第217話 親友の援護 Cパート

文字数 6,484文字

 午後の授業も終わった終礼までの隙間時間、本当なら私の方が蒼ちゃんの件について聞きたかったのだけれど、どうにも九重さんの元気が無くなっているようにも見えてしまう。
 気になった私が声を掛けようかと迷っている間に、予定よりも早く来た先生によってそのまま終礼が始まる。
 ただ今回に限っては何も連絡事項はなかったのか、先生は一人暮らしでありそこそこ間取りの大きなマンションか何かに住んでいるから、部屋だけは余っていると言うよく分からない雑談だけで終了してしまう。
 じゃあ何のためにいつもよりも早く教室へ来たのかと考えようとしたところに
「それじゃ少し早いけど解散! そして岡本。悪いが一度職員室へ来てくれ」
 朝の続きかと合点して、待たせるかもしれない冬美さんに、遅れるかもしれない旨の連絡だけをして、先生の後へと続く。
 いや、悪い笑みを浮かべた一人の友達と、二人の友達に見送られながら職員室へと向かう。

「朝に続いての呼び出しスマンな。それで金曜日に何があったのか改めて教えてくれないか?」
 職員室内、いつものパーティション内で、前置き無しで本題に入る先生。でも今日に限っては私の膝や足には視線を感じない。
「今朝少しお話した通り、金曜日にあの――……会長から統括会の後、告白に呼び出されて『告白って……』断られた腹いせに、私の友達や後輩たちに怒鳴ったり、悪口を言われたので腹立った私がビンタをかました上で殴りました」
 だから私も前置きも何の茶々も挟むことなく、先生の質問に答えるけれど
「ちょっと待ってくれ。告白って……まさか岡本、その告白受けたんじゃ――」
「――何でそうなるんですか? 大体告白を受けた相手にビンタとか殴るとか話がかみ合わないじゃないですか」
 先ほどまでの先生は完全に影を潜め、ソワソワと、あ――私の足に視線をやるし。
「いやそうかも知れんが、あの倉本って時々岡本を狙って姿を見せてた奴だろ?」
「そうですけれど私、怒鳴ったりする男の人って怖いので嫌なんです。だから恋愛から少し離れて下さい」
 それにここは職員室内だけれど、こんな話をしていても大丈夫のか。パーティションだけなんだから声は筒抜けになるんじゃないのか。
「?! 分かった。取り敢えず岡本にまだ彼氏がいないのは分かった。で。さっきの話の続きだけど腹立って殴ったって……それに、それだけじゃないんだろ?」
 私に彼氏がいないのは分かったって……それって先生の恋情が無かったらセクハラになると思うんだけれど……まあ、これ以上は今は言わない方が良いのかもしれない。それよりも嫌そうな表情を浮かべる先生だ。
「じゃあ先生は何ですか? 友達や後輩の女の子が怒鳴られたり文句言われたりしているのを黙って見とけって――」
 こっちだって男の人は怖いってさっきも言ったばかりなのに……どうしてその気持ちを分かってくれないのか。
「――ああ違う。俺の言葉足らずだった。“それだけじゃない”って言うのは、岡本自身に対してって事だ。今朝、あの後(つつみ)から学校側に連絡があって、あらかたの話は聞いた。その裏を取るためと言うのか確認のために呼び出したんだ」
 ムッとした表情と共に文句を叩きつけたら、そうか。本当に蒼ちゃん。学校側に話してくれたんだ。
「だから今更隠さずに話してくれ」
 その蒼ちゃんがどこまで言ってくれたのかは分からないけれど、蒼ちゃんの電話が嘘にならないように、蒼ちゃんの性格だったらそのほとんどを喋ってくれているだろうから、こっちもほとんどを喋ってしまう。
「それはかまいませんが、公欠中に学校に来た蒼ちゃん――蒼依への処分とかは――」
「――それも気にしなくて良い。そもそも学校側には匿名で連絡があった事になってるから、その人物の特定も何もする気はない。ただ学校側への情報提供に感謝して、今度お礼くらいはしようかって言うくらいだ。だから安心してもらっても良い」
 さすが先生。蒼ちゃんを大切に扱ってくれているのが伝わって私も安心して金曜日の出来事を詳細に話すことが出来そうだ。
「分かりました。でも最後に。この話自体は解決しているのであまり知られたくない話なんかもあります。だからその分の配慮もお願いしますね」
 もちろんあんな人なんてどうでも良いから包み隠さず全て。

①統括会終わりに二人きりになりたいと言って連れ出された
②その際に誰に邪魔されたくないからと携帯を取り上げられ、電源まで落とされた
③普段鎖錠されている、本校舎の屋上に連れ込まれ壁際まで追い込まれた
④それでも断り続けた私に腹を立てたあの人がフェンスを蹴り上げると同時に、
 恐怖心が勝った私の腰が抜けて座り込んでしまった
⑤その後這いつくばって逃げたにもかかわらず追いつかれた私の上に馬乗りにされた
⑥そこに蒼ちゃんと後輩二人も駆けつけて来てくれて、役員同士での殴り合いに
 なった
⑦駆けつけた後輩たちにも怒鳴り散らした

 ただし女の子の失恋の話なんてするもんじゃないから、例外として冬美さんや彩風さんが関係しそうなあのメッセージとお姫様抱っこの話だけはしないで。具体的には

⑧冬美さんに送られたあの“服を脱げ”と言うメッセージ
⑨冬美さんから優希君への告白の強要
⑩優希君からのお姫様抱っこと冬美さんへのお断り

 それから、先生に私を女として意識させないようにするため

⑪見られたスカートの中

 この四点についてだけは話すのを控える。

「あの野郎……俺のクラスの生徒に手を出して何様のつもりだ」
 私の説明を一通り聞き終えた先生の視線は言わずもがな。感想がそれだった。
「ですけれど、先生と一緒の際にも何度かあの人は姿を現したかと思うんですが、あれから全く電話もメッセージも来てはいません。だから私としてはこれで済ませたかったんですけれど……今朝、あの人の親から連絡があったって仰ってましたけれど、実際どんな話だったんですか?」
 今回はお母さんも初めから理解してくれているから何の不安も無いけれど。それでもやっぱり男女関係なく自分の子供に何かあったら気になるのは当たり前だからと探りを入れようとしたら、
「いや。それは相手のプライバシーにも係わって来るから何とも――」
「――先生。私たちから散々話だけを聞いておいて、向こうの言い分は教えて頂けないんですか?」
 まさかの言い渋り。
「でも今聞いた話は、相手に説明しないし公平は公平だろ」
 しかもそう言う問題でも無いし。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 いいえ。お互いの言い分を聞いた学校側がどちらにも漏らさないのであれば、教育指導要綱・いじめ防止対策マニュアル
 双方とも満たしてはおりますので、そう言う問題ですよ。愛さん☆
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 確かに自分の子供を気にする気持ちは分かるけれど、どうして私たち女側が言われてばかりでないといけないのか。
「先生。このまま帰ったら今日の先生の対応と、あんな人からの文句でさえも秘密にされたってお母さんと蒼ちゃんに伝えますね」
 大体今の学校の雰囲気で、何をどうしたらどうなるかくらいは簡単に分かるんじゃないのか。特にあの人の頭の回転なら。
「……(つつみ)にもって……実際倉本の親御様からの連絡は“先日学校で暴力事件があって、息子が取り収めたのに、その息子に暴力を振るうとはどう言う了見ですか? その生徒も当然停学ないし退学相当の処分を求めます”だそうだ」
 なんて勝手な言い分なのか。その暴力を受けたのは蒼ちゃんであり私なのに。しかも私たちの仲を引っ掻き回して後輩や友達の間にまで亀裂を入れたのはどう考えてもあの人なんだけれど、あの人は一体自分で何をした事にしているのか。
 これらを全部何とかしてくれたのは、優希君・優珠希ちゃん、それに冬美さんを始めとした後輩たちや先生、両親なのに。これで全部あの人の手柄になっているとか、そんなのもう我慢出来ない。
「先生。あの人の家を教えて下さい」
「家を教えて、今度は何をしに行くんだ?」
 私の一言に先生の表情が久しぶりに、苦虫を噛みつぶしたかのような表情に変わる。
「そんなのお母さんと一緒に、全部を話した上で文句を言いに行くに決まっているじゃないですか」
 むしろこれ以外に何があると言うのか。
「岡本。よく聞いてくれ。俺は岡本が加害側だなんて間違っても思ってない。よって向こうの言い分を聞くつもりなんて無い。だから今回は我慢してくれ。ただ今回は状況を把握したかっただけなんだ」
「それを蒼ちゃんと、私の親、特にお母さんを説得してくれませんか?」
 加害側とか被害側とか。もちろんそれも重要だけれど、なんで後輩を涙させて私たちの仲を引っ掻き回した本人が、全てを解決した立役者みたいな話になっているのか。あの人の親には冬美さんに送ったメッセージを見せてやらないと駄目なのかもしれない。
「頼む岡本! 本来向こうの親御さんの話を岡本にするのだけでも十分御法度なんだ! だから俺に免じて何とか矛を収めてくれ!」
 そうやっていつも被害者ばかりが泣きを見るんじゃないのか。
「……さっきも言いましたけれどあの人からは何度も私を含めた友達、後輩は怒鳴られているんです。優――副会長もあの会長からは何度か殴られているんです。それであの人が今回の問題を解決したとお思いですか? それにあの事件は先生方、蒼ちゃん、咲夜さんが喋ってくれた結果、全容が明らかになったんじゃないんですか? その時あの人は何をしてくれたんですか?」
 向こうがそれだけ自分勝手な事ばかりを吹聴するんだったら、こっちだって徹底的に抗戦してやる。女の子だけが泣きを見るなんてまっぴらだ。
「もう一度言うぞ? 今回に関しても向こうの言い分を鵜呑みにするつもりは無い。だから当事者である岡本から話を聞きたかったんだ」
 ……私も頭に血が昇っていたみたいだ。確かに一番初めの方で先生がそう言ってくれていたっけ。私は一度気分を落ち着けるために大きく息を吐く。
「じゃあ学校側としてはどうするつもりですか?」
 改めて今後の学校側の方針を聞くために。
「どうもこうも昼休みに倉本――っ」
 そうか。つまり朝一あの人の親から連絡があった。それを受けて先生が私への事情聴衆を始めた。この時に口の軽い先生が向こうの親からだと口を滑らせた。その後実祝さんからの橋渡しもあって、蒼ちゃんが学校側に全部打ち明けてくれた。
 蒼ちゃんからの話を聞いた学校側が、昼休みあの人に話を聞いた。そして最後に私にもう一度話が戻って来たって所なのか。つまり蒼ちゃんの話とあの人の話の間にも何か齟齬があったのかもしれない。
 つまり先生は直接あの人から話を聞いたのを隠すつもりだったのかもしれない。これはちょっと面白く無さすぎる。
「先生はあの人の話を先に聞いたんですね。分かりました。取り敢えずあの人の家には行きません『!』ただし、今日あった話は朱先輩とお母さんにはしっかりと伝えますし、金曜日の統括会の時に、こっちから直接文句を吹っかける事にします。これなら先生も問題ないですよね」
 だったらここでしつこくゴネて、蒼ちゃんの立場を悪くしてもアレだし、先生にお願いするために使えるカードは少しでも多く残しておいた方が良いかと考え直して、お母さんを盾にさせてもらう。
「出来ればお義母さまへの話も――」
「――それも朝、先生からあの人の親からだって自ら教えてくれたんですよね? 蒼ちゃんならまだしも、蒼ちゃん以外の部外者の女の子に」
「……」
 なのに先生がまだ私に食いついて来てくれるから。
「じゃあ先生。こうしましょう。私は近々先生に聞いて欲しいお願いがあります。そのお願いを必ず聞いてくれると約束してくれるなら、蒼ちゃんに言うのだけは辞めておきます。どうしますか?」
 もうあの人の話は終わったとの認識なのか、先生の視線があからさまに変わる……どことは言わないけれど。
「前に岡本から同じようなに言われた記憶があるけど、俺は一体いくつ岡本からのお願いを聞けば良いんだ?」
 だけれど色々失敗をしながらでも私は、朱先輩からたくさん教えてもらっているのだ。だから期待した結果じゃなくて残念だったのか、嫌そうな表情を隠さずに聞いて来てくれる。
「二つですよ。

二つ。そんなにたいそうな話じゃないですよね。それに先生を頼りにしても良いんですよね」
 でも私は先生との会話もそこまで頓着していないから、正直数なんて覚えていない。だから私がお願いしたい最小の数。
 構え過ぎず、でも軽すぎずの回数を強調して伝えておく。
「分かった。二つだな。そしたらその時は遠慮なく俺を頼ってくれな! いつも放課後にスマンな。岡本と喋れて楽しかった」
 それが功を奏したのか、二回は私のお願いを聞いてくれると約束してくれた先生。
「ありがとうございますっ! そしたら教室に戻りますね」
 私は気分良く冬美さんともう一人がついて来るのを楽しみにしながら、待ち合わせ場所へと向かうために一度教室へと戻る。

――――――――――――――(218話) 次回予告――――――――――――――

 とある場をもう一組とは別に先に離れた二人。
「な? ちゃんと話して良かったやろ?」
「何が“良かった”よ。あのメスブタだって気づけは愛美先輩の近くにいるし、変な調子乗り女も増えたじゃない――まあ。あの調子乗りは、男に対して正しい認識は持ってるからまだましだけど」
 終始イライラしっぱなしの優珠希と、全ての事情を知っている佳奈。
「せやけどな。いつまでもウチら二人だけで活動言う訳にもいかんやろ?」
 本心はそれでも良いと思っている佳奈。でも優珠希を想うと、それじゃ駄目なのだ。ほんの少しで良いから

を持って、心を開いて欲しい気持ちもある。
「そうゆえば、あのメスブタがお兄ちゃんに三回もフラれたってどうゆう事? まさかあのメスブタ。愛美先輩がいるにもかかわらず、三回もお兄ちゃんに告白したの?」
 なのに佳奈の気持ちを知る由もない、優珠希が一番懸念してた、冬美と優希。それに愛美のややこしかった三角関係に気付き始めるのに内心冷や汗をかく佳奈。
「――それこそ優珠ちゃんがあの雪野さんに聞いたらええんとちゃうの?」
 愛美と優希から事の次第を聞き知っている佳奈が、こればかりはマズいと話を流しにかかる。
「なんでわたしがあのメスブタと喋らないといけないのよ。分かった。じゃああの腹黒オンナは事情を知ってるはずだから後で電話して、徹底的に問い詰めてやるわね」
 本当に分かり易い親友の行動にホッと胸をなでおろす。一番初めに優珠希には絶対内緒と釘を刺しておいて良かった。
「それでも事情知らんかったら何も言えへんやろうし、あんまり無茶言うたらあかんで」
「何が無茶よ。お兄ちゃんに色々吹き込んでカッコいいお兄ちゃんで遊んでるのはあの女じゃない。最近佳奈、愛美先輩の肩を持ち過ぎじゃないの?」
 それでも愛美が責められるのを、そのままにするのもアレだからと声を掛けただけなのにふてぶてしく返す優珠希。
「ウチはそれでもええけど、それで岡本先輩に嫌われてもウチは知らんからな」
「ふんっ! あの腹黒はそうやって周りをおびき寄せるのが戦法なのよ。だからどっちが上かも合わせて徹底的にやってやるんだから。小姑をバカにしない事ね」
 あの優珠希がそこまで愛美に気を許してるのもびっくりだけど、弾くんじゃなくてやり合うと言う、今までになかった優珠希の考え方にもびっくりする。
「ええけど。最終的にあの友達や言うた雪野さんとも仲ようせえへんかったら、多分岡本先輩はアカンと思うで」
 苦笑いを浮かべた佳奈の表情。
「佳奈。おぞましい事をゆうのは辞めてちょうだい。なんでわたしがあんなメスブタと仲良くしないといけないのよ」
 それでも仲の良い親友。二人の会話は止まる事なく続く――

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