16)第7章 1
文字数 1,729文字
「真名部君をどう思う?」
秋河係長の言い方には、何か想うところがありそうに聞こえた。
「緒野さんは同世代だから、よく話してるんじゃないの?」
「私はあまり、話したことが無いんですよね」
もう少し接点があっても良さそうなのに、真名部君は若手社員だけの飲み会にもほとんど参加してこない。
「今年入社した子達は、独特の世界感を持った子が多いのかしら。総務一年目の平河君も、掴み処の無い子なのよね」
同期をひとまとめにして捉えるほうが、世代の離れた秋河さんには楽なのかもしれないけど、乱暴な意見だと思う。
工事課に今年入った越田君は、明るくて親しみやすい。
二人が掴み処のない性格だからといって、全員がそうであるとは限らないのだ。
「真名部君の教育担当は夏原さんよね。二人は信頼し合ってたのかしら」
はっきり言って、工事課の越田君と越田君の教育担当ほど、良好な関係が築けているようには思えない。
「そんな風には見えませんでしたけど」
「そうなんだ。やっぱり、若い子の気持ちは理解出来ないわ」
思い出した光景を打ち消すように、秋河さんは首を振った。
「秋河さん」
この辺りで自分の考えをまとめようと思い、私は改まって秋河さんの名前を呼んだ。
「人が人を攻撃する要因は、嫌悪や憎しみより、恐れのほうがより強いトリガーになるんです」
「サスペクト・イメージね」
格好良く決めたかったのに、ドラマの受け売りだと、すぐさま秋河さんに見破られてしまった。
仕方無く認めることにする。
「そうです。動機が恐れだとしたら、立場の弱い者が、立場が上の者を襲うという筋書きもあるんじゃないかと思います」
「そうなると、容疑者は誰なの?もちろん仮定で、だけど」
「雪下課長以外の全員です」
怒られるか、鼻であしらわれると思ったのに、秋河さんはぎょっとしてから、妙に難しそうな表情を作った。
「じゃあ、雪下課長は容疑者ではないってことか。確かに。雪下課長には、彼女を恐れる理由が無さそうだわ」
「えっ!」
後半部分に反応して叫ぶと、秋河さんも同じようにえっと驚いて、私達は顔を見合わせた。
「襲われたのは、雪下課長ではないんですか?」
てっきり、私はそう思っていた。
「いえ、それは」
この期に及んで口ごもる秋河さんに、いい加減イライラしてきた。
「じゃあ、お聞きしますけど。被害者の名前を伏せることに、何の意味があるんですか?今現在の容体を隠すのには、理由があると思います。被害者が元気だと知られたら、再度犯人に襲われるなんて、ドラマではよくある話ですし。もし亡くなってたとしたら、死人に口無しで、犯人を安心させてしまう。でも、被害者が誰か分かったところで、何も変わらないじゃないですか」
「死人に口無しなんて、いくら何でも言い過ぎよ。それに、被害者の名前を伏せる意味ならあるわ」
きゃんきゃん吠えるように言葉を並べた私に、秋河さんはきっぱりと言った。
「今だって、緒野さんが犯人じゃないことが、確定したじゃない」
「はあ?」
私の口から奇声が上がった。
秋河さん世代の言い方なら、すっとんきょうなとでも表現するのだろうか。
私が犯人かもなんていう意識を持ちながら、私と話してたのか、この人は。
「そうは言っても、緒野さんが名女優ばりの演技をしてたら、無実確定でも無いんだけど」
秋河さんはぎこちなく笑顔を向けてきた。
冗談だと示したいのだろうが笑えない。
「秋河さんは、犯人を見付けようとしてるんですか?」
「違うわよ。犯人を推理しようって言い出したのは、緒野さんじゃない」
そう言えばそうだった。
「言ったでしょ。支店長命令で、社員同士のいざこざを調査してるって。Aさんが誰かに襲われたって聞いたら、Aさんの周りだけにフォーカスが当たるでしょ。それは避けたかったの」
先ほどの勢いが恥ずかしくなり、私はしょんぼりと肩を落とした。
そんな私を見た秋河さんが微笑んで言った。
「緒野さんの推理力、何かに活かせるといいわね 」
「でも結局、容疑者すら一人に絞れませんでした」
「仕方無いわよ。Dr.ディアスのようにはいかないわ。捜査は警察に任せましょう」
結局、被害者が誰か、秋河さんからは教えて貰えないまま面談は終了した。
ただ、その日の夕方には、被害者の名前と容態がネットニュースに流れた。
秋河係長の言い方には、何か想うところがありそうに聞こえた。
「緒野さんは同世代だから、よく話してるんじゃないの?」
「私はあまり、話したことが無いんですよね」
もう少し接点があっても良さそうなのに、真名部君は若手社員だけの飲み会にもほとんど参加してこない。
「今年入社した子達は、独特の世界感を持った子が多いのかしら。総務一年目の平河君も、掴み処の無い子なのよね」
同期をひとまとめにして捉えるほうが、世代の離れた秋河さんには楽なのかもしれないけど、乱暴な意見だと思う。
工事課に今年入った越田君は、明るくて親しみやすい。
二人が掴み処のない性格だからといって、全員がそうであるとは限らないのだ。
「真名部君の教育担当は夏原さんよね。二人は信頼し合ってたのかしら」
はっきり言って、工事課の越田君と越田君の教育担当ほど、良好な関係が築けているようには思えない。
「そんな風には見えませんでしたけど」
「そうなんだ。やっぱり、若い子の気持ちは理解出来ないわ」
思い出した光景を打ち消すように、秋河さんは首を振った。
「秋河さん」
この辺りで自分の考えをまとめようと思い、私は改まって秋河さんの名前を呼んだ。
「人が人を攻撃する要因は、嫌悪や憎しみより、恐れのほうがより強いトリガーになるんです」
「サスペクト・イメージね」
格好良く決めたかったのに、ドラマの受け売りだと、すぐさま秋河さんに見破られてしまった。
仕方無く認めることにする。
「そうです。動機が恐れだとしたら、立場の弱い者が、立場が上の者を襲うという筋書きもあるんじゃないかと思います」
「そうなると、容疑者は誰なの?もちろん仮定で、だけど」
「雪下課長以外の全員です」
怒られるか、鼻であしらわれると思ったのに、秋河さんはぎょっとしてから、妙に難しそうな表情を作った。
「じゃあ、雪下課長は容疑者ではないってことか。確かに。雪下課長には、彼女を恐れる理由が無さそうだわ」
「えっ!」
後半部分に反応して叫ぶと、秋河さんも同じようにえっと驚いて、私達は顔を見合わせた。
「襲われたのは、雪下課長ではないんですか?」
てっきり、私はそう思っていた。
「いえ、それは」
この期に及んで口ごもる秋河さんに、いい加減イライラしてきた。
「じゃあ、お聞きしますけど。被害者の名前を伏せることに、何の意味があるんですか?今現在の容体を隠すのには、理由があると思います。被害者が元気だと知られたら、再度犯人に襲われるなんて、ドラマではよくある話ですし。もし亡くなってたとしたら、死人に口無しで、犯人を安心させてしまう。でも、被害者が誰か分かったところで、何も変わらないじゃないですか」
「死人に口無しなんて、いくら何でも言い過ぎよ。それに、被害者の名前を伏せる意味ならあるわ」
きゃんきゃん吠えるように言葉を並べた私に、秋河さんはきっぱりと言った。
「今だって、緒野さんが犯人じゃないことが、確定したじゃない」
「はあ?」
私の口から奇声が上がった。
秋河さん世代の言い方なら、すっとんきょうなとでも表現するのだろうか。
私が犯人かもなんていう意識を持ちながら、私と話してたのか、この人は。
「そうは言っても、緒野さんが名女優ばりの演技をしてたら、無実確定でも無いんだけど」
秋河さんはぎこちなく笑顔を向けてきた。
冗談だと示したいのだろうが笑えない。
「秋河さんは、犯人を見付けようとしてるんですか?」
「違うわよ。犯人を推理しようって言い出したのは、緒野さんじゃない」
そう言えばそうだった。
「言ったでしょ。支店長命令で、社員同士のいざこざを調査してるって。Aさんが誰かに襲われたって聞いたら、Aさんの周りだけにフォーカスが当たるでしょ。それは避けたかったの」
先ほどの勢いが恥ずかしくなり、私はしょんぼりと肩を落とした。
そんな私を見た秋河さんが微笑んで言った。
「緒野さんの推理力、何かに活かせるといいわね 」
「でも結局、容疑者すら一人に絞れませんでした」
「仕方無いわよ。Dr.ディアスのようにはいかないわ。捜査は警察に任せましょう」
結局、被害者が誰か、秋河さんからは教えて貰えないまま面談は終了した。
ただ、その日の夕方には、被害者の名前と容態がネットニュースに流れた。