そもそも
錠など、はじめから
掛かっていなかったのだ。
強盗も
不審者もはびこる
夜更けだというのに、その
研究施設には
門番も
番犬すらも
配置されてはいなかった。
(いくらなんでも
警備が
手薄すぎる………。まるで
悪い
冗談みたいだ………)
日中に
下調べしたときには、
人目を
警戒してわざと
出入口には
近寄らないようにしたのだが。
(
予想外というかなんというか………フクザツな
気分だな………)
合成獣研究所は、
敷地の
四方を
高い
岩壁で
囲いこみ、
屋敷の
窓はすべて
鉄格子で
閉ざすという
警戒ぶりだった。
徹底して
厳重な
侵入者対策をすることにより、
研究内容やその
他の
秘匿物を
外敵から
守っているのだろう。
その
堅牢な
外観から、
潜入は
困難を
極めることを
覚悟のうえで、
腹をくくってこの
場所までおもむいてきたのだ。
それなのに──
「ちょっと
警戒心が
薄すぎやしないか?」
「なんか、かえって
不気味だよね………」
眼前に
立ち
塞がるように
待ち
受けていた
重厚な
鎧戸は、
二人を
前にして
実にあっけなく
開いた。
ロジオンはやや
放心したように、その
光景を
見守っていた。
要所ともいえる
唯一の
出入口であった
扉は、その
強面そうな
見た
目に
反して、あっさりと
開門した。
「
私は
守備が
固いのよ?とか
散々もったいぶったわりにはビッチ………みたいな
屋敷だな」
女に
例えてこの
場がどうなるわけでもないのだが、よほど
拍子抜けしたのか
雇われ
兵が
誰に
言うでもなくつぶやく。
「………ほんとうに
清純すぎても
困りものだったけどね………」
妙に
玄人っぽい
返しをしながら、
雇い
主の
少年は
用心しながら
前に
進んだ。
解放されたばかりの
室内を、
首を
伸ばして
外からのぞきこんでみる。
「………なんの
変哲もない
玄関ホール。
今のところ
人気も
生物の
気配もなさそうだけど………。
暗くってよく
見えないや………」
とはいえ
油断は
禁物だ。
門扉がなんら
抵抗もせず
攻略されたことに、ロジオンはうまく
言えないが
奇妙な
違和感をおぼえていた。
これが『
罠』だとは
誰しも
思うことだろう。
だからといって、なんとなく
危険そうだから、というあいまいな
理由で
引き
返す
気にもなれなかった。
屋敷の
奥に
進んだところで、
解明したいことがわかる
補償はなにひとつないのだが………。
「──
僕は
行くよ──。
危険を
冒すのは
覚悟のうえだ」
とうとつに
誰に
言うでもなく、むしろ
自分に
言い
聞かせるようにして、ロジオンはそうつぶやいた。
「
君はどうする?」
やや
緊迫感のある
眼光で、
傍らに
立つラグシードを
見つめる。
青年はめずらしく
無言。
無表情をつらぬいたまま、なんの
動きも
見せないので、ロジオンは
一呼吸置くことにした。
ふと
空を
見上げる。
返答を
待っているわずかな
間にも、
刻一刻と
闇はいっそう
濃くなり、
冷気がひたひたと
押し
寄せてきていた。
雲の
隙間から
見え
隠れする
三日月が、
頭上から
二人をあざ
笑うかのように、ほの
暗く
照らしている。
「──
俺は
誘われたら、いちおうは
断らない
主義なんだ………って、まぁ
気分しだいだけどな」
やがて
敵地にもぐりこむにしては、あまり
緊張感のない
返答がかえってきた。
(
大した
度胸だ。まあ、おびえられるよりはマシだけど、まったくもって
警戒心がなさすぎるよな………)
とはいえひとまず
不満は
飲みこんで、
彼らは
暗黙のうちに
研究所内部に
潜入した──
☆
(──やっぱり
罠だったか──?)
そう
思い
知らされたのは、
背後で
門扉が
自然に
閉ざされたのと、はぼ
同刻。
(………っていうか、
閉じこめられるっていうのは、もはや
定番か………)
そう
静かに
突っこみつつ、ロジオンは
内心警鐘を
鳴らしていた。
おそらく
不審者対策用の
罠が
仕掛けられていたのだろう。
鎧戸の
閉門にともなって
発動するように
仕組まれていたのか、あたりは
急速に
不穏な
気配を
濃密にしていった。
いつ
合成獣や
潜伏している
信者たちが
襲いかかってきてもおかしくない。
そんな
圧倒的な
闇に
支配された
状況で………。
無意識に
警戒を
強めていた
彼ら──
すなわち
侵入者めがけて、
突如、
音もなく
忍び
寄ってきた
黒い
塊が
猛然と
飛びかかってきた!
(──
真横か──!?)
とっさに
殺気を
感じた
方角へ、ロジオンは
反射的に
灯火の
魔法を
唱えていた。
『フォーチュン・タブレット第五篇・星の魔法円』
瞬間、
凛とした
声が
冷気を
引き
裂いてあたりに
反響した。
【 漆黒の闇を照らす暁星! 】
黒い
塊にむかって
一直線に
解き
放たれた
光は、すさまじいスピードで
標的に
衝突した。
すると
五つの
光に
分裂し、
頭上に
薄翠色の
星形の
軌跡を
描いてから
四散した。
その
魔法円は
視界が
効かず
漆黒に
包まれていた
館内を、
瞬時にあざやかに
照らし
出した──。
「──ぎゃんっ!」
光源にまともに
瞳孔を
射抜かれた
狼のような
合成獣が、たまらず
悲痛な
鳴き
声をあげる。
よほど
光が
強烈だったのか、
痙攣を
起こし
白目をむいて
倒れている。
「とんだお
出迎えだなぁ………。ま、こんなのも
想定内だったけど?──おっと
二匹目っ!」
侵入者に
牙をむいてかかってきた
合成獣に、ためらうことなくラグシードは
自慢の
長剣をふるって
一刀のもとに
斬り
捨てた。
「そんでもってお
次は、
三匹目に
四匹目っ………!」
無駄のない
剣筋がひらめいたそのあとには、
声もなく
数匹の
合成獣が
倒れ
伏す。
絶えまない
合成獣の
襲撃にやや
不意をつかれながらも、とっさに
応酬したその
動きには
余裕さえ
感じられた。
(なるほど。
酒場で
聞かされた
武勇伝は、まんざら
嘘ってわけでもなさそうだ………)
ラグシードの
剣さばきを
初めて
目にして、ロジオンは
内心そんな
感情を
抱いていた。
雇い
主としては
護衛の
戦力は
気がかりなことでもあり、
最重要項目のひとつでもある。
(とりあえず
戦力外ってことにはしなくてよさそうだ。
第一条件はクリアかな?)
もっとも
彼の
性格からして、
武勇伝に
大幅な
脚色はされていそうだが。
それでも
剣の
腕には、それなりの
評価を
下さないわけにはいかなかった。
「──おまえも
黙ってぼさっと
見てないで、さっきみたいな
魔法使ってちっとは
加勢しろよ!」
ラグシードは
合成獣の
応酬をしながら、
平然とロジオンにむかって
悪態をついた。
さすがに
雇い
主への
態度という
点では、
彼はもれなく
減点かもしれない。
(けど、それはそれで──これはこれ。
今の
状況では
不満は
言ってられないし、こっちも
負けてらんないなぁ………)
ぶつぶつと
呪文を
唱えながら、
彼のちょっとした
負けん
気が
顔をのぞかせた。
『フォーチュン・タブレット第一篇・炎の魔法円』
杖の
先端に
埋めこまれた
宝玉に、
熱波の
渦のような
魔法の
源が
収束する。
久しぶりの
魔法のせいか、それとも
酒で
若干気分が
高揚しているのか、ぞくぞくとした
感触が
背筋を
駆け
抜けていった。
【 ──罪人に刻む赤熱の烙印! 】
喉の
奥の
叫びとともにほどばしった
炎の
塊は、そのまま
勢いを
帯びて
門から
一直線に
伸びた
廊下めがけて
解き
放たれた。
廊下の
突き
当り。
その
角を
曲がって、いっせいに
駆けてくる
複数の
標的が──
まるで、できそこないのような
合成獣たちが、
猛烈な
火炎を
浴びせられて
一気に
撃退された。
「へぇ、なかなかやるじゃん」
いつもより
心もち
出力が
向上している
炎の
魔法円。
その
威力をまえに、
剣を
片手にラグシードから、
気楽な
感じの
賛辞が
贈られる。
「しかし、さっきから
妙に
気色悪い
獣ばっかり
襲ってくる
気がするんだが──」
「──
確かにね。こう
言っちゃなんだけど、いかにも『
失敗作』ですって
感じの
合成獣ばっかり
襲ってくるような
気がする………」
ロジオンがそうぼやきたくなるのも
無理はなかった。
もっとも
多いのは
狼、
大型の
山猫、つづいて
山羊、
羊だった。
だがよく見ると、その
背中、
脇腹、
関節部や
尾っぽなど、あらゆるところからあらゆる
部位が
突き
出たかたちで
融合している。
もしくは
欠損していたりする。
できそこないのような
合成獣たち。
その
姿はどこか
哀れをさそう。
しかし、
油断していたら
食い
殺されるのは
目に
見えている。
「とりあえず、かたぁつけるぞ!」
剣をふりかざして
威勢よくラグシードが
咆哮する。
その
後も
次から
次へと
似たような
合成獣がわいてきて、
迎え
撃つ
二人を
心底からげんなりさせた。
さすがに
精も
根もつき
果てるまえに、
彼らが
食傷気味になったころあいで、
合成獣たちの
襲撃はようやく
途絶えた。