第215話 力の関係 Aパート

文字数 5,471文字


 確かに私は優希君のスッキリとした短髪を梳きながら、その寝顔を堪能していたはずなのにどうして私が優希君の顔を見上げる形になってしまっているのか。
 ついでにもう一つ確認させてもらうなら、どうしてここは図書館のベンチのはずなのに、私の置いてある頭の下は柔らかくて暖かいのか。
「おはよう愛美さん。いくら夏とは言え寒くなかった? 愛美さんは僕にとって大切な彼女だから体は冷やさないようにね」
 しかも何で優希君が私の顔を見下ろしながら顔を優しく撫でてくれているのか。
「……えっと私の騎士様?『!!』何をしているの?」
 まあ、頭が起きて来るにつれて今の状況を把握出来て来る訳だけれど。
「“お姫様”の寝顔、恐ろしく可愛かったよ『おひ――か、可愛っ?!』――もう少しでどうにかなってしまいそうだった」
 いやちょっと待って。どうにかなりそうなのは今の私の方なんだけれど。
 どうしてここに来て、優希君は私を“お姫様”扱いするのか。しかも寝顔って……まさかとは思うけれど私は優希君に思いっきり寝顔を晒してしまったのか。
 しかもこれは絶対寝ている間に、無防備に晒した“隙”を見つけて楽しんでいた鼻を伸ばした状態の優希君の顔だ。
 その証拠に、今も控えめすぎる私の胸部に視線を釘付けにしながら、私からの質問の答えじゃなくて私への感想を口にしてくれる優希君。
 大好きな人の前でいつの間にか寝顔を晒して、なんか分かんないけれど私をお姫様扱いしてくれて。その上、私が無防備な間に好き放題“隙”を見つけて楽しまれた感まである。そうなると、私の体が燃えるような熱を持つのは当たり前で、
「あ……」
 でもそれと同時に、本当に言葉通り私を想ってくれた優希君が、お腹が冷えないようにとかぶせてくれていたタオルがはらりと地面に落ちるのを目にして、すぐに冷静さが戻って来る。
「その様子だと寒さを感じてなくて良かったよ。復学してからお疲れ様」
 何がお疲れ様。なのか。どう考えても優希君の方が私が休んでいる間も奔走してくれて、疲れているはずなのにどうして当たり前のように、そこまで細やかに私を大切に出来るのか。
 私なんて優希君の寝顔を堪能して、一人勝手に優希君への気持ちをぶちまけるだけで、私専用の騎士様への気遣いなんて全く出来なかったのに。
 だから優希君に寝顔を晒してしまった事も、優希君に“隙”をどのくらい晒して、こっそりとどれだけ楽しんだかを分からなくても文句なんて言えないし、やっぱり喜んでしまっている自分もいるから、私の胸部に視線を置いたままだとしても嬉しいだけでやっぱり嫌な気持ちは全く湧かない。
 もちろんこれ以上優希君がエッチになってしまったら大変だから、早々に起き上がらせてもらうけれど。
「ううん。優希君の方が疲れていたはずなのにごめんね。でもありがとう」
 絶対私の方が大好きなはずなのに、優しすぎる優希君にモヤっとする贅沢を感じながら、優希君の膝枕から起き上がったところで、
「ちょっと優希君――」
「――ごめん愛美さん。やっぱりどうにかなりそうなのは我慢出来そうにない――」
 そのまま優希君に唇を奪われてしまう。
 でもどうにかなりそうだと言ってくれていたから、また優希君が凄い口付けで私の体がどうにかなってしまうのかと覚悟したのだけれど、
「――」
 舌を絡ませる以上の口付けはして来ない優希君に、逆に私の方がもどかしくなってしまって、優希君の唾液を下で掬い取った瞬間、いつの間にか私の太もも辺りに腕を回していた優希君が、私のお尻付近と合わせて軽々と持ち上げて優希君の太ももの上にそのまま置くと言うか、座らせてくれる。
 つまり今の私は、背中に回された優希君の腕を背もたれに、優希君の太ももの上に真横から座った状態だと言った方が分かり易いとは思うのだけれど、こう言うのをなんて表現するのか。
 太ももに頭を載せて寝転がせるのを膝枕と言うのなら、膝座りとか太もも座りとでも言うのか。あ。座ったままのお姫様抱っこと表現するのが一番分かり易いのかな。
「今日こそ誰の邪魔も入らない愛美さんとのデートで、こんなにもきれいで可愛い愛美さんの顔を近くで見られた上、愛美さんの温もりまで感じられて僕はすごく嬉しいよ」
 ただ私の方はそれどころじゃ無かったりする。もちろん言いながら私に口付けをしてくれるのも、優希君の匂いに包まれるのも、まるで座りながらのお姫様抱っこと取れなくもないこの体勢。
 もちろん私としては嬉しいし、大歓迎ではあるのだけれど、私のお尻が優希君の太ももに直接触れてしまっているのだ。
 もちろん優希君相手だから間違っても嫌な気持ちが沸くとかは無いけれど、うっかり寝顔を晒してしまっていたから頭の中から抜けてしまっていたのだけれど、今日も朱先輩からの激励とブラウスの想いを引き替えにしたワンピースなのだ。
 だからなのか私の至る所に優希君から熱のこもった視線を受けて今間の感覚とは比べ物にならないくらい体は熱いし、お腹の感覚も“きゅん”を通り越して“じゅん”とする。
「あの。優希君。みんなが見ている前だとさすがにとっても恥ずかしいから、自分で座りたいな」
 もちろん私だって優希君の背中に腕を回しているわけだからあんまり説得力はないかもしれないけれど、恥ずかしいは恥ずかしくても、まだ朱先輩から私から優希君への想いだって教えてもらっているからかろうじて耐えられる。
 私の優希君への大好きは、恥ずかしさをも、その感謝の気持ち愛おしさも含めて超えつつある。
「……ひょっとして愛美さん。この体勢嫌だったりする?」
 だけれど、本当に本当に。間の悪い事に、昨日くらいから私の体が何度も主張しなくても分かっているのに“自分は女の子だ!”って主張を今回も始めているのだ。
 万一独特の匂いとかで優希君にバレたら、しばらくは優希君と顔を合わせられる気がしない。そんな事になったら私も寂しくてどうにかなってしまうのは普通に分かる。
 なのになんて寂しそうな表情をするのか。もちろんその表情も優希君から私への大好きがたくさん詰まっている結果なのは今更だけれど。
「そんな訳ないよ。これもなんだかお姫様抱っこみたいで嫌いじゃないよ」
 ただこれはこれで色々と“隙”に関しても気を付けないといけないけれど――って、そうじゃなくて。
 今月の主張もさることながら、今の私の状態で優希君からすごい口付けをされたらどうなるんだろう。
 その先の想像すらできない状態なのだ。
「だったら僕の彼女は愛美さん一人だけなんだから、今日の残りのデートの間は僕の膝の上で過ごして欲しい」
 なのにすごい提案をしてくる優希君。いや、その視線の先からしてただエッチな優希君が顔を出しているだけだと思うけれど座りやすいようにとの配慮だと思うけれど、私のお尻に合わせる辺りでもぞもぞと太ももを動かしてくれる。
 最近の優希君は、私に対するエッチさに歯止めが無くなってきている気がするんだけれど。
「……これで愛美さんも座りやすくなった?」
 いや。それよりも図書館内での勉強は良いのか――まあ。今日は優希君とのデートだから良いのかもしれないけれど。
「うん。確かに座りやすくはなったけれど、私のお願いは聞いてくれないの?」
 やっぱり優希君なりの気遣いだったのか。まあエッチな優希君もそのまま顔を出しっぱなしだけれど。
 それでも今、私が瀕している危機は優希君の気遣いでどうにかなる話じゃない。
「嫌だ!『っ!!』今日のデートは僕が愛美さんと触れ合いたいんだ」
 これだけくっついて口付けもしているのに、やっぱり勘違いしてるっぽい優希君。だからこそ理由を言えない分だけ気付かれていないと分かるホッとした安堵感も広がるけれど、優希君の想いも無駄にしたくない。
「そんなの私だって同じ気持ちだよ。でもやっぱり恥ずかしいの。だからこう言うのは二人きりの時だけで――だからせめて手を繋ぐとか、腕を組むだけじゃ駄目?」
 私の不用意な一言に、いよいよ鼻息まで荒くした優希君を見て大慌てで言葉を差し替える。
 こっちだったら万一悲惨な事故も無ければ、万一の場合にもすぐにお手洗にも駆け込めるし。もっとも優希君は何を想像してくれていたのかものすごく残念そうにしているけれど。
「……愛美さんからお姫様抱っこは好きだって言ってくれたのに……実は好きじゃ無かったりする?」
 それでもこの主張のわずらわしさを理解してくれない男の人。もちろんこれは体験しないと分からないわけだから、男の人には分かりようが無いのは理解出来るけれど……
「そんな訳ないよ。優希君に守ってもらえた上、包まれている気分にもなれるお姫様抱っこは大好きだよ」
「じゃあどうして僕から離れたがるの? この抱っこが中途半端だから? だったらちゃんと立ち上がってお姫様抱っこするよ?」
 今気づいたんだけれど、なんか私の気持ちを正直に言う程、今の私の状態を伝えないといけなくなっている気がするんだけれど。
 ただいくら優希君相手に秘密を作らないと言っても、こんな話何かの罰ゲームだったとしても言えない。
「それともスカートの中を気にしてるなら、この長さだったら他の男からは絶対見えないようにするし、万一の場合は僕が隠すから」
 だからなのか、今度は私の首元を見ながら優希君がおかしな方向へと話を持って行く。
「優希君。私は優希君以外の男の人に“隙”を見せたくも“粗相”もしたくないの。だから今日は許して欲しいな」
 だけれど本当の理由を話さないで、何とか今の状況をやり過ごせると言うのなら、優希君からのお姫様抱っこは正直ものすごく惜しいけれど是非もなくその理由に飛びつかせてもらうけれど、
「……それって言い換えたら、僕だけは愛美さんの“隙”を見せてもらえる……と言うより、僕だけが愛美さんの彼氏だから好きなだけ見ても……」
 三度気付くも遅し、私の失言に近い言葉につばを飲み込む優希君の視線が、あからさまに変わる。気付いた時にはもう私が致命的な言い回しをしてしまったおかげで、優希君の視線が私の腹部とスカート越しの足と言うか太ももに、荒くなった鼻息と共に熱のある視線を向けられる。
「……優希君? 言っとくけれど優珠希ちゃんの“ハレンチ”“腹黒”発言の訂正はしてくれていないよね? 私との約束。覚えてくれている?」
 今の優希君の視線にさらされ続けているのもマズいと判断した私は、土壇場で思い出した優珠希ちゃんとのやり取りを盾にさせてもらう。
「でも僕もどんな愛美さんでも大好きだって伝えたし、僕も愛美さんの仲間になりたいって言ったけど」
 だけれど私の盾なんて一蹴してしまう優希君。
 何となくいつも通り私が追い込まれている気もするんだけれど。
「それに愛美さんの一番の親友でもある蒼依さんも、僕が愛美さんに男を教えるのは納得もしてくれていたし」
 気がするんじゃなくて、確実に追い込まれているし……蒼ちゃんのせいで。 (210話)
 それでもなんて言うのか、私一人との“そう言う先の事”の為にそこまで一生懸命になってくれるのはやっぱり相手が優希君で私も意識し始めているだけに嬉しい。
「でも“そう言う先の事”は二人でゆっくり話して行こうねって、お互い何回か確認し合っているよね。なのに大切な親友とは言え、蒼ちゃんの気持ちを優先するんだ……ふぅん」
「ち?! 違うんだ! 蒼依さんは僕よりも愛美さんをよく知ってるから耳を傾けるだけで、愛美さんの気持ちが一番大切なのは言うまでもなく当たり前だから!」
 私が本格的に優希君の腕、太ももから逃れようともがき始めると、腕に力を入れてくれた上に焦った声で言い訳もしてくれる優希君。
「じゃあ今日は私のお願いを聞いてくれるの?」
 いくら優希君相手でも、これ以上はバレる危険も高まって来るからそろそろ畳みかけさせてもらう。
「だったら僕のお願いをせめて聞いて欲しい」
「分かったよ。じゃあお互いのお願いを一個ずつ聞くって形だね」
 だけれど

の気持ちがあってこそなのだから了承したはずなのに、なんか優希君の目が怪しく光った気がする。
「ありがとう愛美さん。だったら僕からのお願いはこれだから――愛美さんの首、失礼するね」
「――って、え?! ちょっと優希く――っ?!?!」
 かと思ったら座った状態のお、お姫様抱っこの状態で、優希君の匂いに包まれて私の体中が熱をもって敏感になっているのに、私の首元で大きく息を吸ったかと思えば、私の中の何かが弾けるとともに目の前が一瞬真っ白になる。
「ありがとう愛美さん。でも次の機会にはちゃんとお姫様抱っこをさせて欲しい」
 言いながら全く力も入らなくなった私をベンチに置いて、開放してくれたんだろうけれど、そのまま“すぐに戻るから”と一声だけかけてどこかに行こうとする優希君。
「ごめん優希君。なんだか分からないけれど、身体に力も入らないから出来れば近くにいて欲しいの。離してと言ったり近くにいて欲しいとか言ってごめんね」
 だけれど私も火照り切った体と、なんだか分からない体の内側から弾けそうな感覚が何か分からなくて怖いから、優希君に側に居て欲しくて声を掛ける。
「! 気付けなくてごめん。それじゃ今度は隣、失礼するね」
 言いながら私の言葉に驚いた優希君が、少しだけ申し訳なさそうにでも嬉しそうに再び腰を落ち着けて、私の肩に腕を回してくれる。

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