7.合成獣の種子『ギガスロキア』

文字数 3,223文字




しばし、彼女(かのじょ)(なぐさ)めるために時間(じかん)必要(ひつよう)だった──


ラグシードはというと、研究員(けんきゅういん)(おんな)気持(きも)ちを()()かせるまで、そのままの恰好(かっこう)でいるつもりらしい。


()()ったままの二人(ふたり)視界(しかい)片隅(かたすみ)にとらえながら、ロジオンは(なに)かめぼしいものはないかと本棚(ほんだな)(さぐ)っていた。


──が、なんだか()()って、ろくに有用(ゆうよう)情報(じょうほう)()られそうになかった。


(まち)図書館(としょかん)大差(たいさ)ない(ほん)図鑑(ずかん)が、書棚(しょだな)大半(たいはん)()めていたのにも意気(いき)をくじかれた。


やはりここは合成獣(キメラ)研究(けんきゅう)とは、関係(かんけい)ないのではないか………?


そう(おも)いはじめた矢先(やさき)


ようやく()()いたらしく、ラグシードがこちらを()ぶように手招(てまね)きした。


部屋(へや)中央(ちゅうおう)にもうけられた(なが)テーブルをはさんで、研究員(けんきゅういん)(おんな)対面(たいめん)するようなかたちで椅子(いす)(すわ)る。


「さっきはとり(みだ)してしまって、すみません……。ようやくお(はなし)する決心(けっしん)がつきました」


それまでとは雰囲気(ふんいき)口調(くちょう)もがらりと()わって、丁寧(ていねい)非礼(ひれい)をわびる。


その姿(すがた)がしっとりとした大人(おとな)色香(いろか)……といっても過言(かごん)ではない独特(どくとく)風情(ふぜい)をまとっていることに、ロジオンは(かる)くめまいを(かん)じた。


それもこれもラグシードがうまいこと(なぐさ)めた結果(けっか)なのだろう。


「お(さっ)しのとおりここは、『(くろ)(へび)』と()ばれる宗教組織(しゅうきょうそしき)施設(しせつ)です。あたしはつい二月(ふたつき)ほど(まえ)入信(にゅうしん)したばかりなので、まだここの事情(じじょう)にはうといのですが………」


「まだ二月(ふたつき)ってことは、かなり新米(しんまい)だってこと?」


「そうなりますね………」


ラグシードの遠慮(えんりょ)のない質問(しつもん)に、彼女(かのじょ)はやや肩身(かたみ)がせまそうなようすで(こた)えた。


「だけど、()(げつ)とはいえ研究所(けんきゅうしょ)にいたんだから、()ってることもあるよね……?」


「ええ、人手不足(ひとでぶそく)深刻(しんこく)だったみたいで、雑用(ざつよう)ですけど研究(けんきゅう)手伝(てつだ)いのようなことはしましたから」


自分(じぶん)()てきたものに(いつわ)りはないというように、(おんな)はまっすぐな(ひとみ)でロジオンの()いかけに(おう)じた。


(たし)かなことは、ここで(あき)らかに異端(いたん)研究(けんきゅう)がなされていること。そしてある事件(じけん)がきっかけでそのことが(あか)るみになり、(まち)自警団(じけいだん)()をつけられるようになったことです」


異端(いたん)って……もしかして、その………」


ロジオンに同意(どうい)するように、彼女(かのじょ)はしずかにうなずくと言葉(ことば)をつづけた。


「ここでおこなわれていたのは、まぎれもなく合成獣(キメラ)研究(けんきゅう)です。ギガスロキア・スペルマム………」


「──まさか、合成獣(キメラ)種子(しゅし)!」


「そうです。くわしくは()りませんが、通称(つうしょう)ギガスロキアと()ばれる植物(しょくぶつ)種子(しゅし)研究(けんきゅう)していたみたいです」


「おい、なんだよ?そのギガスロキアっていうのは………?」


魔法(まほう)その()知識(ちしき)にうといラグシードが、(はじ)めて()いたとばかりに(まゆ)をしかめて()きかえす。


「………その界隈(かいわい)では有名(ゆうめい)伝説(でんせつ)植物(しょくぶつ)だよ。不定形(ふていけい)でなんの(けもの)かはさだかじゃないけど、(けもの)(はい)った()がなるんだ。ひっぱっても()れない柔軟(じゅうなん)(くき)で、()ればなかから()んだ(けもの)がでてくるんだ………」


「げえっ!……悪趣味(あくしゅみ)(きわ)みだなぁ………」


いやそうに(かお)をゆがめたラグシードが、うぇっと()()すようなしぐさをしてみせる。


「そのギガスロキアの品種改良(ひんしゅかいりょう)………すなわち種子(しゅし)になんらかの()をくわえて、合成獣(キメラ)生産(せいさん)する実験(じっけん)がこの場所(ばしょ)でおこなわれていたらしいです」


「おっそろしい(はなし)だな……。な、ロジオン?」


(きゅう)(だま)りこんだ(かれ)をいぶかしく(おも)って、ラグシードが(はなし)をふると──


少年(しょうねん)熟考(じゅっこう)するときのくせであごに()()てたまま、深刻(しんこく)なようすでつぶやいた。


極秘(ごくひ)でギガスロキアを大量栽培(たいりょうさいばい)しているファームがあるって(みみ)にしたことはあるけど……。まさかそれらもすべて『(くろ)(へび)』とつながっているのか………?」


なにやら(かんが)えの(ふか)みにはまりそうなようすのロジオンにむかって、彼女(かのじょ)はさほど深刻(しんこく)なことではないとでもいいたげに(はなし)をついだ。


「ファーム……。そのようなものがあるのですか。でも、ここで研究(けんきゅう)されているのはあくまでも種子(しゅし)のみです。しかも成功(せいこう)したことはまだ一度(いちど)もないって()いてます」


「おっかしいなぁ。(おれ)たちこの部屋(へや)()るまでに、けっこうな(かず)合成獣(キメラ)(おそ)われたんだけどな………」


それを()いていぶかしげに、不満(ふまん)をもらすようにラグシードがぼやく。


「おそらくあなたたちを(おそ)ったのも、よそからつれてこられた合成獣(キメラ)です。もっとも実験(じっけん)につかわれる合成獣(キメラ)ですから、失敗作(しっぱいさく)ばかりですけど」


あのできそこないのような合成獣(キメラ)たちは、実験(じっけん)結果(けっか)うまれた姿(すがた)だったのだ。


そう(おも)うと残酷(ざんこく)事実(じじつ)に、ロジオンの(むね)(いた)んだ。


だが、自分(じぶん)にできることは(かぎ)られている。


──研究(けんきゅう)阻止(そし)すること。それだけだ。


(わる)いことをする連中(れんちゅう)完全(かんぜん)排除(はいじょ)することはできないが、(すこ)しずつその絶対数(ぜったいすう)()らしてゆくことだけでも抑止力(よくしりょく)にはなる。


できることならば主力(しゅりょく)となる設備(せつび)人材(じんざい)(つぶ)すことで、集団(しゅうだん)勢力(せいりょく)をそぐことは可能(かのう)だ。


組織(そしき)そのものを壊滅(かいめつ)させることができれば、それはやがて(おお)きな痛手(いたで)となるだろう。


「それで、自警団(じけいだん)()をつけられるきっかけになった『事件(じけん)』というのは……?」


「──あれは、ひと(つき)ほど(まえ)だったでしょうか。実験(じっけん)失敗(しっぱい)(つづ)いて、自暴自棄(じぼうじき)になっていた信者(しんじゃ)一人(ひとり)無断(むだん)で、ある(ちい)さな(むら)()()らしのため合成獣(キメラ)をはなったんです」


「………!?………」


失敗作(しっぱいさく)といっても合成獣(キメラ)ですから、武装(ぶそう)していない集落(しゅうらく)などひとたまりもありませんでした。この(むら)壊滅(かいめつ)をきっかけに(まち)捜査(そうさ)がはじまり、とうとうこの研究施設(けんきゅうしせつ)があやしいと目星(めぼし)をつけられるようになってしまったわけです………」


「なるほど……だんだん(はなし)がのみこめてきたよ………」


ロジオンは(ひとみ)(おく)(するど)(ひか)らせると、(はなし)(つづ)きをうながすように(つよ)くうなずいてみせた。


「そのあげく無謀(むぼう)にも自警団(じけいだん)報復(ほうふく)しようとして、(まち)合成獣(キメラ)(はな)ったものの失敗(しっぱい)()わりました。そして責任者(せきにんしゃ)不在(ふざい)のうちに、ここを占拠(せんきょ)されるまえに証拠(しょうこ)(のこ)さず()()そうという算段(さんだん)になって………」


そこまで()うと(おんな)は、失意(しつい)()ちた()でため(いき)をついた。


()づくとなぜか図書室(としょしつ)一人(ひとり)とり(のこ)されていました。きっと……あたしが仮眠(かみん)していたときに、足手(あしで)まといだからと()らぬ()()()りにされたのでしょう」


そういって彼女(かのじょ)は、すこし(くや)しそうに視線(しせん)()とした。


「ちょっと()になったことがあるんだけど、質問(しつもん)してもいいかな?今日(きょう)(ひる)すぎ、飛竜(ひりゅう)()って()()った男性(だんせい)()かけたんだけど……。(きみ)()ってる?」


「ああ、ウォルターズ(さま)のことですね。最近(さいきん)司教(しきょう)就任(しゅうにん)されたばかりのまだ(わか)いエリートですわ」


それを()いてやはり想像(そうぞう)していた(とお)りだったと、ロジオンは胸中(きょうちゅう)でつぶやいた。


司教(しきょう)という役職(やくしょく)は、まぎれもなく『(くろ)(へび)』の幹部(かんぶ)であるという(あかし)だ。


希少(きしょう)である飛竜(ひりゅう)に、(かれ)がまたがることをゆるされる立場(たちば)なのもうなずけた。


(かれ)がこの研究所(けんきゅうしょ)責任者(せきにんしゃ)なんですけど、まだ就任(しゅうにん)したばかりなんです。そもそも()()えないと前任者(ぜんにんしゃ)()()けられたようなもので………」


文句言(もんくい)えなさそうな(わか)いのに、責任(せきにん)おっかぶせたってわけか………」


どこの組織(そしき)にもそういうあくどい上司(じょうし)はいるもんだ。とばかりにラグシードは一人(ひとり)でうなずいている。


「ウォルターズ(さま)外出(がいしゅつ)されているうちに、部下(ぶか)たちがまっ(さき)()()してこんなことに……。まったく(うん)のない(かた)ですわ。せめて(うえ)からの処罰(しょばつ)(すく)ないといいんですけど」


彼女(かのじょ)はその(おとこ)肩入(かたい)れでもしていたのか、やけに親身(しんみ)になって同情的(どうじょうてき)なことを()う。


だが、(かれ)(いま)この()にいない、ということもこちらには都合(つごう)がよかった。


失礼(しつれい)だけど、ここで(おこな)っていたっていうギガスロキアの研究(けんきゅう)………。()てまわったかぎりの設備(せつび)では、到底(とうてい)不可能(ふかのう)にしか(おも)えなかったんだけど」


「………というと?」


「いくら証拠(しょうこ)隠滅(いんめつ)しようとして()()ったとしても、そもそもその研究室(けんきゅうしつ)自体(じたい)がどこにも見当(みあ)たらないっていうのは……?」


不可思議(ふかしぎ)だと(あと)(つづ)けようとしたロジオンの疑問(ぎもん)(さえぎ)るように、(おんな)はふっと(かた)から(つよ)めに(いき)()いた。


そして、なんとも皮肉(ひにく)表情(ひょうじょう)をして()った。


()つからないのも道理(どうり)です。研究室(けんきゅうしつ)(かく)(とびら)(した)………この施設(しせつ)地下(ちか)にありますから。()になるなら案内(あんない)しましょうか?」



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