第9話

文字数 2,361文字


      その四十八  (9)

 ラーメンのおつゆだか肉だんごのタレだかの染みを鏡のまえで発見したらしい小春おばちゃんは、先のお母ちゃんより九千八百円の超ぼったくりトレーナーを購入したのちに、
「わたしも洗っておこう」
 ととなりの店のほうにおもむいていたのだけれど、その〈じゃぶじゃぶ館〉でコイン式の洗濯機と乾燥機を見た小春おばちゃんは、
「あら、これ、ウチにあるのとおなじだわ」
 と年式や細部もつぶさにチェックしながら小銭を投入していて、いったん〈カロリー軒〉にもどってきたおばちゃんはそんなわけで、そのことを〈カロリー軒〉と〈じゃぶじゃぶ館〉を行ったり来たりしているダルトンに告げていた。
「え? ありましたっけ?」
「ダルトンさんは新館のほうにお泊りになってるんですか?」
「そうです」
「新館のほうには最新式のを設置してあるんですよ。でも旧館のほうはだいたいあれとおなじものがまだ入ってるから――」
 もともとはいていたパンツを乾燥機にかけても、
「なにも起こらないな……」
 という結果だったダルトンはお食事会がおわって〈たうえ温泉旅館〉にもどったのちに小春おばちゃんに旧館のほうの部屋をみせてもらうと、
「あっ、ホントだ!」
 と飛び上がって翌日から古いほうの部屋に宿泊することとなったのだが、しかし国事を済ましたのちにその後二日間ほど旧館の一室で洗濯機や乾燥機をぐるぐるまわしつづけても満足する結果はなかなか得られなくて、ぼくがあてずっぽうで、
「大奥総合病院の関係?」
 ときいてみると、ダルトンは、
「ちがうちがう。あれはフェイスメタンの奴らが庁に取り入って勝手にやってるだけだから。おれが洗ってるのはほら、そもそも男物じゃん」
 と洗い上がった白ブリーフをひろげてぼくの眼前に提示してくるのだった。
 上村香子のテレホンカードを機器に読み込ませたのちに白ブリーフを洗っていると、ダルトンいわく、
「とてつもなく神々しいお方」
 にお会いすることができるらしく、ぜんぜんくじけていないダルトンは前金で宿泊代を一週間分払っていよいよ長期戦に臨む姿勢を明白にしていたが、ぼくのほうはというと、例のふ菓子国でのいわゆる〝お焚き上げ〟の用事も控えていたし、それに山城さんからも、
「お願いしたいことがあるんですよぉ」
 うんぬんというメールを三度か四度ほどもらっていたので、ダルトンを○○村に残したまま、とりあえず地元に帰ることにしたのである。
「じゃあダルトン、わるいけど、おれ先帰るね」
「うん。進展があったらメール送るよ」
 帰りの電車で山城さんに、
「りん子さんのことですか?」
 とメールを送ると、山城さんはなんだかもじもじした内容のメールしか返してこなかったのだが、それでもそのもじもじの内容を何度も読み返してみると、おそらくぼくに山城さんとりん子さんの仲を取り持ってほしいという希望を要はもっているみたいだったので、
「うまくやっておきますよ」
 とそれを請け負ったぼくは例の大将軍遺産のバックアップを一揃い保管している山城さんにだめ元で、
「『沼口探検隊がゆく』のイカみたいな宇宙人が出てくる回を探してくれませんか」
 と頼んでおいた。すると山城さんは、
「わかりました。どのストレージになにが入っているかはぜんぜんわからない状態ですけど、粘り強く探してあげますよ」
 とメールを送信してきて、ぼくが、
「お願いします」
 と送るとすぐ、
「そのかわり、りん子さんの件お願いしますね」
 と再度メールをよこしてきていたのだけれど、いつも小休憩する駅でいったん降りて駅ナカのそば屋でかけうどんプラス小どんぶり(親子丼)セットを食べてまた電車に乗って今度はりん子さんに先のことを伝えると、りん子さんはしばらく経ってから、わりと脈のありそうな感じの返事を送ってきたので、山城さんにもいちおう途中経過を伝えて、それからぼくはスマホをリュックに仕舞い、そのリュックをかかえながら電車にゆられつつしばしうとうとしたのである。
 うとうとの最中ぼくはかなり鮮明な夢をみていて、ちなみにその夢の中でぼくはもうずいぶんまえから贔屓にしている夢の世界にだけ存在する例の古書店でまたぞろ書物を物色していたのだけれど、コンテナボックスに順列おかまいなしに入っていたトーキングヘッズの写真集を偶然みつけて、
「ティナ・ウェイマスって、ヌードになってたんだ……」
 と呆然としていると、横っちょから赤木さんが、
「船倉さん、それ合成写真ですよ」
 と親切におしえてくれて、それでぼくが、
「ああ、たしかに……顔とからだの肌の色、あきらかに合ってないですよね」
 と写真集をパラパラめくっていると、やがてひらひらのお面を付けたあさ美お姉さんがベッドに横たわっている見開きのページが、
「ピピピピンクをピンクを取っ払ってしまっているぅぅぅぅぅ」
 と眼前にあらわれたのだった。
 横っちょでそれをみていた赤木さんは、
「ね! 完全にバッタもんでしょ」
 とぼくの肩を軽くさわると、またぞろきっと文学関係の書物をさがしていて、上の段の棚を目を細めて凝視していた赤木さんは、
「あの国は平気でそういうインチキなものを、よその国に売りつけてるんだよなぁ」
 とぶつぶついいつつ、もよりの梯子を使って上の段にある書物を取りに上がって行ったのだが、つぎのページの超かわいいマフィンのちがうアングルのショットを熟視したのちに赤木さんに、
「ねえ蔵間大先生、この写真をつぎの長編の表紙にしたらどうですか?」
 と冗談をいおうとすると、
「あれ?」
 赤木さんは思いのほか高いところまで梯子ですでにあがっていて、赤木さんはちがう梯子にのぼってやはり本を探していた小柄な女性にたいし、あんなにも高いところにいるのにどうやら夢中で求愛しているようだった。
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