しばし、
彼女を
慰めるために
時間が
必要だった──
ラグシードはというと、
研究員の
女が
気持ちを
落ち
着かせるまで、そのままの
恰好でいるつもりらしい。
抱き
合ったままの
二人を
視界の
片隅にとらえながら、ロジオンは
何かめぼしいものはないかと
本棚を
探っていた。
──が、なんだか
気が
散って、ろくに
有用な
情報も
得られそうになかった。
街の
図書館と
大差ない
本や
図鑑が、
書棚の
大半を
占めていたのにも
意気をくじかれた。
やはりここは
合成獣の
研究とは、
関係ないのではないか………?
そう
思いはじめた
矢先。
ようやく
落ち
着いたらしく、ラグシードがこちらを
呼ぶように
手招きした。
部屋の
中央にもうけられた
長テーブルをはさんで、
研究員の
女と
対面するようなかたちで
椅子に
座る。
「さっきはとり
乱してしまって、すみません……。ようやくお
話する
決心がつきました」
それまでとは
雰囲気も
口調もがらりと
変わって、
丁寧に
非礼をわびる。
その
姿がしっとりとした
大人の
色香……といっても
過言ではない
独特の
風情をまとっていることに、ロジオンは
軽くめまいを
感じた。
それもこれもラグシードがうまいこと
慰めた
結果なのだろう。
「お
察しのとおりここは、『
黒い
蛇』と
呼ばれる
宗教組織の
施設です。あたしはつい
二月ほど
前に
入信したばかりなので、まだここの
事情にはうといのですが………」
「まだ
二月ってことは、かなり
新米だってこと?」
「そうなりますね………」
ラグシードの
遠慮のない
質問に、
彼女はやや
肩身がせまそうなようすで
答えた。
「だけど、
二か
月とはいえ
研究所にいたんだから、
知ってることもあるよね……?」
「ええ、
人手不足が
深刻だったみたいで、
雑用ですけど
研究の
手伝いのようなことはしましたから」
自分が
見てきたものに
偽りはないというように、
女はまっすぐな
瞳でロジオンの
問いかけに
応じた。
「
確かなことは、ここで
明らかに
異端な
研究がなされていること。そしてある
事件がきっかけでそのことが
明るみになり、
街の
自警団に
目をつけられるようになったことです」
「
異端って……もしかして、その………」
ロジオンに
同意するように、
彼女はしずかにうなずくと
言葉をつづけた。
「ここでおこなわれていたのは、まぎれもなく
合成獣の
研究です。ギガスロキア・スペルマム………」
「──まさか、
合成獣の
種子!」
「そうです。くわしくは
知りませんが、
通称ギガスロキアと
呼ばれる
植物の
種子を
研究していたみたいです」
「おい、なんだよ?そのギガスロキアっていうのは………?」
魔法その
他の
知識にうといラグシードが、
初めて
聞いたとばかりに
眉をしかめて
聞きかえす。
「………その
界隈では
有名な
伝説の
植物だよ。
不定形でなんの
獣かはさだかじゃないけど、
獣が
入った
実がなるんだ。ひっぱっても
折れない
柔軟な
茎で、
割ればなかから
死んだ
獣がでてくるんだ………」
「げえっ!……
悪趣味の
極みだなぁ………」
いやそうに
顔をゆがめたラグシードが、うぇっと
吐き
出すようなしぐさをしてみせる。
「そのギガスロキアの
品種改良………すなわち
種子になんらかの
手をくわえて、
合成獣を
生産する
実験がこの
場所でおこなわれていたらしいです」
「おっそろしい
話だな……。な、ロジオン?」
急に
黙りこんだ
彼をいぶかしく
思って、ラグシードが
話をふると──
少年は
熟考するときのくせであごに
手を
当てたまま、
深刻なようすでつぶやいた。
「
極秘でギガスロキアを
大量栽培しているファームがあるって
耳にしたことはあるけど……。まさかそれらもすべて『
黒い
蛇』とつながっているのか………?」
なにやら
考えの
深みにはまりそうなようすのロジオンにむかって、
彼女はさほど
深刻なことではないとでもいいたげに
話をついだ。
「ファーム……。そのようなものがあるのですか。でも、ここで
研究されているのはあくまでも
種子のみです。しかも
成功したことはまだ
一度もないって
聞いてます」
「おっかしいなぁ。
俺たちこの
部屋に
来るまでに、けっこうな
数の
合成獣に
襲われたんだけどな………」
それを
聞いていぶかしげに、
不満をもらすようにラグシードがぼやく。
「おそらくあなたたちを
襲ったのも、よそからつれてこられた
合成獣です。もっとも
実験につかわれる
合成獣ですから、
失敗作ばかりですけど」
あのできそこないのような
合成獣たちは、
実験の
結果うまれた
姿だったのだ。
そう
思うと
残酷な
事実に、ロジオンの
胸は
痛んだ。
だが、
自分にできることは
限られている。
──
研究を
阻止すること。それだけだ。
悪いことをする
連中を
完全に
排除することはできないが、
少しずつその
絶対数を
減らしてゆくことだけでも
抑止力にはなる。
できることならば
主力となる
設備や
人材を
潰すことで、
集団の
勢力をそぐことは
可能だ。
組織そのものを
壊滅させることができれば、それはやがて
大きな
痛手となるだろう。
「それで、
自警団に
目をつけられるきっかけになった『
事件』というのは……?」
「──あれは、ひと
月ほど
前だったでしょうか。
実験の
失敗が
続いて、
自暴自棄になっていた
信者の
一人が
無断で、ある
小さな
村に
憂さ
晴らしのため
合成獣をはなったんです」
「………!?………」
「
失敗作といっても
合成獣ですから、
武装していない
集落などひとたまりもありませんでした。この
村の
壊滅をきっかけに
街の
捜査がはじまり、とうとうこの
研究施設があやしいと
目星をつけられるようになってしまったわけです………」
「なるほど……だんだん
話がのみこめてきたよ………」
ロジオンは
瞳の
奥を
鋭く
光らせると、
話の
続きをうながすように
強くうなずいてみせた。
「そのあげく
無謀にも
自警団に
報復しようとして、
街に
合成獣を
放ったものの
失敗に
終わりました。そして
責任者が
不在のうちに、ここを
占拠されるまえに
証拠を
残さず
逃げ
出そうという
算段になって………」
そこまで
言うと
女は、
失意に
満ちた
目でため
息をついた。
「
気づくとなぜか
図書室に
一人とり
残されていました。きっと……あたしが
仮眠していたときに、
足手まといだからと
知らぬ
間に
置き
去りにされたのでしょう」
そういって
彼女は、すこし
悔しそうに
視線を
落とした。
「ちょっと
気になったことがあるんだけど、
質問してもいいかな?
今日の
昼すぎ、
飛竜に
乗って
立ち
去った
男性を
見かけたんだけど……。
君は
知ってる?」
「ああ、ウォルターズ
様のことですね。
最近、
司教に
就任されたばかりのまだ
若いエリートですわ」
それを
聞いてやはり
想像していた
通りだったと、ロジオンは
胸中でつぶやいた。
司教という
役職は、まぎれもなく『
黒い
蛇』の
幹部であるという
証だ。
希少である
飛竜に、
彼がまたがることをゆるされる
立場なのもうなずけた。
「
彼がこの
研究所の
責任者なんですけど、まだ
就任したばかりなんです。そもそも
手に
負えないと
前任者に
押し
付けられたようなもので………」
「
文句言えなさそうな
若いのに、
責任おっかぶせたってわけか………」
どこの
組織にもそういうあくどい
上司はいるもんだ。とばかりにラグシードは
一人でうなずいている。
「ウォルターズ
様が
外出されているうちに、
部下たちがまっ
先に
逃げ
出してこんなことに……。まったく
運のない
方ですわ。せめて
上からの
処罰が
少ないといいんですけど」
彼女はその
男に
肩入れでもしていたのか、やけに
親身になって
同情的なことを
言う。
だが、
彼が
今この
場にいない、ということもこちらには
都合がよかった。
「
失礼だけど、ここで
行っていたっていうギガスロキアの
研究………。
見てまわったかぎりの
設備では、
到底不可能にしか
思えなかったんだけど」
「………というと?」
「いくら
証拠を
隠滅しようとして
持ち
去ったとしても、そもそもその
研究室自体がどこにも
見当たらないっていうのは……?」
不可思議だと
後を
続けようとしたロジオンの
疑問を
遮るように、
女はふっと
肩から
強めに
息を
吐いた。
そして、なんとも
皮肉な
表情をして
言った。
「
見つからないのも
道理です。
研究室は
隠し
扉の
下………この
施設の
地下にありますから。
気になるなら
案内しましょうか?」