第3話

文字数 2,013文字

 そうして私と理彩との会話は成立することがないまま、休み時間は終わり、授業が再開された。相変わらず授業を真面目に聞くことはできなかった。ノートに絵を描くなどをして、その時間を費やしているうちに、今日の最後の授業が終わって、放課後になった。次々と生徒が下校していく中、同じく帰宅の準備をしていた理彩に話しかけて、無事ノートを借りることに成功した。お礼を伝えたあと、こちらも下校の準備をする。机の中を整理して、鞄に教科書を詰め込んだ私はそのまま教室をあとにした。

 外の空気を吸って、自分が自由になれたことを実感すると開放感がやってくる。やはり学校という箱に閉じ込められるのは性に合わない。これは学生の身分で考えてはならないことだとは思うのだけど、折角、この地球という名の星に生まれてきたのに、鳥かごの中に飼われるというのは残酷なことなのだ。優しいご主人様でもいれば別なのかもしれないが。鳥のように自由に空を飛べたら良いのにな……。空は空で危険はたくさんありそうだけども。

 天使の羽でも使って、いつか空を飛んでみたい。これは一種の願望のようなものだけれど、もしかしたらこんな夢を持つこと自体が間違っているのかもしれない。ひょっとしたら、私って普通の人と比べると、かなり変わっているのかも……。歩きながらそんなことを考えていると、危く横断歩道で赤信号を無視しそうになった。危ない、危ない……。空を見上げすぎてて、地面が見えなくなってしまっていた。

 やっぱり空はいいなあ……、横断歩道もないし、うるさい音を出しながら走る車なんかも走っていないんだから。こんな夢想に(ふけ)る少女をこの空を飛んでいるであろう天使とやらに見つけだして貰えないものかな。……見つけてくれてもよさそうなものなのにな。

 そうこう夢想に(ひた)っているうちにバス停に到着する。数分としないうちにバスが来たので乗車した。ゆっくりと一番前の席に移動して腰を下ろし、大きく息を吐く。やっぱりバスに乗ると安心する……学校とはまた違った何かから守られた気分になるからだ。ぐるぐると同じ場所を回るだけのバスの運転手が頼もしく見える。

 目的地の到着時刻を知らせるタイマーがイヤホンを通して聞こえてきた。どうやら少しだけ寝てしまっていたみたいだ。スマホを操作してタイマーを止め、停車ボタンを指で押す。バスから降りた私は、まだ肌寒い春の季節を感じながら、家路についた。

「ただいま」

 家族が住むマンションに到着する。ドアを開けてそう声を掛けると中から「おかえり」と返事があった。私がいるべきいつもの空間だ、家族に会えるのはやっぱり嬉しい。

 私にも家族がいる……。こう実感すると、私が一人でこの世界にやってきたのではないのを意味していたのが少し不思議で、少し寂しい。でも、そこになにやら愛というものがあるような気がした。

「お母さん、今日のご飯なに?」

 私がそう話すとお母さんは台所に立ちながら、私の方をちらりと見て得意げな顔をして言った。

「今日はシチューよ、今日は自信作だから、おかわりはいくらでもするのよ。霞のために気合入れて作ったんだから」

「うん……お母さん、ありがとう」

 私はお礼を伝えて自分の部屋へと入った。自分の部屋に来ると安心する、六畳一間の部屋を与えられていることへの感謝というものを、両親にどう返せばいいかわからない。勉強机に鞄を置き、制服のままベッドに寝転がる。

 私はこの地上に生を受けた訳だけれど、一体どこを目指して歩いていけばいいのだろう。考えたくなくても考えてしまう。だってこんな理不尽なことが許されてもよいのだろうか。私は生まれたくて生まれた訳じゃない。強制的に生誕させられて、親に名前を無理やり付けられ、物心がつく頃にはこの世界で生きるようにと親から説得される。生まれたくて生まれてきた子供はまだいい、きっとその子たちは夢や希望で(あふ)れているだろうから。でも、こんな世界に興味がない私にとってはこの世界で生きるのは残酷だ。これから残りの長い人生を生きて、その先に何かあるのだろうか? この地上で人間は一体、何をすればいいの? 何もわからない、そう……私たちは何もわからないのだ。

 よく近所の牧師さんから、あなたは祝福されて生まれてきたんだよ、神様から愛されて生まれてきたんだって聞かされていた。でも愛されて生まれてきたところでそれが何になるの? 死んだあとで天国に生まれることが本当の幸せだと言うのだろうか。じゃあ、この世界で生まれた意味なんてないじゃない……。

 そうこうネガティブな思索をしていると、遠くからお母さんの声が部屋まで聞こえてきた。

「霞、ご飯ができたわよ」

 私たちはこんなことでいいのだろうか。

 いや……「私」はこの世界の現状に不満なんかは持っていない。

 だったら、この地上で大人しくしていればいいのかな。

 いつか生を終えて、死ぬときがやってくるその時まで。
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