8.美人というほどではないが、魅力はある

文字数 2,316文字




ギガスロキアからは()んだ(けもの)しか(そだ)たない。


それが(いま)のところ、この世界(せかい)でのゆるぎない定説(ていせつ)である。


その植物(しょくぶつ)種子(しゅし)改良(かいりょう)して合成獣(キメラ)をつくるなどというのは、正気(しょうき)沙汰(さた)ではなく。


およそ()がふれた人間(にんげん)たちのするおこないである。


(……あの師匠(ししょう)ですら不可能(ふかのう)だって断言(だんげん)してたもんなぁ………)


ロジオンの脳裏(のうり)にふと、魔法(まほう)()である老婆(ろうば)姿(すがた)がよぎった。


師匠(ししょう)のアンテーヌは谷間(たにま)(まち)グレッツァに、根城(ねじろ)ともいうべき(やかた)()て、孤独(こどく)隠遁(いんとん)生活(せいかつ)をおくっていた。


彼女(かのじょ)実験(じっけん)(しょう)して、家中(いえじゅう)鉢植(はちう)えだらけにしていた。


古今東西(ここんとうざい)魔法草(まほうそう)秘薬(ひやく)()をつける樹木(じゅもく)


(うつく)しい(はな)()かせるが毒草(どくそう)名高(なだか)植物(しょくぶつ)まで、じつに多彩(たさい)幅広(はばひろ)品種(ひんしゅ)栽培(さいばい)していた。


そのなかに一際巨大(ひときわきょだい)(はち)が、部屋(へや)一角(いっかく)牛耳(ぎゅうじ)っていた。


不思議(ふしぎ)(おも)ったロジオンが()(たず)ねると、それがあのギガスロキアだと(おし)えてくれた。


だが、不運(ふうん)にもアンテーヌの留守中(るすちゅう)事件(じけん)()きた。


()(じゅく)してからしばらく放置(ほうち)していると、自然(しぜん)()をやぶって(けもの)(かお)()すことがある。


(けもの)(どう)(くき)がつながったままで、不自由(ふじゆう)なことにかわりはないが、たちがわるいことに食欲(しょくよく)旺盛(おうせい)なのである。


自分(じぶん)周囲(しゅうい)植物(しょくぶつ)()()らかすという悪癖(あくへき)をもつギガスロキアは、おおかたの予想通(よそうどお)りアンテーヌの貴重(きちょう)魔法草(まほうそう)()べるだけ()べつくして息絶(いきた)えた。


それが旅先(たびさき)から(かえ)ってきた老婆(ろうば)怒髪天(どはつてん)をついたのは()うまでもない。


迷惑(めいわく)をこうむったのは、留守(るす)をまかされていた未熟(みじゅく)弟子(でし)ひとり……ですんだのは奇跡(きせき)だったかもしれない。


それはともかく………


(かれ)らが案内(あんない)されたのは、なにげなく通過(つうか)してしまった一階(いっかい)の、これといって特徴(とくちょう)のない部屋(へや)


その部屋(へや)(おく)まった壁一面(かべいちめん)(おお)きな書棚(しょだな)があり、仕掛(しか)けが作動(さどう)すると(かく)されていた地下(ちか)への階段(かいだん)があらわれた──


種子(しゅし)とはいえこの屋敷程度(やしきていど)規模(きぼ)で、ギガスロキアが研究(けんきゅう)できるとは(おも)えないんだけど………)


(かれ)一度(いちど)だけ(くび)をかしげてから、ついでに左右(さゆう)にうごかして周囲(しゅうい)見渡(みわた)した。


(まあ、どのみち合成獣(キメラ)がらみの(あや)しい研究(けんきゅう)がされていたことにかわりはない。証拠品(しょうこひん)はなくとも、研究室(けんきゅうしつ)()ておくにこしたことはないよな)


(かく)階段(かいだん)一人(ひとり)()りながら、ロジオンは内心(ないしん)そんなことに(おも)いをめぐらせていた。


そう、(ひと)りなのである──


気分(きぶん)がわるくなるので研究室(けんきゅうしつ)へは()きたくない」


信者(しんじゃ)女性(じょせい)から(もう)()があり、なにを(おも)ったのか………


「こんな物騒(ぶっそう)場所(ばしょ)女性(じょせい)一人(ひとり)きりにするわけにはいかない」


と、ラグシードまでもが地下(ちか)への同行(どうこう)(こば)んだのである。


(……まったくなにを(かんが)えてんだか……。警護(けいご)する対象(たいしょう)完全(かんぜん)にまちがってるよな……。(とう)さんにもっとマシな護衛(ごえい)()こすように()おうかな、今度(こんど)こそ………!)


そんな不満(ふまん)をぶつぶつともらしながら、(そこ)到達(とうたつ)するのは(はや)かった。


たどりついた(みじか)通路(つうろ)のすぐ(さき)(とびら)があり、(なか)にはそれなりに(ひろ)空間(くうかん)があった。


ここが研究室(けんきゅうしつ)間違(まちが)いはないだろう。


がらんどうの書棚(しょだな)とほぼガラクタ()()()している(つくえ)実験(じっけん)台座(だいざ)らしきもの。


そのほかにはこれといった家具(かぐ)はなく、ただただ殺風景(さっぷうけい)光景(こうけい)展開(てんかい)している。


特筆(とくひつ)すべきはそこかしこに、(から)になった大小(だいしょう)(おり)()いてあることだろうか。


そこで実験用(じっけんよう)合成獣(キメラ)たちが飼育(しいく)されていたことは(あき)らかだった。


ロジオンたちに(おそ)()かってきた、あのできそこないの合成獣(キメラ)たちである。


(なにか手掛(てが)かりになるようなものはないかな……?)


と、実験用(じっけんよう)台座(だいざ)(あや)しいと判断(はんだん)し、物色(ぶっしょく)しようとしていたその矢先(やさき)


不気味(ぶきみ)轟音(ごうおん)とともに、(とびら)不自然(ふしぜん)()まった。


迂闊(うかつ)にも台座(だいざ)(まえ)死角(しかく)になるような場所(ばしょ)に、ひっそりと仕掛(しか)けられていた(わな)()()いてしまったのだ。


「──しまった!玄関(げんかん)でも(わな)にはまったのに、二度目(にどめ)をくらうなんて完全(かんぜん)油断(ゆだん)してた──!」


一人嘆(ひとりなげ)いても(とき)はすでにおそし。


催眠効果(さいみんこうか)のある(きり)()ちこめてきて、ロジオンは意識(いしき)をうしない昏倒(こんとう)した。

        ☆

合成獣研究(キメラけんきゅう)だなんて、(おれ)らにはおよそ理解(りかい)できない悪夢(あくむ)みたいなもんだよな………」


(かべ)にもたれて退屈(たいくつ)しのぎにそんなことをつぶやく。


ロジオンが一人(ひとり)研究室(けんきゅうしつ)にむかってから、まださほど(とき)()っていなかった。


だが、深夜(しんや)なこともありラグシードは(きゅう)眠気(ねむけ)におそわれはじめていた。


眠気(ねむけ)………。


冷気(れいき)とともに鼻腔(びこう)にながれてくる、()だるい空気(くうき)


「──なんか──地下(ちか)から異臭(いしゅう)がしないか………?」


異変(いへん)()づいたラグシードが、(まよ)わず(かく)階段(かいだん)()りようとすると、(しず)かに(おんな)(うで)をつかんで()きとめた。


(おんな)……そう、この(おんな)名前(なまえ)をまだ()いていなかった………。


「ねえ、なんだか(ねむ)くなってきちゃった。となりに宿直室(しゅくちょくしつ)があるの。あなたも()る?」


どこか()だるげに、(さそ)うようなまなざしで(おんな)()う。


「──こんな非常時(ひじょうじ)に、か?」


非常時(ひじょうじ)だからこそ、よ」


(ほそ)(うで)をさりげなく(おとこ)(くび)にからませながら、吐息交(といきま)じりにつぶやく。


やけに手馴(てな)れているなとラグシードは感心(かんしん)した。


美人(びじん)というほどではないが、魅力(みりょく)はある。


()(なが)知的(ちてき)双眸(そうぼう)は、独特(どくとく)不思議(ふしぎ)色香(いろか)でゆらめいている。


名前(なまえ)……()いてなかったよな………」


「……イベリス。あたしの()はイベリス……」


()いながら()っていた黒髪(くろかみ)片手(かたて)でほどく。


(おんな)(かお)(ちか)づいてくる。


躊躇(ちゅうちょ)せず(くちびる)(かさ)ねようとして、(かれ)()づく。


記憶(きおく)片隅(かたすみ)で、()(おぼ)えのある名前(なまえ)だと。


──イベリス。


そう、飛竜(ひりゅう)()った幹部(かんぶ)(おとこ)が、部下(ぶか)(はな)していたときにその()があがった。


『イベリス司祭(しさい)からのご報告(ほうこく)


………そう、司祭(しさい)からの。


通常(つうじょう)司祭(しさい)とは幹部職(かんぶしょく)にあたる。(おお)くの信者(しんじゃ)()べる(えら)ばれし(もの)だ。


彼女(かのじょ)は『(くろ)(へび)』に入信(にゅうしん)してまだ()(げつ)だと(はな)していた。


瞬時(しゅんじ)にイベリスを(かる)()()ばし、彼女(かのじょ)から距離(きょり)をとる。


(かれ)はうめいた。


「──おまえ、何者(なにもの)だ………?」



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