第10話

文字数 1,712文字

≪《「大変だ!おれ2号!宇宙戦艦A号、出発やめるってよ!」
新しく別に作られた最新鋭の戦艦だ。完成を急ぎすぎて、重大な欠陥が見つかったという。
「もうこのZ号しかないんだ!」
「おれたちがやるしかないんだ!」
みんなの歓声が沸きあがった。
「やめろやめろ!喜んでいる場合か?ファーラウェイに行けるのはおれたちだけになってしまったんだ。地球が救われる可能性は半分になってしまったんだ。いや、安全に行けたとしてだ。この先敵が待ち受けていたり、ワープに失敗する可能性もある、未知の航路も行かねばならないんだ。可能性は半分どころか、行って戻ってこれる可能性は限りなく少ない!自分たちの使命に酔いしれている場合じゃないんだ!」
「おれ2号!」
みんなが涙し、いっせいに拍手した。》≫


 さっさと飛んで、おれ2号、おまえがいちばん酔いしれてるぞ!万歩計にクスクス笑った。いまのおれはそんな余裕すらある。


「渡すの遅くなってしまって」
その夜、コンビニ前で待ち合わせた。
「コピーしながら、久しぶりに見た」
「おっかしいでしょ」
「そう、おっかしくて、バカみたいで、なにやってんのって。でも、でも大泣きしちゃった」
彼女は照れたように笑った。
「真島さん、短大だったでしょ?就職した?」
話を変えた。
「うん、ふつーの会社」
「どう?」
「どうって、そっちこそどう?」
「どうって、そっちこそどう?」と、おれも言いかえし、お互い笑った。
「まあ何とかやってるよ」と、真面目に答えた。きっと好転する。おれは今なら彼女にまた会える?ってさりげなく聞けそうだった。
「私もまあ」と笑って彼女は続けた。「でも、1年ぐらいでやめることになるかも」
「え」
「つきあってるの。同期入社の人と。私は仕事続けたいんだけどね・・・」
「へえ」
 スマホが鳴る。おれがどう対応しようかとまどってるその間も鳴り続けている。
「あ、ごめん。でてね。私行くから。じゃ、またね」
彼女は時計を見て、おれに明るく手を振った。スマホの画面を見ると母親からだった。なり続ける画面をぼんやり見つめた。彼女の言葉にざわついた自分の感情に、自分で驚く。彼女に彼氏がいるという想像はまったくしていなかった。「三上とつきあっていた彼女」としか思ってなかった。
 きっと好転する、そんな前向きな気分はあっさりと消え去った。


「ここ、発注を1ケタ間違ってる」
 事務の横山さんが険しい顔で、注文票の数字欄を指した。おれがバスに乗り遅れ、呑気に遅刻してきたら、会社は顧客からのクレームにあわただしく対応していた。
 頭がまっしろになった。社長は納入しすぎた商品を引き取りに行っているという。おれは何度も何度も注文票を眺めた。何度眺めても、あきらかに間違っている。ありえない数字。まぎれもない自分の間違いがそこにはあった。きっと好転する、そんな何の根拠もない浮かれた気分のおれがそこにはいた。だが、それでもずっと眺めた。それしか何もできなかった。

「あ、社長」と横山さんの声に振り向くと、いつもとは違うラフな格好の社長がいた。
「いま、田村がおろしてる」
 社長は電話であわてて会社に来て、対応したのだろう。おれは気まずくて、どうしようもなくて突っ立ったままいた。社長と目が合った。やばい、と思ったが、
「がんばろうな」
社長はそう言うと笑った。
すいません。
 声にならない声で小さく口をあけ、頭を下げた。涙で視界がにじんだ。横山さんも「はいはい、身体を動かす」といつものように言った。社長も横山さんも相手先に何度も頭を下げ、謝ったはずだ。視界はどんどん揺らめき、おれはもうそこにいられなかった。

 営業車で逃げるように会社を出た。いたたまれなかった。そのまま走り、行くあてもなく、いつものコンビニに車を止めた。いつもとは違う時間のコンビニは出勤、通学途中の客が出たり入ったりしている。営業用蒲鉾も積んでない。昼になってもそこにいた。電話が何度か鳴ったが出なかった。安部さんはもう来ない。唯一の愚痴が言える相手だった。

「なんとかなるっしょ」
 安部さんならきっとそう言うだろう。だが、おれには言えない。その日会社には、みんながいなくなったであろう時間を見計らって戻った。

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