第14話

文字数 2,074文字

 日付が変わってから家に帰るのは初めての経験だった。家ではお父さんとお母さんが声を上げて泣いていた。どうやら私のことを心の底から心配していたようだ。叱られると思っていたが、親の深い愛情とはこのようなものだと改めて感じた。私の両親は「ごめんね、霞」と何度も繰り返し、私をしっかりと抱きしめてくれた。

 その時、小さな家族会議が開かれ、両親は私の前で二度と離婚について話さないと約束してくれた。母が入れてくれたホットコーヒーを飲みながら、私は考えた。家庭がどんなに貧しく苦しい状況にあっても、愛があれば幸せを感じられるということ。

 あの井戸が光ったことはいまだに信じがたいけれど、私のささやかな願いはもしかしたら叶ったのかもしれない。

 その後数日して、私は再び学校に戻った。クラスメイトたちは私を気遣い、次々と声をかけてくれた。

 特に理彩は、私が無事であることを確認できて本当に嬉しそうだった。これが親友というものだろう。これからは理彩との関係をもっと大切にしようと思った。

「ありがとう、理彩。もう無茶はしないよ。これからもよろしくね」

「何を言ってるの、霞……私たち親友じゃない」

 涙がこぼれそうだった。やはり私は恵まれているのだろう。今とは違う場所へ行きたいなんて、まだ私には早すぎたんだと思った。

「あ、理彩。合唱部の広報(こうほう)は見つかった? その後連絡が無くて心配してたんだ。まだ見つからなかったら、私も一緒に探すよ」

「それがね、霞。聞いてよ。翠さんの助けでSNSに募集を出したら、引き受けてくれる人材が一人見つかったんだ」

「そうなんだ、うまくいってよかったね。これでコンクールの問題は解決したのかな」

 理彩は「そういうこと!」と言って、嬉しそうだった。合唱部がうまくやっていると聞いて安心した私は、自分の創作活動にも力を入れようと思った。これを達成しないと、私の青春は不完全だ。成功させることで、学生生活の課外活動を完璧に()めくくれる。ノートを何気なく開くと、すでに数十ページが私の想像で満たされている。この勢いなら、すぐに二冊目のノートも必要になるだろう。

 何事もうまくいき始め、私のモノクロの世界は順調に色づけがされていった。もしこれが青春だとしたら、それも悪くないものだと私は思った。

「あ、合唱部の練習があるんだけど、霞も来てみない? みんなで一緒に歌うのは楽しいよ」

「そうだね、気が向いたら。そのうち顔を出すよ」

「絶対来てね。霞がいないと始まらないから……いや、なんでもない」

「うん?」

 理彩は何を伝えたかったんだろう。次の機会に合唱部へ参加してみようかな。最後に歌ったのはいつだったっけ? うまく歌えるといいな。

 ――

 その後の授業は、私が学校に戻ってきたことで特別な変化は見られなかった。強いて言うならば、家庭での生活に慣れてしまったせいか、学校全体が少し騒がしく感じられた。授業中、私はいつもノートに自分の世界を描くことに夢中で、先生の話がどれだけ耳に入っていたかは疑問だが、多分少しは聞こえていたと思う。もうすぐ一学期が終わろうとしている。私の課外活動が実を(むす)ぶ時は来るのだろうか。不安は尽きない。それでも、時間はあっという間に過ぎていく。待ってくれないのだ。当たり前のことなのに、私はただ急いでこの作品を仕上げようとしていたのかもしれない。なぜ焦っているのだろう。


 いつものように放課後になり、理彩と少し会話してから帰る準備をする。理彩は合唱部のイベントで忙しく、一学期が終わろうとしているためスケジュールも大変なようだ。三学期に開催されるコンクールが(ひか)えているので、邪魔をしてはいけない。今はみんなにとって大事な時期なのだ。

 そういえば、理彩から合唱部で歌の練習に誘われたけど、どうしようかな。歌うこと自体は嫌いではないし、参加するのも悪くはない。ただ、今は私も創作活動で忙しいので、とりあえず夏休みが始まるまでに一度だけ顔を出しておけばいいと思う。それを楽しみにしておこう。

 それぞれが異なる方向に歩みを進める中で、季節は次々と移り変わっていく。果たして私たちは最終的にどこで再び出会うのであろうか。

 ――

このようにして一学期が順調に終わりを迎え、学校は夏休みを前に熱気に包まれていた。まったく、みんな夏休みだからって浮かれ過ぎだ。たった一か月なんてすぐに過ぎるのに。

 私の創作活動は予想以上に順調だ。一学期が終わるまでに一章を完成させ、一冊分を書き上げることができた。これからこの作品を一ノ瀬先生に見せに行く予定だが、どんな感想をいただけるか緊張している。教室では男子たちが海や山の話で盛り上がっている。教室がざわついていた理由に気づきながら、私はノートを開き、最初のページからもう一度確認してみた。こうして振り返ってみると、最初の数ページ以降で文章やイラストが上達しているように感じる。まるで子供の自由研究のようだ。でも、もしかするとそれほど違いはないかもしれない。確認を終えた後、私は一ノ瀬先生に自分の作品を見せる決心をした。
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