第九話「屋敷へ」

文字数 5,534文字

アーシャとアミティは、ワートウッドと呼ばれる村に巣くう吸血鬼、グレゴリーを倒す依頼をカエルと合成させられたツイグと、蛇にされたその母親から受ける。そして、ツキを重んじるハンターイーサンも一緒に行くことになった。
鎖で繋いだ母親と共に、ツイグの案内で森を抜ける一行。そして、橋が見えた。橋の向こうには、辺り一面にアーシャたちの腰ぐらいまで覆う程の長い草が生い茂る草原が見える。所々道のように草が刈り取られている。
「ここからが、ヤツの屋敷の敷地だ」
「敷地って……屋敷はどこだよ? えらい広いとこだな」
「ここは庭らしいってよ。でも気をつけろ、なんでも自分を殺しに来るハンターを迎撃するために、庭一帯に番犬を配置しているらしいからな」
「番犬だぁ? ああ、吸血鬼の使い魔ね。それくらいなら俺にだってやれるぜ?」
「やれるかどうか、見りゃわかるよ」
橋を渡り、草が刈り取られている所を歩いて屋敷を目指す。ツイグを先頭にして歩くが、突如ツイグが。
「シッ! 伏せて!」
「!?」
草よりも低く伏せる一行。すると、グルルル……といった犬のようなうなり声が聞こえてきた。
「この声、番犬だ……近くにいるかも……」
「なんだと? どれ、少し見てくる」
アーシャがツイグの前に出て、ツイグの指さす方向の草をかき分けると、見えてきたのは。
「ウウ~……」
「……あれが、番犬か?」
「そうだよ」
草の向こう側には、犬の頭に全裸の男の体という怪物がいた。それを、アミティやイーサンも見る。
「うわ~……なんだありゃ。あんな変なのがそこら中にいるって言うのか?」
「気持ち悪い……」
「うん、この辺りにはたくさんいるっぽい。なんでも、人間を何人か改造してあんな風にしているんだ……」
「ひぇ~、おっかねえな……あんなのに関わりたくねえよ」
嫌悪感丸出しのイーサンとアミティ。だがアーシャは平然と見据える。
「なんとか見つからないように、気配を殺して行こう。ツイグ、アイツらの特徴は……やはり嗅覚か?」
「うんアーシャ。奴ら、目はあんまり良くないんだけど、匂いに特に敏感なんだ。異臭を嗅ぎ取れば、すぐにでも追われるかも」
「そうか。では、今から私が前に出る。私が危険を察知したら、止めたり避けたりする。行こう」
アーシャを先頭にして、姿勢を草より低くしながらソロリソロリと道を進む一行。その歩みは牛歩だが、一歩一歩確実に進んでいく。だが、それを邪魔するモノが現れる。
「ングッ、ウウウ……」
「か、かーちゃん? どうしたんだよ? も、もしかして、また……!」
鎖を握って、蛇の母親に近づくツイグ。
「またって、なんだよツイグ」
「俺のかーちゃんは、改造された影響で時々自我が吹っ飛んで暴れちまうんだ。にしてもおかしいな……最近やけに多いような」
「ニ、逃ゲテ、ツイグ……ガアアアア!」
自我を無くしたツイグの母親が、ツイグに襲いかかろうとする。それを、イーサンはなんとか止めようとする。
「や、やめてかーちゃん!」
「ば、バカヤロウ! 大声出すな! もし俺たちの場所がバレたりしたら……!」
「イーサン。言っているところすまないが、どうやらもう番犬どもにはバレてしまったらしい。こっちに来る……屋敷の方角以外から、番犬どもが迫ってくる」
「マジか!?」
「逃げるぞ。一匹一匹はたいしたことは無いかもしれんが、囲まれれば厄介だ。アミティ、背中に乗れ、おんぶしてやる」
「うん……でも、お母さんは……」
「心配するな。ツイグ、やって良いか?」
「うん、かまわないよ! やって!」
「では失礼して……フッ!」
「ガッ……」
ツイグの母親に拳を浴びせ、気絶させるアーシャ。しかし、番犬たちは今にも自分たちの所に来そうになっている。
「アーシャ、番犬達が……!」
「仕方ない。イーサン、ツイグの母親を背負って着いてこい」
「オイオイ、俺がコイツ背負うの!? 結構長いんだが……」
「仕方ないだろう。状況が状況だが、見捨てる訳にはいかない。頼んだ、イーサン」
「ったく、無茶苦茶言いやがって……!」
そう言いつつも、蛇の母親を背負うイーサン。背負った二人と、ツイグの一人が草原を走る。後ろから番犬達が追ってくるのを確認しながら、三人はひた走る。
「クソッ、あいつら早いぞ!?」
「伊達に犬と合成されていないようだな。身体能力も上がっている」
「褒めてる場合かー!」
「グアアアア! キエェェェェ!」
「ちょっ、起きて俺の背中で暴れるなー!」
三人とも一生懸命走るが、番犬どもは速く、追いつかれそうになってしまう。
「ガアアアア! ガアアアア!」
「チクショウ速い! 追いつかれる!」
「あっ、みんな! 橋だ! あの橋を渡れば、屋敷に着くよ!」
「やっとか! だけど、このままじゃあいつらも一緒に来ちまうぞ! どうすりゃいいんだよ!?」
「仕方ない、私が橋で迎撃する。お前達は屋敷まで行っていろ」
「い、良いのか? あいつら結構多いぞ?」
「何、あれくらいなら一人でも迎撃できる。アミティ降りろ、戦う用意をする」
「うん、わかった。お姉ちゃん、ケガしないでね?」
「あれくらいの相手で、ケガなどしないさ。アミティ、私が来るまでイーサンに従え」
「うん、わかった」
「それとツイグ、これを渡しておく。いざという時は、お前がヤツの首を斬れ」
アーシャがツイグに渡したのは、銀の短剣。
「うん、ありがとうアーシャ」
「仕方ねえ……ちょっと危険だが、俺たち4人だけで屋敷に行くしかねえか。だが、なるべく早く追いついてくれよ! あの番犬ども一人で全部殺せるならな!」
蛇の母親を背負い、イーサンはツイグ、アミティと共に屋敷へと走って行く。アーシャは一人橋に残り、襲いかかってくる番犬達に向かって剣を構える。
「さて、追いつくためにもさっさと終わらせるか」


そうしてイーサン達は屋敷の前へとやってきた。
「ったく、どうなるか保証はできないって言いはしたが、まさか本当に俺たちだけで屋敷に行かせるとはな……全く頼もしい姉だな、お前の姉はよ」
「でも、お姉ちゃんはあなたにあたしを預けてくれた……きっと大丈夫だと思うよ。お姉ちゃん、見る目あるから」
「ホントかよ……」
「俺にすら追いつくようなヤツだぜアーシャは? 強いぜきっと」
「マジかよ……って、もう着いちまったみたいだな」
4人の目の前には、とても豪勢な屋敷が目の前にあった。門は開けっぱなしになっている。
「さて、普通なら門の前で待機したい所だが……」
「ウウウ……アノ男……ココニイル……」
「どうもお前のかーちゃんが、あの男の匂いに反応してやがる。大丈夫か?」
「ウウウ……ガアアア!」
「あっ、かーちゃん!?」
「おい!」
突如、ツイグの母親がイーサンの背中から降りて屋敷の中へと入っていってしまった。これにはツイグやアミティ達も驚いて少し固まってしまったが、すぐに立ち直って。
「やべえ! かーちゃんが屋敷の中に行っちまった!」
「おい、どうすんだよ! まだアーシャと別れたばっかなのに!」
「……追いかけるしかないんじゃない? お母さんが行ってしまったなら」
「クソー! 吸血鬼の館に正面から殴り込むなんて、愚行もいいとこだっていうのに、行かなきゃならねえなんて!」
「だったら、かーちゃんを死なせても良いのかよ? そんなの……」
「……行くしかねえ! おいお前ら、絶対に俺から離れるなよ。敵地で一人になるってことは、死を意味するからな!」
「おー!」
イーサンを中心として、ツイグとアミティも屋敷の中へと入っていった。
館の中は、明かりが一つも無く窓も無い暗闇の世界。暗闇に目が慣れるまで、何一つ見えなかった。それでも、薄らぼんやりと見えてきたのは、豪勢な絨毯や金具、手すりなどの装飾。嫌でも吸血鬼の暮らしを理解してしまう。
「チクショウ……こんな良い屋敷で当たり前のように暮らしやがって……おいツイグ、お前ここで改造されたんだろ? 道とかわかんねえのか?」
「わかんないよ。気がついたらいきなり部屋にいて、麻酔無しでいろいろやられて……そして、興が冷めたらほっぽり出されたから……でも、あの部屋は薬品の匂いがきつかったのと、後は――」
「ぎゃああああぁっ!」
ツイグの言葉に被さるように、男の悲鳴が聞こえてきた。それを聞いて、ツイグは確信する。
「あー……悲鳴が聞こえたな。多分、あの声がした方向が実験室だな。あの部屋であのグレゴリーを見たから、いるかもな。かーちゃんもグレゴリーも……」
「……よし、行ってみるか。吸血鬼がいないことを願ってな……」
悲鳴のした方向へと進み、突き当たりに分厚い扉を発見した三人。扉は重かったが、なんとか開くことができた。そこで見たのは。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、うア゛、ひぎゃあああ!」
「う~ん、ナイスな声だなあ。やはり麻酔無しの改造手術は、いい響きを聞かせてくれる」
手術台に乗せられた拘束男が、腹を開かれメスやナイフなどを入れられていた。そこから血がドバドバとあふれ出て、苦痛に体をジタバタさせている。その手術をしているのは……。金髪で顔立ちの良い若い男。
「アイツ、グレゴリーだよ二人とも!」
「なんだって!?」
小声で会話するイーサンとツイグ。
そして傍らには、ガラスの部屋に閉じ込められ、腕を縛られた老若男女達がいた。その中には、依頼に釣られたハンターたちもいた。
「ひいいいい……」
「うううう……」
「耐えらんねえ……次は自分じゃねえかと思うと、心が……心が……!」
「殺してェェェ! 苦しませるくらいなら、殺してェェェ!」
恐怖する者、悲鳴を上げる者、発狂寸前の者……。ガラスの部屋にはそうした人間たちがいた。そしてグレゴリーは、その人間達の前に行き。
「苦しいかい? そりゃあそうだろう。なんていったって、殺された方が楽だって思うような光景が、目の前に広がっているんだから。死にたい? もういっそのこと殺されたい?」
グレゴリーのその問いかけに対し、とらわれの者達はうんうんとうなずく。だが、それに対しグレゴリーはとても爽やかな笑顔で返した言葉は。
「やぁだ。だって、こんなことをするのは君たちがすごく良い声で鳴いてくれるからだよ? こんなに楽しいこと、止める訳ないじゃないか!」
その言葉を言い終わると同時に、捕らわれた人々の絶望の声が連鎖した。ある人間は悲鳴を上げ、別の人間は絶望に涙し、狂ったように笑い声を上げる人間もいた。この世の地獄とはこのことか、と。三人は意見を合わせる。そして、グレゴリーは血を流したまま気絶した人間の所に戻っていった。
だが、イーサンは不敵な笑みを浮かべる。
「……こっちにはまだ気づいていないな。よし、ツイグ、アミティ。いっちょやってやるからよ。ここで待っててくれな?」
「え、まさかイーサン……!」
「まだ気づいてないのなら、ここで不意打ちして殺しゃあいい。なあに、今の俺はツイてるんだ。多分勝てる」
「だ、大丈夫かよ……結構強いんじゃないのか?」
「強さは……不意打ちなら関係ねえ! なあに、殺されたら、俺はそれほどツイてなかったってことさ」
「お、オイラもなんかするからさ。危なくなったら……」
「子どもが無茶すんじゃねえよ。とにかく、ここでなんとかする。アイツには、こんな状況にされかけた恨みがあるからな!」
背中の銀の斧を手に持ち、イーサンは前に出る。その様子を、ツイグとアミティはじっと見ていた。
「なあ、アミティ……大丈夫かな?」
「大丈夫よ、きっと」
「そうかな……?」
ソロリソロリと、イーサンはグレゴリーの背後に近づこうとする。幸い、グレゴリーは悲鳴を聞くのに夢中になっていて、イーサンには気づいていない。
(そーっと、そーっと……)
斧が届く距離になり、このまま横に払えば首を切断できる。このまま一気に……! と思っていたが……。
「助けてェェェ! アンタ助けてくれよォォォ!」
「あっ……!」
なんと、ガラスの部屋から助けを求める大声が聞こえた。さらには悲鳴も小さくなっていたため、イーサンの存在がグレゴリーにバレてしまった! 
「ヤベッ……!」
「君、困るなあ。せっかくのお楽しみの最中だっていうのに……お仕置きが必要かな?」
メスを手に取り、近づいてくるグレゴリーに対して、動けないイーサン。斧は構えていたが、隙がなさ過ぎて振るえない。
(クソ、こんな……ツイてねえ~!)
その時だった。
「やあっ!」
「なっ……!?」
突如、物陰からツイグが飛び出し、アーシャからもらった短剣でグレゴリーの足を突き刺した! 突然のことに、グレゴリーは反応できず、太ももに深々と突き刺さってしまう。それをツイグは横に払い、更に傷をつける。
「ガアアアア! 足がアアアア!」
「もらった! くたばりやがれゲスが!」
痛みにひるんだ所に、すかさずイーサンの横薙ぎが入り、グレゴリーの首は切断された。
「や、やったあああっ! 倒した倒した~! 吸血鬼倒した~!」
「ハァ、ハァ……すかさず出てきちゃったけど、なんとかなったね!」
「これで村は……アレ!? どうなってんだ!?」
首を切断されたグレゴリーの死体が、ドロドロに溶けていた。普通なら、吸血鬼は首を切断されれば灰となって消える。なのに、まるで肉塊のようになっている。
嫌な予感を感じた。この殺した相手が、まさか偽物だったとは、ホンモノはドコに……。と思った瞬間、アミティが三人の所に駆け寄って来る。
「あ、あっちの方から、大量のグレゴリーが……!」
部屋の外からグレゴリーがゾロゾロと入ってきた。その数は、部屋に収まりきらず、戸口を塞ぐには十分すぎる。
「さっきは」
「よくも」
「やってくれたね」
「これから」
「君たちを」
「存分に苦しませてあげるよ」
別々に言ったグレゴリー達の言葉に、三人は恐怖した。
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