第13話

文字数 2,280文字


      その五十二  (13)

 ふ菓子国にある〈笠々寺〉におもむくのは思いのほか簡単で、K市にある○○神社のお賽銭箱に四百五十円分の収入証紙とオコメ券二枚を入れて鐘をジャラジャランと鳴らして、
「だるまさんが転んだ」
 と目をつぶりながらいったのちに振り向いて目を開ければそこはもう〈笠々寺〉になっているのだが、
「あのう、予約させていただいております、中西と船倉ですが――」
 と通りかかった坊さんにいってみると、すぐその坊さんはこの寺の住職みたいな人を呼んできてくれて、
「あっ、遠いところ、お疲れ様でございます」
 とぼちぼち愛想のよかった住職は〝お焚き上げ〟のやり方を身振りも交えつつざっと説明してくれたのだった。
「ほおほお――小さい声でもいいんですかね?」
「気持ちがこもっていればいいですよ」
 ぼちぼち愛想のよかった住職によると、なんでも燃え盛っている炎に処分するものを投入するさいにはいっぺんに投げ込むのではなく、ひとつひとつに、
「バイビー」
 と声をかけながら燃やさなければならないらしく、だからぼくは茶色なのかグレーなのか、とにかくなんともいえない色で角度も中途半端なパンティーをまずは炎のなかに投げ込むことにしたのだが、
「バイビー」
 と中途半端なパンティーを無事供養したぼくは、つぎにベージュのやつを、
「バイビー」
 と軽快に投げ込むことにして、しかしとなりでパンティーが詰め込まれた調味料の箱を抱えつつ見守ってくれていた中西さんが、
「はい、たまきさん」
 とぼくに手渡してくれた三枚目のパンティーは軽くひらひらも付いているネイビーのやつで、しかもこれはちょっと角度もエグい感じですぐに供養してしまうにはなんとなく惜しいような気もしたので、いったんそれを中西さんに返したぼくは、
「じゃあ、そのエンジ色のやつを放り込もうかな」
 ととりあえずそちらを先にバイビーしたのである。
 燃え盛る炎のまわりにはたくさんの方々がそれぞれ供養するものに、
「バイビー」
 と声をかけていて、ちなみに先ほどの住職の説明だと、ここで持参したものを供養する人のことは「バイビープレイヤー」とお呼びするそうなのだが、まわりを見てみると、そのバイビープレイヤーのなかには着物だとか草履だとかそういう一見高価にみえるものも供養している人がちらほらいて、それから手紙類だとか人形系だとかをバイビーしている人もけっこう見受けられた。
 ぼちぼち愛想のよい住職はまたべつの人にお焚き上げの説明をしていて、その二人組の女子はお二人ともいわゆるバイビープレイヤーとしておのおの持参してきたものを供養するみたいだったが、説明を聞き終え、ぼくのとなりで、
「バイビー」
 とぬいぐるみを炎のなかに投げ込みはじめた一人の女子は范礼一さんの恋人の西施子さんで、なるほど西施子さんはクレヨンしんちゃんやドラえもんやポケモンのグッズを集めすぎて処分に困っているというようなことをまわりにこぼしていたので、こうやってはるばるふ菓子国までおもむいて、ご自身のぬいぐるみ等を供養しにきたのだろう。
「西さん」
「あら、パイドンさん」
「供養ですか?」
「はい」
「ずいぶんたくさん、ぬいぐるみもってるんですね」
「ええ。青空市に出そうかともかんがえたんですけど、知らない人に渡るのも、なんとなく淋しくて……」
 西施子さんは菊池さんに誘われてこのお焚き上げに参加したらしく、いっしょに来ていたその菊池さんは処分に困っていた例のヒポクラテス人形を、
「バイビー」
 と助走をつけてかなり遠くまで投げ込んでいたが、
「あれ? 船倉さん」
 と旦那に気がついた菊池さんは、ぼくがつぎに投げ入れようとしていた星模様のパンティーやそれを手渡していた中西さんを交互に見ると、とつぜん大声で泣き出していて、うしろで控えていた二人のお守り役を頼まれたらしい藤吉郎さん軍団所属の大柄なおばちゃんに抱えられて、
「奥さん落ち着いて。ちょっと休みましょう」
 とどこかにさがってしまうと、西施子さんも箱のパンティー群や中西さんをちらちら見ながら、
「これはもう、言い逃れもできませんね……」
 とため息をついていたのだった。
 ぼくが放心状態で残りのパンティーを、
「バイビー」
 していると、その声音の弱っちさに同情してくれたのか、やがて西施子さんは、
「ちょっと菊池さんのこと見てきましょうか?」
 と声をかけてくれたのだが、
「お願いします」
 と弱っちい声のままいって西施子さんを待っていると、しばらくしてもどってきた西施子さんは、
「もう会いたくないそうです。離婚するって、いってます」
 と菊池さんの様子を伝えてきた。
「これから実家に帰るみたいです」
「そうですか……」
 西施子さんはこちらの表情をときどきうかがいながら残りのぬいぐるみを、もちろんひとつひとつに、
「おバイビー」
 と丁寧に声をかけつつ炎のなかに放り込んでいて、それでもまわりを見て、
「あっ、お坊さんに手伝ってもらってる人もいるわ」
 とつぶやいた西施子さんはその後すぐ通りかかった坊さんをつかまえて、ぬいぐるみのいわゆるバイビーを代行させていたが、最後のパンティーをバイビーしたぼくは、当初予定していたふ菓子国見物もやめにして中西さんとK市へもどることにして、西施子さんに、
「じゃあ、お先に失礼します」
 とがっくり肩を落としながら帰り際にいうと、西施子さんは、
「だいじょうぶ? パイドンさん」
 とリュックから持参してきた小さめのタッパーを取り出して、
「これ、から揚げ。よかったら食べて」
 とそれを手渡してくれたのだった。
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