやってんじゃねえよ。まったく。どんだけ歩けば飛んでくんだよ。
「あ、ムカイさん、ねえねえ、食べて食べて」
いつも寄るスーパーで、対面販売をしている顔見知りの沖津さんが声をかけてきた。
「今日もお昼の買い物?」
「あ、今日の昼は家には帰らないんで」
「あら、妹さんは」
たいてい昼飯をここで買って、いったん昼に家に戻る。おれの分じゃない、妹の分だ。おれは車で食ってるからな。
沖津さんは、この店が長いベテランで50代だ。妹のことも家にいることは知ってるけど、たぶん、引きこもりと察してると思う。こんな平日の昼前にスーツ男が食品売場でウロウロしてるんだ、ちょっと印象に残ったんだろう、いろいろと話しかけてきて、だんだん親しくなった。 「あ、一応昼のものあるんで。それより沖津さんとこ、息子さん、骨折したって言ってたけど、どうですか?」
「ああ、ギブスとれるまでまだまだかかりそう。もうバイクで勝手にコケてるから。バカよもう」
「でも骨折ですんで、よかったですよ」
「まあねえ」
「それどう?」 ウインナーとキュウリを交互に串に刺して焼いたのをもぐもぐしている。
「すごいおいしいです。あ、とろけるチーズがアクセントなのかなあ」
家でメシ作るのに、ここの試食とか総菜とかけっこう参考にする。
「でしょ?」 沖津さんは自慢げににっこりした。
「あ、これ蒲鉾とでもコラボできる、なんて思いません?」と、おれもにっこりした。
「蒲鉾?またまた」と、沖津さんは笑ったが、「うちのスーパーがムカイさんとこの商品も取り扱ったらいいのにねえ。そしたらばんばん売ってあげれるのに」と、残念そうな顔をした。
ここのスーパーは県外大手がやっている。おれの会社の食い込むスキはない。自分の営業エリアだが、営業するのも気がひけてしまっていた。
「ほらほら」 沖津さんがまたウインナーキュウリをくれる。
「ね、おいしいでしょ?」
「あ、はい」
結局、車の助手席には袋入りウインナーが2袋置かれた。この金欠のときに、思わぬ出費だった。つい買ってしまうんだ、おれは。
商店街でティッシュとか配られたらつい受け取るし、アンケートお願いしますとか言われたら、つい答えてしまうし、特売と思って買った後でレシート見たら間違ってても戻せないし、何につけてもいつもこうだ。
何の成果もないまま、昼前になる。いつもならさっさと昼メシにするんだが、今日は行かなければいけないところがあった。