4.飲んでないと、なんかやってられなくてさ

文字数 3,481文字




刻一刻(こくいっこく)夕陽(ゆうひ)(かたむ)き、黄昏色(たそがれいろ)()れなずむ街角(まちかど)


複雑(ふくざつ)分岐(ぶんき)して()びている石畳(いしだたみ)街路(がいろ)を、橙色(だいだいいろ)(あか)りがしずかに()らしている。


もともとの滞在先(たいざいさき)でもあった『時計(とけい)坂亭(ざかてい)』にふたたび()(もど)ってくると──


(はや)めの夕食(ゆうしょく)をすませておこうというロジオンの提案(ていあん)により、(かれ)らは酒場(さかば)片隅(かたすみ)(こし)()()けた。


徐々(じょじょ)(にぎ)わいはじめてはいるものの、ざっと見渡(みわた)すとまだ空席(くうせき)目立(めだ)つ。


二人(ふたり)()いたテーブル(せき)(すわ)ると、装備(そうび)していた(けん)がおさめられた(さや)(はず)して椅子(いす)のかたわらに()いた。


天井(てんじょう)()けてラグシードが(おお)きく()びをしている(あいだ)にも、(あるじ)である少年(しょうねん)注文(ちゅうもん)をとりにきた給仕人(きゅうじにん)次々(つぎつぎ)とオーダーを()れる。


「………ちょっと、(たの)みすぎじゃないか………?おもに(さけ)………」


頑丈(がんじょう)木目(もくめ)のテーブルに、(せい)ぞろいした酒瓶(さかびん)大振(おおぶ)りのジョッキ………。


この界隈(かいわい)採取(さいしゅ)された地酒(じざけ)に、名産地(めいさんち)(なか)でも厳選(げんせん)されたブドウ(しゅ)


庶民(しょみん)味方(みかた)でもあるエールと、酒好(さけず)きならば(ひとみ)(かがや)かせて、狂気乱舞(きょうきらんぶ)しそうな銘柄(めいがら)が、二人(ふたり)眼前(がんぜん)にずらりと(なら)べられた。


その(さま)はお(しの)びの王族(おうぞく)(ひそ)かに主催(しゅさい)した、ちょっとした酒宴(しゅえん)のようでもあった。


(きみ)()むかと(おも)って………。傭兵(ようへい)って酒豪(しゅごう)(おお)いだろ?」


「………そりゃまた偏見(へんけん)誤解(ごかい)()ちた(おも)いこみってやつでは………?」


ラグシードはなぜか(うつ)ろな表情(ひょうじょう)で、げんなりとテーブルにところ(せま)しと配置(はいち)された酒瓶(さかびん)(やま)(なが)める。


()まないの?」


「──いや、(おれ)はまだ、いい………」


(ちから)なくつぶやいて、(さき)食事(しょくじ)することに()めたラグシードは、煮込(にこ)料理(りょうり)にフォークを()()てた。


(はや)くもグラスに(そそ)がれたブドウ(しゅ)を、旺盛(おうせい)(のど)(なが)しこんでいる少年(しょうねん)を、何処(どこ)かあきれたような(かお)()つめた。


「………おまえまだ十五(じゅうご)だろ?()みすぎはよくないぞ」


若気(わかげ)のいたりとでもいうのだろうか。


飲酒解禁(いんしゅかいきん)()調子(ちょうし)にのって大酒(おおざけ)()らい、失敗(しっぱい)した(れい)数多(かずおお)()っているので、おせっかいだとは(おも)いながらも忠告(ちゅうこく)のような言葉(ことば)(くち)をついていた。


だが、()われてぴたりと()()静止(せいし)させたロジオンは、それまでとはちがい露骨(ろこつ)顔色(かおいろ)(くも)らせた。


やがて(すこ)しの沈黙(ちんもく)のあと、(かれ)はきまり(わる)そうに返事(へんじ)をかえした。


「──()んでないと、なんか、やってられなくてさ………」


それはどこか(くら)くやるせない、(こころ)奥底(おくそこ)からしぼりだすような(こえ)だった。


「………おまえまだ十五(じゅうご)だろ………?」


スプーンを(くち)(はこ)()(やす)めて、ラグシードは冗談混(じょうだんま)じりに、ごく(かる)口調(くちょう)()(なが)した。


「お子様(こさま)が、なに生意気言(なまいきい)ってんだか………」


(かれ)はわざと同調(どうちょう)することも、深刻(しんこく)話題(わだい)をうながすような返答(へんとう)をすることも()けた。


(おも)くなりそうな気配(けはい)(さっ)してのことだったが、()ちこませるよりは(おこ)らせたほうがまだマシだろう、というのが(かれ)見解(けんかい)だった。


だが、(かれ)()(はん)して少年(しょうねん)はそれっきり()(だま)ってしまった。


ロジオンはその()も、しばらく黙々(もくもく)(さけ)()(つづ)け………。


ラグシードが()()()げようと、旅先(たびさき)武勇伝(ぶゆうでん)披露(ひろう)するなか、それにあいまいな相槌(あいづち)をうちながら料理(りょうり)(さら)()らげていった。


卓上(たくじょう)料理(りょうり)(さけ)もほとんど(から)になり、(えん)たけなわといった雰囲気(ふんいき)にさしかかったとき。


やや躊躇(ためら)いがちに、ロジオンが(はなし)()りだした。


「それはそうと、研究所(けんきゅうしょ)のことなんだけど………」


「お、そろそろ()くか?」


颯爽(さっそう)椅子(いす)から(こし)()かしかけたラグシードだった。


だが、(すわ)ったまま表情(ひょうじょう)をこわばらせて、微動(びどう)だにしないロジオンを不審(ふしん)そうに()つめた。


やがて(あるじ)である少年(しょうねん)は、()(けっ)して(おも)(くち)(ひら)いた。


「やっぱり僕一人(ぼくひとり)潜入(せんにゅう)しようと(おも)う」


ここまできてあまりの発言(はつげん)に、(かれ)護衛(ごえい)(こお)りついた。


それにかまわずロジオンは(せき)()ったように、いつになく(つよ)(くち)ぶりで(はな)しはじめた。


連中(れんちゅう)が『(くろ)(へび)』と()った以上(いじょう)(ぼく)はいっさい容赦(ようしゃ)はしないと()めた。だから合成獣(キメラ)研究(けんきゅう)(しょ)壊滅(かいめつ)させる」


本気(ほんき)か?」


ラグシードが不審(ふしん)そうな()()(かえ)す。


「ああ、もう合成獣(キメラ)(まち)(はな)つどころか、研究(けんきゅう)データーが根本(こんぽん)から()()ぶくらい()っぱみじんにね。だけど、なるべく敵味方(てきみかた)双方(そうほう)から犠牲(ぎせい)()したくないし、できれば穏便(おんびん)にことを(はこ)びたい」


そこまで一気(いっき)()うと(のど)(かわ)いたのか、ロジオンはジョッキの(みず)()()した。


本題(ほんだい)(はい)ってからは(さけ)()まないところから、(かれ)本気(ほんき)がうかがえた。


一人(ひとり)でって、それじゃいったい(おれ)はなんのための護衛(ごえい)なんだ?」


本末転倒(ほんまつてんとう)だとばかりに、ラグシードは(いか)りを(あら)わにした。


どれだけふりまわすのだろうか、この傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)(あま)ったれな貴族(きぞく)(ぼう)やは。


これだから金持(かねも)ちの護衛(ごえい)はうんざりなのだ。


もうご機嫌(きげん)とりも調子(ちょうし)をあわせることすらも、ご(めん)こうむりたいと(かれ)(おも)った。


「ようするに(おれ)(やく)()たなそうだと判断(はんだん)した。だから、おとなしく宿(やど)()ってろってことなんだろ?」


「そんなことは()ってない!」


「いいや、おまえがどれだけ優秀(ゆうしゅう)魔法使(まほうつか)いだか()らないが、自惚(うぬぼ)れるのもいい加減(かげん)にしろよ。世間知(せけんし)らずってのはまさに(おに)金棒(かなぼう)だな。(こわ)いもの()らずに()きられるんだから」


挑発(ちょうはつ)するようなラグシードの発言(はつげん)にさすがに(いきどお)りがこみあげたが、ぐっと(いか)りを()(ころ)してロジオンは(けわ)しい表情(ひょうじょう)()った。


「………これが普通(ふつう)研究機関(けんきゅうきかん)だったら、一緒(いっしょ)潜入(せんにゅう)してもらったと(おも)う。だけど相手(あいて)は『(くろ)(へび)』なんだ!」


「……………………」


(きみ)はよく()らないだろうけど、連中(れんちゅう)残虐(ざんぎゃく)きわまりない邪教集団(じゃきょうしゅうだん)一味(いちみ)なんだ………!研究員(けんきゅういん)だからといって非戦闘員(ひせんとういん)みたいに(かんが)えて、(あま)()たら(いた)()にあう」


「んなことわかってるって………。『(くろ)(へび)』の物騒(ぶっそう)名声(めいせい)は、(おれ)みたいな部外者(ぶがいしゃ)(みみ)にだって(とど)くほどだ」


「……………………」


「だが、(おれ)不思議(ふしぎ)なのはどうしておまえはそこまでするのかってことだよ。(いのち)危険(きけん)もあるかもしれないってのに、その巣窟(そうくつ)()りこんでたった一人(ひとり)壊滅(せんめつ)させるなんて正気(しょうき)沙汰(さた)じゃない。そうとわかっていてなぜそんなことをする?」


「………(かたき)なんだ。(あに)義母(はは)の………」


ロジオンは(こぶし)をぎゅっと(にぎ)()めて、それだけ()うとうつむいた。


もともと(しろ)(かお)はさらに蒼白(そうはく)になり、()()めすぎた(くちびる)からは(あさ)鮮血(せんけつ)がにじんでいた。


しばらくは()まずいともいえる沈黙(ちんもく)が、二人(ふたり)空間(くうかん)(ただよ)っていた。


「くわしい(はなし)はここでは()かない。(なが)くなりそうだからな………」


それまで()めきった視線(しせん)虚空(こくう)(なが)めていたラグシードは、(かたき)という不穏(ふおん)言葉(ことば)(みみ)にしてさすがに同情(どうじょう)(しめ)したらしい。


ロジオンに(たい)する態度(たいど)を、やや軟化(なんか)させたようだった。


「で、おまえはどうやって一人(ひとり)研究所(けんきゅうしょ)壊滅(かいめつ)させる()なんだ?」


不意(ふい)()げかけられた質問(しつもん)に、魔法使(まほうつか)いの少年(しょうねん)(どう)じることなく、(みずか)らの意見(いけん)(まじ)えて(はな)しだした。


「………深夜(しんや)決行(けっこう)しようと()めたのは、闇夜(やみよ)(じょう)じて潜入(せんにゅう)しやすいって理由(りゆう)もあるけど、警備(けいび)手薄(てうす)になるからってことが(おお)きい。屋敷(やしき)規模(きぼ)からいって研究員(けんきゅういん)(りょう)などは併設(へいせつ)していないだろうから、勤務(きんむ)()わればほとんどの信者(しんじゃ)周辺(しゅうへん)(まち)(むら)などの集落(しゅうらく)(もど)るんだと(おも)う」


「まあ、さすがにあの程度(ていど)敷地(しきち)だと、研究(けんきゅう)(いん)居住空間(きょじゅうくうかん)なんて確保(かくほ)できそうにないよな」


「だから夜間(やかん)ならば、警備(けいび)(しょう)した宿直(しゅくちょく)数名(すうめい)と、徹夜(てつや)研究員(けんきゅういん)くらいしか(のこ)っていないと(おも)うんだ。もっとも複数(ふくすう)合成獣(キメラ)番犬代(ばんけんが)わりに(はな)ってる可能性(かのうせい)(おお)いにありうるけど。そこはまあ研究所(けんきゅうしょ)だから………」


どんな合成獣(キメラ)がいるかはわからない………という言葉(ことば)はあえて()わずに()みこんだ。


無闇(むやみ)(おど)かしたところでしょうがないと(おも)ったのだが、この(さい)いっそのこと、(おど)かしたほうが()いてもらえるのだろうか?


この飄々(ひょうひょう)とした護衛(ごえい)とは、そのあたりの()()きや距離感(きょりかん)が、まだつかめきれていないのであった。


「ま、(はなし)はだいたいわかった。研究員(けんきゅういん)はできるだけ(ころ)さずに()らえて(まち)自警団(じけいだん)()きだして、(おそ)()凶暴(きょうぼう)合成獣(キメラ)(むか)()てばいいんだろ?」


「………そう、あっさりと()ってくれちゃってるけどさぁ………」


なぜか余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)態度(たいど)のラグシードに圧倒(あっとう)されながら、ロジオンはそれでも抵抗(ていこう)する姿勢(しせい)(くず)さなかった。


「──とにかく、(ぼく)はこれ以上(いじょう)あいつらの犠牲(ぎせい)になる(ひと)()やしたくないんだよ………」


理解(りかい)してくれと(せい)いっぱい懇願(こんがん)してみせるが、するだけ無駄(むだ)だったようだ。


(かれ)平然(へいぜん)(たたか)いの準備(じゅんび)だとばかりに、その()(けん)手入(てい)れをはじめてしまった。


たとえロジオンが(たす)けを(こば)んだとしても、勝手(かって)についてくる()でいるのだろう。


()っとくけど、(いのち)保証(ほしょう)はないんだ。いっしょに()後悔(こうかい)しても()らないよ?」


「そんなのとっくに了承済(りょうしょうず)みだっつーの!そうでもなきゃ、おまえの護衛(ごえい)なんてやれないんだろうからさ」


(たの)もしいのかいい加減(かげん)なのかはともかく、ラグシードからは楽天的(らくてんてき)(こた)えが(かえ)ってきたのだった。



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