2.終わったと思ったときが始まり

文字数 3,484文字




「おいおい、ちょっと()ってくれ。貴族(きぞく)(ぼっ)ちゃんが護衛(ごえい)もつけないで(たび)してたら危険(きけん)だろ?(いま)だってあきらかに()いてるし………」


ラグシードの意見(いけん)を、ロジオンは(はな)でわらって()けながした。


「──危険(きけん)一人(ひとり)(たび)しているより護衛(ごえい)といたときのほうが危険(きけん)でしたよ」


少年(しょうねん)一呼吸(ひとこきゅう)おいて、(かた)りはじめた。


一人目(ひとりめ)は、(ぼく)荷物(にもつ)から金目(かねめ)のものを(うば)って()げた。


二人目(ふたりめ)は、デカい(くち)たたいてたわりには、いざ戦闘(せんとう)になって、かなわないとみると敵前(てきぜん)(とう)(ぼう)


三人目(さんにんめ)は、最初(さいしょ)からあやしいと(うたが)ってたら、深夜(しんや)(ぼく)のベッドに(もぐ)りこんできた──


(あと)連中(れんちゅう)も、ろくでもない(やから)ばかりだった。それで(きみ)今度(こんど)(ぼく)にどんな災難(さいなん)()っかけるつもり?」


(もの)すごい剣幕(けんまく)でたたみかけられて、ラグシードはかける言葉(ことば)(うしな)った。


()(どく)だとは(おも)ったが、依頼(いらい)()けた父親(ちちおや)面子(めんつ)もあるので、あっさり(ことわ)られるわけにもいかない。


ここは相手(あいて)力量(りきりょう)をたしかめるためにも、一発(いっぱつ)ドカンと王道(おうどう)(うで)だめしでもしかけてやろう。


ラグシードはそう(おも)()つと、真正面(ましょうめん)からロジオンを(ゆび)さし威勢(いせい)よく()えた。


「じゃあ(おれ)勝負(しょうぶ)しろ!ほんとうに護衛(ごえい)がいらないかどうか(ため)してやる!」


「………無駄(むだ)だと(おも)いますけど。(ぼく)魔法(まほう)本気(ほんき)()したら(ころ)しちゃうかもしれないし………」


(さけ)(はい)ったグラスを(かたむ)けながら、(すず)しい表情(ひょうじょう)でそう豪語(ごうご)する。


綺麗(きれい)(かお)見合(みあ)わず、やたら物騒(ぶっそう)なセリフを()くもんだと(あき)れながらも、


「えらい自信家(じしんか)だな。どれだけすごい魔法使(まほうつか)いなんだか()らないが、一度(いちど)くらい手合(てあ)わせしてみないことには(みと)められねぇな」


ラグシードは(こぶし)関節(かんせつ)一気(いっき)()らしながら、不敵(ふてき)()みをうかべてロジオンの(まえ)()ちはだかった。


(きみ)剣士(けんし)なんだろ?だったら(けん)使(つか)ってくれてもかまわない。(きみ)(うで)(たし)かめるいい機会(きかい)だから」


(あき)らかに挑発(ちょうはつ)されていると()りつつも、青年(せいねん)素直(すなお)(こし)(さや)からすらりと刀身(とうしん)()(はな)つ。


これから(あるじ)となる(もの)面前(めんぜん)で、()()刀剣(とうけん)(かま)えるなど正気(しょうき)沙汰(さた)ではない。


しかし、依頼主(いらいぬし)息子(むすこ)一見(いっけん)しただけで、ラグシードは(こころ)何処(どこ)かで(さっ)しがついた。


およそ常識的(じょうしきてき)なことをこなしているだけでは、(かれ)護衛(ごえい)はけっして(つと)まらないだろうと。


この細面(ほそおもて)少年(しょうねん)(ひそ)んでいる常軌(じょうき)(いっ)したなにか──それを()をもって(たし)かめなければならない。


じりっと間合(まあ)いをつめるあいだにも、少年(しょうねん)口先(くちさき)でなにかぶつぶつと呪文(じゅもん)のようなものを(とな)えている。


先手必勝(せんてひっしょう)とばかりに、ラグシードは相手(あいて)足元(あしもと)(ねら)って(けん)をふるった。


ロジオンは後方(こうほう)()んで回避(かいひ)すると、ためらいなく魔法(まほう)言葉(ことば)()(はな)った。


『フォーチュン・タブレット第八篇(だいはっぺん)(こおり)魔法円(まほうえん)


氷河(ひょうが)()もれし女王(じょうおう)息吹(いぶき)! 】


魔法(まほう)発動(はつどう)された瞬間(しゅんかん)(だれ)もが想像(そうぞう)もしていなかったことが()こった。


ラグシードがその()(にぎ)()めていた長剣(ちょうけん)。その剣先(けんさき)から(つか)のほうに()かって、冷気(れいき)とともに(こお)(はじ)めたのだ。


「なっ!?」


ラグシードが(おどろ)きの(こえ)をあげる。


()づいたときには、透明(とうめい)(こおり)(おお)いつくされた一本(いっぽん)(けん)完成(かんせい)していた。


「つっ!………(つめ)ってぇえええっっ!?」


そのまま(ゆび)までも凍結(とうけつ)しそうになり、(おも)わず条件(じょうけん)反射的(はんしゃてき)(けん)(ゆか)にとり()とす。


すかさずロジオンの短剣(たんけん)が、ラグシードの喉元(のどもと)()きつけられた。


「はい、(ぼく)()ち。この魔法(まほう)、しくじることのほうが(おお)くて(いち)(ばち)かだったんだけど、めずらしく成功(せいこう)しちゃったみたいだね」


「………まいった。武器(ぶき)(うば)われちゃ剣士(けんし)として失格(しっかく)だな」


両手(りょうて)をあげて降参(こうさん)表明(ひょうめい)したラグシードから、ロジオンはすんなりと短剣(たんけん)()く。


その一瞬(いっしゅん)(すき)をついて(かれ)(うご)いた。


少年(しょうねん)腹部(ふくぶ)めがけて、ラグシードは(するど)()りを見舞(みま)った。


すっかり油断(ゆだん)しきっていたロジオンは、(はな)った()りをまともに()らった。


「──うぐっ!?」


突如襲(とつじょおそ)ったその衝撃(しょうげき)(いた)みから、少年(しょうねん)はこらえきれずに(はら)(かか)えて(ひざ)をついた。


(──卑怯者(ひきょうもの)!)


口惜(くや)しそうに(さけ)んでラグシードを(にら)みつけるが、(くる)しさでまだ(こえ)(おも)うように()ないようだ。


()わったと(おも)ったときが(はじ)まりってさ。喧嘩(けんか)とか戦闘(せんとう)とかって、たいてい卑怯(ひきょう)なほうが有利(ゆうり)なんだよな、って(おれ)(ちい)さいころに(おそ)わったけどさ」


ロジオンを見下(みお)ろしながら、(かれ)微妙(びみょう)兄貴風(あにきかぜ)()かせながら()う。


「じゃあ、(おれ)()ち………」


「まだ、()()けだろ!」


()みつくように少年(しょうねん)が、ラグシードに()ってかかったその瞬間(しゅんかん)──


ずぅぅぅぅんっ!!!


そのとき大地(だいち)にとどろく振動(しんどう)(ひび)きわたり、対峙(たいじ)していた二人(ふたり)もぽかんと()のぬけた表情(ひょうじょう)をさらした。


すると宿(やど)(かべ)亀裂(きれつ)(はい)崩落(ほうらく)し、衝撃(しょうげき)硝子(ガラス)(くだ)()(おと)がした。


やがて(そと)から悲鳴(ひめい)のような(さけ)(ごえ)怒号(どごう)()こえてきた。


酒場(さかば)窓越(まどご)しに、パニック状態(じょうたい)(おちい)って、四方八方(しほうはっぽう)()げまどう人々(ひとびと)姿(すがた)()える。


「──たっ、(たす)けてくれぇぇ!!」


恐慌状態(きょうこうじょうたい)におちいって、なにかから(のが)れるように決死(けっし)形相(ぎょうそう)で、(みせ)()けこんできた(おとこ)(さけ)んだ。


一体(いったい)なんの(さわ)ぎだ!」


たまりかねて酒場(さかば)(きゃく)(おとこ)にたずねた。


「お、おれにも、わけがわからねぇんだ!(ちか)くの食堂(しょくどう)一服(いっぷく)してたら、とつぜん魔物(まもの)集団(しゅうだん)()()せてきて………いや、あれはただの魔物(まもの)じゃねぇ。合成獣(キメラ)だ!」


「──その根拠(こんきょ)は?」


(おとこ)発言(はつげん)に、ロジオンが即座(そくざ)反応(はんのう)をしめした。


(けわ)しい表情(ひょうじょう)(おとこ)につめよると、(かた)をふるわせて(かれ)はおずおずと(こた)えた。


「この(まち)要塞都市(ようさいとし)ドゥーガンディの(あいだ)にまたがる(もり)(なか)に、合成獣研究所(キメラけんきゅうじょ)があるって(うわさ)があるんだ………」


「…………………!?」


「なんでも実験(じっけん)(しょう)して失敗作(しっぱいさく)合成獣(キメラ)をわざと(はな)って、(ちい)さな集落(しゅうらく)(ひと)壊滅(かいめつ)させられたらしい。まさかこんな(おお)きな(まち)にまでしかけてくるとは(おも)わなかったが………」


(おとこ)(はなし)()いた二人(ふたり)は、たがいに()見交(みか)わして、覚悟(かくご)()めたようにおのおの(かま)えをといた。


「ひとまず決闘(けっとう)はおあずけってとこか………」


つぶやいたロジオンに同意(どうい)するように、ラグシードが(おお)きくうなずく。


「どうやら人間同士(にんげんどうし)(あらそ)ってる場合(ばあい)じゃないようだぜ。(わる)いけどさっそく(おれ)(けん)、どうにかしてくれよ?このままじゃあまともに(たたか)えない」


「まさか、武器(ぶき)はその(けん)しか()ってないの?」


「いや、あるにはあるんだが、ちょっと特殊(とくしゅ)でさ………」


言葉(ことば)をにごしたラグシードをいぶかしげに()つめるが、(いま)(かれ)()いつめている時間(じかん)はない。


「じゃあ(こお)らせた(けん)魔法(まほう)(ほのお)()かすから、ちょっと()ってて」


大事(だいじ)(けん)なんだ。あやまって(つか)まで()やさないでくれよ?」


「………さすがに、そんなヘマはしないよ」


「さっき、おまえ魔法使(まほうつか)ったとき、(いち)(ばち)かって()ってたじゃねえか」


「それはあの魔法(まほう)特殊(とくしゅ)だからで………」


そんな(ふう)二人(ふたり)がまだ()(あらそ)っていて、酒場(さかば)()られないでいたちょうどその(とき)──


「おお!ありがたい!!」


酒場(さかば)のなかで住民(じゅうみん)たちの歓喜(かんき)(こえ)がどよめき、(またた)()(ひろ)がってゆくのを(かん)じた。


さっそく騒動(そうどう)()きつけて、(まち)領主(りょうしゅ)のもとから自警団(じけいだん)神官(しんかん)たちが派遣(はけん)されたのだ。


いっせいに合図(あいず)のかけ(ごえ)とともに、合成獣(キメラ)討伐(とうばつ)がはじまった。


双方(そうほう)連携(れんけい)(すぐ)れているのか、魔物(まもの)たちが次々(つぎつぎ)一掃(いっそう)され(たお)されていく。


どうやらこのぶんでは、自分(じぶん)たちが()()必要(ひつよう)はなさそうだ。


「──(おれ)たちの出番(でばん)がなくなっちまったみたいだ。ま、なんとかなりそうで、(たす)かったな」


「ほんとうにそうかな………?」


すっかり安心(あんしん)しきったラグシードとは対称(たいしょう)(てき)に、ロジオンは深刻(しんこく)そうな(かお)でそうつぶやくと、腕組(うでぐ)みをして窓際(まどぎわ)のほうに(ある)いていった。


()()まると(かれ)(まど)(そと)(たお)れている合成獣(キメラ)()れを、(するど)眼光(がんこう)()つめつづけた。


「──なぜ、合成獣(キメラ)(まち)(はな)ったのか………。やつらの(ねら)いがなんなのか()りたい」


「そんなの()いてどうすんだよ?」


完全(かんぜん)無関係(むかんけい)ならいいんだけど。もし、ある宗教組織(しゅうきょうそしき)(から)んでるとすれば、(ぼく)にとってはいろいろと厄介(やっかい)なんだ………」


「なんのことかさっぱりわからねえ………」


ぼうぜんとラグシードがうめくのを横目(よこめ)()ながら、ある(しゅ)()めたまなざしで前方(ぜんぽう)()つめ、ロジオンは(ひく)くつぶやいた。


「もし本気(ほんき)(ぼく)護衛(ごえい)をするつもりなら、(いのち)()ける覚悟(かくご)でついてきてほしい。それができないならば、さっさとこの()から()()ってくれ」


一瞬(いっしゅん)、その()沈黙(ちんもく)がおりる。


(しず)かにはりつめた表情(ひょうじょう)で、返答(へんとう)()つロジオンに(たい)して。


「──はいはい、わかりましたよ」


()げやりな態度(たいど)返事(へんじ)をしながら、ラグシードはよっこらしょっと(おも)そうに自分(じぶん)荷物(にもつ)(かつ)いだ。


「で、どこに()りこむってんだ?」


てっきりラグシードが()()ると(おも)いこんでいたロジオンは、意外(いがい)そうにこの(すこ)軽薄(けいはく)そうな青年(せいねん)(かお)をまじまじと()つめた。


(きみ)って、()わってるね………」


「よく()われる。とりあえず、(おれ)(けん)(はや)くもとに(もど)してくれねぇかな………?」



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