第六話「刺客」

文字数 3,589文字

アーシャとアミティがリリスと話をしていた頃、町は大騒ぎになっていた。吸血鬼が出た話はすぐに町中を駆け巡り、人々がワーワーと吸血鬼探しに躍起になっていた。
「野郎、吸血鬼め! 夜だっていうのにふざけやがって!」
「紅色の髪の毛と目で、二つ縛りにしている少女の吸血鬼だそうだ! それを黒い鎧のヤツが抱えて逃げた!」
「見つけ次第とにかく殺せェ!」
武器を持ったハンター達や大人達が町中だけではなく、路地裏や屋根の上にも上がって二人を探す。
そんな人々の様子を、遠巻きに眺めている人物がいた。
「あーあ、せっかく静かな夜を過ごせると思ってたのにねー」
「ねー! ホントやになっちゃうよねー!」
シルクハットにマントの紳士姿の白髪の男に、露出の多い格好をした女性がいた。
「吸血鬼だなんて……せっかく二人きりで遊べると思ってたのにねー」
「全く、しょうが無い連中だなあ。吸血鬼のせいでこんなになっちゃう程慌ててるよ」
「ウフフ、でもあたしは、あなたみたいなすご~く素敵な人と一緒にいられるなんて、私は嬉しいわぁ~。ヴァンさんっ」
ベタベタとヴァンと名乗った人間に触る娼婦。抱きついたりすりすりしたりして、かわいく見せる。
「フフフ……君は全くかわいらしいね~。さて、私はちょっと用を足して来るから、ちょっと待っていてくれ」
「うん、わかったぁ~。早くしてね~」
そうして、娼婦と別れるヴァン。人のいない路地裏に入ると、パチンと指を鳴らす。
「キキ、いるか?」
「はい、ヴァンデミエール様。ここに」
暗がりから現れたのは、白の三角帽子にローブの女性。髪の毛も白で、肌も色白だ。だが、その口から吸血鬼特有の牙が見える。
「何かご用でしょうか?」
「どうやらこの町に、あの子達が来ているかもしれない。探し出して連れてきてくれ」
「あの子……あの時吸血鬼にしたという、アーシャとアミティという子ですか? あなた様の呪いを解いた挙げ句、あの男に逃がされた程度の女たちが?」
「あの子達に会ってみたい。普通なら吸血鬼にされた時点で屈してしまうというのに、あの子達はかまわず憎悪を私に向けてきた。これは実に興味深いことだと思ってね。……久々に楽しめそうだ。あの男が治療した上に、吸血鬼のまま人間になっているというからな。探してここに連れてきなさい。頼んだよ」
「……はい」
ヴァンデミエールは、そのまま娼婦の所へと戻っていった。残されたキキは、ギリリと音が聞こえる程歯ぎしりをした。
「あの女ァ……ヴァンデミエール様の血を受けておきながら、憎悪を向けた上に治療してもらって、あまつさえ呪いを解いただと……? それだけで、ヴァンデミエール様の興味を……許さない許さない……! 絶対に八つ裂きにしてやる……! (せき)(しき)魔法・()(えい)(せい)(しき)
キキの目に、今いる場所で起こったことの映像がいくつも映る。それを頼りに歩き、彼女たちがいたと思われる場所を探す。しばらく歩くと、アミティが吸血鬼とバレた場所にたどり着く。そこからさらに。
()(えい)(せい)(しき)(そく)(れき)
そこから更に、アミティ達が逃げた方向を辿る。そうして、たどり着いたのはリリスと一緒に入ったあばら屋であった。
「ここか……時空間魔法・(てん)(けつ)(つう)(じゅん)
キキが指を鳴らすと、時空間の穴がキキの後ろに二つ空き、そこから二匹の吸血鬼が落ちてきた。一人は体中から棘が生えた吸血鬼と、巨大なクモから人間の首から下が生えた吸血鬼だった。
「な、なんだいきなり!?」
「俺たちいつの間にこんなとこに!?」
「アンギ、グリュウ、始末はお前達に任せる」
「げ、げえっキキ……! お前……!」
「下等な吸血鬼モドキをお前達に始末させてやるのだ。ありがたく思え」
「な、なんで俺たちがそんなこと……」
「束縛魔法・(きん)(あく)(ほう)(いつ)
その言葉と同時に、ギリギリと吸血鬼二人の首が締まる。そして傍らには、銀の武器が漂う。
「ヒッ、銀の武器……!」
「下等なお前達にも、ヴァンデミエール様が役割を与えてやっているのだ。せめて役割分の働きはしろ。それとも、このまま死ぬか?」
「は、はい! やります! やらせてください!」
「はじめからそう言え。空間の中からおびき出したら、後はお前達が始末しろ。風魔法・(せい)(らん)(たい)(ふう)
キキから巻き起こった風のカマイタチが、あばら屋を粉砕しようとするほどにぶつかる。
当然、中にもその勢いが伝わり、リリスと二人も感知する。外でヤバイことが起こっていると。
「なっ、これは……!」
「一旦外に出た方が良いみたいね。もし建物が崩れたりしたら、ここから出られなくなるかもしれない」
リリスは落ち着いて、二人を外へ出るように誘導する。そして、三人が外に出たと同時に、建物は音を立てて崩れ去った。
「危ない……」
「どうやら、吸血鬼達が私達を狙っているようね」
ドアの外には、吸血鬼キキと、アンギ、グリュウがいた。
「赤髪、赤い目の吸血鬼……アレがアミティだな。もう一人は黒い鎧でわからないが一緒にいると言うことは、おそらくアーシャだ。こんばんは、私の名はキキ。ヴァンデミエール様にお前達を殺しに行けと命じられた。そして、殺すのはこの二人だ」
全身棘だらけのアンギが言葉と同時に棘を放つ。まるで弾幕のように放たれたそれを見たアーシャは。
「はっ!」
最小限の動きで回避し、無傷で切り抜ける。そして、アミティの方も。
「障壁魔法・(だん)(しゃ)(くう)(へき)
リリスの魔法によって、壁を作られ守られる。
「アーシャ! 妹ちゃんは私が守っておくから、戦いに集中して! 奴らはおそらく異能の吸血鬼、油断しないで!」
「わかった!」
「隙だらけだぜ!」
それから、グリュウがクモの口から糸を吐き出し、アーシャを絡め取ろうとするが、剣によって切り裂かれ、失敗に終わる。
「チッ、コイツなかなか手強そうだぜ!」
「だが、こちらは二人。吸血鬼が二人なら負けるはずねえさ!」
アンギが棘を体から二つ引き抜き、伸ばして即席の武器とする。一方グリュウも、そこらを走り回ってクモが巣を張るように動く。
アンギは接近し、二つ持っている棘でアーシャと剣劇を交える。両手持ちの剣と、二つ持つ棘。普通なら、二刀流の方が有利なはずであった。しかし……! 
(ちくしょう、コイツ……! 俺の棘を簡単に躱してるだけじゃなく、的確にガードして俺の首を狙おうとしていやがる……!)
両手持ちの剣なのに、素早い回避と剣術で、防御と攻撃を同時に行うアーシャ。押されているのは、明らかにアンギの方であった。そして……。
「そこっ!」
剣を使い、両方の棘を折る。武器を無くし、頸狩りまであと一歩といった所だが……。
(バカめ! こっちにはまだこの手があったんだよ!)
体の棘を一斉に伸ばし、全身を穴だらけにしようとする。だが! 
「それぐらい予測できないと思うか?」
アーシャはすっと飛び上がり、上空から首を狙おうとする。アンギの、棘が生えていない首を、直接狙うにはぴったりの位置にいた。
だが、それを簡単に許す吸血鬼もいない。
「馬鹿め! そっちには俺の巣があるんだよ!」
グリュウがそこら中に張ったクモの糸が上空にあり、このままでは巣にくっついてしまう。そこから近づいて、グリュウは一気になぶり殺しを計画していたが……! 
「ハァッ!」
ジャンプの途中で、歯車のように回転し剣によって糸を切り裂く。それにより、糸と共に落下するグリュウ。そしてその隙を、アーシャは決して見逃さない。
「見えた……ここだ!」
「がああああ!」
アーシャによって、首を切断されクモと胴体に分かれるグリュウ。そして、灰となって消えていく。
「な、なんだと!?」
そして着地同時にダッシュでアンギの首も切り裂いた。
「馬鹿……な……」
灰となって消えていく二体の吸血鬼。それを見たリリスとキキは。
「おやおや、異能の吸血鬼を一人で二人倒すなんて。チューリッヒの特訓は相当だったみたいね」
「おのれぇ……役立たずどもが!」
灰となって消えていく吸血鬼達をねぎらいもせず、ただただキレちらかすキキ。
「こうなれば、もはや私が……!」
キキは両手に炎を溜め、アーシャたちに放とうとする。アーシャたちも身構え、戦闘態勢に入るが……。
「そこまでだ、キキ」
声が聞こえた。その声は、姉妹二人に聞き覚えがあり、キキにとっては最も敬愛する人物の声だった。
羽根を使い、空から降りてきたヴァンデミエール。その手には、先ほどまで一緒にいた娼婦が握られていた。その体は、血が抜かれ骨と皮だけになっていた。
「何をしている? 私は連れてこいと言ったのに」
「ヴァンデミエール様……!」
「ヴァンデミエール……!」
「噂に聞いてはいたが、この目で見るのは私も初めてね……吸血鬼・ヴァンデミエール……」
憎き怨敵と再び再会したアーシャとアミティ。そして、ヴァンデミエールは娼婦をその辺に捨てた後、シルクハットを脱いで二人にお辞儀をした。
「久しぶりだね、アーシャ、アミティ。元気にしていたかな?」
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