「しっかし……ほんとにここが
研究所なのか?
実験道具とかそれっぽい
物がなにもないじゃねぇか」
一階にある
部屋すべて………。
といってもせいぜい
大小あわせて
六、七部屋ほどだったが。
を
偵察して
歩いたラグシードが、
失望のあまりため
息を
盛大に
吐き
出しながらぼやいた。
「まさか、ここまで
研究所らしくない
施設だったとはね………」
さすがに
想像していなかったと、ロジオンも
素直に
感想をのべる。
家具調度はほとんどそのままに、ここで
複数の
人間が
生活していた
痕跡はある。
だが、かんじんの
研究その
他の
物証が、ほとんど
残されていない。
ましてや
研究室らしき
部屋も
存在しないのだから、
彼らが
疑いたくなるのも
無理はなかった。
「とりあえず
一階はぜんぶまわったから、
二階を
調べてみようか」
さほど
広くもない
館なので、
階段はすぐに
見つかった。
さっそく
二人は
二階へ
上り、
館内の
捜索をはじめた。
一階よりも
部屋数は
少なく、
大部屋が
二つに
小部屋が
三つほど。
しかし、
当初のように
気配を
殺すのもばかばかしくなってくるほど、なんの
実入りもなかった。
「やっぱり
僕の
思い
過ごしで、
君が
言うようにここは
研究所じゃないのかもしれない」
廊下を
歩きながら、
自信を
喪失したようにロジオンがそうつぶやくと、
「でも、だったらなんで………。
一階にあれだけできそこないの
合成獣がうじゃうじゃいたんだ?なんか
不自然だろ」
ラグシードが
神妙な
顔をして、
頭にうかんだ
疑問をそのまま
投げてよこした。
「たしかにね。でも、
最初に
研究所らしくないって
言ったのは
君じゃないか。どうして
意見をくつがえすんだよ?」
「ああ、それな。
俺の
脳みそは
正反対の
場所を、たえず
行きつ
戻りつしてるんだよ」
なんだか
意味がわからない。
しょうがないのでロジオンは
無言で
応酬した。
こう
言ってはなんだが、この
男はあまり
教養が
感じられないときと、
一転して
鋭い
感性をみせるときがあり、ようするにつかみどころがない。
(うーん。こう
見えて
意外と
賢かったりして………)
そうこう
考えているうちにも、
探索していないのは
奥の
角部屋だけになった。
ロジオンは
重厚な
扉の
前で
立ち
止まると、
指をさして
言った。
「ここ、たぶん
図書室だと
思うよ。
昼間に
偵察したときに
外から
見えたんだ」
彼が
樹上から
窓をのぞきこんだとき、ぎっしりと
蔵書がつまった
書架が、ずらりと
壁に
整列しているのが
見えた。
その
光景が、
読書好きのロジオンには
印象的だったのだ。
ひょっとすると、なにか
研究資料のような
書籍や
手がかりになるものがあるかもしれない。
「
最後の
部屋だし、とりあえず
入ってみようぜ」
ラグシードにうながされ、いくばくかの
期待をこめて、ロジオンは
音を
立てないよう
慎重に
扉を
開けた。
想像どおり、いや
想像以上の
空間がそこには
広がっていた。
山と
積まれた
本や
資料が
書架からあふれて
部屋を
圧倒し、
収まりきらなかった
書籍が、
床にまで
小さな
塔をいくつも
高くそびえ
立たせている。
「
思ったより……
充実した
図書館だな………」
なんともうんざりした
顔で、ラグシードがぼやく。
広さのわりには
威圧的なその
蔵書量は、いったいどこから
手をつけたらよいのやらと
彼らを
途方に
暮れさせるほどだった。
手はじめに
気になった
書架に
歩みより、
数冊抜きとってページをめくる。
内容はごくありきたりな
魔法の
手引書。いわゆる
魔法初心者の
入門書といったたぐいだ。
続いていかにも
古そうな
革表紙の
本を
手に
取ろうとした
瞬間──
ラグシードが
愕然としたようすで
立ち
止まり、こちらをゆっくりとふり
向いて
手招きをした。
(………ん?なにか
目ぼしいものでも
見つけたのかな………?)
彼に
呼ばれて
部屋の
隅に
来てみると、そこには
闇にうかぶ
白い
影………。
もとい
白衣を
着た
人間が、こちらに
背をむけたまま
頭を
抱えてうずくまっていた。
「
君は………!?」
とっさに
声をかけると、その
人影はびくっと
大きくふるえた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!あたし、なにも
知らないんです……うう………」
ろくにこちらを
見ようともせず、その
影……どうやら
女性らしい、が
叫んだ。
「
安心して。
僕たちはなにもしないから、
約束する」
とりあえず
彼女に
信用してもらうことが、なによりも
先決だと
思った。
この
女性は
屋敷に
潜入してから、
初めて
出会った
人間だ。
と
同時に
貴重な
情報源でもある。
できれば
無意味な
刺激はあたえたくない。
「あの、だから、
聞きたいことがあるんだけど……。この
屋敷について
君が
知ってることだけでいいんだ………」
できるだけ
穏やかな
口調でそう
話しかけると、
女はおそるおそるこちらをふりむいた。
琥珀色の
眼鏡をかけた
青白い
顔の
女だ。
飾り
気のない
黒髪をひとつに
束ね、
黒装束のうえから
白衣を
着こんでいる。
服装からして
彼女が『
黒い
蛇』の
信者であることはあきらかだったが、まずは
話を
聞いてみないことには
始まらない。
「………ここはなにかの
集まりなのかな?たとえば
宗教団体だったりとか、そういった
類の?」
この
際、
包み
隠さず
聞いてしまったほうがよいだろうと
判断して、ロジオンはあえて
踏みこんだ
質問をしてみた。
すると
正解だったのか、
女はおずおずと
語りはじめた。
「あ、あたし……
入信してしまってから
気づいたんです………」
二人が
固唾を
飲んで
見守っていると、
彼女ははっとしたように
付け
加えた。
「……そ、その……はじめは
宗教だって
知らなかったんです。しかも
異端な……。まさか
噂に
名高いあの『
黒い
蛇』だなんて………」
知っていたら
入ってなどいない。
というようなそぶりで、
彼女は
自分を
抱くようにして
身を
震わせた。
やはり
悪い
予感は
的中していたのだ。
ロジオンは
意識しないと
高ぶってくる
感情をなんとか
静めつつ、
冷静さをとり
戻そうとした。
(
大方の
予想どおり………というやつか。ここが『
黒い
蛇』の
巣窟でまちがいない。とはいえ
街への
襲撃も
連中の
仕業だとすると、
合成獣の
研究室は
一体どこにあるんだろう?)
ロジオンが
物思いにふけっていると、
急にラグシードが
目配せしてきた。
なにやら
女が
怪訝そうな
顔でこちらを
見ている。
瞬時にはっと
我が
身をかえりみる。
『
黒い
蛇』に
対してこみあげてくる
怒りで、
知らず
知らずのうちに
表情が
険しくなっていたようだ。
(やつらのことを
考えてたものだから、つい………)
反省したロジオンは、
必要以上に
硬くなっていた
表情をやわらげた。
「で、
入信するきっかけってのは、なんだったんだ?」
話の
続きをうながすようにラグシードが
問いかける。
「
知人の
紹介だったんですけど………。その
人によると、
最初はみんなで
協力して
自給自足の
生活をおくる
団体だって
話だったんですけど………」
そこまで
言ってからなぜか、
女は
恥ずかしそうにうつむいて
声をつまらせた。
「その、
男女の
出会いの
機会にも
恵まれるって
聞いてついふらふらと……。でも、
後悔してます……まさかあんな……でも、だって、あたしは………」
話の
途中で
興奮しだしたのか、
急に
女の
様相が
変わりはじめた。
「あ、あたしは……わるくない……だって、あんなこと、あたし、あたし
知ってたら………!」
「え、えっと……あなたは
悪くない……と
思うよ?だ、だから、
落ち
着いて………」
しゃべりながら
混乱しはじめた
彼女を
落ち
着かせようと、ロジオンが
気をつかって
声をかけるが、まったくの
無意味だった。
その
代わりに、
背後からするりと
前に
出た
男が、
女性の
肩にぽんとやさしく
手を
置いた。
そして
彼女の
不安に
満ちたなまなざしを、
真正面からのぞきこんだ。
「………こわかったろ?こんなところに
一人でとり
残されて………」
瞬きしながらきょとんとしたようすで、
女が
見つめかえす。
その
瞳を
爽やかな
笑顔を
浮かべながら、ラグシードは
包容力満点な
視線で
受けとめる………。
さすがにそれは
臭すぎやしないか?とロジオンは
思ったが、それだけで
充分だった。
それまで
警戒心ではりつめていた
緊張がほどけて、
眼鏡の
奥に
涙がにじんだ。
次の
瞬間、
彼女はラグシードに
抱きつくと、わっと
泣きだした。
「……………………」
(
女のあつかいがうまいとは、まさしくこういう
奴のことをいうのか………)
かつて
師匠に「
女あつかいが
下手」だと
認定されたことがある──
にがにがしい
経験をもつロジオンは、あきれたような
少しうらやましいような、
複雑な
心境で………。
ラグシードと
白衣の
女が
抱き
合うなか、
無言でなすすべもなくその
場にたたずんでいた。