第五話「二人の過去」

文字数 8,677文字

町についたアーシャとアミティの二人は、アミティを引っ張って泣かしてしまい、吸血鬼とバレて町の人々から総出で追われる身となってしまった。
しかし、それを助けてくれたのが、カラスの魔女と呼ばれるリリスという女性であった。そしてリリスは、二人に関わりのあるチューリッヒと呼ばれる人物との知り合いだと言う。
二人とチューリッヒの関係とは? 二人が吸血鬼になった理由とは? その理由が、アーシャの口から語られる……。


元々私達は、小さな村に住んでいた。そこで私は、狩猟を行って生活をしていた。二人でずっと。
なぜ二人で生活していたのかと言うと、私には家族というモノがアミティしかいなかった。母親はアミティが生まれるのと入れ替わるように亡くなり、父親もモンスターに殺されてしまった。アミティがまだ、物心つく前だ。
それでも私は、妹を守るために仕事を行い、時には村の人々の仕事を手伝ったりして、食料や金をもらっていた。
私は大変だったが、幸せだった。妹を守り、村の人々には信頼される。そして、黒髪が綺麗だねと言われる。これだけで良かった。このまま生きて、死ぬのだろうなとも思っていた。
だが、そんな毎日は、一夜にして消え去った。そう、今もヤツのことを思うだけで、憎悪の感情が吹き出るくらいに。それこそ、大切に思っているアミティを乱暴に扱って泣かしてしまうくらいだ。
その日は、満月が綺麗な夜だった。私達は同じベッドで眠り、アミティと抱き合っていた。ぐっすりと、深い眠りに落ちていた。だが……。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!」
突然、村中に悲鳴が響いた。眠りから一瞬で覚醒へと移行するぐらい、その声は私達の耳をつんざいた。
「なんだ? 夜中に何の騒ぎだ?」
ぱっちりと覚めてしまった目をこすりながら、家の外へと出る。村にはハンターがたくさんいた。それ故多少のモンスターなら大丈夫だと高をくくっていた。
だが、そんなことなど忘れてしまうくらい、恐ろしいモノがそこにいた。
「やあ、村の皆さんこんばんは。月が綺麗ですね」
穏やかな声だった。だが、その言葉を発しているのは、明確に死をかたどった存在。生も邪もない、ただの絶望がそこにいた。ソレの周りにいた低級な吸血鬼や、殺されたハンターたちなんて、見る余裕もない程に。
ソレは、男の姿をしていた。白く長い髪の毛と、月の光によく映える色白な肌、そして銀色の瞳。そしてそれと対比になるような、黒のシルクハットにマントと燕尾服そしてステッキ。一見するとただの美しい男だと思われるが、口元から覗く鋭く尖った牙と背中のコウモリの羽根が、ある種類の怪物であったことを確信させた。男は吸血鬼なのだと。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はヴァンデミエール・ブラシオン。吸血鬼だ」
ややもすれば、その穏やかな声に取り込まれてしまいそうになるほどだ。村の人々は、声や恐ろしい光景に固まり、その場から全く動けなくなっていた。かくいう私も……そんな感じだった。
「嫌アアアアア!」
そんな中、均衡を破るように悲鳴を上げて逃げ出した人がいた。それを皮切りに、ヴァンデミエールは吸血鬼達に告げる。
「さて、一人逃げたか。じゃあ、狩猟の時間だよ、お前達」
その言葉を聞いた周りの吸血鬼達が、一斉に村人達に襲いかかり始めた。ある者は血を吸われて骨と皮だけになり、ある者は肉を食いちぎられたりする。そして他にも、嬉々として腕や足を引きちぎったり肉を抉ったりする吸血鬼もいた。この世の地獄があるとしたら、まさに今の光景なのではないのかと思うくらいの地獄絵図が、目の前に広がっていた。
私達は、急いで家の中に入り、窓やドアを思い物で塞ぎ、アミティを守るように斧や弓などで武装した。
当然、ドアや窓は破られ、吸血鬼達は襲いかかってきた。たとえ殺されることになろうとも、精一杯抵抗してやろうと思っていた。だが、そこにヴァンデミエールが来た。
「さて、あらかた殺し終わって……残るは君たちだけか」
さすがにヴァンデミエールの前では大人しくなるのか、吸血鬼達は道をヴァンデミエールに譲り、大人しく座る。
「さて……どうしてくれようかな」
すると、吸血鬼の一人が騒ぐ。
「ヴァンデミエール様ァ! コイツら、結構ないい女ですぜ、ちょっと俺に分けてくれませんか? 下の方も結構良いんじゃないですかァ?」
涎を垂らし、舌をベロベロしながらそう語る、見るからに下品そうな吸血鬼だ。そして今にも私達に飛びかかりそうになっていた。
「ねぇ、良いでしょう? さっさとヤらせてくだ――」
その瞬間、その吸血鬼の首が切り捨てられ、首が吹っ飛んだ。そして、体が灰のようになって消えた。
「やれやれ、徒党を組むと品性に欠けた者もやってくる。まあ、吸血鬼となるとこんな風になるのもやむなし……か」
吸血鬼なのに、仲間の吸血鬼を殺した。本来なら異常なことなのに、今はそんなことを考えている余裕は無い。それでも、今はやるしかないと、私は思っていた。妹を守らなければ。たとえ命に替えても……! 
だが、ヴァンデミエールは私の戦おうとする意思に感づいていた。
「ほお……いい目をしている。これだけ力の差があるというのに、一瞬たりとも恐れていない。それどころか、私と戦おうともしている。なんという気概を持った女だ」
ヴァンデミエールは私に近づく。手をそっと差し伸べたが、私はそれを切り落とす。だが、腕は瞬時に再生し、何事も無かったかのように続ける。
「……良い。今まで私に対面した者は、たとえ勇猛果敢なハンターといえども、例外なく小便を漏らしたり情けない姿を晒したりしていた。だが、お前はそんな私に臆することなく、あまつさえ無駄だと言うのに腕まで切り落として……気に入った。お前達姉妹は、私の血を入れて吸血鬼にしてやろう」
吸血鬼にする? その言葉を聞いて、私達は驚く……いや、それ以上に、吸血鬼達が驚いた。
「ヴァ、ヴァンデミエール様!? なんであなたのようなお方が、こんな田舎娘に血を与えるなんて!?」
「それになんの意味が……」
「意味? 物事をする上で、意味なんてそれほど理由を持たないものだよ。この姉妹が私の血を入れてどうなるか……知りたいだけさ。吸血鬼になったらどうなるか……楽しみだと思わないか?」
吸血鬼達は、理解できないといった表情だった。おそらくこの吸血鬼は、かなり力が強いのだろう。そんなヤツの血を入れられたら……! 私達はどうなってしまうのだろうか? 顔には出さなかったが、少しだけ恐怖した。
そんなことさせてたまるかと、私は斧で腕をまた切り裂こうとする。だが、ヴァンデミエールの体はまるで霧のように姿を変え、攻撃を外された。そして、私達の後ろに現れ、首に指を突き刺した。
「あああああっ!」
「いやあああああっ!」
痛い。鋭い痛みが体の中に入っていく。その痛みは私達の体を這い回り、全身に行き渡る。アミティも同じ感じのようだった。ヤツの血が、私の中に入っていったのだ。
「うぐああああっ!」
本当なら、すぐにでも首を切り落として私も妹も死ぬべきだった。だが、私達の体の痛みはただのたうちまわることしかできないほどの痛みだった。抵抗できない。ヤツの血に。変えられることに。
そうして、ある程度痛みが収まってきた頃、ヤツは私達にこう告げた。
「おお素晴らしい、君たちは吸血鬼に見事変化した。なぜか髪の毛も赤くなってしまったが、それはまあいいか。期待通りで私もとても嬉しいよ。さて、引き上げるかお前達」
「えっ、引き上げるんですか? コイツらほっといて?」
「自然の中で鍛えれば、この子達はきっと強くなるだろう。それほど、この子達は優れた逸材だ」
満足そうな笑みを浮かべたヴァンデミエールは、私達に背を向け立ち去る。
「それでは、血をいっぱい吸ったりして強くなったら、また会おうね~」
楽しそうにそう語ったソイツは、夜の闇の中へと再び消えて行った。吸血鬼と共に。
私達はただ、深く落ちていく意識に身を委ねるしかなかった……。


そうして目が覚めた時には、もう私達の体は吸血鬼になってしまっていた。赤く染まった髪、鋭く伸びた犬歯、牙。背中に生えたコウモリの羽根。そしてわかったのは、太陽の下に出れば死ぬのだと……。
それだけなら、まだ良かった。本当にこれだけなら、別に問題は無かった。恐ろしいのは、喉の渇きとヤツの声、そしてハンターたちだった。
吸血鬼なのなら、血を吸わなければ飢餓状態になるのは当たり前だった。喉が渇き、とてもじゃないが何回か私達は意識が飛びそうになった。
そして、時折頭の中に直接聞こえる、ヴァンデミエールの声。ヤツは時折、私達の脳内に声をかけてくる。優しく、邪悪な声を。ヤツは言葉巧みに、私達を吸血鬼として強くさせようとしていた。どのくらい血を吸ったか。人は何人殺しただのと。そうして、まだ人も殺しておらず、血も吸っていないとわかると、ヤツは優しく恐ろしい声で私達をそうさせようとしてくるのだ。その言葉で、言葉通りに動かされそうになる。
さらには、どこからか聞きつけたのか、ハンター達が吸血鬼となった私達を狩ろうとしてくるのだ。それを殺さず、血も飲まないようにするのは大変だった。
両方がほぼ同時に襲ってくる、普通の人間なら耐えられないだろうと思う程の責め苦。だが私達は、なんとか耐えられた。私は、アミティを守るために、どんなことでも耐えてやろうと思っていた。意識が飛びかけても、妹のためなら頑張れた。
アミティも同じ気持ちだったようで、私に心配かけまいと、ずっと我慢してきたらしい。お互いがお互いのために、支え合ってきた。
このまま朽ちぬ体と共にこんなことを続けていくのか……そう思っていた時、ハンターがまたやってきた。いつものように、殺さず追い返してやろうと思っていた。だが、その時私達に現れたのは、チューリッヒだった。
「吸血鬼なのに、人を殺さず血もすわずに追い返しているという奇妙な吸血鬼がいると聞いたが……二人の姉妹だったとはな」
銀髪蒼眼、わずかに顔に刻まれた皺と黒ブチの丸メガネが似合う男だった。そうして、汚れたジャケットとジーパン、黒のブーツ、物がたくさん詰め込まれたカバンを下げていた。
「誰だお前は……!」
「私の名前はチューリッヒ、医者だ。君たちの力になれるかもしれない」
「ウソをつくな! そう言って私達を殺すつもりなのだろう!」
その時私は、吸血衝動と頭の中で声が響いていたのもあって、イライラしていて話をよく聞こうともせず、斧で腕を切ろうとしていた。だが、チューリッヒはそれを容易く避け、後ろに回り込んで私の首に何かを刺した。
「がっ……何を……!」
「心配ない、これは麻酔だ。しばらくすれば目が覚める」
私は深い眠りに落ちた。
それからして、目を覚ました私は、鎖につながれ口に轡をされていることに気づいた。そして、牢屋に入れられていることも。隣にはアミティが同じような状態でいた。
「ほねーはん……」
「うぐっ! ほぐっぐぐ!」
暴れる私が入っている牢屋の前には、あのチューリッヒと名乗る男がいた。
「手荒なことをしてすまない。だがこれだけはわかってほしい、私は君たちの味方だ。これは吸血鬼を人間に戻すための実験だ」
「……ぐっ?」
「君たちはまだ、人から血を吸っていない。故に今度は成功すると思う。前に捕まえたのは二三人の血を吸っていたが故に、最後の最後でしくじってしまった。だけど、血を吸っていない君たちと、その君たちの血を浄化した今度の薬なら、きっと人間に戻れるかもしれない」
「ひんへんひ……ほほへふ?」
「辛いかもしれない。だが、その強い精神力で耐えきった君たちなら、やれると信じているよ……」
それからというもの、牢屋での生活が始まった。相変わらず吸血衝動と声が聞こえることは辛かったが、日を追っていくごとにそれが弱くなっていくのを感じた。衝動は徐々に小さくなっていき、声も聞こえなくなってくる。
そして、チューリッヒは毎日私達を心配してお見舞いに来てくれた。最初こそ恨んだりもした。だが、それでも彼は優しい声をかけてくれた。ヴァンデミエールのようなまがい物ではない、本当の優しさから出てくる言葉だ。時折謝ったり、薬の効き目が順調なことをうれしがったりしていた。
そうして、半年後には……。
「うっ、うぐううう……」
体の中から、何かが出て行くような感覚がした。それと同時に、背中の羽根は溶けるように崩れ落ち、牙も引っ込んでいった。そうして、ヤツの声も全く聞こえなくなった。それを見たチューリッヒは、まだ危険かもしれないのに牢屋の鍵を開けて私達のそばに駆け寄り、轡と鎖を外した。
「ああ、やったんだね……君たちは……! 良かった、本当に良かった……! 辛かったかい? 苦しかったかい? ごめんね、こんな酷い目に遭わせて……」
実験が成功したことよりも、涙を流して私達のことを案じてくれた。その言葉は、何よりも喜びに満ちていた。


吸血鬼としての症状が無くなってから、経過観察としてしばらくチューリッヒの所に私達は居候することになった。実験で日の光に当たったり、興奮状態の観察を行ったりもした。結果、私達は日の光に当たっても大丈夫になり、感情が高ぶったりしなければ牙は伸びたりしないことに気づいた。
そうして、次は傷の実験を行った。傷が治らなければ、きっと人間に戻っている……とチューリッヒは言っていた。だが、傷はすぐに治ってしまった。切り傷をつけたところが、何事も無かったように塞がってしまった。
それを見て、チューリッヒは至極残念そうな顔をした。
「ああ、今回もダメだったか……また、しくじってしまった……吸血鬼としての力が残ってしまっている。今の君たちは、半分人間で半分吸血鬼の状態になっただけ……まだ吸血鬼の完全な治療はできていない……」
ひどく落ち込んでしまったチューリッヒに、私達は優しく返す。
「そんなことはありません。治るはずがないと思っていた吸血鬼の体が、これだけ治ったんです。これはきっと次につながると思います」
「そう、私達も苦しい思いたくさんしたけど、ここまで治ったんだから……」
「……ありがとう」
まだ悲しそうな顔をしていたけど、笑顔が少し戻った。
一緒に暮らすうちに、チューリッヒと私達は少しずつ仲良くなっていた。共に食卓を囲んだり、一緒に患者を治療しに行ったり、穏やかな草原でゆっくりしたり……そんなことを続けていた。
そして私はある時、ずっと気になっていたことをチューリッヒに聞いてみた。
「チューリッヒ、あなたはどうして吸血鬼を人間に戻す研究をしている?」
「……知りたいかい?」
その時の顔は、ひどく思い詰めた表情をしていた。だが、私は聞きたかった。
「知りたいです」
「そうか、じゃあ話そうか」
チューリッヒは、また悲しそうな顔をしながらも語ってくれた。
なんでも、彼は元々町医者だったらしく、子どもには恵まれなかったものの、美しい妻がいたらしい。助けてという声があれば、たとえ夜中でも診察に行く、とても評判の良いお医者様だったようだ。
だが、その妻が夜の回診に行った間に、吸血鬼に変えられてしまっていた。なんとかしようとしたが、結局は自らの手で殺すしかなかったと言っていた。その時は、夜が明けるまで泣いていたらしい。そう語っていた時のチューリッヒは、涙が出ていた。
周りの人々は、吸血鬼なら仕方ないと言っていた。だが、彼自身は納得できていなかった。人を治す医者なのに、吸血鬼になってしまったら、殺すしかないなんて……と。
このときから、彼は絶対に吸血鬼を人間に戻せるようにすると、堅く誓うようになったらしい。
最初は吸血鬼を捕らえることすらできなかったが、協力者に稽古をつけてもらってからは、低級の吸血鬼なら余裕で倒せるようになったらしい。
それからは、吸血鬼を殺さず捕らえて、なんとか人間に戻せるように実験を重ねた。
だが、実験の結果は芳しくなく、失敗を重ねていた。それどころか、吸血鬼を匿っていると一方的に言われ、人間達に殺されそうになったこともあるらしい。
彼はそれで故郷を追われ、各地を転々とすることになった。一応事情を何度も説明したのだが……。
「バカ言うんじゃねえよ。吸血鬼に効く薬は、銀の武器しかねえんだよ」
と言われ、吸血鬼を殺されたこともあるらしい。
何度も何度も、心が折れそうになったと彼は言った。でもそのたび、協力者の皆さんに励ましてもらったりして、なんとかつないできた。
そして、やっとの思いで私達と出会えたのは、感動的なことだったようだ。
話を終えると、チューリッヒは大粒の涙をながしていた。それを私達は、ぎゅっと抱きしめた。チューリッヒも、抱き返してくれた。
それからしばらく経ったある日、私達はチューリッヒに相談をした。自分たちをこんなにしたあのヴァンデミエールに、復讐をしたいと。
最初は彼も反対した。ヴァンデミエールは普通じゃない。だから、大人しくしておけと。だが、私達はどうしても復讐したかった。最後には、彼も折れてくれた。アミティは、私の意向で修行はさせなかった。
それから私は、チューリッヒの訓練を受けることとなった。
最初は、罠だらけの山を登り、降りるという特訓。私が吸血鬼だということを考慮してか、明らかに殺しに来た罠が私を襲った。一番易しいといった物でも、腕や足の骨が何本も折れたり、あげくの果てには腕が切られたりした。だがこのとき、腕や足が切られたくらいなら、薬液をかけてくっつければ治ることがわかった。でも、さすがに首を落とされたり、心臓を貫かれたりしたら銀のモノでなくても死ぬと本能で理解した。
そうして、罠の訓練を一通り終えたら、今度はチューリッヒとの組み手。ホンモノの剣を使った、切られれば傷つくとわかる実技。
ここでもチューリッヒは、容赦なく襲いかかってきた。的確に銀の剣で急所をつこうとして、腕を切られるのはもちろん、肩の辺りに剣が突き刺されたこともある。
私も抵抗したが、吹っ飛ばされたり追撃を食らわされたりと、吸血鬼であることを考慮しても死ぬんじゃないかと思うほどの激しい剣の技を見せた。私の攻撃は、それこそ最初は全然当たらなかった。
今思えば、あの厳しい訓練の数々は、私に復讐を諦めさせようとしていた、チューリッヒの優しさだったのではないかと、私自身考えている。
しかし、それすらも成し遂げた私。最終課題へと突入した。一人で吸血鬼を倒せと。ちょうど良いくらいの吸血鬼がいるから、それを倒せと。
私は、見事それを成し遂げた。チューリッヒが行ってくれた訓練の数々が、私を強くしてくれたのだ。それとこのとき、私の血はなぜか吸血鬼にとっては非常に美味なものだとも、わかった。
これをやり遂げた時、チューリッヒはとても残念そうにしていた。それでも、優しく出迎えてくれた。
しかし、吸血鬼を倒した日から、嫌な感覚がつうと背中を通るようになっていった。
もはや声は聞こえないはずなのに、ヤツが、ヴァンデミエールが近くに来ているのがわかった。なぜなのかはわからない。チューリッヒは、血を与えた吸血鬼と与えられた者の、共感覚ではないかと言っていた。
私は、訓練の成果を見せる時だと意気揚々と戦おうとした。だが、チューリッヒに止められた。
「今のままでは、君たちは殺されるのがオチだ。私の研究成果と、協力者達の名前を記した紙を渡すよ」
なぜ? と私達は問いかけた。彼はこう言った。
「私が囮となって、君たちを逃がす」
そう言われた時、なぜそんなことをしなければならないのかと問い詰めた。一緒に逃げようと、私達は言った。
だが彼は、ヴァンデミエールが君たちと出会ったら、おそらく大変なことになってしまうと、静かに語った。
それが何なのかは、語ってはくれなかったが大体のことは予想できた。今はマズイと。
それがわかった私達は、それを受け入れるしかなかった。餞別に今の鎧をもらい、剣やアミティのドレスももらった。
最後にチューリッヒが語った言葉は……。
「心配ないさ。いずれは君たちと合流するよ」
その言葉は、気休め程度の効果しかなかった。これから彼に起こることを、予想できてしまった。それを知りながらも、私達はここから逃げるしかなかった。


「そうして私達は、協力者であるリリスさんたちを探すついでに、吸血鬼を倒してヴァンデミエールの情報を集めていたんです」
「……チューリッヒらしいわね。そんなことになるなんて」
リリスは静かに泣いていた。
「それで、これが彼の研究成果です」
背中のリュックから取り出した、白い液体の薬品と資料。それが、リリスの手に渡った。
「これが……ねえ」
「あなたたちの中には、薬学に精通している人もいると聞きます。どうか、チューリッヒの研究を完成させてください……」
「……わかったわ。これはなんとか彼に渡しておきましょう。それから、私からはこれを」
奥の部屋から、カラスが一匹現れ、アミティの頭に留まった。
「これは?」
「私が独自に調教した、言葉を通じさせるカラスよ。ヴァンデミエールのことを知るために、吸血鬼達を探しているなら、吸血鬼の情報をこの子を通じて知らせるわ」
「ありがとうございます」
「さて、あなたたち……ヴァンデミエールを探していると言っていたけれど、ヤツは他の吸血鬼が口にするのもはばかる程の恐ろしさを持った吸血鬼よ……そんじょそこらの敵とは……訳が違うわ」
「違う? どんな風に?」
「そうね、例えば……」 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み