第八話「怪しげな村とカエルの少年」

文字数 9,585文字

とある町で、宿敵ヴァンデミエールと邂逅し、完膚なきまで実力の差を思い知らされたアーシャ。そして、何もできずただ見ているだけだったアミティ。リリスの助けと、ヴァンデミエール本人が楽しみを重視する吸血鬼だったためどうにかなったものの、二人は道中無力感に襲われていた。
町を離れ、道を歩く二人の足取りは重く、会話も無い。ただひたすらに道を歩くだけ。アーシャは鎧兜のせいで視線が悟れないが、まっすぐ前を見ているだけ。アミティは、そんなアーシャを不安そうに見つめているだけ。
しばらく歩き、アミティがやっと口を開く。
「ねえお姉ちゃん……」
「なんだ?」
「お姉ちゃんは……私と復讐、どっちを大事にしてくれる?」
「…………」
「あの時のお姉ちゃんは、普通じゃなかった。あたしのことより、アイツのことだけを考えて、見ていた……自分が傷つくこともかまわずに、アイツを殺そうとしてた……あたしのことなんか、ちっとも考えないで」
「ああ……」
「お姉ちゃん、もしあたしとアイツへの復讐、どっちか選ばなきゃいけない時、お姉ちゃんは……あたしを選んでくれる?」
「……確かにアイツへの復讐は大事だ。私達をこんなにしたアイツが未だのうのうと生きていると思うと、ハラワタが煮えくりかえる。それ故、私はあんな愚かなことをしてしまった。だが、お前はそれでも私についてきてくれている。それだけでも、私は嬉しい。こんな馬鹿な私でも、お前は私を姉として慕ってくれている。だからこそ、いざという時にはお前を選ぶ。私はもう間違いはしない、もっと強くなって……お前を守って、そして人間に戻ろう。いいな?」
「うん、頑張ろうね」
「おや、ちょうど村があるようだ。少し休憩しよう」
「うん、そだね」
ゲート状の看板がある村。看板には『ワートウッド』という言葉が書かれている。今まで訪れた村と変わらない、辺鄙な村だ。
「さて、宿屋宿屋……」
「鎧のお人! 鎧のお人! どうか我々のお話をお聞きください!」
突如、村の人間がアーシャと二人の所に集まり、目の前で土下座をしてきた。その光景に対し、アミティはアーシャの後ろに隠れる。
「なんだなんだ? なんだ一体?」
「急に言ってすまん。そこからは私が話をしよう」
いかにもな、金持ちぶった男が従者を連れてやってきた。
「なんだお前は?」
「あー、私はこの村の村長、トータスだ。こんなとこで立ち話でもなんだから、私の所へ来なさい」
「はあ……ん?」
村長に連れられる二人。すると、脇から視線を感じた。その視線の先には、何かがいた。その何かは、自分たち……いや、村長たちを狙っていた。そして、何かを飛ばした! 
「なんだ?」
飛ばした何かは、村長の顔に直撃した。べちゃっとぶつかった何かは、どうやら泥だった。
「ぺっぺっ! クソっ、またアイツだ! おい、その辺にいるはずだ! 今度こそヤツを引っ捕らえろ!」
「何か問題でも?」
「ああ、いやいや。なんでもありません、ささ、こちらへ……」
村長に、この場からすぐに立ち去るように言われていると感じたアーシャ。これは何かあるとアーシャはにらむ。すると、男の子の声らしき声が聞こえてきた。
「おいお前らー! 今すぐこの村から立ち去れー! この村に来たヤツは、みんな死んじゃうか、それ以上のひどい目にあうんだぞー! 死にたくなかったら早くそいつらから離れろー!」
「……?」
「ああ、お気になさらず。悪ガキがいたずらしているんですよ。あること無いこと騒いで……」
アーシャは、この村長たちは何かを腹に一物抱えていると考えた。アミティをそっと自分の近くに近寄らせ、こうつぶやく。
「アミティ。しばらく私から離れるな」
「うん、わかった……」
村長たちに連れられやってきた、辺鄙な村にはにつかわしくない豪邸。客間に連れられ、美味しそうな紅茶やお菓子を前に並べられた。
「……さて、その鎧姿、妖魔ハンターとお見受けしますが、退治してもらいたいモノがいるのです」
「なんだ? 内容次第では断るぞ」
「いやですね……これは断られてもしょうがないモノなのですが……吸血鬼をですね、退治してもらいたくて……」
「吸血鬼、か」
「はい、我々の村を闇から支配し、生け贄を要求してくる恐ろしい化け物……私達はほとほと恐れ、困っているのです。その吸血鬼を、退治してもらいたいのです」
「吸血鬼退治か……良いだろう、請け負ってやる」
「ホントですか! いや~、ありがたいことです。吸血鬼退治に加わってくれて……」
「加わる?」
「ええ、腕の良いハンター達を何人か雇って、十分な人数が集まるまでここに待機させていたのです。おいお前達、この方々をお部屋に案内しなさい」
そうしてアーシャとアミティは、何人かの使用人に連れられ部屋に案内される。客間にいたのは、屈強そうな男達。村長が雇ったハンター達なのだろう。
「皆さん、吸血鬼退治に加わってくれる新しいハンターがやってきましたよ」
「おー、これでちょうど出発するのにちょうど良いな!」
「黒い鎧騎士……えらく気取ったヤツが来たみてーだな。ちょいとツラ見せろや」
「何だよ子連れか? 邪魔なヤツつれてくんなよなー」
アーシャとアミティを見て、口々にそう語る男達。すると、使用人の一人が訪ねる。
「おや、イーサンがいないようですが」
「また賭場にでも行ってんじゃないか?」
「そうですか、また後にでも……」
「よう、かわいい嬢ちゃん。こんな男臭いとこになんでいるんだ?」
「きゃっ!」
陽気そうな声で、二人の後ろから現れたのは、ソフトハットにコート、銀の斧を持ったサングラスの男だった。男はいきなりアミティのドレスを片手でぱさっとめくり、パンツを見た。
「かわいいパンツ履いてんじゃねえか、お嬢ちゃん?」
「……私の妹に何をする」
「別に良いだろ? ツキが大事なハンター稼業やってると、女のパンツなんて何回見られるかわかんねーからな。別に減るもんじゃねーだろ?」
「倫理観が無いのか? 人の妹に対して、こんなこと……」
「まあ良いじゃねえか。これから一緒に吸血鬼退治しに行く仲なんだからよ。あ、俺はイーサン、よろしくな!」
「……最初のコトさえ無ければ、ある程度は信用してやった」
ひとしきり会話を終えたイーサンとアーシャを見て、使用人はパンと手を叩く。
「さて、これで全員そろいましたね? これからことを話します」
使用人はハンター全員を座らせ、話をする。
「さて、皆さんには翌日の夜にこの村から離れた所にある、吸血鬼の屋敷に行って吸血鬼を退治してもらいます。途中、吸血鬼の使い魔などがいると思われますが、受けてくれた皆さんなら、きっと大丈夫でしょう。その屋敷の奥にいる吸血鬼……グレゴリーを倒してください。退治した暁には、村長から10万ゴールド以上の報酬が出ます。以上で、説明を終わります。地図などは、出発する時に渡しますのでお願いしますね。ああそれと、今夜は前祝いで皆様にお食事を出しますので、必ず出席お願いしますね」
使用人はそれだけ言うと、部屋から去って行った。ハンター達は、10万ゴールドの賞金と、食事に沸き返っていた。
「いいねぇ、賞金に食事!」
「いよいよって感じだな!」
「俺にもツキが回ってきたのかな~」
興奮するハンターたちを尻目に、アーシャとアミティは怪訝な表情をしていた。
「アミティ……」
「うん、なんか……怪しいね」
先ほどの少年の声、いやに優しい使用人や村長。アーシャは何かを感じていた。
「会食で過剰に飲み食いするのはやめておこう、何かを仕込まれるかもしれない。それと……あの声の主が気になる」
使用人が去った後、アーシャはアミティをつれて席を立つ。
「どこ行くんだ?」
「いや、少し買い物にな」
屋敷からは、会食に参加することを条件に出してくれた。二人はあの声の主を探して村を歩くが、少年は見つからない。それどころか、村の家という家からひそひそ話が聞こえてくる。
「またハンターが来ているわ……」
「かわいそうに……」
「そんなこと言われても、私達の方を少なくしてくれるだけでも……」
「少なくなってる?」
「おんなじくらいじゃない……?」
その言葉を聞きながら、この村がどんな状況になっているのかを察する。
そして、それはすぐにやってきた。とある家の屋根がキラリと光る。そしてそこから、しぴっと何かが飛んだ。それを……アーシャはつかむ。金属の球だ。飛んできた所を計算し、飛ばしたヤツがどこにいるのか察知する。
「あそこだ! 行くぞ、乗れアミティ!」
「うん!」
アーシャはアミティをおんぶして、飛ばしたヤツの所へ走る。とても子ども一人をおんぶしているとは思えないスピードで、ひた走る。
「あ、やべっ!」
こっちにものすごい速度で近づいていることに気づき、発射した場所から急いで退避する。
アーシャが飛び上がって屋根に上がるが、発射したヤツは非常に高いジャンプ力で屋根を伝い、村の外へと向かっていく。
だが、アーシャも修行した一人。ジャンプ力なら彼女も負けていない。いや、それ以上のジャンプ力で追いかける。
「ウソだろ!? あんな飛ぶヤツがハンターにいるなんて!?」
「相当ジャンプ力には自身があるようだが、私とてその辺のヤツには負けないさ」
「お姉ちゃん、あそこ!」
最後の屋根をジャンプして、村の外へと走って行く何か。そして、アーシャはジャンプして、それを捕らえようとする。だが。
(読めてるぜ!)
前方へと低くジャンプし、アーシャを避けようとする。だがアーシャはそれだけではない。
「アミティ!」
その言葉と同時に、アミティは背中から飛び立って、何かを捕まえた! 
「あーっ!」
そこにいたのは、ツギハギのニット帽と、同じくツギハギのショートパンツでノースリーブシャツの、青い人型の……? 
「か、カエル?」
「わー! オイラを離せー! どーせあのクソバカ村長に言われて、俺を捕まえに来たんだろ!? そうなんだろ!?」
「いや、話をしにきたのよ」
「話!? 話ってなんだよ!?」
「あなたがさっき泥を村長にぶつけたこと、そしてあたし達に、ここから逃げろって言ってくれた理由を知りたくて……」
「……そうなのか?」
「ああ、ウソじゃない。どうやらお前の方が、村長の奴らより信用できそうだからな」
「……なんだ、それなら……いいんだ。良かった……やっと、この村のおかしさをわかってくれる人に出会えた……」
そのカエルの少年は、目から大粒の涙を流しながら、立ち上がった。
「ついて来なよ。この村の本当の話をしてあげるから」
カエルの少年は、村の外へと歩いて行く。二人は、それにただついて行くだけ。途中二人はあのカエルの少年について会話をする。
「あの子、モンスターなのかな?」
「いや、元々は違うのかもしれない。ひょっとしたら……あの子が言っていた本当の話の中にあるのかもしれない」
「うん……ねえ、あなたのお名前は? あたしはアミティ、こっちはお姉ちゃんのアーシャ」
「ツイグ。今年で多分10歳くらい」
二人がツイグに連れられて来たのは、山の中の洞窟だった。
「ここオイラんち。みっともねえとこだろ」
「定住できているだけまだ良いだろう」
「そうかもな……かーちゃん、大丈夫?」
大丈夫? という言葉に疑問を抱くアミティと、ツイグを見て少し考えるアーシャ。そこにいたのは。
「ガアアア! ガアアア!」
「な、なんだ!?」
「かーちゃん! 大丈夫だよ、ちょっと出てただけ! 落ち着いて……大丈夫?」
「アア、ウウ……ツイグ? オカエリ……ツイグ……」
鎖で繋がれた、下半身が蛇で上半身が女性……いや、蛇っぽい女性の何かがいた。モンスター? 先ほどまで暴れていたが……。
「お母さん……この人が?」
「前はこんなんじゃなかったさ。村一番の美人だって、みんな言ってた。オイラはそんなかーちゃんの一番の子どもだった。けど、アイツのせいで、何もかも変えられたんだ! 村も、オイラの体も、かーちゃんの体も! みんなの体も!」
「変えられた……?」
「そうだ! 何もかも、全部!」


オイラたちは普通に暮らしていたんだ。ワートウッドの村は平和で、嫌みな村長を除けば、とっても楽しく暮らしてた。
そんなある夜、突如やってきたソイツは、あっという間にオイラたちの命を握った。グレゴリーだ! 
ソイツはオイラたちのところにやってきて、毎月何人かの生け贄をもってこいって言ったんだ……。オイラたちは当然反対したけど、嫌みな村長達にお宝を渡して、村長達を懐柔した。
それから、村長達は村でやりたい放題。グレゴリーの屋敷を村の人間に作らせたり、生け贄に持って行ったり、もうホント、嫌になるくらいだ! 
そして……グレゴリーからご指名されたオイラたちは、生け贄にされた。
そこは地獄だったさ。村の人間達はオイラみたいに、改造されちまったんだ。そうして、本能のままに暴れさせたり、わざと自意識を残して自殺させたり、地獄って言葉すら生ぬるいのかもしれない。
そしてオイラたちも改造しようとした。とーちゃんと妹は実験に失敗して死んだ。そしたら、グレゴリーのヤツはこう言った。
「そうだ。この親子を、子どもをカエルにして、母親を蛇にしてみよう」
とね。オイラはカエルにされて、かーちゃんは蛇にされたさ。オイラは自意識残されて、かーちゃんは本能に任せて暴れるようにされた。
オイラは殺されかけたけど、かーちゃんに何度も何度も呼びかけた、オイラだよ、かーちゃんってね。そして……かーちゃんは中途半端だけど自我を取り戻した。オイラを抱きしめた。
そしたらグレゴリーのヤツ、なんて言ったと思う? 
「つまらん、やめろやめろ。こんな風に親子愛を見たかったわけじゃない」
と、クソみたいなこと言って、オイラ達を放りだしたさ。村に戻ってきたら、オイラ達の家は売り払われて、村長達はオイラ達を村から追い出した。
オイラたちは、仕方なくこの洞窟で過ごすことになった。そして、奴らは村の人間たちだけじゃなく、外からやってくる人間も生け贄にするようになった。吸血鬼に支配されているとウソをついて、ハンターたちを眠らせて、グレゴリーの屋敷に持って行った。村の人間と一緒にさ。
それからオイラは、さっきみたいに村にやってきた人間達を追い出すようにしているんだ。……大体は出て行ってくれなかったけど。
そして……自我を取り戻したはいいけど、時々こうして暴れるかーちゃんと一緒に、ここで暮らしているのさ。


「……なるほど。なかなかに大変な目に遭っているようだな」
「ひどい……」
「だから……さ。こんなとこさっさと出て行ってくれよ。いや、ホント……大方大金とかでつられたクチなんだろうけど、ヤバイからさ……」
「そうだな。確かに普通ならこんなとこさっさと出て行くだろう。だがな、私はここの吸血鬼を倒すつもりでいるんだ」
「ええっ!?」
「ああ、とある理由でな。各地の吸血鬼を退治している」
「ホント……なの? じゃあ、アイツをぶった切ってよ! オイラ達をこんな目に遭わせたあのグレゴリーを!」
「では、奴らの会食に行かなければならないので、これから行く。あんな奴らの毒牙にかかる程私達は愚かではないが、一応行かなければ奴らに怪しまれる。行ってやりすごしつつ、ここに戻ってこよう」
「うん……ありがとう。待ってるからね!」
「アリ……ガ、トウ、ゴザイマス……!」
「よしアミティ、戻るぞ」
「うん」
そうして、洞窟の外に出たらもう夕方になっていたため、急いで村長の屋敷へと戻っていった。屋敷の前では、使用人が迎え入れてくれ、村長が待っていた。
「遅いですよ、どこで何をやっていたのですか!? もうすぐ食事会の時間ですよ。ささ、早くこちらへ」
「ああ、すまない。少し野暮用があってな」
アーシャとアミティが迎えられたのは、大広間。長い机に山盛りの酒や食い物がおかれており、ハンター達は既に飯を食い始めていた。
「ああ、もう食べられていましたか」
「おい、早く来いよお二人さん! すげー美味いぜ!」
イーサンが隣の席をバンバンと叩き、二人が座ることを促す。二人はそこに座り、アーシャは兜を取る。それを見てハンター達は喜ぶ。
「おいおい、女じゃねえか! なんだってこんな綺麗な女がハンターなんかやってんだ?」
「まあ良いじゃねえか。美味い飯に酒、そして美人の女! サイコーじゃねえか!」
アーシャの美貌に見とれながら、ハンター達は見た目は美味しそうな料理や酒類、デザートなどにがっつく。だがアーシャとアミティは、最低限怪しまれないように少しだけ食べる。
だが、使用人達はやたらと飯を持ってきて、食べさせようとする。特に、酒はやたらと持ってこられる。ハンター達は浴びるほど飲むが、アーシャとアミティは飲まない。イーサンも……。
「ほらほら、酒を飲んでください」
「いや、俺酒あんまり好きじゃねえから。あいつらにやってくれよ」
「そんなこと良いじゃないですか、ほら飲んで飲んで」
「いや、好きじゃねえって言ってるだろ」
好きでないというイーサンにも、酒を勧めるのを見て二人は警戒する。
「あなた方も、お酒をどうぞ」
「いや、私達は未成年だ。酒は飲めない」
「良いじゃないですか。無礼講ですよ無礼講」
「無礼講でも、飲むのはいかん」
「あたし、まだ13くらいなのに……お姉ちゃんは多分17……」
(半吸血鬼だから、年齢はその頃から動いてないんだけど……)
そして、馬鹿騒ぎも大分静まり、ハンターたちはすっかり酔ってしまっていた。(イーサンと二人を除く)
「ふぅ~、この(しゃけ)はふんとようきゅくわい、ひゅぅ~……」
「今日はひょうにぇみゃしょうひょ、しょうしましょ」
「では、私達も失礼する」
「お待ちください、お二方にイーサン、せめてこのお水を……」
「いらん」
「断る」
「いりません」
「……左様ですか」
使用人が舌打ちするのを、二人は聞き逃さなかった。


夜。アーシャは戦う用意をしつつ、アミティは逃げる用意をする。用意された部屋は、窓がなく脱出できるのは扉だけ。どうやらハンターたちを生け捕りにするための部屋のようだ。二人は部屋を出て、ハンターたちのいる部屋を見ていく。だが、どれも既にもぬけの殻となっていた。それを見たアーシャは。
「ダメだ、もう連れて行かれているに違いない。行動が早すぎる……」
「ねえお姉ちゃん、どうにか助けられる人はいない?」
「もうダメだ、人っ子一人……」
「おい、おめーらトイレドコかしらねえ? つーか、なんで今そんなカッコしてんだ?」
「お前……イーサン?」
そこにいたのは、既に寝間着に着替えていたイーサンであった。
「……ハンター着に着替えろ、今すぐここから逃げるぞ」
「あ? なんでそんなことする必要が……」
「お前の部屋に行けば、そんなことすぐに……」
「ああっ、いない! いなくなってる!」
部屋から聞こえて来たのは、使用人達の声。
「いつの間に消えたんだ!?」
「早く探して部屋に戻らせろ、生け贄の人数が足りなくなる!」
そういう声が聞こえてきたものだから、イーサンも感づく。
「やべえ、そういうことかよ!」
「……すまない、おそらく着替える余裕もなさそうだ」
「チクショウ、そういうことだったのかよ……やけに優しいと思っていたら、そういうことだったのか……許せねえ!」
イーサンはすぐさま声のした方向に向かっていき……。
「テメーらこの野郎! よくも俺を餌になんかしようとしやがったな!」
「あっ、十二人目の生け贄!」
「コノヤロー!」
その言葉と同時に蹴る殴る音が聞こえ……ついには消えた。
「フー……ぶちのめしてやったぜ。しかしこんなこと聞くことができたなんてよ、今日はすげえツイているな俺」
「よし、これで一人は助けられたな。というわけで、助かったのならお前は逃げろ」
「お前達も逃げるのか?」
「いや、私達はこんなことを命令した吸血鬼を倒しに行く。私達はある理由で吸血鬼を倒しているのでな」
「へえそうかい。なら、俺もちょいと同行させてもらおうかね」
「なぜだ? 吸血鬼は凶悪な怪物、普通のハンターではむざむざ死にに行くようなものだぞ?」
「いや、ね……今の俺にはどうもツキがあるみたいでな。このツキなら……吸血鬼とやり合っても問題なさそうだと思ってな」
「……着いてくるのは勝手だが、いちいち生死は保証してやれんぞ?」
「わーってるよ。それくらいは覚悟の上さ」
「……では、行くか」


夜、なんかよくわからない理由で吸血鬼退治に同行することとなったイーサンと共に、ツイグの所へと向かう二人。洞窟の前に、ツイグはいた。
「あ、来てくれたんだ! 良かった~……って、そっちの人は?」
「同行人だ。吸血鬼退治を手伝ってくれるそうだ」
「げっ、なんじゃこのカエル!?」
「心配するな、吸血鬼の被害者でこんな姿にされた。こっちが吸血鬼退治の本当の依頼人だ」
「へぇ、そうかい。まだ子どもだって言うのに、こんな姿にされて大変だなお前も」
「さて……そろそろ」
「アアアア……」
四人が吸血鬼退治に行こうとした矢先、洞窟の中からツイグの母親が出てきた。
「うわっ、なんじゃこりゃ!?」
「かーちゃん、ダメだよ! 大人しくしてなきゃ」
「オ願イツイグ……ママモ、ママモ行カセテ……」
「かーちゃん……」
「死地ニ……息子ダケヲ……行カセタクナイ……」
「……行かせてやろう、ツイグ。息子を守りたいのは母親のサガ。共に行って、共にヤツを殺そう」
「アーシャさん……うん! でも、途中で暴れられると困るから……ちょっと待ってて!」
母親を連れて、洞窟の奥へと入ったツイグ。一部始終を見て、イーサンはアーシャとアミティに話しかける。
「蛇がかーちゃんで息子がカエルねえ……なかなかにカオスな家族じゃねえか。ということはお前らも……なんかあんじゃねえの?」
「……さあな」
「お待たせ! なんとか連れて行けるよ!」
洞窟の奥から出てきたツイグ。その手には鎖が握られており、それに繋がれていたのは母親。首輪をされたツイグの母親を、ツイグが鎖で引いているという状態だった。
「おいおい……いくらそんなだからといって、犬みてえに連れて行くなんて、ちょっとひでえんじゃねえの?」
「ス、スイマセン……時々理性ガ飛ンデシマウノ……ダカラ、コウシナイト……」
「ごめんな、かーちゃん。我慢してくれよ」
「……さて、そろそろ吸血鬼の屋敷へ行くぞ。ツイグ、案内頼む」
「うん。前に行ったことあるから、大体道は覚えてるよ。行くよ、かーちゃん」
ツイグが鎖で母親を引き、先頭に立って四人を後ろにつく。ひとまずは森を抜け、目指すは吸血鬼の館。
森を抜ける途中、イーサンがつぶやく。
「しっかしこんなメンツで吸血鬼退治とは、やっぱこんな世界、神も仏もありゃしねえな」
「どういうことだ?」
「だってな、吸血鬼になんかされて蛇とカエルになった親子に、得体の知れない二人の姉妹だぜ? 端から見れば頭がおかしいって言われそうな連中だ」
「ほう、自分は妹のスカートをめくってパンツを見たたくせに、マトモだと言うのか?」
「それくらいだったら、幾分マトモだろう?」
「え、お前アミティのスカートめくってパンツ見たのかよ。うわー、引くわー」
「このガキ……」
「でも、それでいい。イカれているくらいでちょうど良い」
「え?」
アーシャのこの発言に、イーサン、ツイグ、アミティは疑問符を抱く。
「この世の中、マトモであればすぐに死ぬ。何かしら壊れていなければ、奴らの体の良い餌食だ。相手がイカれているのだから、当然だろう。そんな奴らを倒せるのは、同じくらいかそれ以上の……かもしれない。だからこそ、こんなメンバーで良いのだよ」
その言葉に、三人は納得する。この状況を、一番説明する良い言葉だったから。
世紀末世界。吸血鬼が支配し、それに従ずる怪物達の世界。対抗できる人間は、やはり狂っているのだろうか。
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