第2話

文字数 2,082文字

 教壇(きょうだん)から先生が、生徒一人一人に向き合うようにして教鞭(きょうべん)()っている。だけれど、教室中にエコーを効かせながら、発しているその声は、(むな)しくも私の耳に届くことはない。

 私の意識はまるで教室の外に向いているようだった。多分、私の心はこの校舎の外のものを欲しがっているのだろう。私の欲しい情報は、きっと常識ではないのだ。不必要な情報ほど、ただ聞いていて苦痛なものはないと思う。

「……白衣(しろい)、白衣霞!」

 窓の外の景色を眺めていた私は、その先生の呼び声でこの世界から脱出する方法でも(さが)していたであろう私を三次元の世界へと連れ戻す。

「は、はい、一ノ瀬(いちのせ)先生、すみません。もう授業が終わりですか?」

 私がそういうと、教室中がどっと笑いの声で充満した。

「……白衣、まだ授業中だ。自分の世界に入り込むのもほどほどにしておきなさい、またいつもの妄想か? よほど重症なんだなあ」

「はい、そうですね、基本的に私はこの次元以外のものに興味があるので」

 私がそう言うと一ノ瀬先生は、手で頭を抱えながら深いため息をつく。

「はあ、解脱(げだつ)の方法でも探しているのなら家に帰って仏教の勉強でもしなさい。いつも言っているが、学校は大学へいくための勉強をする場所だ。そんなことだと社会に行ってから苦労するぞ」

「わかっています、でも頭の中にモヤがかかるような感じがして集中できないんです。こういうのって、私だけなんですかね……?」

 一ノ瀬先生は私のこの言葉を聞くと、真剣に心配するような眼差しでこちらを見つめてきた。

「ああ、もうそれは立派な頭の病気だな。一度、心療内科に受診してみたらどうだ? 今はそういう病気は珍しくないから、恥ずかしいことでもなんでもないぞ。今度、先生が紹介してやろうか?」

「……結構です」

「じゃあ、授業の続きを始めるぞ。白衣霞は友人にノートでも貸してもらって、家でちゃんと復習しておくこと! いいな?」

「……はい」

 すると授業が終了するチャイムが鳴り、一ノ瀬先生からの私への尋問はそこで強制終了した。

「おっと、今日はここまでかな。じゃあ、授業で習った内容を誰か白衣に教えてあげるように、今日はこれでお終い!」

「「規律、礼!」」

 授業が終わると教室中のざわざわとした空気が私を支配する。その感覚はまるであちらこちらに目があって、私のことを(にら)みつけているかのようだった。鞄に入っていたウォークマンを取り出し、イヤホンを耳に付けて音楽を聞く準備を整えた私は、ノイズキャンセリング機能をONにして、お気に入りのボブ・ディランの曲を聞き流す。

 静寂が辺りを包み込み、安心した私はいそいそと図書室へと向かって移動を開始する。知り合いに誰にも会わないようにしているのが、まるで忍者にでもなったような感じがして、そんな自分が少し情けなかった。

 図書室へと無事に辿り着いた私は、イヤホンを外して中に入り、本を探した。異世界転生物や、この世ならざるものに関するテーマのもの、宗教書などを手当たり次第に手に取って机へと置いた。

 確保した本の内容を読んでいるうちに、何やらどこかから不思議な声が聞こえてきた。

(……こんな内容にその歳で興味があるのかい?)

 その異様な声を何かの空耳かと思うことにした私は、無視してそのまま本を読み進める。

 休み時間が終わり、結局全部で三冊の本を借りることにした。貸し出しカードに名前を記入して、本を鞄にしまい込む。外していたイヤホンを付け直して、教室へと戻った私は、先ほど声を掛けてきた友人と対面した。

「あ、霞……また図書室へ行って来たの? 先生怒ってたけど……まあ、あれは怒ってたというよりは呆れていたほうね。それで、何かお目当てのいい本はあった?」

「うん、ぼちぼちかな、まあ、見てよ。これなんかいいと思うんだよね、じゃん! 題して、アセンションによって現れる新世界! その人の霊的次元が上昇して、この世の目に見える世界が変わっていくって内容。この本によれば、その事象はもう近くに起こるとされているらしいの、つまり……それによってこの地球にいながら別な次元を体験することができるってわけ! ねえ、すごくわくわくしない?」

 その内容を友人にわかってもらえるようにと力説する。けれど理彩は冷めた視線をこちらに向けて、ため息を吐いた。

「ねえ、霞……? こんな本ばっかり読んでいると本当に頭おかしくなっちゃうよ? 一ノ瀬先生も言っていたじゃない、妄想の世界よりちゃんと現実に目を向けなきゃダメだって……」

「もう、理彩までそんなこと言うんだから! 大丈夫だって、今日の授業の内容はちゃんとやっておくから。あ、理彩……ノートは貸してね、明日までに全部、書き写しておくから」

「はあ、そんなに他力本願だといつか苦労するよ? 社会に出たらそんな甘っちょろいこと言ってられないんだからね!」

「はい、わかっています、理彩のノートってマジ綺麗だから尊敬するよ。あ、それでアセンションについてなんだけどね……」

 アセンションの内容について、私がなおも話そうとすると、それを無視して理彩は自分の席へと戻っていった。
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