第7話

文字数 1,782文字

≪《「くそっ」
 弾が切れかけていた。大勢の武装した一団はあわただしく移動する準備を始めていた。おれは弾を取りに戻らなくてはいけなかった。適地を抜けて分断されてしまった本部に武器を調達に行かねばならないのだ。
「どこへ行けばいいのか、連絡先を教えてください」 と、リーダーの男に聞いた。
「連絡先は、敵に知られる恐れがあるから教えられないが」と、リーダーはおれの手首を握ると、手の平を上に、胸元まで上げた。
「おまえの名前を書き込もう」  
いきなり、おれの手の平に自分の指先を押し付けた。すると、ぐにゃりと溶けるように深く、男の指先がおれの掌の皮膚の中をえぐった。驚いて手をひっこめようとするが、男はぐっとおれの手首を握りしめていた。そのまま男の指が動く。不思議に痛みはなかった。そして、男の指先が離れると、そのえぐられたような深い傷跡は、すっと引っ掻き傷のような線だけになった。
「これで、自分の名前を唱えれば、少しの間、姿を隠せる」
「わかりました!行ってまいります!」  
 そして彼はさっと片手を振り上げ、出発する合図をした。おれは再び手の平を見る。さきほどの引っ掻き傷のような痕は字に見えた。名前? 声に出す。
「お、れ、2、号?」
突然、大音響で音が聞こえた。また爆弾が落ちて来る! 》≫


 首がぐわんとなった。その感触が背中へと下りていく。量販店の見本のマッサージ機は本当に性能がいい。にぎやかな音楽がかかりアナウンスされている。
 ここはおれの休憩所だが、毎度眠ってしまう。でも、みんな休みたいのか、ここは人気があって、満席で空いてないこともしばしばだ。そんなときに当たると、ほんとがっかりする。その自分のがっかりぶりに、仕事が取れなかったときもそれぐらいがっかりすればとか思う。  

 それにしても、さっきの夢はどう見ても設定に無理があるだろと思うが、夢のおれは思いっきり納得していた。なんだか続きが見たくなるto be continued な終わり方だった。
  あたりを見回す。隣りのマッサージチェアで気持ち良さげに寝ているおばさん、走り回ってる子ども、店員とテレビの前で話してるおっさん、いろんな客がいるが、誰もおれの存在に気づいてないみたいだった。
「“おれ2号”かぁ」
ちょっと手の平を見た。何の痕跡もないが、確かに “まじない”が効いたのかもしれない。  

 会社に戻ると、横井さんはとうに帰ってるし、社長もいなくて、がらんとしていた。おれは日報を書き出す。ため息が出る。毎日、そんなに書くことがない。おきまりの何パターンかを繰り返して書いている気がする。手がとまる。
「感触良好」  
 力なく口に出して読んだ。四文字熟語か中国語みたいに見えるな、とかくだらないこと思ってると、「良かったじゃないっすか」といつの間にか背後からのぞきこんでいた田村が言った。 「はは」笑ってごまかしたが、田村の空気が妙に重い。
「やってらんねスよぉ」  
 田村は鞄を机に放った。
「すぐにでも契約するみたいなこと言ってたし、やりっと思ったのに」
「あの、ミヤガワのことか?」
「あーあ、客も会社も、簡単に裏切るんスよね」
「え?」
「あれ、まだ知らない?工場長の解雇」
「えっ?小峰さん?」  

 小峰さんは二重丸蒲鉾一筋、50何年働き続けてきた人だ。寡黙であまり話さないが、ここに入った頃、何も知らなかったおれに、それとなく教えてくれた。
「まあ定年もいいとこの年っちゃ年だけど」
「どうして」
「タケナカがいきなりの契約打ち切りってことですよ」
「タケナカ!いちばん大きい得意先じゃないか」
「めちゃ、やべー。人件費がいちばんかかるから、工場はパートがベテランだからそれでやっていくって。やばいスよ、ムカイさん、おれらも」
 いや、やばいのはまず、おれだろ。第一候補だ。あまりに突然に、給料前の心配どころか、リストラ、いやもしかしたら会社がなくなるかもしれない。
「やっぱリクルートっスかね、職探しは」 田村は上を向いて思案げだ。  

 人間には2種類のタイプに分けられると、どっかで聞いた。人生が障害物レースのように、飛び越え飛び越え急ぐやつと、散歩のようにゆっくり遠回りするやつがいると。田村なら要領よく軽々と転職してうまくやっていけるだろう。おれはもちろん後者だ。
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