第2話

文字数 2,030文字

≪《 この船を飛ばすのはとうてい無理だと誰もが言う。じゃあ人類がこのまま滅亡するのを待つのか?地球の未来はおれたちにかかってるんだ。
「やってみようぜ!」
おれの中にこみあげる熱いものがあった。
》≫


 はぁ、やる気がでない。おまえ、そんなに暑苦しいキャラなのか。おれは底が開きかけた靴の音をたてて大股で歩きながら、万歩計「宇宙戦艦Z号GO!」を眺めた。
 『歩いて歩きまくって人類を救いに惑星ファーラウェイへ』 、 これを買ったのは体重が微妙に増えたからだ。営業という仕事柄、不規則な食生活のせいだろうか。まだ20才で、あれほど75度くらい見下していたメタボおっさんになりたくはないという一心だった。
 今朝の夢を思い出す。確実にこれの影響だと思った。

≪《「おれ2号、本気で言ってるのか?」
「もちろんだ!やらずに後悔するくらいなら、やって失敗した方が一万倍マシだ!」》≫

 アツい「おれ2号」に笑いがこぼれた。一万倍て。小学生が言いそうだ。「おれ2号」。主人公に名前をつけられたからふざけた名前をつけてみたら、登場人物のおれへの呼び名がそのとおりになっているのにウケた。物語は歩数で確実に進んでいる。これなら歩くのも楽しめるだろう。そう思いながらも歩くスピードを早める。
 バスに乗り遅れそうだった。それに乗り遅れると、会社に10分は間に合わない。

 おれが勤めているのは二重丸蒲鉾という、小さな蒲鉾会社だ。この町に昔からあり、創業から99年という歴史だけは長く、地元では知られてはいるが、最近は全国展開の大手スーパーなどが増え、そこに卸すところも大手が占めて、会社は不利な状況にあった。昨日の朝礼でも、大口得意先をなくした会社は、存続の危機を迎えていると、社長が言っていた。
 おれは営業担当で、営業は他に1人。工場は6人だが、うち工場長が社員で、あとはパートの女性、事務員1人もパートである。

 営業成績のさえないグラフを思い出す。普通にルートまわりもあるが、それ以外の販売先開拓がメイン業務である。毎日毎日、サンプルの蒲鉾やちくわをクーラーボックスに入れて歩き回るが、行っては断られるのが仕事のような気分だ。達成率も最悪だが、新規開拓営業成約率に至っては3%を割り、最低記録を更新中だ。工場のパートのおばさんたちよりずっと稼いでない。おれだけが会社のお荷物のようで、最近は会社に行くのが苦痛だった。
 まずい、バスに間に合うだろうか。時計を見る。成績が悪い上に遅刻までしたら最悪だ。必死で走る。靴がぱかぱか音をたててる。

 会社に行くと、隣の工場の機械の音が聞こえる。それに混じって、工場長の小峰さんの声が響いている。事務所より工場の始業時間が早い。
「おはようございます」
ものすごい引け目を感じながら、小さく言った。社長たちはそこにいなくてほっとした。
「もうちょっと早く来たら?」
 事務所に入ると、事務の横山さんがじろりと見た。

 結局そのバスには間に合わず、ひとつ遅れのバスに乗ったからだ。スマホでスケジュールを確認する。今日のニュースが流れていく。『世界でみると日本の貧富の差はわずか』とあった。ウソだろ、どんだけ世界は貧乏と金持ちがいるんだよ。けど、日本が『わずか』なんて思えなかった。だったらなんで、給料日まであと1週間6786円で過ごすことを計画しなければならない?なんでボーナスが0.5カ月になり、なんで退職した親戚のおっさんの年金の方が、おれの年収より何倍も高い?
 おれなんかカード申し込むとき、年収欄てとこにひどく落ち込むんだ。ボーナス0.8だろうと、0.5だろうと、7分類の前からふたつめだからな。今日も5千万とか汚職のニュースもあったが、5千万の使い道がゴルフや飲食、旅行接待なんだぜ。遊び用で生活のためじゃないってのが、マジむかつくじゃないか。
 おれの望みは、今度の給料が出たら、新しい靴を買おうと思ってるぐらいだ。営業なんだから、靴だけは高いやつを買おうと決めている。

「何度遅刻するつもり?それと、注文票、自分で書きなさいって言ってるでしょ」
  横山さんが机から注文票を手にして、ぴんっとはじいた。
「あ、はい。でも昨日、遅かったんで」 おれだって遅くまでがんばることもあるんだ。
「5分あれば足りるでしょ。はいはい、はやく身体動かす」
そう言いながらも、横山さんはベテランらしく、てきぱきと手は動かし続けている。朝の9時から3時までのパートだから、その時間内に終わらせるため、何かと忙しい。だからしゃべるスピードもおれの倍くらいだ。
「何でも私の机に置けばやってくれると思って」
「あ、じゃあ」
「もう済んだ」
「はあ」
横山さんとは朝だけしか顔を合わせることがないけど、困ったら何でも横山さんに頼むとどうにかなる。言葉はけっこうズバズバときついけど、とても面倒見のいいやさしい人で、つい、あてにしてしまうんだ。
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