第一章 貴族への道 第二話
文字数 4,272文字
従者の多くは地方豪族の子弟で、
満仲には公卿に無償奉仕をする余裕など無かった。父を当てにすることは出来なかった。必要な財は、全て己で稼ぎ出さなければならない。
満仲は
満仲は己の持つ威圧感を利用して稼ぐ事を思い付いた。不足した警護の人数を補う為の日雇いから、貸付の取り立て、揉め事の力に寄る解決など、汚れ仕事も厭わず何でもやった。そう言う種類の仕事は満仲に頼めば、嫌がらずに何でもやってくれる。そんな評判が公卿達の間に徐々に広まっていった。
或る
「〇〇卿を存じておるか?」
「はっ」
と庭に膝と右の拳をついた満仲が返事をする。
「事情が有って、我が
と責任逃れの為の予防線を忘れていない。
「
と答えて、満仲はさっさと姿を消す。
その日の夕刻の事である。〇〇卿と名指しされた男の牛車が賊に襲われ、〇〇卿は裸足で
翌日、この噂で都は持ち切りとなった。賊を装った満仲の仕業であった。この時代の男、中でも公家達に取って人前で烏帽子を脱がされることは、これ以上無い屈辱であった。
手際の良い事、口の固い事で、満仲は益々公卿達の信用を得てゆく。荘園で揉め事が起こったと相談されれば、郎等達を連れて乗り込み力づくで収めて来る。証拠を残したり表に出ては絶対にまずい事ではあったが、暗殺さえも引き受けた。そうして稼いだ財で、満仲は郎等を増やして行く一方、有力公卿達との繋がりも作って行った。
この満仲の躍進振りに注目している公卿が居た。
高明は故・
高明の出世が早かったのは、単に前帝の子であるからだけでは無い。一世源氏の尊貴な身分に加えて学問にも優れ、
「同じ源氏として、麿に力を貸してはくれぬか」
その高明に呼び出されて、何を依頼されるのかと思ったら、そう言われた。
この時代、源氏などゴロゴロ居るのだ。仕事を依頼されるにしても、通常は
稼がなければならないので従者として勤める事は出来なかったが、以後、満仲は高明派の
稼ぐ為に汚れ仕事を続ける一方で、満仲の心は高明へ夢を託そうとするようになった。本来、
父・
この時代、富士山の噴火や洪水などの災害が多く発生し、その上、
後を継いだ村上天皇は朱雀とは同母弟。二十歳での即位であるから朱雀が飾り物にされた上使い捨てられた経緯をしっかりと見ていた。忠平の権力が確立してしまっている現状で策も無く対立する事の危険性をも熟知していた。
高明は朱雀、村上両天皇の異母兄である。村上天皇は
「同じ源氏として力を貸してくれ」
と言う高明の言葉を重く受け止めていた。単に貴族の地位を得るだけではなく、将来、高明の側近として
財を貯め余力の出て来た満仲は、公家達との人脈を生かし官職に就き、出世の階段を上がり始めた。しかし、裏の仕事も含めて雑用の多い身。毎日役所勤めばかりしていたら捌き切れない。必要に迫られれば、
「麿の夢はな、我等・清和源氏の名を世に轟かすことじゃ。決して、己が出世のみを考えている訳では無い。
満季を屋敷に呼んで、そう切り出した。
「済まぬ。兄者にばかり苦労を掛ける」
満季は、神妙な面持ちで、満仲の話を聞いていた。
「まずは、麿が貴族に成ること。それが出来れば、
「全くその通りだ。父は
満季は、日頃の不満を口にした。
「三郎。そんな
「そう言われてもな。どうにもならぬことも多いではないか」
満季の言い分は
「皆がどうにもならぬと思っていることをどうにかせねば、前には進めん」
と満季の目を見詰めて満仲が言う。
「どうすると言うのだ」
と満季が身を乗り出す。
「力有る者の力を借りる。だが、それをするには莫大な財が必要となる。並の者は『無理だ』と思い、そこで考えが止まってしまう。後は、愚痴と繰り言の人生よ」
「確かに」
満季が息を吐いて頷く。
「なぜか? 皆、腹を括ることが出来ぬからだ」
「言うは易いが、なかなか難しい」
「財じゃ。財が有れば出来る」
「うん。……それはそうだが」
「綺麗事では行かん。ひとのやらぬことをやる。誰もやりたがらぬことをやる。それで財は得られる」
「ふん。ふん」
「それから先が肝心。どう生かして使うかだ。財を得るのに巧みな者は居る。だが、使い方を知らぬ。使わねば意味が無い。惜しげも無く使うことだ。使い方を間違えなければ、必ず、二倍三倍になって戻って来る。その繰り返しじゃ」
「兄者の言うことは分かるが、中々難しいのう。いざ、やるとなると」
満季の考えは凡人のそれでしかない。
「まあ、任せておけ。人の真価は、能書きを言うだけか、実際行えるか。その差じゃ。麿はやる。例えひとがどう評そうともな。能書きを言うしか能の無い連中には言わせて置けば良い」
少しの間、考えている素振りを見せていた満季が、決心したように満仲を見た。
「決めたぞ、兄者。一生、兄者に付いて行く。兄者のように色々考えることは出来ぬが、腕だけは兄者にも引けを取らん。兄者が我等一族の為にすることであれば、麿ばかりではなく、次郎兄も弟達も、きっと同じように思うはず。我等を手足として使ってくれ」
満仲が両の手で満季の手を取った。そして、弟の顔を見詰める。
「三郎。良くぞ言うてくれた。他の弟達も頼らねばならぬが、中でも麿は
満仲の目が、いくぶん潤んでいるようにも見える。満仲と言う男、実の弟でさえ演技で足らし込もうとする。
「宮仕えとは窮屈なものでな。適当に
「任せてくれ。荒事なら
「頼もしい。
満季の顔が上気する。
「本当か? 実は、もし官職に就くなら、是非とも検非違使をやってみたいと思うておったのよ」
「そうか。麿は出来ぬ
弟のことを思ってと言うのが嘘と言う訳では無い。だが同時に、
『身内を検非違使にして置けば何かと便利だろう』
との計算が有ったこともまた事実だった。