第216話 解け始める同調圧力 Aパート

文字数 4,762文字


 何となくお母さんを気にしながら自分の部屋へ帰って来ると、

宛元:理沙さん
題名:三人で話しました
本文:こんな結果になってからではありますが、彩風が少しずつ戻りつつあります。それで
   明日一緒に昼の予約をお願いしたいんです

宛元:彩風さん
題名:すみませんでした
本文:愛先輩に酷い言葉をたくさん言ってしまいました。今更遅すぎるのは分かってますが、
   赦して頂けなくても良いので愛先輩に謝りたいです。明日いつでも良いのでお時間頂け
   ないでしょうか

 後輩二人からのメッセージ。しかもその内の一通はあの金曜日、本当の土壇場になってから、冬美さんの名前を温かみのある声で呼びかけた彩風さんだ。

宛先:彩風さん
題名:もちろん
本文:そしたら明日のお昼、二年の方に行くから久々に四人食べよっか。私に対しての言葉と
   かは何も気にしなくても良いからね

宛先:理沙さん
題名:お疲れ様
本文:同じようなタイミングで彩風さんからもメッセージが来ていたから、明日のお昼休みに
   二年の冬美さんの教室へ向かうから、明日色々なお話を聞かせてね

 ただ、この週末どう言う話をしたのかまでは分からないから、明日理沙さんたちの話を聞いてからでないと、彩風さんの印象もそうだし、教頭先生の課題もあるから何とも言えないのだ。
 そして残りの一人、特に私お気に入りの後輩からの連絡が何もないのが悩ましい。しかも金曜日優希君がしっかり断ってくれたのだから、傷心を気遣って、私からは余計な連絡はしないと決めてしまっているから、余計にヒトシオなのだ。
 ただ日にち的にも後が無いのだから、この三人には仲直りを済ませて頂かないとゲームオーバーになってしまう。
 私は半分祈るような気持ちで、二人の後輩に返事を済ませて残るは蒼ちゃんへ。朱先輩からたくさんの想いと優しさのつまったブラウスを目の前にして電話をする。
『この週末はお菓子教室とお料理教室。どっちも楽しめた?』
 この電話ではいつも私の話ばっかりだったから、今日は初めに蒼ちゃんの話を聞かせてもらう。もちろん学校の話なんて避けて。
『うん。どっちも参加出来たよ。特に和菓子なんて作った事なかったから、扱う道具から材料まで全てが新鮮だったよ』
 やっぱり蒼ちゃんは料理が好きなんだと分かる。それくらい蒼ちゃんの声が楽しそうなのだ。
『それじゃおじさんとおばさんは?』
『何かを言いたそうにはしてるけど、私に不調が見当たらないから何も言えないみたい』
 久しぶりに耳にする蒼ちゃんの弾む声。つまりおばさん達は蒼ちゃんには何も言っていないって事なんだと理解するけれど……ひょっとしておばさん達は蒼ちゃんに学校側の話をする機会を窺っているのかもしれない。
『愛ちゃんは空木君と仲良くしてる? ケンカしてない? あれから会長の連絡も大丈夫?』
『うん。今日もデートして来たしケンカなんてしていないよ。それに朱先輩や優希君。それにお母さんが言ってくれた通り、本当にあれから一切の連絡もないよ』
 むしろ今まで完全に忘れていたくらいだ。もっとも私にとっても優希君にとってももう関係のない人で、思い出す理由もないのだけれど。
 それよりも優希君の件に関しては優珠希ちゃんに絶賛嫉妬中だから、これだけは何とかしないといけないけれど。
『……愛ちゃん。約束通りブラウスの人から、ブラウス預かった? どうせブラウスの人とも会ったんだよね』
 私が朱先輩の名前を出したからか、蒼ちゃんから例のブラウスの話を切り出して来る。
『うん。預かって来たよ。でもこのブラウスは――』
『――じゃあ明後日の火曜日、病院だからその時に預かるね』
 だから朱先輩との想いを伝えようとした矢先に、蒼ちゃんが言葉を引き継いでしまう。
『蒼ちゃん聞いて。このブラウスは朱先輩と私を繋ぐ、本当に大切な一着なの。出来るならば朱先輩の想いが目一杯詰まったこのブラウスを着て卒業式を迎えたい「……」って思っているくらい大切なの! なのに大切な無二の親友に無碍にされたらいくら蒼ちゃんでもこのブラウスは渡せないよ……』
 それがとても悲しくて、とても寂しくて。朱先輩のイヤイヤの仕草が目に焼き付いて、私の胸をも締め付ける。
『――愛ちゃん。結果としては大事に至って無かったかもしれないけど、こんな短期間に続けて二度も男の人に乱暴されたのには変わりないの。それにほんの少しでも私たちが屋上に駆け込むのが遅かったら、今度こそ取り返しがつかなくなってたかもしれないの。
 私にとって愛ちゃんは、絶望と言う非日常から手を差し伸べてくれた、とても大切な人なの。なのにその愛ちゃんを誰がどう見ても敢えて危険な目に遭わせたの。愛ちゃんなら分かってくれるよね』
 そんなの分かる訳が無い。それだったら私のお母さんだって優希君だって一緒でないといけないのに、どうして朱先輩だけがそんなに悪者になってしまうのか。朱先輩だけが私を危険な目に合わせた認識になってしまうのか。
 これじゃおばさんが蒼ちゃんにしたのと同じだ。
『だけれど本当にあの人からの連絡は一切無くなったし、優希君も冬美さんをしっかりこれ以上ないくらい断ってくれた。その上お互いが“大好き”の見せ方、伝え方も学べた。確かに怖かったけれど、私のお母さんも優希君もそれで良いって言ってくれたんだよっ!?』
 正直言うと蒼ちゃんの言いたい事も分からないではない。だけれど男の人だってそんな人ばっかりじゃないし、何より朱先輩ほど優しくて、私の心を理解してくれる人なんて他にいない。
『……愛ちゃん。ブラウスは責任を持って私が直すから、火曜日に渡すって約束して』
『今の蒼ちゃんじゃ渡せない「!」だから、火曜日にもう一回じっくりと、今度は顔を見て話したいよ』
 だけれど私にとって蒼ちゃんもまた、断金へと至った本当に唯一無二の親友なんだからどうしても分かって欲しい。
 やっぱり蒼ちゃんだけはどうしたって特別なのだ。
『分かったよ。そしたら火曜日、改めて私の気持ち。分かってもらうね』
 私のハッキリとした意志に対して、たっぷりと時間をかけて自分の心音が耳に付いた頃合い、返事をくれるけれどそれは私の期待した返事ではなくて。
『……それだとこのブラウス。安心して蒼ちゃんに預けられないよ……』
 蒼ちゃんはやっとの思いで返事をしてくれたんだろうけれど、その答えはどうしても冷たくて、寂しくて……私の口からは肯定できなかった。
『今はそれでも良いよ。どっちにしても火曜日。会おうね』
『……うん』
 ただそれを抜きにしても、親友の蒼ちゃんに会いたいに決まっていたから、返事だけはして通話を終える。
 せっかく今日は朱先輩の家から始まって、妹さん事件はあったけれど優希君の寝顔も見られたとても幸せなデートで帰って来てからも、お母さんが朱先輩を招待してくれる話もあったのに……それでも蒼ちゃんが私を心配して心を痛めてくれたのも分かるから、嫌な気持ちも沸いてくれなくて。
 私は完全に自分の感情を持て余したまま、明日に備えて布団へと入る。


宛元:優珠希ちゃん
題名:クレーム!
本文:昨日帰って来るなりお兄ちゃんに文句をゆわれたんだけど。なんでアンタのハレンチに
   協力したはずのわたしがお兄ちゃんから文句をゆわれないといけないのよ。しかも最近
   お姫様抱っこの練習とかゆって、わたしを担ぎ上げようとするんだけど。昨日からの
   お兄ちゃんはそうゆう事だったのね! アンタは最近お兄ちゃんに何させようとしてる
   のよ! 
    それにお兄ちゃんがあんたと二人きりになりたいとか、そうゆう方法を教えてくれ
   とか。アンタ。ハレンチにも程があるわよ! いくらお兄ちゃんの彼女だからって、
   少しは恥じらいとか慎みを持ちなさいよ!
追伸:しかも昨日、園芸部に来なかったじゃない! あの狡猾女もどうするのよ!

 昨日は蒼ちゃんとの電話のせいで寝つきが良くなかったのに、今朝は今朝で優珠希ちゃんからのメッセージで起こされる事に。
 今日とか明日とか一番辛いのに、なんで叩き起こされてまで文句を言われないといけないのか。
 むしろこっちとしては、毎回毎回私たちのデートに出て来る優珠希ちゃんに文句を言いたいくらいなのに。

宛先:優珠希ちゃん
題名:喧嘩
本文:お兄ちゃんとは喧嘩中。それに優珠希ちゃんにも嫉妬しているんだからね。
    それでも優希君が私以外の女の子にお姫様抱っこをしているのを教えてくれてありが
   とう。せっかく優珠希ちゃんが傷テープまで用意してくれて、お弁当にも優珠希ちゃん
   は手を出さないって言ってくれて、デートの時に他の女の子は駄目だって認めてくれた
   上、優珠希ちゃんの言うハレンチまで認めてもらえそうだったのに、しばらくは何も
   ナシだね。
    私以外の女の子にお姫様抱っこなんて言う浮気をしたんだから喧嘩くらいはするよね

 だから詰め込めるだけの皮肉を詰め込んで一度階下へと向かう。

 今日は通常出勤だったのか、私がリビングへと顔を出したのと入れ替わりで、寂しそうな表情をしたお父さんが出て行く。
「お父さんお仕事頑張ってね」
「もちろんだが、何かあれば父さんにも連絡くれな」
 そのお父さんがあまりにも寂しそうだったから、一声かけたら少しは元気になってくれたみたいだ。ただ今週はどこかで一度電話くらいはした方が良さそうではあるけれど。
 お父さんを見送った私は、改めてお母さんのいるリビングへと足を踏み入れる。
「おはよう愛美。お父さんに挨拶は出来た? お弁当はもう作ってあるからそれ持って行きなさいな」
 そこには昨日の雰囲気を全く感じさせないお母さんが。
「ありがとうお母さん。昨日は少しくらいお父さんとお話出来たの?」
 私の話で、本音と共に声色まで変えたお母さん。慶も大切な家族だから放っておく訳にはいかないけれど、それはお母さんも同じなのだ。
 そう言えば昨日慶とお父さんはどんな話をしたんだろう。いくら同じ家族とは言っても、ワザワザ別室に変えての男二人の話。無粋だと分かってはいても気にはなってしまう。
「昨日はお父さん。慶久と一緒に寝たみたいよ『それって――』――でも、お母さんも少しゆっくりと一人で考えてみたかったからこれはこれで不満も何もないのよ」
 それがお母さんの本心ならそれでも良いけれど。
 でも昨日のお父さんもまた、普段とは違ってキリッとしていたから文句は無かった事にしておく。


 それからはあんまりゆっくりして、今日の待ち合わせに遅れたら、既に朝の時点でご機嫌が斜めそうな優珠希ちゃんにまた何を言われるのか分からないから、

宛元:冬美さん
題名:いい加減にして下さい
本文:なんで岡本さんはいつもいつもワタシを巻き込むんですか。朝から中条さんより“なんで
   いつも雪野が中心なんだよ”って文句まで頂いたんですけど。
    そもそもワタシ今日のお昼の話なんて伺ってません。少しくらい独りにさせて下さい。

 来た冬美さんのメッセージに対して

宛先:冬美さん
題名:ごめんね
本文:冬美さんとのお昼がいつも楽しくて、ついつい今日もその延長にしてしまっていたの。
   もし冬美さんが不快だったら私から二人に頭を下げるよ。それじゃお昼楽しみにして
   いるね

 傷心だろうからこっちはそっとしておこうと思っていた所に、まさかの文句のメッセージだったから、気遣いを無駄にした冬美さんにも目一杯の皮肉を混ぜて返信してから、少し急ぎ足で待ち合わせ場所へと向かう。
「愛美ー! お弁当!」
 ……今日と言う今日はリップを辞めて、お母さんの手作りのお弁当を手に持って。

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