1.幸福から見放された魔法使い

文字数 1,977文字




その少年(しょうねん)はというと──


どことなく(ひな)びた酒場(さかば)のすみっこのほうで。


(ほこり)にまみれてはいるが──
どことなく高貴(こうき)衣装(いしょう)()(まと)い。


どことなく流麗(りゅうれい)なナイフとフォーク(さば)きを()せながらも──


かたすぎる粗悪(そあく)肉料理(にくりょうり)と、(さら)のうえで格闘(かくとう)していた………。


依頼主(いらいぬし)から()いていた滞在先(たいざいさき)である宿屋(やどや)時計坂亭(とけいざかてい)はとりあえず、ここでまちがいはないだろう。


貴族(きぞく)典型(てんけい)ともいえる、金髪(きんぱつ)(あお)(ひとみ)という特徴(とくちょう)と。


十五歳(じゅうごさい)という年齢(ねんれい)は、少年(しょうねん)一見(いっけん)してあどけない()()にも一致(いっち)すると(おも)った。


──たぶん、(かれ)にちがいない。


来店(らいてん)したのは、襟足(えりあし)まで()ばした黒髪(くろかみ)と、愛嬌(あいきょう)のある琥珀色(こはくいろ)双眸(そうぼう)印象的(いんしょうてき)青年(せいねん)


どこか軽佻浮薄(けいちょうふはく)でいて、それでいて(にく)めないような──


独特(どくとく)雰囲気(ふんいき)(はな)(かれ)は、()をラグシードという。


ついこの(あいだ)十七歳(じゅうななさい)をむかえたばかりだ。


(かれ)少年(しょうねん)目星(めぼし)()けると、(かべ)()られたメニューを()るふりをしながら、しばらく観察(かんさつ)した。


背丈(せたけ)中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)………
より幾分華奢(いくぶんきゃしゃ)なくらいだろうか。


くやしいが、()()はずいぶんいいほうだ。


少年(しょうねん)がその()になりさえすれば、わりと容易(たやす)(おんな)()ちるだろうと(おも)われた。


あくまで本気(ほんき)で、口説(くど)()になりさえすれば………の(はなし)だが。


(ひとみ)とおなじ(いろ)(あお)いマントを羽織(はお)り、魔法石(まほうせき)がついているほかは、これといってとりえのない魔法(まほう)のロッドを(かたわ)らに()いていた。


後生大事(ごしょうだいじ)()(ある)いているその(ふる)びた(つえ)は、どうやら母親(ははおや)形見(かたみ)らしい。


家出(いえで)した貴族(きぞく)息子(むすこ)
だなんて──


()()いたように世間知(せけんし)らずで、(あま)ったれで(はな)もちならない人種(じんしゅ)だと(おも)っていた。


(めぐ)まれているくせにその自覚(じかく)もなく、日常(にちじょう)満足(まんぞく)できなくて──


無謀(むぼう)にもロマンを(もと)めて(たび)()る。
(おろ)かな若者(わかもの)代名詞(だいめいし)


だが、その少年(しょうねん)酒場(さかば)片隅(かたすみ)一人(ひとり)


もうしわけなさそうに()(ちぢ)めながら、黙々(もくもく)料理(りょうり)(くち)(はこ)んでいた。


どことなく()もうつろで生気(せいき)がなく、人生(じんせい)もおおむね()げやりで、なにをやってもうまくいかなそうに()えた。


なんとなく幸福(こうふく)から見放(みはな)されたようなオーラが、本人(ほんにん)から無意識(むいしき)のうちに()(なが)されている。


世間一般(せけんいっぱん)感覚(かんかく)()(ぬし)ならば、(かれ)()てこう(おも)うだろう。


あまり(かか)わり()いになりたくはないな、と。


(こりゃ、親父(おやじ)心配(しんぱい)して依頼(いらい)してくるはずだ………)


この少年(しょうねん)()()したくなるだけの、凄惨(せいさん)過去(かこ)があったかどうかは()らない。


ただ、いろいろと(おも)(かせ)一人(ひとり)背負(せお)いこんでしまった(あわ)れな息子(むすこ)


依頼主(いらいぬし)から事前(じぜん)()かされていたので、きっと面倒(めんどう)くさいやつにちがいないと予感(よかん)していた。


その予感(よかん)が、確信(かくしん)()わっただけのことだ。


ラグシードはすうっと(いき)()いこんでから、決意(けつい)をかため少年(しょうねん)のいるテーブルに(あゆ)()っていった。


「──相席(あいせき)してもいいか?」


さりげなくそう()いかけてから、まさに相手(あいて)視線(しせん)(まじ)わった絶妙(ぜつみょう)なタイミングで、(かれ)健康(けんこう)そうな(しろ)()()せて(わら)った。


(──こんなに()いているのに──?)


怪訝(けげん)そうな少年(しょうねん)(ひとみ)は、あきらかにそう(かた)っていた。


だが、ラグシードの笑顔(えがお)効果(こうか)もあったのか、とりあえず(あや)しい人物(じんぶつ)ではないと判断(はんだん)したのだろう。


こちらを見上(みあ)げると、(かれ)用心深(ようじんぶか)くうなずいた。


「──失礼(しつれい)だけど、あんたはルンドクイスト()のご子息(しそく)、ロジオンさんで間違(まちが)いはないかい?」


ラグシードは座席(ざせき)につくなり、さっそく本人(ほんにん)かどうか確認(かくにん)した。


そして、あっけにとられながらも警戒心(けいかいしん)丸出(まるだ)しの相手(あいて)(たい)して、いっこうに(おく)するようすもなく本題(ほんだい)(はい)った。


(じつ)は、(きみ)親父(おやじ)さんから(たの)まれて()たんだ──」


(かれ)はデルスブルク出身(しゅっしん)傭兵(ようへい)であることなど、簡単(かんたん)自己紹介(じこしょうかい)した。


そして自分(じぶん)父親(ちちおや)が、クレメンス(きょう)()()いであること。


その(えん)息子(むすこ)護衛(ごえい)をするよう依頼(いらい)されたことを()()けた。


少年(しょうねん)(だま)ったまま料理(りょうり)()(やす)め、鼻先(はなさき)でふと自嘲的(じちょうてき)()みをうかべた。


「──またか──」


()()てるような口調(くちょう)でそう()(はな)つと、うんざりしたように()っていたグラスを一気(いっき)にあおる。


(きみ)でもう十一人目(じゅういちにんめ)──」


──()()したグラスの中身(なかみ)(さけ)だろうか?


やっと飲酒可能(いんしゅかのう)年齢(ねんれい)になったばかり、といった初々(ういうい)しい少年(しょうねん)風情(ふぜい)でたいした度胸(どきょう)だ。


ちなみにウィンディア大陸(たいりく)では地方差(ちほうさ)はあるが、一般的(いっぱんてき)には十五歳(じゅうごさい)成人(せいじん)とみなされ、飲酒(いんしゅ)解禁(かいきん)になる。


護衛(ごえい)はいらないってあれほど()ってるのに………(とう)さんは心配性(しんぱいしょう)だな。そんなに(ぼく)信用(しんよう)ないんだろうか………」


「たんに過保護(かほご)なだけだろ………?」


少年(しょうねん)のぼやきに反応(はんのう)して、素直(すなお)(おも)っていたことを(くち)にする。


だが、相手(あいて)()(かい)さず、キッパリとした口調(くちょう)でこう()ってのけた。


「とにかく(ぼく)はあいにく護衛(ごえい)必要(ひつよう)としていないので、この(はなし)はお(ことわ)りします。違約金(いやくきん)父親(ちちおや)()ってもらえれば支払(しはら)われると(おも)うので………」


仏頂面(ぶっちょうづら)でけんもほろろにあしらわれ、()(はら)われようとしている事実(じじつ)()づき、ラグシードはあわてふためいた。


だが、それと同時(どうじ)に──


ほんの(すこ)しだけ意固地(いこじ)なこの少年(しょうねん)、ロジオンにふと興味(きょうみ)をもった。



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