「おいおい、ちょっと
待ってくれ。
貴族の
坊ちゃんが
護衛もつけないで
旅してたら
危険だろ?
今だってあきらかに
浮いてるし………」
ラグシードの
意見を、ロジオンは
鼻でわらって
受けながした。
「──
危険?
一人で
旅しているより
護衛といたときのほうが
危険でしたよ」
少年は
一呼吸おいて、
語りはじめた。
「
一人目は、
僕の
荷物から
金目のものを
奪って
逃げた。
二人目は、デカい
口たたいてたわりには、いざ
戦闘になって、かなわないとみると
敵前逃亡。
三人目は、
最初からあやしいと
疑ってたら、
深夜に
僕のベッドに
潜りこんできた──
後の
連中も、ろくでもない
輩ばかりだった。それで
君は
今度、
僕にどんな
災難を
吹っかけるつもり?」
物すごい
剣幕でたたみかけられて、ラグシードはかける
言葉を
失った。
気の
毒だとは
思ったが、
依頼を
受けた
父親の
面子もあるので、あっさり
断られるわけにもいかない。
ここは
相手の
力量をたしかめるためにも、
一発ドカンと
王道に
腕だめしでもしかけてやろう。
ラグシードはそう
思い
立つと、
真正面からロジオンを
指さし
威勢よく
吠えた。
「じゃあ
俺と
勝負しろ!ほんとうに
護衛がいらないかどうか
試してやる!」
「………
無駄だと
思いますけど。
僕が
魔法で
本気を
出したら
殺しちゃうかもしれないし………」
酒の
入ったグラスを
傾けながら、
涼しい
表情でそう
豪語する。
綺麗な
顔に
見合わず、やたら
物騒なセリフを
吐くもんだと
呆れながらも、
「えらい
自信家だな。どれだけすごい
魔法使いなんだか
知らないが、
一度くらい
手合わせしてみないことには
認められねぇな」
ラグシードは
拳の
関節を
一気に
鳴らしながら、
不敵な
笑みをうかべてロジオンの
前に
立ちはだかった。
「
君は
剣士なんだろ?だったら
剣を
使ってくれてもかまわない。
君の
腕を
確かめるいい
機会だから」
明らかに
挑発されていると
知りつつも、
青年は
素直に
腰の
鞘からすらりと
刀身を
抜き
放つ。
これから
主となる
者の
面前で、
抜き
身の
刀剣を
構えるなど
正気の
沙汰ではない。
しかし、
依頼主の
息子を
一見しただけで、ラグシードは
心の
何処かで
察しがついた。
およそ
常識的なことをこなしているだけでは、
彼の
護衛はけっして
務まらないだろうと。
この
細面の
少年に
潜んでいる
常軌を
逸したなにか──それを
身をもって
確かめなければならない。
じりっと
間合いをつめるあいだにも、
少年は
口先でなにかぶつぶつと
呪文のようなものを
唱えている。
先手必勝とばかりに、ラグシードは
相手の
足元を
狙って
剣をふるった。
ロジオンは
後方に
飛んで
回避すると、ためらいなく
魔法の
言葉を
解き
放った。
『フォーチュン・タブレット第八篇・氷の魔法円』
【 氷河に埋もれし女王の息吹! 】
魔法が
発動された
瞬間、
誰もが
想像もしていなかったことが
起こった。
ラグシードがその
手に
握り
締めていた
長剣。その
剣先から
柄のほうに
向かって、
冷気とともに
凍り
始めたのだ。
「なっ!?」
ラグシードが
驚きの
声をあげる。
気づいたときには、
透明な
氷で
覆いつくされた
一本の
剣が
完成していた。
「つっ!………
冷ってぇえええっっ!?」
そのまま
指までも
凍結しそうになり、
思わず
条件反射的に
剣を
床にとり
落とす。
すかさずロジオンの
短剣が、ラグシードの
喉元に
突きつけられた。
「はい、
僕の
勝ち。この
魔法、しくじることのほうが
多くて
一か
八かだったんだけど、めずらしく
成功しちゃったみたいだね」
「………まいった。
武器を
奪われちゃ
剣士として
失格だな」
両手をあげて
降参を
表明したラグシードから、ロジオンはすんなりと
短剣を
引く。
その
一瞬の
隙をついて
彼は
動いた。
少年の
腹部めがけて、ラグシードは
鋭い
蹴りを
見舞った。
すっかり
油断しきっていたロジオンは、
放った
蹴りをまともに
食らった。
「──うぐっ!?」
突如襲ったその
衝撃と
痛みから、
少年はこらえきれずに
腹を
抱えて
膝をついた。
(──
卑怯者!)
口惜しそうに
叫んでラグシードを
睨みつけるが、
苦しさでまだ
声が
思うように
出ないようだ。
「
終わったと
思ったときが
始まりってさ。
喧嘩とか
戦闘とかって、たいてい
卑怯なほうが
有利なんだよな、って
俺は
小さいころに
教わったけどさ」
ロジオンを
見下ろしながら、
彼は
微妙に
兄貴風を
吹かせながら
言う。
「じゃあ、
俺の
勝ち………」
「まだ、
引き
分けだろ!」
噛みつくように
少年が、ラグシードに
食ってかかったその
瞬間──
ずぅぅぅぅんっ!!!
そのとき
大地にとどろく
振動が
響きわたり、
対峙していた
二人もぽかんと
間のぬけた
表情をさらした。
すると
宿の
壁に
亀裂が
入り
崩落し、
衝撃で
硝子が
砕け
散る
音がした。
やがて
外から
悲鳴のような
叫び
声や
怒号が
聞こえてきた。
酒場の
窓越しに、パニック
状態に
陥って、
四方八方に
逃げまどう
人々の
姿が
見える。
「──たっ、
助けてくれぇぇ!!」
恐慌状態におちいって、なにかから
逃れるように
決死の
形相で、
店に
駆けこんできた
男が
叫んだ。
「
一体なんの
騒ぎだ!」
たまりかねて
酒場の
客が
男にたずねた。
「お、おれにも、わけがわからねぇんだ!
近くの
食堂で
一服してたら、とつぜん
魔物の
集団が
押し
寄せてきて………いや、あれはただの
魔物じゃねぇ。
合成獣だ!」
「──その
根拠は?」
男の
発言に、ロジオンが
即座に
反応をしめした。
険しい
表情で
男につめよると、
肩をふるわせて
彼はおずおずと
答えた。
「この
街と
要塞都市ドゥーガンディの
間にまたがる
森の
中に、
合成獣研究所があるって
噂があるんだ………」
「…………………!?」
「なんでも
実験と
称して
失敗作の
合成獣をわざと
放って、
小さな
集落が
一つ
壊滅させられたらしい。まさかこんな
大きな
街にまでしかけてくるとは
思わなかったが………」
男の
話を
聞いた
二人は、たがいに
目を
見交わして、
覚悟を
決めたようにおのおの
構えをといた。
「ひとまず
決闘はおあずけってとこか………」
つぶやいたロジオンに
同意するように、ラグシードが
大きくうなずく。
「どうやら
人間同士で
争ってる
場合じゃないようだぜ。
悪いけどさっそく
俺の
剣、どうにかしてくれよ?このままじゃあまともに
戦えない」
「まさか、
武器はその
剣しか
持ってないの?」
「いや、あるにはあるんだが、ちょっと
特殊でさ………」
言葉をにごしたラグシードをいぶかしげに
見つめるが、
今は
彼を
問いつめている
時間はない。
「じゃあ
凍らせた
剣を
魔法の
炎で
溶かすから、ちょっと
待ってて」
「
大事な
剣なんだ。あやまって
柄まで
燃やさないでくれよ?」
「………さすがに、そんなヘマはしないよ」
「さっき、おまえ
魔法使ったとき、
一か
八かって
言ってたじゃねえか」
「それはあの
魔法が
特殊だからで………」
そんな
風に
二人がまだ
言い
争っていて、
酒場を
出られないでいたちょうどその
時──
「おお!ありがたい!!」
酒場のなかで
住民たちの
歓喜の
声がどよめき、
瞬く
間に
広がってゆくのを
感じた。
さっそく
騒動を
聞きつけて、
街の
領主のもとから
自警団や
神官たちが
派遣されたのだ。
いっせいに
合図のかけ
声とともに、
合成獣の
討伐がはじまった。
双方の
連携が
優れているのか、
魔物たちが
次々に
一掃され
倒されていく。
どうやらこのぶんでは、
自分たちが
手を
貸す
必要はなさそうだ。
「──
俺たちの
出番がなくなっちまったみたいだ。ま、なんとかなりそうで、
助かったな」
「ほんとうにそうかな………?」
すっかり
安心しきったラグシードとは
対称的に、ロジオンは
深刻そうな
顔でそうつぶやくと、
腕組みをして
窓際のほうに
歩いていった。
立ち
止まると
彼は
窓の
外に
倒れている
合成獣の
群れを、
鋭い
眼光で
見つめつづけた。
「──なぜ、
合成獣を
街に
放ったのか………。やつらの
狙いがなんなのか
知りたい」
「そんなの
聞いてどうすんだよ?」
「
完全に
無関係ならいいんだけど。もし、ある
宗教組織が
絡んでるとすれば、
僕にとってはいろいろと
厄介なんだ………」
「なんのことかさっぱりわからねえ………」
ぼうぜんとラグシードがうめくのを
横目で
見ながら、ある
種の
冷めたまなざしで
前方を
見つめ、ロジオンは
低くつぶやいた。
「もし
本気で
僕の
護衛をするつもりなら、
命を
賭ける
覚悟でついてきてほしい。それができないならば、さっさとこの
場から
立ち
去ってくれ」
一瞬、その
場に
沈黙がおりる。
静かにはりつめた
表情で、
返答を
待つロジオンに
対して。
「──はいはい、わかりましたよ」
投げやりな
態度で
返事をしながら、ラグシードはよっこらしょっと
重そうに
自分の
荷物を
担いだ。
「で、どこに
乗りこむってんだ?」
てっきりラグシードが
立ち
去ると
思いこんでいたロジオンは、
意外そうにこの
少し
軽薄そうな
青年の
顔をまじまじと
見つめた。
「
君って、
変わってるね………」
「よく
言われる。とりあえず、
俺の
剣。
早くもとに
戻してくれねぇかな………?」