第8話

文字数 1,824文字

≪《 急がなければならない。
 がらんとしたスタジアムを抜けると、ビルが立ち並ぶ街が目の前に広がった。おれは急いで駆け出す。あの街にある拠点で、大量の弾薬を手に入れることができる。
 そのとき、銃弾が音とともに頬をかすめた。驚いて、足がもつれ転ぶ。這いずるように前へ前へと進むと、ようやく立ち上がり建物の後ろへ駆け込んだ。息があがる。心臓の鼓動は飛び出そうに打っている。
 顔を少しのぞかせるが、その一瞬、目の前の壁に弾が当たり、壁の一部が飛び散る。反射的に飛び退いた。スナイパーだ。
 おれは壁に張り付くと、肩にかけていた銃を手に取り、呼吸を一度整えると、タイミングをはかり、銃を出し反撃する。音がした方向へ、とにかく撃ち、その間は相手からの反撃はなかったが、数発でカチカチと音が鳴った。空になったのだ。おれは舌打ちしてその銃を肩にひっかけると、今度は胸元からピストルを取り出した。弾を確かめる。あと二発しかない。辺りを見回すと、銃弾から隠れられそうな場所をめがけて走る。足下で乾いた音とともに土煙が何度もあがる中、建物の陰に飛び込んだ。
 浅く荒い息をしながら、また様子を伺う。何としても弾薬を手に入れ、仲間と合流しなければならない。
 あっと思い出して手の平を見た。リーダーが、少しの間姿が消せると言っていたあの傷があった。
「おれ2号おれ2号」
つぶやくと、また走った。背後に意識が集中するが、何も音は聞こえなかった。うまくいった。一気に走りだした。》≫


 テレビではロシアの製材所で謎の襲撃事件が発生したとニュースが流れていた。もう1個の卵を割る手を止めて見ていたが、すぐに芸能ニュースに変わった。
 今日も会社に行く気がしない。大口が減ったから、ますます営業圧力が強まるのは目に見えている。夢のおれはかなりいけてるのにな。
「遅れるよ」
大声で母さんを呼んだ。


≪《 Z号の修理はみんなの地球のためにという使命感と根性で乗り切った。その犠牲的ながんばりように裏切り者が名乗り出て、「私を許してほしい。私はあなたたちに人のつながりの大切さ、目的のための犠牲をいとわない忠誠心、論理や理屈を超えた熱い気持ちを教えられた」と涙を流した。皆は非難したが、おれは立ち上がった。
「みんな、誰だって間違いはあるんだ!今は一丸となってファーラウェイへ向かわなければいけない。いがみあっていては何も生まれない!彼を許してあげてほしい!」
「おれ2号!」
みんなは泣きながら拍手した》≫


 さっさと飛べよ!そんな場合か!おれ2号、うざい。うざすぎるんだよ。優等生の学級委員長か。論理なくして気合いで宇宙船が飛ばせるか?そんなきれいごと、世間に通用するとでも思ってんのか?
 母親も妹も相変わらずだ。状況はやばくなっているのに。今月しのぐのがやばいのに、通帳も見つからない。靴はますますぱたぱたと音が大きくなってきている。最悪だ。
 バス停まで走る。どんどん走る。万歩計「宇宙戦艦Z号」をなにがなんでも宇宙に飛ばすために、いや、会社に遅れてはならないために、いつもの倍速で走った。

 事務所では横山さんため息をついている。彼女のそんな姿は初めて見た。
「やっぱ経営やばいですよね」
「それはそうだけど…」
おれはいつもどおり、用意された営業用のクーラーボックスを手にした。
「それ、ひとつ食べてみて」
「え?」かまぼこをひとつ取った。一口かじり、もう一口さらにかじった。
「これって」
「味、違うでしょ」横山さんがまたため息ついた。「お客さまからね、何人からか味が違う、作り方まちがえているんじゃないかって」
たしかに味が微妙に違っていた。
「人は大事にしなくちゃいけないよ」
横山さんは静かに怒りを抑えてつぶやいた。

 工場長だった小峰さんがリストラされて1週間になる。
「給料が安いのは我慢できる。会社の事情、経理してたらいやでもわかるから。でも、うちが大事にしていた味が雑になるのは嫌」
 横山さんがこんなに会社にプライドと愛着をもっていたことをはじめて知った。おれは自分のことしか考えてなかった。

『みんなでがんばるんだ!あきらめないこと、がんばることが大事なんだ!』

おれ2号なら暑苦しくそう言うだろう。

「社長、お願いします。小峰さんを戻してください」
 社長に頭を下げた。社長もかまぼこの味を見て厳しい顔をしていた。
「大きなところを開拓しないと」
「とります。必ずとってみせますから」思わず言葉が出た。
飛べ、おれ2号。
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