6.女あつかいのうまい男

文字数 3,369文字




「しっかし……ほんとにここが研究所(けんきゅうしょ)なのか?実験(じっけん)道具(どうぐ)とかそれっぽい(もの)がなにもないじゃねぇか」


一階(いっかい)にある部屋(へや)すべて………。


といってもせいぜい大小(だいしょう)あわせて六、七(ろくなな)部屋(へや)ほどだったが。


偵察(ていさつ)して(ある)いたラグシードが、失望(しつぼう)のあまりため(いき)盛大(せいだい)()()しながらぼやいた。


「まさか、ここまで研究所(けんきゅうしょ)らしくない施設(しせつ)だったとはね………」


さすがに想像(そうぞう)していなかったと、ロジオンも素直(すなお)感想(かんそう)をのべる。


家具調度(かぐちょうど)はほとんどそのままに、ここで複数(ふくすう)人間(にんげん)生活(せいかつ)していた痕跡(こんせき)はある。


だが、かんじんの研究(けんきゅう)その()物証(ぶっしょう)が、ほとんど(のこ)されていない。


ましてや研究室(けんきゅうしつ)らしき部屋(へや)存在(そんざい)しないのだから、(かれ)らが(うたが)いたくなるのも無理(むり)はなかった。


「とりあえず一階(いっかい)はぜんぶまわったから、二階(にかい)調(しら)べてみようか」


さほど(ひろ)くもない(やかた)なので、階段(かいだん)はすぐに()つかった。


さっそく二人(ふたり)二階(にかい)(のぼ)り、館内(かんない)捜索(そうさく)をはじめた。


一階(いっかい)よりも部屋数(へやかず)(すく)なく、大部屋(おおべや)(ふた)つに小部屋(こべや)(みっ)つほど。


しかし、当初(とうしょ)のように気配(けはい)(ころ)すのもばかばかしくなってくるほど、なんの実入(みい)りもなかった。


「やっぱり(ぼく)(おも)()ごしで、(きみ)()うようにここは研究所(けんきゅうしょ)じゃないのかもしれない」


廊下(ろうか)(ある)きながら、自信(じしん)喪失(そうしつ)したようにロジオンがそうつぶやくと、


「でも、だったらなんで………。一階(いっかい)にあれだけできそこないの合成獣(キメラ)がうじゃうじゃいたんだ?なんか不自然(ふしぜん)だろ」


ラグシードが神妙(しんみょう)(かお)をして、(あたま)にうかんだ疑問(ぎもん)をそのまま()げてよこした。


「たしかにね。でも、最初(さいしょ)研究所(けんきゅうしょ)らしくないって()ったのは(きみ)じゃないか。どうして意見(いけん)をくつがえすんだよ?」


「ああ、それな。(おれ)(のう)みそは正反対(せいはんたい)場所(ばしょ)を、たえず()きつ(もど)りつしてるんだよ」


なんだか意味(いみ)がわからない。
しょうがないのでロジオンは無言(むごん)応酬(おうしゅう)した。


こう()ってはなんだが、この(おとこ)はあまり(きょう)(よう)(かん)じられないときと、一転(いってん)して(するど)感性(かんせい)をみせるときがあり、ようするにつかみどころがない。


(うーん。こう()えて意外(いがい)(かしこ)かったりして………)


そうこう(かんが)えているうちにも、探索(たんさく)していないのは(おく)角部屋(かどべや)だけになった。


ロジオンは重厚(じゅうこう)(とびら)(まえ)()()まると、(ゆび)をさして()った。


「ここ、たぶん図書室(としょしつ)だと(おも)うよ。昼間(ひるま)偵察(ていさつ)したときに(そと)から()えたんだ」


(かれ)樹上(じゅじょう)から(まど)をのぞきこんだとき、ぎっしりと蔵書(ぞうしょ)がつまった書架(しょか)が、ずらりと(かべ)整列(せいれつ)しているのが()えた。


その光景(こうけい)が、読書好(どくしょず)きのロジオンには印象的(いんしょうてき)だったのだ。


ひょっとすると、なにか研究資料(けんきゅうしりょう)のような書籍(しょせき)()がかりになるものがあるかもしれない。


最後(さいご)部屋(へや)だし、とりあえず(はい)ってみようぜ」


ラグシードにうながされ、いくばくかの期待(きたい)をこめて、ロジオンは(おと)()てないよう慎重(しんちょう)(とびら)()けた。


想像(そうぞう)どおり、いや想像以上(そうぞういじょう)空間(くうかん)がそこには(ひろ)がっていた。


(やま)()まれた(ほん)資料(しりょう)書架(しょか)からあふれて部屋(へや)圧倒(あっとう)し、(おさ)まりきらなかった書籍(しょせき)が、(ゆか)にまで(ちい)さな(とう)をいくつも(たか)くそびえ()たせている。


(おも)ったより……充実(じゅうじつ)した図書館(としょかん)だな………」


なんともうんざりした(かお)で、ラグシードがぼやく。


(ひろ)さのわりには威圧的(いあつてき)なその蔵書量(ぞうしょりょう)は、いったいどこから()をつけたらよいのやらと(かれ)らを途方(とほう)()れさせるほどだった。


()はじめに()になった書架(しょか)(あゆ)みより、数冊抜(すうさつぬ)きとってページをめくる。


内容(ないよう)はごくありきたりな魔法(まほう)手引書(てびきしょ)。いわゆる魔法初心者(まほうしょしんしゃ)入門書(にゅうもんしょ)といったたぐいだ。


(つづ)いていかにも(ふる)そうな革表紙(かわびょうし)(ほん)()()ろうとした瞬間(しゅんかん)──


ラグシードが愕然(がくぜん)としたようすで()()まり、こちらをゆっくりとふり()いて手招(てまね)きをした。


(………ん?なにか()ぼしいものでも()つけたのかな………?)


(かれ)()ばれて部屋(へや)(すみ)()てみると、そこには(やみ)にうかぶ(しろ)(かげ)………。


もとい白衣(はくい)()人間(にんげん)が、こちらに()をむけたまま(あたま)(かか)えてうずくまっていた。


(きみ)は………!?」


とっさに(こえ)をかけると、その人影(ひとかげ)はびくっと(おお)きくふるえた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!あたし、なにも()らないんです……うう………」


ろくにこちらを()ようともせず、その(かげ)……どうやら女性(じょせい)らしい、が(さけ)んだ。


安心(あんしん)して。(ぼく)たちはなにもしないから、約束(やくそく)する」


とりあえず彼女(かのじょ)信用(しんよう)してもらうことが、なによりも先決(せんけつ)だと(おも)った。


この女性(じょせい)屋敷(やしき)潜入(せんにゅう)してから、(はじ)めて出会(であ)った人間(にんげん)だ。


同時(どうじ)貴重(きちょう)情報源(じょうほうげん)でもある。
できれば無意味(むいみ)刺激(しげき)はあたえたくない。


「あの、だから、()きたいことがあるんだけど……。この屋敷(やしき)について(きみ)()ってることだけでいいんだ………」


できるだけ(おだ)やかな口調(くちょう)でそう(はな)しかけると、(おんな)はおそるおそるこちらをふりむいた。


琥珀色(こはくいろ)眼鏡(めがね)をかけた青白(あおじろ)(かお)(おんな)だ。


(かざ)()のない黒髪(くろかみ)をひとつに(たば)ね、黒装束(くろしょうぞく)のうえから白衣(はくい)()こんでいる。


服装(ふくそう)からして彼女(かのじょ)が『(くろ)(へび)』の信者(しんじゃ)であることはあきらかだったが、まずは(はなし)()いてみないことには(はじ)まらない。


「………ここはなにかの(あつ)まりなのかな?たとえば宗教団体(しゅうきょうだんたい)だったりとか、そういった(たぐい)の?」


この(さい)(つつ)(かく)さず()いてしまったほうがよいだろうと判断(はんだん)して、ロジオンはあえて()みこんだ質問(しつもん )をしてみた。


すると正解(せいかい)だったのか、(おんな)はおずおずと(かた)りはじめた。


「あ、あたし……入信(にゅうしん)してしまってから()づいたんです………」


二人(ふたり)固唾(かたず)()んで見守(みまも)っていると、彼女(かのじょ)ははっとしたように()(くわ)えた。


「……そ、その……はじめは宗教(しゅうきょう)だって()らなかったんです。しかも異端(いたん)な……。まさか(うわさ)名高(なだか)いあの『(くろ)(へび)』だなんて………」


()っていたら(はい)ってなどいない。


というようなそぶりで、彼女(かのじょ)自分(じぶん)()くようにして()(ふる)わせた。


やはり(わる)予感(よかん)的中(てきちゅう)していたのだ。


ロジオンは意識(いしき)しないと(たか)ぶってくる感情(かんじょう)をなんとか(しず)めつつ、冷静(れいせい)さをとり(もど)そうとした。


大方(おおかた)予想(よそう)どおり………というやつか。ここが『(くろ)(へび)』の巣窟(そうくつ)でまちがいない。とはいえ(まち)への襲撃(しゅうげき)連中(れんちゅう)仕業(しわざ)だとすると、合成(キメ)()研究室(けんきゅうしつ)一体(いったい)どこにあるんだろう?)


ロジオンが物思(ものおも)いにふけっていると、(きゅう)にラグシードが目配(めくば)せしてきた。


なにやら(おんな)怪訝(けげん)そうな(かお)でこちらを()ている。


瞬時(しゅんじ)にはっと()()をかえりみる。


(くろ)(へび)』に(たい)してこみあげてくる(いか)りで、()らず()らずのうちに表情(ひょうじょう)(けわ)しくなっていたようだ。


(やつらのことを(かんが)えてたものだから、つい………)


反省(はんせい)したロジオンは、必要以上(ひつよういじょう)(かた)くなっていた表情(ひょうじょう)をやわらげた。


「で、入信(にゅうしん)するきっかけってのは、なんだったんだ?」


(はなし)(つづ)きをうながすようにラグシードが()いかける。


知人(ちじん)紹介(しょうかい)だったんですけど………。その(ひと)によると、最初(さいしょ)はみんなで協力(きょうりょく)して自給自足(じきゅうじそく)生活(せいかつ)をおくる団体(だんたい)だって(はなし)だったんですけど………」


そこまで()ってからなぜか、(おんな)()ずかしそうにうつむいて(こえ)をつまらせた。


「その、男女(だんじょ)出会(であ)いの機会(きかい)にも(めぐ)まれるって()いてついふらふらと……。でも、後悔(こうかい)してます……まさかあんな……でも、だって、あたしは………」


(はなし)途中(とちゅう)興奮(こうふん)しだしたのか、(きゅう)(おんな)様相(ようそう)()わりはじめた。


「あ、あたしは……わるくない……だって、あんなこと、あたし、あたし()ってたら………!」


「え、えっと……あなたは(わる)くない……と(おも)うよ?だ、だから、()()いて………」


しゃべりながら混乱(こんらん)しはじめた彼女(かのじょ)()()かせようと、ロジオンが()をつかって(こえ)をかけるが、まったくの無意味(むいみ)だった。


その()わりに、背後(はいご)からするりと(まえ)()(おとこ)が、女性(じょせい)(かた)にぽんとやさしく()()いた。


そして彼女(かのじょ)不安(ふあん)()ちたなまなざしを、真正面(ましょうめん)からのぞきこんだ。


「………こわかったろ?こんなところに一人(ひとり)でとり(のこ)されて………」


(まばた)きしながらきょとんとしたようすで、(おんな』)()つめかえす。


その(ひとみ)(さわ)やかな笑顔(えがお)()かべながら、ラグシードは包容力(ほうようりょく)満点(まんてん)視線(しせん)()けとめる………。


さすがにそれは(くさ)すぎやしないか?とロジオンは(おも)ったが、それだけで充分(じゅうぶん)だった。


それまで警戒心(けいかいしん)ではりつめていた緊張(きんちょう)がほどけて、眼鏡(めがね)(おく)(なみだ)がにじんだ。


(つぎ)瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)はラグシードに()きつくと、わっと()きだした。


「……………………」


(おんな)のあつかいがうまいとは、まさしくこういう(やつ)のことをいうのか………)


かつて師匠(ししょう)に「(おんな)あつかいが下手(へた)」だと認定(にんてい)されたことがある──


にがにがしい経験(けいけん)をもつロジオンは、あきれたような(すこ)しうらやましいような、複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)で………。


ラグシードと白衣(はくい)(おんな)()()うなか、無言(むごん)でなすすべもなくその()にたたずんでいた。



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