第213話 【一つの景色となり】 Cパート

文字数 3,045文字


 翌朝。目が覚めた時にはもう朱先輩はいなかった。しかも例のブラウスもきちんと折り畳んでベッドの端に置いてあるし。
 昨日寝るのが遅かったけれど、休日と言う事でいつもより少しだけゆっくり眠ったから、寝不足と言う状態ではなさそうだ。
 ただ朱先輩の家とは言え、他人様の家で自分だけがダラダラする訳にはいかないからとまずは朱先輩のいる台所に顔を出すと
「おはようなんだよ愛さん。今は朝ご飯を作ってるからゆっくり準備しててくれたら良いけど、さっき電話鳴ってたよ」
 昨日の雰囲気なんて微塵も感じさせない、エプロン姿のお姉さんのいで立ちで私を迎えてくれる。
「ありがとうございます。でも、私も支度を整えたら何か手伝いますね」
 私は先に返事だけはさせてもらって、先に携帯のチェックをさせてもらう。

宛元:実祝さん
題名:泣き虫会長
本文:お姫様抱っこと一緒に蒼依から話は聞いた。分かってたけど会長はやっぱり駄目だった。
   でも愛美がお姫様抱っこと共にしっかり断ったって聞いた。しかもあの会長を泣かした
   とか。それが聞けて安心。スカッとした。でもいくらお姫様抱っことは言え、愛美自身
   は当然として愛美の周りの人間、特に咲夜を泣かせた罪は重い。愛美に匹敵しなくても
   女の涙は高い。
    それから驚いた事に、消毒液の話と合わせてお母さんにしたら、男はハッキリ言わな
   いと分からないバッチィ生き物だから、お姫様抱っこされた愛美の判断は正解だって、
   あたしも愛美に恋愛の極意を聞けってお母さんに言われた。
    さすが愛美。蒼依も認めた恋愛マスター愛美の話を、お姫様抱っこの話と共に聞か
   せてもらう。

 かと思ったら今まで見た事の無いくらい、長文のメッセージが実祝さんから届いていびっくりするけれど……この所々に入っている“お姫様抱っこ”これは要らない気がするんだけれど……ひょっとして実祝さんはお姉さんにお姫様抱っこの話までしているんじゃないのか。
 むしろこっちの話が本題なんじゃないかって言うくらいに随所にちりばめられた“お姫様抱っこ”

宛元:優希君
題名:楽しみにしてる
本文:今日のデート楽しみにしてるから。愛美さんもお姫様抱っこ楽しみにしてて良いよ

宛元:優珠希ちゃん
題名:何度目なのよ!
本文:ちょっとアンタっ! 今度はお兄ちゃんに何を頼んだのよ! なんかお兄ちゃんが週末
   学校から家に帰って来たと思ったらわたしに向かって片膝をついて手を出してきたり
   “マドモアゼル”とか意味の分からない事ばっかりゆって来るんだけど!
    しかも今朝なんて朝から腕立て伏せみたいな事までしてるのよ。一体お兄ちゃんに
   何を吹き込んだからこんなおかしな行動に出るのよ!
   

 かと思ったらこっちも私がびっくりする内容なんだけれど。
 大体蒼ちゃんもお姉さんもなんて事を言ってくれているのか。お姫様抱っこだとか恥ずかしいからメッセージで書くのは辞めて欲しいんだけれど。もちろん言葉に出すのも駄目だけれど。
 もうちょっとこう、オブラートに包んだ言い方とか考えて欲しい。
 それに私は朱先輩やお母さん。それに優希君を信じた結果だって金曜日に説明したはずなのに、なんで私が恋愛マスターになってそれを蒼ちゃんが広めているのか。
 しかも私は優希君以外の男の人は知らないって何度も言っているのに、どうしてお姉さんまで私に聞けと言って来るのか。

宛先:実祝さん
題名:誤解!
本文:私は優希君しか男の人を知らないし、今回も周りの人の助言を参考にしただけだから、
   間違っても私を恋愛マスターだなんて呼ばないでね。
    それに実祝さんのお姉さんはお兄さんを射止めたんだから、私よりも確実に恋愛マス
   ターだよ。
    それからお姫様抱っこの件だけれど、私は優希君専用のお姫様だし、恥ずかしいから
   みんなには言わないでね。特に恋愛話の大好きな咲夜さんにはね。

 この誤解だけは急いで解いておかないとと思って返信を済ませるけれど、優珠希ちゃんの文句も酷いし放っておくとすぐに拗ねてしまう可愛さも持ち合わせているから困るのだ。

宛先:優珠希ちゃん
題名:今日がデートの日
本文:今日がデートの日なのにどうして昨日、一昨日の話が私の責任になるの? それに朝
   運動するのは健康に良いと思うんだけれどな

 だけれど優希君が何を考えてくれているのか分かるから、敢えて自分から火に入るような墓穴なんて掘らないように気を付ける。
 ……まあ私のために頑張ってくれた後の優希君の匂いは嫌いじゃないけれど……
 だけれど優希君も私専用の騎士様なんだから、やっぱり面倒臭い私がそのまま黙っている訳が無い。

宛先:優希君
題名:また言っちゃったの?
本文:せっかく今日のお姫様抱っこ楽しみにしていたのに。どうしよっかな? 何でも私に
   しかしないって言っていたのに、優珠希ちゃんにも何かのお誘いはしたんだってね。
   優珠希ちゃんから文句のメッセージが来てたよ。でも優珠希ちゃんも寂しがらせない
   ようにちゃんと大切にしてあげてね
追伸:金曜日は軽くてびっくりしたって言ってくれていたけれど、腕立て伏せをするって言う
   事はやっぱり私重かった? だったら私ももう少し痩せようかな? それともお姫様
   抱っこ諦める?

 もっとも今週はもう始まってしまっているから、諸々の事故を回避するためにして欲しい気持ちと、今週だけは我慢しようと言う気持ちが入り混じっているのは確かで。
 どっちにしても、私のお気に入りを例え妹の優珠希ちゃんでも誘うのだけは頂けない。しかも何が“マドモアゼル”なのか。聞きようによっては他の女の子に声を掛けたって取ってもおかしくない言葉なんだけれど。
 私専用の場所もそうだし、お姫様抱っこなんて私のアレコレが当たったり触れてもらったり、優希君の顔も間近に迫ったりするんだから、私以外なんて絶対イヤに決まっているんだからっ。
 私は面倒臭い一面を兄妹二人にしっかりと見せつけておいて、全員に返信させてもらった後、改めて朝ごはんの準備をしてくれている朱先輩のお手伝いに参加する。

宛元:優希君
題名:違うんだ!
本文:愛美さんは本当に軽い! そうじゃなくて間違っても愛美さんの前でカッコ悪い僕なん
   て見せられないからもっとスマートにカッコよく愛美さんを抱き上げたいだけなんだ。
   だから愛美さんがやせるとか、お姫様抱っこを諦めるとか、それは絶対嫌だから!
    それに愛美さんをカッコよくお姫様抱っこに誘う練習を優珠でしてただけな

だ!

 言い訳だらけの中に嬉しい想いも混じったメッセージに気付かずに。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       その全てが初めての中、少しずつ自覚して行く主人公
      「でもこの服は朱先輩の素敵なセンスの結果ですし……」
           好きだからこその感情に翻弄される
   「私たち、今年受験生なんですよ? それに服を買うにしたって――」
     それを全て分かった上で、全力で応援する主人公の“お姉ちゃん”

       「僕の方こそこれからもよろしく。愛美さん――」
    一方で一つの難局を乗り越えて、二人で想いを育む主人公たち

 「だから、これからも私だけを大切にして幸せにしてね。大好きだよ。優希君」

         次回 第214話 深まる想い、どこまでも
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