1)序章
文字数 883文字
透明ガラスの向こうに、台車を押して行くあいつの姿が見えた。
何人かとすれ違いながら、明るい廊下を横切って行く白いシャツを、事務室の中から目で追う。
あいつが台車に積んでいるのは、この上半期の間に建物が完成し、検査を終えた物件のファイルだ。
十月末にもなると、めっきり涼しくなったが、空調の効いていない夜の事務室は、少し動くだけで汗ばんでくる。
さっきまで、あいつがタオル片手にファイルを整理していたのを知っている。
奴が視界から消えるのを待って立ち上がった。
あいつがどこに向かったかはわかっている。
ひんやりとした廊下を進み、保管庫へ向かう。
カーペットタイル敷きの床は足音を消してくれた。
歩きながら、ポケットに用意しておいた手袋を取り出して指を入れる。
保管庫の扉は開け放されたままだった。
息を整えて覗くと、廊下よりも冷えた空気が顔に当たった。
縦に細長い部屋は、スチール製の棚が四方の壁を取り囲んでいる。
部屋の一番奥で、あいつが背を向けた格好で、棚にファイルを収納しているのが見えた。
一人だ。
そっと歩み寄り、台車の上に積まれた、ファイルの内の一冊を両手で持ち上げた。
ずっしりと重い。
A4のハードファイルで十センチほどの厚みがある。
背表紙には『堀市直哉様邸 完了検査』とシールが貼ってある。
そう言えば、今着けているこの白い手袋も、堀市様邸の見学会で使用した物だ。
この物件の時も、こいつは偉そうに指示を出していたと、胸の内に怒りが湧いてくる。
だか、頭の芯は冷静だったし、迷いもなかった。
気配に気付いて振り向くその瞬間を捉え、逃さなかった。
やつの顎の下目掛けて、持っていたファイルを振り上げた。
両手で思いっきり振り切ってやった。
やつは後ろへ倒れ、収納棚の角に頭をぶつけた。
その拍子に薄く開いた唇から「あ」とか「が」に聞こえる音を発して、虚ろな目になった。
そのまま足から崩れ落ちていった。
多分、顔は見られていない。
見られていたとしても、ちゃんと事切れたかを確認する勇気は無かった。
今や凶器となったファイルを、放り出すようにして山に戻し、急いで出口へ向かう。
照明を落とし、扉を静かに閉めた。
何人かとすれ違いながら、明るい廊下を横切って行く白いシャツを、事務室の中から目で追う。
あいつが台車に積んでいるのは、この上半期の間に建物が完成し、検査を終えた物件のファイルだ。
十月末にもなると、めっきり涼しくなったが、空調の効いていない夜の事務室は、少し動くだけで汗ばんでくる。
さっきまで、あいつがタオル片手にファイルを整理していたのを知っている。
奴が視界から消えるのを待って立ち上がった。
あいつがどこに向かったかはわかっている。
ひんやりとした廊下を進み、保管庫へ向かう。
カーペットタイル敷きの床は足音を消してくれた。
歩きながら、ポケットに用意しておいた手袋を取り出して指を入れる。
保管庫の扉は開け放されたままだった。
息を整えて覗くと、廊下よりも冷えた空気が顔に当たった。
縦に細長い部屋は、スチール製の棚が四方の壁を取り囲んでいる。
部屋の一番奥で、あいつが背を向けた格好で、棚にファイルを収納しているのが見えた。
一人だ。
そっと歩み寄り、台車の上に積まれた、ファイルの内の一冊を両手で持ち上げた。
ずっしりと重い。
A4のハードファイルで十センチほどの厚みがある。
背表紙には『堀市直哉様邸 完了検査』とシールが貼ってある。
そう言えば、今着けているこの白い手袋も、堀市様邸の見学会で使用した物だ。
この物件の時も、こいつは偉そうに指示を出していたと、胸の内に怒りが湧いてくる。
だか、頭の芯は冷静だったし、迷いもなかった。
気配に気付いて振り向くその瞬間を捉え、逃さなかった。
やつの顎の下目掛けて、持っていたファイルを振り上げた。
両手で思いっきり振り切ってやった。
やつは後ろへ倒れ、収納棚の角に頭をぶつけた。
その拍子に薄く開いた唇から「あ」とか「が」に聞こえる音を発して、虚ろな目になった。
そのまま足から崩れ落ちていった。
多分、顔は見られていない。
見られていたとしても、ちゃんと事切れたかを確認する勇気は無かった。
今や凶器となったファイルを、放り出すようにして山に戻し、急いで出口へ向かう。
照明を落とし、扉を静かに閉めた。