第七話「怨敵」

文字数 3,055文字

アーシャとアミティ、二人の目の前に、アーシャが特に憎悪をたぎらせる人物がやってきた。その名はヴァンデミエール・ブラシオン。二人の故郷を滅ぼしただけではなく、二人を吸血鬼に変えた張本人。それだけではなく、二人を半分人間に戻してくれたチューリッヒをも……。
「貴様……よくもヌケヌケとここに……!」
「おお……あの時見た顔は憎悪に歪んでいたが、兜の上からでも感じられる程の憎悪を感じるぞ……! 良い、実に良い……! 今まで憎しみの感情を向けられてきたことは沢山あったが、今までの中で君は一番だ!」
「黙れ、それ以上喋るな。お前とは会話をしたくない。人をこんな目に遭わせて……おそらくチューリッヒをも……!」
「チューリッヒ……? ああ、君たちを逃がしたあの医者か。アイツには実に不興を買わされたよ。私と君たちのリンクを途切れさせただけじゃなく、君たちを逃がすということをした。君たちには期待してたのになあ……」
「うるさい、もう喋るなと言っただろう!」
ヴァンデミエールが喋っている途中に、アーシャは目にも止らぬスピードで突撃し、銀の剣を心臓に突き立てようとした。だが……。
「良いねえ、良い突きだ。半分人間に戻っているとアイツから聞かされたので心配したが、どうやら並の吸血鬼以上には強くなっているようだ」
「そんなっ……会心の一撃が……」
「お姉ちゃん、兜……」
「しまっ……いつの間に!」
すんでのところで最小限の動きで躱され、兜まで取られるという始末。
「う~んいい顔だ。紅い髪、紅い瞳……間違いなく君はアーシャ、それとあの子はアミティ……やっと会えたね、君たちにはいろいろと話が……」
「お前となど、話したくないと言っただろう!」
剣でヴァンデミエールを斬ろうとするが、ヴァンデミエールはそれをのらりくらりと躱し、しゃべり続ける。
「君たちを人間に戻したというあの男……強い男だったよ。少なくとも私を足止めして君たちを逃がせる程にはね。だが、あの時の私はせっかくの君たちを逃がされて怒っていたからねえ……彼がなるべく苦しむように傷つけたさ。鎖骨やあばらを一本ずつ折り、肺も喉もじっくり切って、失血死寸前まで追い込んださ」
「……!」
兜を取られたアーシャの顔が、更に憎悪に歪む。
「それでもあの男は、死の寸前まで私と戦っていた。最後の切り札として、君たちに投与した人間に戻す薬品を私に使った。ちっとも効きはしなかったがな……吸血鬼を人間に戻すだなんて、中々に無駄なことをしていたものだねえ、彼は」
「……無駄なんかじゃない! 現に私達は半分だが人間に戻っている! あの人のことを悪く言うのは、許さない!」
「あの男は最後まで、君達を逃がすために尽力してたよ。だが私にとっては、楽しみをお預けされたから最後に頭を潰してストレスを解消させてもらったよ……」
剣を躱しながら、そんなことをのたまうヴァンデミエール。リリスとアミティは、ただ見ていることしかできず、キキも……。
「ヴァンデミエール様……素敵です! ですが、あの女にいつまでもかまわないでください……!」
「あああ! やはりチューリッヒを、殺したのかあああ!」
「良い怒りだ、憎悪をたぎらせ怒りを更に燃やす……だが、それだけじゃまだ遠いな。赤く熟す時にはほど遠い」
「くぅっ……! なんだそれは……!? 何を言っているんだ!?」
「今回はこれでも結構楽しめたけど、まだ少し足りないなあ
。今日はこれくらいにしておこう」
その言葉と同時に、ヒュッと何かをする。言葉が終わると、アーシャの喉が切り裂かれ、鮮血が流れる。それだけではなく、手首や足首も切られてそこから血が流れ出た。
「ぐぅっ……!?」
「お姉ちゃん!」
五カ所を同時に切られ、その場にうずくまる。それでも、剣だけは手放さない。
「おのれ……!」
「ふむ、普通の人間ならこれで死ぬが、意識を保って睨み返すか……やはり吸血鬼の血が入っているようだな」
「お、お姉ちゃん!」
「ダメよ。今行ったら殺されるわよ」
アミティはアーシャの所へ行こうとするが、リリスは肩をつかんで止める。アミティはそのまま止まる。
「この……! う、動けない……」
両手首と両足首を切られたことで、動くことができないアーシャ。そのアーシャを見て、ヴァンデミエールはキキに詰め寄る。
「ヴァンデミエール様……」
「キキ、私が嫌うのは退屈と不興だと毎回言っただろう。それを、わかっているだろう?」
ヴァンデミエールは、キキの頭をつかむ。そうすると、キキの体に赤いヒビが入る。
「君は私の楽しみを奪おうとしただけではなく、その子たちの首を私に献上しようとしていた。これは私にとっては大罪だよ?」
「私は……私は……!」
ヒビが全身に行き渡る。体の端がボロボロと崩れ落ちる。
「私は……私以外の女をあなたに見て欲しくない……熱中してほしくないんです」
「そのような答えはお前から何百回も聞いたよ」
キキの体が砕け散る。残ったのは頭部だけで、興味なさそうに落とす。それを見たリリスは。
「その吸血鬼の女……あなたの仲間じゃないのかい? それとも下僕だから、扱いは適当なのかい?」
「私にとって、この子も含めて配下の吸血鬼は私を楽しませてくれるための道具だ。いやあね……長く生きていると退屈が襲ってくるんだよ」
「……そう」
そうしていると、向こうから声が聞こえてきた。
「なんか、こっちの方が騒がしいぞ!?」
「こっちだ! なんかいたぞ!」
「おや、人間達がこっちへ来るぞ? 結構多いな……全員殺すのはわけないが、雑魚の相手をするのも面倒だ。今日はこれでお暇しよう。じゃあね二人とも、今度会う時はもっと楽しめるようになっていてくれよ?」
兜を置いて、キキの頭を小脇に抱えてヴァンデミエールは霧散した。
残されたアーシャとアミティは。
(何も……お姉ちゃんに……)
「くっそおおおおお! 私の技は、何一つヤツには通じなかった……ヤツは……ヤツは……!」
治った体で地面をダンダンと叩き、悔しさをぶちまけるアーシャ。何もできず無力を感じていたアミティ。それを見たリリスは。
「今は、ここでないどこかへ行きましょう。今人間達に見られたらまずいわ」
二人を抱えたリリスは、背中から翼を生やして町から離れる。来た人間達は、既にことが終わっていたことがわからず、周辺を念入りに捜索し始めた。


町から離れた三人。アーシャはまだ悔しさが収まらず、地面に腕をたたきつける。
「くそっ、くそう! ヤツに遊ばれていただけだと言うのか、私は……! 強く……今よりもっと強くなりたい……!」
その言葉に対して、リリスは。
「強くなりたい? アーシャ」
「ああ……」
「……実は、後に私やチューリッヒに協力してくれた人たちの集まりが後にあるの。その人たちと合流することができれば、強さへの手がかりがつかめるはずよ。チューリッヒの薬も、その人たちが見ればきっと……」
「……」
「それまでは、各地の吸血鬼を倒したりしながら、強くなることね。合流の手はずは、さっき渡したカラスを通じて教えるわ」
「リリスさん……!」
「今は、これだけしか言えないけれど……合流の時まで死なないでね? 復讐に焦がれて……またさっきみたいな無茶はやめて」
「……」
「じゃあね。あなたたちが無事でいられるよう、祈っているわ……」
「……はい」
そうしてリリスは、背中からカラスの翼を生やして、どこかへと飛び去っていった。そうして、アーシャとアミティも。
「行こう、アミティ」
「うん、お姉ちゃん」
また別の場所へと、向かっていくのだった。
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