第216話 解け始める同調圧力 Cパート

文字数 4,522文字

 先生が来るまでのわずかな時間、

宛元:冬美さん
題名:分かりました
本文:ワガママで頑固な岡本さんには、何を申し上げても無駄でしょうから諦めます。です
   から何も申し上げませんし謝らないで下さい。ただワタシだけじゃなくて中条さんにも
   言うなりなんなりして下さい。でないと中条さんからの僻みもすごいんです。

 冬美さんからの返信に目を通して、私は最後の作戦に過程を進める。
 私が頭の中で間近に迫った月末の9月30日(水曜日)までの動きをまとめ上げたところで、朝礼の為に先生が入って来るけれど、朝礼での連絡

①週末の部活の交代に関しては、概ね問題は無かったから次週以降もこれで行く
②週末の図書室、談話室の開放も好評だったから、今年度の受験が終わるまで来年の三月まで
 は実施する
③前に一度だけ触れた全統模試を、10月中旬に行う

 これらを話している間、ずっと私を見ていた。
 当然その視線に咲夜さんが気付かない訳が無くて、久々に見るあの“悪い笑み”を浮かべながら私を見て来るのを
「……」
 九重さんと実祝さんが視線だけで、諫めていたのはものすごく印象的だった。
「それから岡本……と、事情を知ってそうな夕摘と月森も少しだけ良いか?」
 その巻本先生が、朝礼を終えると同時に、私と二人を廊下へ呼び出す。

 呼ばれた私と、驚きの表情を浮かべた実祝さん。それに咲夜さんが廊下に揃ったところで
「金曜日の放課後、何があったんだ?」
 先生にしては珍しく何かがあったのを前提で断定して来る。
「えっと。むしろ何があったんですか?」
 だけれどあの人の気持ち。人として最低限それだけは守ろうとは決めていたのだけれど、ひょっとして統括会の人間が最終下校時刻を超えてしまったのがバレたのか。それともあの後どうしたのか知らないあの人自身が原因なのか。
「あのな岡本。岡本の性格だから何とか丸く収めようと考えたと思うけど、この週末匿名で、女子生徒から男子生徒が乱暴されたって連絡があったんだ。この内容に心当たりはあるか?」
 私が考えていた所に先生がズバリを言い当てて来るけれど、あの場面を誰かに見られていたのか。そもそもその男子生徒と女子生徒が私とあの人だってどうやって分かったのか。
 ただ先生が断定して来たって事は、学校側にはある程度情報が入っていると思った方が良いかもしれないと思って、
「はい。私が会長の――」
「――愛美。待つ。先生は愛美が理由もなしに手を出すと思ってるなら、先生は駄目。蒼依にすぐに報告」
 私が肯定しようとして、実祝さんにしては鋭く私を止めて、相手は蒼ちゃんになのか、そのまま本当にメッセージを打ちこんでしまう。
「先生は愛美さんが受けた暴力も何も聞かずに、あの会長の話を鵜呑みするんですか? ――九重さんごめん。ちょっと来て欲しい」
 しかも咲夜さんに至っては今朝、話したばかりの九重さんを呼んだ上、一歩前へ出て先生と向き合う。
「ちょっと待て。確かに俺もあいつには腹立ってるし、お前らの言いたい事は分かるが、匿名での連絡と言うのは、倉本の親からであって倉本本人からじゃない。だから少し落ち着け」
 そうか。確かに女の子であろうが男の人であろうが、自分の子供の顔が赤かったり形が変わっていたりしたら、普通の親なら心配するか。
「どうしたの月森さん。って言うかあの会長、うちらの“おてんば姫”にまだ文句付けてんの?」
 ただそれよりもこの話。このままだと大きくなってしまうんじゃないのか。
 って“おてんば姫”ってどういう事なのか。まさかこれもこのまま定着するのか。
「九重。お前も事情を知ってるのか?」
「知ってるも何も、うちらのクラスはあんな会長なんてどうでも良いって言ったのに、先生は自分のクラスの生徒を信じないんですか? うちらの“おてんば姫”もそうですけど、まだ戻って来てない(つつみ)さんとか、先生がこのクラスの誰よりも状態を把握してるんじゃないんですか?」
「――はい先生。蒼依からの返信メッセージ

“分かった。教えてくれてありがとう祝ちゃん。女の子の恐怖を分かってくれてないあの先生は駄目だね。とてもじゃないけど愛ちゃんを任せておけない。だから今から私が学校に電話をかけて全て話すよ”

 との事。蒼依は愛美に関しては特にすごく厳しい。もう諦めた上で覚悟した方が良い」
 しかも私が一言も挟む間もなく、話自体完結しそうになっているし。
 これじゃあ私

満足に先生の応援が出来ない。
「……ちなみに私があの人を叩いたのが問題になるのなら、私のお母さんが直接先生に厳しく抗議するって言ってましたけれど……先生は何が聞きたいんですか?」
 私は先生に“しっかりして下さい。頼り甲斐を見せて下さい”と言葉にメッセージを託す。
「俺が聞きたかったのは、本当に岡本から手を出したのかと、どう言ういきさつでそうなったのかを確認したかったんだ」
「それでしたら私から確かにあの人に全力のビンタをかました上、頬を

殴りました。ですがそれはあの人が統括会で幾度となく後輩の女の子に声を上げて怒鳴り、涙させた上、全ての責任を後輩に擦り付けたのに心から腹立った私が、最後にあの人に対して全ての不満をぶつけて、ビンタして殴って涙させてやりました」
 蒼ちゃんからも行っているであろう事実と私の気持ち、ここまで読んでいたのか、お母さんに対する驚きとその覚悟と共に。
「思った以上にややこしくて全ては把握できてないが、取り敢えずは分かった」
 いや、それは分かったとは言わないんじゃないのか。
「それから先生。先生は今、少しずつ変わり始めているクラスの雰囲気は把握されているでしょうから、今のクラスに水を差すような言動は辞めて下さいね」
 依然空席の目立つ教室内だけれど、最近間延びする声が増えて来ている先生。その中に笑顔も混ざり始めているのだから無意識にでも分かってはいると思うのだけれど。
「わ。分かった。岡本の願いだからそれだけはしっかりと気を付ける。それで岡本のお義母さまに――いや! 今の話で頼む」
 今は教室内での話をしていたはずなのに、またみんなの前でお母さんの印象を気にし始める先生。
 本当にだいぶ初めの頃に優珠希ちゃんに言われたけれど、この先生は誰が好きで誰に気を遣っているのか。 (53話)
 もちろん私は優珠希ちゃんとは違って、応援するだけって決めているのだから、こんなのを教えるつもりは無いけれど。
 さすがに今のままだと私にとっては、先生としてはとっても良い先生にはなって来ているけれど彼女が出来るのは当分先になりそうだ。
 でも優希君を不安にさせる訳にはいかないから、男の人――先生――を本気にさせる訳にはいかない。
 だから先生の苦手そうな教頭先生の存在を思い出してもらうために、
「先生。蒼ちゃんからの抗議の電話は、教頭先生の耳にも入るでしょうから

“女の子を散々盾にして逃げ続けて来たんだからこんなしょうもない、情けない理由で逃げるのは私も含めて、統括会の誰も認めも赦しもしない”

って教頭先生に伝えてもらっても良いですか?」
 伝言をお願いする。
「……分かった。教頭には伝えておく」
 だけれど私の予想とは違って、先生は嫌そうな表情ではなく、本当に悔しそうな表情を浮かべて踵を返して職員室へと向かって行ってしまう。
「なんか分かんないけどすげぇ……あの先生。完全に愛美さんの尻に敷かれてるじゃん」
 かと思ったら今度は咲夜さんから失礼な一言。
 だけれどそれよりも今回は実祝さんだ。
「実祝さん。どうして先生の笑顔を消してしまうようなメッセージを蒼ちゃんに送ったの? 先生だってこのクラスの一員なんだから、このクラスから笑顔が減るんじゃないの?」
 しかもあんな人でも、その心だけはさらけ出すのも他人がとやかく言うのも良くないのに。
「そうは言うけど蒼依に秘密は作りたくない。愛美だって親友に秘密を作るのは好きじゃないはず」
「あたしからも言わせてもらえば、愛美さんは蒼依さんの心配する気持ちは分かるはず」
 でも今度は咲夜さんが実祝さんをかばう。
「岡本さんの言いたい事もなんとなく分かるけど、気持ちで言えばうちもクラスのみんなもよく似た気持ちだよ。それくらいは理解しても良いんじゃないかな」
“防さんからのメッセージでもありがとうって来てる訳だし”と付け加える九重さん。
「それに後から知ったら蒼依は絶対怒る。特に愛美の話、男女関係なら尚更厳しい」
 まあ。ブラウス一枚とは言え、大切な一枚でこんななっているくらいだから、その想像自体は簡単に出来てしまう。
「……分かったよ。じゃあこれ以上は何も言わないけれど、これ以上話を広げるのは駄目。それだけは約束して」
 冬美さんの恋心――女心――を晒す訳にも、後輩の失恋を広げる訳には間違っても行かないから。
「ん。了承。やっぱり愛美は最後には赦してくれる」
「……本当に岡本さんって何でも赦すのね。むしろこっちの方がハラハラしてしまうわね」
「だから空木君も蒼依さんも、愛美さんだけの特別になれたんだと思う」
 私は三人の会話に敢えて返事をせずに教室内へと戻る。

 ――――――――――――――次回予告(217話)―――――――――――――

 あれだけ一番の親友から友敵の話と想いを聞かされて、一晩経った朝。あまり眠れなかったのか蒼依の目が赤い。
 それでも愛美の親友として、昨夜はかなり厳しい言葉もかけたけど少しでも期待に応えようと、なんだかんだ言っても、愛美の弱点を知ってる蒼依は明日には受け取れるであろうと分かった上で、ブラウスの修繕のための段取りや準備をアレコレ考えてると

宛元:祝ちゃん
題名:担任
本文:あの会長が、愛美に手を出されたって難癖付けて来た。酷い。このままだと愛美が全部
   責任を認めてしまう。どうしたら良い?

 朝から考えられない内容のメッセージが実祝から届く。
「愛ちゃんに難癖って……一体あの会長はどう言うつもりなの?」
 その意味の分からないメッセージに、昨日よりも酷く感情が乱れる。
 ただ、愛美が言ってた通り自分だけは綺麗なまま高みの見物で、女の子を泣かせようとしていると分かっただけだった。
 でも蒼依にとって愛美の存在は誰よりも特別なのだ。だから実祝から会長の話を聞いた蒼依の心に迷いは一切見られなかった。
 ――だったら私が金曜日の出来事を全て学校側に話そう――
 自分の身体を文字通り全てを張って、助けてくれた唯一無二の親友。愛美。公欠中だろうが何だろうが咎められる事なんて、すぐに度外視となる。

宛先:祝ちゃん
題名:学校に私から言うよ
本文:分かった。教えてくれてありがとう祝ちゃん。女の子の恐怖を分かってくれてないあの
   先生は全く駄目だね。とてもじゃないけど愛ちゃんを任せておけない。だから今から
   私が学校に電話をかけて全て話すよ

 ほんのわずかな時間どうするのかを考えた後、初めから決まってたかのようにメッセージの返信を済ませる蒼依。
 その後蒼依は母親に内緒で、携帯から直接学校に電話をかける。

            ――その内容は――

          次回 第217話 親友の援護
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み