3.邪教集団とのつながり

文字数 2,963文字




合成獣(キメラ)研究所(けんきゅうしょ)は、想像(そうぞう)していたよりもだいぶこじんまりとしていた。


研究所(けんきゅうしょ)っていうよりは、避暑地(ひしょち)大豪邸(だいごうてい)みたいなかんじだな」


というラグシードの指摘(してき)は、あながち見当(けんとう)ちがいでもなさそうだ。


おそらく以前(いぜん)金持(かねも)ちの別荘(べっそう)かなにかだったのだろう。(ひろ)すぎはしないが(ぜい)をつくして()てられた名残(なご)りがある。


もとの()(ぬし)保養目的(ほようもくてき)で、閑静(かんせい)(もり)のなかに建造(けんぞう)した別宅(べったく)を、何者(なにもの)かが研究施設(けんきゅうしせつ)として改装(かいそう)したのだと(おも)われた。


(さて、どうしたものかな………)


総二階建(そうにかいだ)ての大邸宅(だいていたく)(まえ)にして、どこから侵入(しんにゅう)したものかとロジオンは(かんが)えた。


そのとき重厚(じゅうこう)屋敷(やしき)(とびら)(ひら)いて、黒装(くろしょう)(ぞく)()(つつ)んだ人間(にんげん)数人外(すうにんそと)()てくるのがうかがえた。


「しっ!」


警戒(けいかい)するように、ロジオンは人差(ひとさ)(ゆび)(くちびる)()てると、()(たか)いぶん目立(めだ)ちやすいラグシードの(あたま)()さえてかがませた。


(もり)(しげ)みに巧妙(こうみょう)()(かく)しながら、二人(ふたり)気配(けはい)(ころ)して()(みみ)()てていた。


「──ウォルターズ(さま)(さき)ほどのイベリス司祭(しさい)からのご報告(ほうこく)ですが………」


「うむ」


炎天下(えんてんか)(なが)(あいだ)さらされたような赤銅色(しゃくどういろ)(はだ)


そしてやや(くせ)のある褐色(かっしょく)(かみ)に、バンダナを()いた屈強(くっきょう)体格(たいかく)(おとこ)


ウォルターズと()ばれたこの青年(せいねん)は、部下(ぶか)らしき相手(あいて)にむかって鷹揚(おうよう)なようすでうなずいた。


(れい)のアトゥーアンの地下墓所(ちかぼしょ)での発掘(はっくつ)調査中(ちょうさちゅう)厳重(げんじゅう)保管(ほかん)された奇妙(きみょう)(ひつぎ)発見(はっけん)したそうです。封印(ふういん)されている魔物(まもの)が、もしあの始祖(しそ)守護(しゅご)していた魔獣(まじゅう)なら──」


「──しっ!その()軽々(かるがる)しく(くち)()すな」


「す、すみません!しかし、もしそうならば──悲願(ひがん)ではありますが、我々(われわれ)アングラータが、とうとうグロリオーザの連中(れんちゅう)一歩出(いっぽだ)()けそうですね」


「………だといいけどな。ともかく直接(ちょくせつ)この()確認(かくにん)したい。(おれ)直々(じきじき)にアトゥーアンに出向(でむ)必要(ひつよう)があるだろう」


黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)口笛(くちぶえ)()くと、虚空(こくう)にうかんだ(くろ)(ちい)さな(てん)が、猛烈(もうれつ)速度(そくど)接近(せっきん)してきた。


「しばらくの(あいだ)はここを(はな)れることになると(おも)う。(もど)ってくるまで研究所(けんきゅうしょ)のことはおまえに一任(いちにん)する──留守(るす)(たの)む」


「はっ!了解(りょうかい)しました」


(はる)上空(じょうくう)旋回(せんかい)しながら待機(たいき)していたのか、両翼(りょうよく)をはためかせた小型(こがた)飛竜(ひりゅう)らしき生物(せいぶつ)が、砂埃(さじん)盛大(せいだい)()きあげながら大地(だいち)()()りた。


「──すげっ!」


(しげ)みの隙間(すきま)からその様子(ようす)をうかがっていたラグシードが、(おも)わず(ちい)さく感嘆(かんたん)(こえ)をもらす。


それを口元(くちもと)再度(さいど)人差(ひとさ)(ゆび)()てて無言(むごん)のまま(せい)する。


ロジオンは眉間(みけん)(しわ)をより一層深(いっそうふか)くして、()(まえ)()(ひろ)げられる光景(こうけい)凝視(ぎょうし)していた。


あきらかに異質(いしつ)黒装束(くろしょうぞく)集団(しゅうだん)(なか)で、あきらかに階層(かいそう)(たか)いと(おも)われる青年(せいねん)が、飛竜(ひりゅう)(あゆ)()った。


ウォルターズと()ばれていたその青年(せいねん)は、飛竜(ひりゅう)首筋(くびすじ)をやさしく()でると、()りつけられた(あぶみ)(あし)をかけて(かわ)(くら)にまたがった。


「いってらっしゃいませ。朗報(ろうほう)をお()ちしています」


部下(ぶか)とおぼしき(おとこ)にうなずいてみせると、黒装束(くろしょうぞく)一群(いちぐん)見送(みおく)られながら、青年(せいねん)飛竜(ひりゅう)とともに大空高(おおぞらたか)()()っていった。


(のこ)された(もの)たちが、談笑(だんしょう)しながら研究所(けんきゅうしょ)(もど)ってゆくのを確認(かくにん)してから──


二人(ふたり)()りつめていた緊張(きんちょう)(いと)を、()きほぐすように(かた)から(おお)げさなため(いき)をついた。


「な、なんなんだありゃ?(おれ)(りゅう)なんか(はじ)めて()たけど………。あれも合成獣(キメラ)(なに)かなのか?」


仰天(ぎょうてん)したようにあっけにとられた(かお)で、ラグシードが(かたわ)らの少年(しょうねん)()いかける。


「いいや、合成獣(キメラ)ではないと(おも)う。飛竜(ひりゅう)なんかを(つく)れるほど研究(けんきゅう)はまだ進歩(しんぽ)していないよ」


「そりゃ、そうか。(おれ)はこういうことには(うと)いからさ」


「ごくめずらしい(れい)だけど、飛竜(ひりゅう)(たまご)(ぬす)んできて孵化(ふか)させてなつかせたり、幼獣(ようじゅう)のうちに捕獲(ほかく)して訓練(くんれん)させたりして、空中(くうちゅう)移動(いどう)手段(しゅだん)として(そだ)てたりするんだ」


かなり希少(きしょう)交通手段(こうつうしゅだん)ではあるが、王族(おうぞく)貴族(きぞく)をふくむ富裕層(ふゆうそう)飛竜(ひりゅう)所持(しょじ)しているのはめずらしくない。


とはいうものの、貴賤(きせん)不明(ふめい)とはいえ一介(いっかい)青年(せいねん)が、飛竜(ひりゅう)(あやつ)るなどというのは(きわ)めて(まれ)なケースだといえよう。


「へえぇ………。しかし、そんなレアものを所有(しょゆう)しているあたり、この研究所自体(けんきゅうしょじたい)はちっぽけだけど、けっこう大規模(だいきぼ)組織(そしき)(ぞく)してる連中(れんちゅう)なんじゃないか?」


()かけによらず()ざといのか、ラグシードがやけに(するど)いことを()う。


「──そりゃそうさ。連中(れんちゅう)大陸各地(たいりくかくち)にはびこってる異端信仰(いたんしんこう)………おそらくその末端(まったん)。あの邪教集団(じゃきょうしゅうだん)一員(いちいん)だもの」


邪教集団(じゃきょうしゅうだん)だって!?」


(こえ)をはりあげ(おのの)くラグシードをよそ()に、おおよその検討(けんとう)はついていたのか、ロジオンは腕組(うでく)みしたまま無表情(むひょうじょう)でそう()ってのけた。


最初(さいしょ)からそうじゃないかと(にら)んでたけど、さっきので確信(かくしん)した。やつらは(くろ)(へび)にちがいない」


「く、『(くろ)(へび)』………だってぇぇっ!?」


さすがに二大異端信仰(にだいいたんしんこう)(ひと)つである『(くろ)(へび)』のことは()っていたのか、ラグシードは二度目(にどめ)絶叫(ぜっきょう)をあげてから、すかさず真顔(まがお)でこちらを()た。


「あの黒装束(くろしょうぞく)青銅色(せいどういろ)記章(きしょう)………見覚(みおぼ)えがある。間違(まちが)いはないと(おも)う」


間違(まちが)いはないって………おまえ、そんな連中(れんちゅう)研究所(けんきゅうしょ)(なぐ)りこむとか()ってたのか………。()かけによらずとんでもない野郎(やろう)だな」


「………(なぐ)りこむとは()ってないけど………」


やや困惑(こんわく)したようすでロジオン。


潜入(せんにゅう)するってのも()たようなもんだろ?危険(きけん)()ちてることに()わりはない」


怖気(おじけ)づいたんなら、無理(むり)してついて()いとは()わないけど………?」


「い、(いま)さら(あと)()けるかってんだ………」


虚勢(きょせい)()っていると(うたが)われてもしょうがないような態度(たいど)でラグシードがつぶやく。


「──ちょっと確認(かくにん)したいことがあるんだ。ここで()ってて──」


「お、おいっ………!?」


ラグシードが制止(せいし)するのも()かずにふりきって、ロジオンは素早(すばや)(もり)()()けると、研究所(けんきゅうしょ)外壁(がいへき)(しの)()った。


そして足音(あしおと)()てずに()(ひそ)めながら、そのまま屋敷(やしき)裏手(うらて)(まわ)りこんだ。


外壁(がいへき)をよじ(のぼ)ると、不安定(ふあんてい)足場(あしば)(うえ)でバランスをとりながら、(まど)()える位置(いち)まで移動(いどう)する。


──あまり内部(ないぶ)のようすが()えない。


可能(かのう)ならばもっと(そば)から(のぞ)きこみたいと、(おも)いきって敷地内(しきちない)()えている樹木(じゅもく)(えだ)()(うつ)る。


(さいわ)いにして山深(やまぶか)辺境(へんきょう)()(そだ)ったため、木登(きのぼ)りは得意(とくい)だった。


もっとも(もり)(けもの)のごときしなやかさで、木立(こだち)合間(あいま)移動(いどう)する(あに)にはかなわなかったが。


(………(にい)さん………)


領主(りょうしゅ)息子(むすこ)でありながら陽気(ようき)自然児(しぜんじ)でもあった青年(せいねん)は、高潔(こうけつ)(たましい)ごとその肉体(にくたい)供物(くもつ)としてささげられた。


(くろ)(へび)』の毒牙(どくが)にかかり、自分(じぶん)身代(みが)わりに()(にえ)となったのだ。


心臓(しんぞう)をえぐりとられた無残(むざん)姿(すがた)発見(はっけん)された(あに)のことを、ロジオンは片時(かたとき)(わす)れたことはなかった。


(──かならず(かたき)はとってみせるからね………かならず──)


頑丈(がんじょう)鉄格子(てつごうし)がもうけられている(まど)隙間(すきま)から、偶然(ぐうぜん)のぞきこんだ角部屋(かどべや)にあたる一室(いっしつ)は、()(たか)本棚(ほんだな)壁面(へきめん)すべてが()まっていた。


ほとんどが合成獣(キメラ)などの研究(けんきゅう)(かん)する蔵書(ぞうしょ)なのだろう。


興味(きょうみ)はあったが鉄格子(てつごうし)邪魔(じゃま)をして、(まど)から潜入(せんにゅう)するのは(むずか)しいと(おも)われた。


外部(がいぶ)からの侵入(しんにゅう)警戒(けいかい)してか、屋敷(やしき)(まど)にはすべて鉄格子(てつごうし)がとりつけられている。


(──これはもう正面突破(しょうめんとっぱ)覚悟(かくご)するしかないな──)


無謀(むぼう)だとは(おも)ったがしょうがない。


やや()ちぼうけを()らって退屈(たいくつ)そうにしていたラグシードのもとに(もど)ると、(かれ)不満(ふまん)(こえ)をいっさいがっさい()(なが)してから、ロジオンは(みじか)くこう()げた。


「とにかく──いったん(まち)(もど)って、夜更(よふ)けに出直(でなお)そう」



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