第四話「カラスの魔女」

文字数 3,054文字

村の吸血鬼を倒し、町を目指すアーシャとアミティ。その足取りは決して楽なものではない。モンスターに襲われ、夜盗に襲われ、時には雨などに襲われたりするものの、二人は歩みを進める。
そうして、森を抜けて崖の上から見下ろした先に見えたものは、夜の暗闇に映える数多くの光の粒。
「アミティ、町だ」
「うん。やっとたどり着いたね」
「ああ、この町にあの人たちはいるだろうか……」
懐から取り出した紙切れには、数人の名前が書かれていた。
崖から見えた町へと、向かっていく。


街灯やランプの明かりが照らす、夜の町へ入った二人。人が多く、アミティは若干不安に思う。
「お姉ちゃん……」
「ああ。手、つなごう」
手をつながなければ、あっという間に人混みに流されてしまいそうになる。それほどまでに多くの人々が行き交う。
人相の悪い荒くれ者、身なりの整った金持ちらしき者、ボロ布を服にしたかのような、みすぼらしい格好をした者、そして、家族連れのような大人数。多いだけでなく、たくさんの種類の人々が、道を所狭しと歩く。その中で、鎧姿の人物と手を繋ぐドレスの女の子は、異彩を放っていた。
「アミティ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
そうは言っても、アミティは気分が悪そうにしていた。これを見過ごすアーシャではない。
「……人のいなさそうな所へ行こう」
「……うん」
人混みを避け、路地裏へと入っていく。だが、そこにも……。
「……おや」
「きゃっ」
男女の逢瀬を偶然にも目撃し、手で顔を覆うアミティ。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「やれやれ、人がいない所を探すのも一苦労だな」
そうつぶやき、どこか良い場所は無いかと辺りを見回した時だった。
「全く町というのは、どうにも人が多過ぎて――」
「アハハ、そうだね~。どうにもこっちでも面倒くさいことが多すぎて困るんだよ~」
二人に声が聞こえた気がした。それも、人混みの中に余計な声に混じって聞こえる雑音のような声ではなく、頭に直接響くような声。
その声に、二人は聞き覚えがあった。穏やかだが、一つ一つが邪悪で、気を許してしまえばあっという間に心を奪われてしまいそうな声。
ヤツだ……! そう確信したアーシャは。
「ヤツめ、こんな所にいたと言うのか……!」
声の方向へと、アミティを一緒に行こうとした。
「あっ、お姉ちゃん……」
「なぜここにいるのかわからんが……あの時のことを……」
「お姉ちゃん、今はまだ……!」
アミティの手を引き、声の方向へ一心不乱に走って行くアーシャ。だが、声に夢中になりすぎてしまい……! 
「あっ、痛いっ!」
「ぐおっ!」
アミティを誰かにぶつけてしまった。
「す、すまないアミティ……大丈夫か?」
「お姉ちゃん……いくら声が聞こえたからと言って、そんな安易な……」
「何者だ! この私達にそんな狼藉を働くとは!」
ぶつかってしまったのは、何やら白い鎧を身に纏っていた連中であった。何かと偉そうな態度であった。
「貴様ら……この町では見かけない顔だな。どこから来た?」
「流れ者だ。先ほどはすまなかった。私が妹をお前達にぶつけてしまい、本当に申し訳ない。アミティ……」
「……もう、お姉ちゃん……ひどいよ……! いくらアイツが近くにいるからって、こんな……うあーん!」
「アミティ……すまない」
アミティを泣かしてしまったアーシャ。それを怪訝な表情で見つめる男達と周りの人間。
だが、アーシャにはもう一つまずいことがあった。
「アミティ、もう泣くな。泣くとまた……」
「え?」
大口を開けた泣き顔。その口からは、鋭く伸びた二対の牙が見えた。その牙が意味する所は、つまり……! 
「きゅ、吸血鬼だぁぁぁっ!」
「しまった……!」
鎧の男達が騒ぎ、周りもそれに同調して騒ぎ出す。アーシャはアミティを抱え、この場から立ち去ろうとする。だが、それは見逃されない。
「アイツ、吸血鬼を抱えて逃げるぞ! 仲間だ!」
「逃がすな! 追い詰めて両方殺すぞ!」
「そうだ! 殺しちまえクソ吸血鬼!」
あちこちから聞こえる、怒号と憎悪の声。さらには、刃物や鈍器といったものがあちこちからアーシャ達に投げられる。
どうにかしなければ……と思っても。
「いたぞ!」
「挟み撃ちだ!」
あっという間に、町にいた人々やハンターたちに囲まれてしまった。全員が、明確な殺意を持って自分たちに襲いかかろうとしている。
「ハア、ハア……」
逃げ場は無い。このまま滅多刺しにされるのか……と思ったその瞬間であった。
「おや、どうやらあの子達、大変な目にあっているようね……」
ワーワーと騒ぎ立てる群衆の外から、じっとその様子を眺めている人物がいた。そしてその人物は群衆に近寄って……。
「幻魔法・(げん)()(げん)(ゆう)(ゆめ)(なり)
呪文を唱えた。その呪文により、周りの景色が歪み、人々はありもしない幻を見る。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
「目が、景色がぁっ!?」
「ひいぃぃぃ! 木が、木が俺を縛り付けるぅ!」
「訳がわからねぇ!」
「……なんだ?」
だが、アーシャにとっては、突如群衆が何かされたようにしか見えない。
幻にのたうちまわったり動けなかったりする群衆の間から、一人出てきた。
その人物は、黒い羽根がついた黒のつば広帽子に、黒い羽根をあしらったドレスを着こなし、夜で雨も降っていないというのに黒い傘をさしている、貴婦人のような女性であった。
「あ、あなたは……」
「まさか、こんなところであうとは思っていなかったわ。チューリッヒがみんなに伝えた、吸血鬼から人間に戻りつつある二人の姉妹に」
「ま、まさかあなたは……! カラスの魔女、リリスさん……? どうして私達とわかって……」
「ドレスの女の子を連れた、黒い鎧のハンターなんて、そこらじゅう探してもあなたたちぐらいしかいないわよ。アイツから聞いていたことだし。さ、ここはマズイ。落ち着いて話せる場所に行きましょうか。後に着いてきて」
幻に苦しんでいる群衆を尻目に、アーシャとアミティ、リリスはここから去るのであった。


群衆達から離れた二人。リリスに連れられてやってきたところは、今にも崩れ落ちそうなあばら屋であった。
「ここで、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。人がいなくて、誰も来なくて、すごく良い場所なんだから。その前に……」
リリスは注射器を取り出した。アーシャは腕の鎧を外し、リリスは注射器を刺して、血を取る。
そして血を、白い薬品が入った試験管に入れ、軽く混ぜる。すると、血は赤いままだった。
「アイツから渡されたこの薬品で反応がでないってことは、正真正銘あなたたちはアーシャとアミティということね。じゃあ、行きましょうか」
リリスは懐から鍵を取り出し、ドアノブに差し込む。そして鍵を開けてドアを開いた。
「ささ、入って」
二人が中へ入ると、そこはあばら屋の中とは思えないほど整った部屋であった。
「ようこそ、私の家へ」
「わぁ……すごいね、お姉ちゃん」
「ああ、一体どんな魔法を……」
「空間魔法の応用ね。鍵によってとある地点と今の場所をつなげることで、ドアさえあればどこでもここに戻れるのよ」
「そうなんですか……」
「さて、座って話でもしましょうか。あなたたちの身の上話を」
「はい。大体のことはチューリッヒから聞いているとは思いますが、私達自身が話さなければいけませんから」
「そうね、手紙だけじゃいろいろと説明不足だから」
スライドしてやってきた、机と椅子。二人とリリスは椅子に座り、対面で話をする用意をする。
「さて、聞かせてもらおうかしら。あなたたちがなぜそんな風になったのかを……」
「はい、わかりました。私達とチューリッヒの話を」
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