第15話

文字数 2,960文字


      その五十四  (15)

 なにか動きがあるまでは、おのおの待機というか自由にしていることになったので、とりあえずぼくは〈西門がん見研究センター〉の院長室でビデオ大将軍が残した遺産をノートパソコンで鑑賞することにしたのだけれど、二日間ほどそんな感じで待機していると、藤吉郎さんのところに長年仕えていた消火(しょうか)さんがやがてコンコンと院長室をノックしてきて、
「どうぞ」
「失礼します」
 消火殿はどうやら個室ビデオの宿泊高級ルームの部屋数にかんして二三確認を取りに来たらしい。
 消火殿はこの〈西門がん見研究センター〉の実質ナンバー2で、ちなみにわたくしナンバー1のほうは、かれに現場のことはほとんど任せきりにしているのだけれど、VIP会員の方たちのために作品を切らさぬようVHSの生テープをすでに大量に確保してあるという消火殿は、
「それではいずれ、その〝逆キャプチャ〟とやらの指導を従業員にしていただいて――」
 と院長に陳情してきて、ちなみにこの生テープは以前わたくし院長兼理事長が、
「えっ、スーパーVHSもこっちではそんなに安いんだ」
 と買い付けてくることを指示していたのである。
 ピーチタルトにおいては法律的に問題ないと知ったぼくは、外付けストレージに保管されているビデオ大将軍のデジタル化された映像データをVHSテープに移してビデオの在庫を増やすことにしたのだが、この技術はピーチタルトにおいては一種の神業(?)のように思われているので、最近ぼくは逆に逆キャプチャの手順を安易に教えてその神業が流出してしまうと〈西門がん見研究センター〉の今後の存亡に関わってくるのでは、という危機感をいだいていて、だからわたくし院長は消火殿に理由を話して逆キャプチャ作業をおこなうスーパーエンジニア(?)はK市より選抜してくると断言したのだけれど、
「わかりました」
 といったん院長室を出た消火殿はしばらくすると、また部屋のドアをコンコンと叩いてきて、
「どうぞ」
「失礼します」
 消火殿によると、いまさっき宮廷のほうからマリリン様が誘拐されたという連絡がいよいよ入ったようだ。
「やはり動いてきたか……」
「ほうぼうで、お忙しいですなぁ、院長」
「消火さん、ぼくはしばらくまた留守にするんで、センターのほう、よろしくお願いしますね」
「わかりました。お気をつけて」
 范礼一さんと藤吉郎さんは宮廷から自転車でこちらに向かっているらしく、おもてに出て宮廷の方向を田舎のお婆さんのように見ていると、やがて自転車を立ち漕ぎしていた二人は、
「パイドンさーん」
 とベルも鳴らしつつ駐輪場に自転車を横倒しで停めたのだが、范礼一さんによると、モンブランサイドは、いま人質になっているマリリン様を返してほしければ、とりあえずべつの人質を用意しろ、といってきたみたいで、
「パイドンさんの読み通りですね」
「〝しめしめ〟ですね」
 そんなわけでミニスターは、マリリン様を返してもらう引き換えに、わたくし軍師ピーチパイドンを人質として差し出すとモンブランサイドに伝えて、あちらもこの人質交換の案をもったいぶりつつもけっきょく受け入れることとあいなった。
 モンブラン帝国まではジャクソン様が用意してくれたヘリコプターで向かうらしく、だからぼくはセンターの送迎車でまずピーチタルトの住まいに行ってモンブランの皇帝に献上する品をみつくろったのちにまたセンターにもどって、
「あっ! ジャクソン号だ!」
 とどこからか飛んできたジャクソン様専用ヘリがセンターのヘリポートに着地するのを拍手しながら出迎えたのだが、
「けっこうヘリの中ひろいですね」
「八人乗りですから」
 などとおしゃべりしたり、
「食べますか?」
「あっ、すいません」
 と藤吉郎さんが持参してくれたビスコを食べたりしていると、いよいよヘリはモンブランの宮廷に降り立つこととなって、モンブランサイドはジャクソン号からぼくたちが降りると、縄で縛ったマリリン様のその縄をほどいて、わたくしピーチパイドンにこちらに来るよう拡声器で指示してきた。
「お疲れ様です」
「選手交代ね」
 すれ違いざまにマリリン様とこう言葉をかわしたぼくは、住まいから持参した献上品をモンブランの皇帝に〝おべっか〟をいいつつ、差し出したのだが、
「わざわざご丁寧に、ありがとう」
 とぼくの肩を抱いてきたモンブラン皇帝は、
「かみさんと別れたんだって」
「ええ……」
「元気だせよ。こっちにも小柄な子ならいるぜ」
「はあ……」
「じつはきみに、我が国の軍師になってもらいたいんだ」
 と献上品を側近の誰かに、
「おお、それ、骨董館にもって行けよ」
 と指示しながらも耳打ちしてきて、だからぼくはまずその側近の誰かに、
「いえいえいえいえ、ご先輩方にご面倒おかけするのは申し訳ありません。これはけっこう重いですし。いえいえいえいえ、いえいえいえいえ」
 などと新米だからぼく下働きからはじめますみたいな雰囲気を出して、自分がもってきた献上品を骨董館まで運ぶことにした。
「ふむふむ、高名な軍師なのに偉ぶったところがぜんぜんない。蔵間鉄山の作品通りのすばらしい青年だ」
 モンブランの皇帝はこんな感じでわたくし高名軍師に感心していて、献上品を「よいしょ」と背負ったぼくに、
「じゃあ、それ運んだら、わたしの部屋に来てくれ」
 と声をかけてきたのだが、
「よいしょ、よいしょ」
 と運んでいた菊池さんがかつて一千五百万円で購入した「はまぐりっち」を知っていた側近の誰かは、
「この着ぐるみ、ガトーショコラの皇帝が一時期欲しがってたやつだよね」
 ときいてきて、もちろんぼくは、
「そうなんスか――こんなキティーちゃんのバッタもんみたいなやつを……」
 などとこたえながら骨董館に〝ヒラグモ〟がないか、つぶさに観察したのだけれど、
「チチチッ……」
 だがしかし例のスープカップはどうもここにはないようだった。
 そのときである。
 献上品のはまぐりっちがいきなり、
「菊池さんキーック!」
 とかわいい声で叫びながら骨董館の中の大きい金庫を一撃で粉砕していて、すると金庫のなかにはスパイダーマンの絵が入っている平べったい形のスープカップ通称ヒラグモが保管されてあって、ぼくがそれを、
「キャオ♪」
 と懐に仕舞い込むと、はまぐりっちの着ぐるみのなかに入っている菊池さんは、さらに、
「菊池さんキーック!」
 と骨董館の壁をこれまた一撃で粉々にして、それからこの音をきいて、
「なんだなんだ」
 と入ってきたモンブランの兵隊たちも、
「トー! トー! トー! トー!」
 と〝菊池さんキック〟や〝菊池さんパンチ〟で威嚇して、つぎつぎとたじろがせていったのだけれど、
「菊池さーんジャンピング錐揉みダブルキーック!」
 という凄まじい威力の必殺技をお見舞して、脅しのためにきっと宮廷の横っちょにスタンバイさせていた大鉄人18みたいな兵器(ちっちゃめ)をもお釈迦にすると、さすがにモンブランの連中も武器を投げ捨てて、
「わーっ」
 と半泣きで逃げ出していたので、このあとのぼくと菊池さんは、
「取り戻しましたよ」
「了解。すぐ引き返します」
 というやり取りののちに上空でUターンしてきたヘリコプターに、
「チャオー♪」
 とかなり余裕をもって手を振っていたのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み