第5話

文字数 2,237文字


      その四十四  (5)

 すみれクンは「気分はピンク・シャワー」のところを吹雪豪の「銀河ハニー」を五回歌う、に差し替えれば〝あっち〟に行けるかもしれないという新説を出してきたけれど、わたくし船倉博士は御存知の通り、さんざんいわゆる〝あっち〟と〝こっち〟を行き来しているので、やんわりこれについてはその場で否定しておいた。
「まあこの計算も惜しいといえば相当惜しいけれどね」
「残念――でも、どうしてコーチがわかるんだろう……」
 今回の研究会ではこれら以外にとくに目新しい発見も見当たらなかったので、ぼくは夕方四時過ぎくらいに、
「すみれクン、またね。お母さま、焼きうどん、ごちそうさまでした」
 と旧メロコトン屋敷をお暇することにしたのだが、バスと電車を乗り継いだのちにもより駅で、
「忘れないうちに補充しておくか」
 とパスモに一万円ほどチャージして改札口を出ると、駅前のロータリー付近のベンチではトレンチコート姿のあさ美お姉さんが誰かよくわからない女子に話しかけていて、それでぼくはあさ美お姉さんはスカウトみたいなことを地道にしているのだろうと思って声をかけずに通り過ぎようとしたのだけれど、お姉さんのそばを横切る直前に誰かよくわからない女子とのお話はちょうど終わったらしく、そんなわけで、
「あら、たまきくん」
「しばらくです」
 とぼくはあさ美お姉さんとすこし立ち話をすることとあいなった。
 あさ美お姉さんは、
「奥さん元気にしてますか」
 と菊池さんのことをきいたのちに例によって、
「たまきくん、浮気とかしちゃだめよ」
 とそのリスクをいろいろな角度から説いてくれていて、もちろんぼくはいまでもときどきお背中を流してあげているくらい菊池さんを溺愛しているので、
「だいじょうぶですよ」
 という感じで紳士的というか、まあ成熟した人間みたいな感じでかまえていたのだけれど、しかしお姉さんはそのように浮気のリスクを説いたそばから、
「そうだ、またわたしね、たまきくんが好きそうな子めっけたんだけど、会ってみる?」
 とこのたびも成熟した人間では到底いられないような話をもちかけてきて、お姉さんは、そのあたらしくめっけた子について、
「ちょっと大人っぽい感じの顔立ちなんだけど、でもマフィンは超かわいいの」
 と愛妻家などというものをもどこかに吹き飛んでしまうような情報をのっけから提供してきていた。
「そそそそんなにそんなに、ママママフィンがかわいいんですか?」
「うん。めっちゃ超かわいい。びっくりすると思う」
 あさ美お姉さんは最近〈高まつ〉に行ってないわね、というようなこともさりげなくいっていたので、ぼくはお姉さんに今晩の用事をきいたのちに、
「じゃあ、鯨の間の予約を取っておきますよ」
 と料亭で飲む約束を取り付けてお互いいったん自宅に帰ることにしたのだが、船倉荘にもどると、
「『恐竜戦隊コセイドン』なら全話もってるよ」
 とこのあいだうっかり貸してしまった外付けのSSDに保存されてあるいわゆるエロ関連もののバックアップを中西さんがなにげに鑑賞していて、それで中西さんはエロ関連ものの「一軍」と名付けられているフォルダーに収められていた某作品を呼び出して、
「ねえ、このおばさん、こんなに、おっぱい大きいじゃない」
 とその作品がなぜ「一軍」のフォルダーに入っているんですか、と問い詰めてきたので、
「あれ? 間違えたんだな」
 などとてきとうにいいながら中西さんに耳たぶをひっぱられつつその作品を「三軍」のフォルダーに移動させたりしたわけなのだが、
「うん……三軍なら、まだわかるけど」
 といちおう溜飲を下げてくれた中西さんはなんでも今日、当初は西施子さんと菊池さんも出店する予定だった「Kの森青空市」で、めずらしいものをみつけて、
「安かったから、買ってきちゃったの」
 とぼくが渡しておいた食費でそのめずらしいものを購入したらしくて、
「ごめんなさい」
「それはぜんぜんいいけど――じゃあ、もうちょっと渡しておくよ」
 中西さんが買い付けてきたものは、
「あっ、これ『チビカラ』かな」
 と一瞬思ったが〈うなぎ食堂〉にある例のチビカラよりも若干小ぶりな機器で、中西さんに、
「これは何だろう」
 ときいてみると、中西さんは、
「これはマッサージ機兼探知機です――こっちじゃ充電できないけど」
「ほおほお」
「あと計算もできるのかな……無線も付いてるかもしれない」
 とそれを動かしつつおしえてくれたが、
「でも、動いているよ」
 とぼくがさらにきくと、中西さんは、
「わたし添乗員が本職でしょ。だからいろいろな国の変圧器をもってるの。磁場がちがう国にも対応してる変圧器はこっちの世界には売ってないから、バッタもんという扱いだったんです。ふつう九千円じゃ、ぜったい買えないの」
 とぼくに機器を、
「はい」
 と手渡してきて、それで、
「ここ、お願い」
 と正座のままくるりとうしろを向いて背中に当てるよう指示してきたので、とりあえず肩甲骨の下あたりに機器の先の丸くなっている部分を軽くあててみたのだけれど、
「ああ、気持ちいい」
 すると中西さんは先のような感想を述べながら自身のノートパソコンで「一軍」のフォルダーをまたぞろチェックしだしていて、中西さんは小ぶりなおっぱいの作品をみつけて、
「これを『一軍』に入れているのは偉い」
 と評価してくれると、それを鑑賞しながら、
「ああ、気持ちいい」
 等々その小ぶりな方とおなじようなことを連祷していた。
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