第1話
文字数 1,720文字
このところ強く思うことがある。
私が住んでいるこの世界は、このままだと闇に閉じ込められてしまうのではないか……、と。
年季が入ったボロアパートで、そんな夢想にふけっている。
鉄筋コンクリートで造られた、六畳一間のワンルームの部屋にずっと居続けていると、心が壊れてしまいそうだ。
目の焦点が定まらず、仕方なく壁を見つめ続けながら、私はこれからのことについて考えていた。太陽の日光を防ぐ為に、この部屋から唯一、外の景色を見ることができる窓には、黒いカーテンが覆 われている。
外界との遮断 。引きこもりにも近い生活を何年も送っているうちに、私という人間は自分以外のものを好きになることができなくなってしまったのかもしれない。
何もしたくない、何も見たくない、誰の声も聴きたくない。
私はこうなってしまった原因が、もしかしたら学生時代にあったのではないか……と、まるで昨日の出来事のことで、夢物語だったような、過去にある自分の歴史を紐解 くようにして、必死に記憶を辿 っていく。
確か、私の名前は友人から、霞 とかいうような名前で呼ばれていた気がする。やがて私の視界に新しい空間が現れだして、それが形作られていく。そうして微睡 みの中で、現実の意識が、夢の世界へと混濁 していった。
誰もいない学校の屋上……。私は大空の下で、両手を広げていた。このままどこかに向かって飛んでいこうとしたのかもしれない。
大きな木から巣立つ成鳥になる前の鳥のように。しばらくそんなことをしていると予鈴がなり、わずかに残っていた理性が働く。我に返った私は、楽園のような世界に行こうとしていたのを諦めて、現実へと帰還 する。
まだ飛ぶ時ではないよ……と、何者かに声を掛けられ、地上へと戻される感覚を味わった私は、空を飛ぼうとしたことを忘れ、自分の教室へと戻ることにした。
机の席に着席すると、遠くからクラスメイトの一人がやってきて、私に話しかけてきた。
「霞? 休み時間の間、どこにいたの?」
まだ理性が完全に戻っていなかった私は、惚 けている頭をなんとか働かせて、先ほど両手を広げながら見ていた夢の続きを、そのクラスメイトに話していた。
「天使ってさ」
「えっ?」
その友人は天使というキーワードを聞くと、少し驚くようにして目を丸くさせていたが、やがて何かを思い出したかのように頷 いた。
「ああ、霞の家ってそういう漫画がたくさんあるもんね。また何か影響でもされたの?」
私は机にうつぶせになり、いつか落書きで描いた、天使の絵を指でなぞりながら話し始めた。
「人間のことをどう思っているんだろう?」
しばらく二人の間に静寂 が訪れる。困った顔をしていたそのクラスメイトは、戸惑いながらその質問に答えてくれた。
「天使なんて、人間が考え出した妄想の産物だと思う。でも、もしもどこかの世界にそんな存在がいるとしたなら……きっとこう思ってるんじゃないかな」
「私たちが助けたい人間なんて、どこにもいやしない……ってさ」
その友人の言葉がきっかけとなって、私の理性は完全に戻ってくる。そこでやっと、この教室という空間を初めて認識した。
「やっぱり……そうだよね」
「あんまり変な妄想に取り憑 かれない方がいいよ。こう言っちゃ悪いけど、今流行ってる頭の病気にでも霞がなったら本当にショックだしさ。統合失調症……だったっけ? えっと、よく分からないけど、変な声が聞こえたり、妙な幻が見えたりするんだって」
「そんな病気になる訳ないよ。理彩って、そんなこと言うタイプには見えなかったけど」
「違う、違う。あくまでも冷静になった方がいいよってこと。この世界……何においても理性がないと、とても生き残れやしないと思ってるから。でもさ……こんな時代に生まれて来た私たちって、本当に不幸だよね。もし神様なんているとしたなら、なんで私たちなんか産んだんだろうって、本気で思うことあるよ。あ、そろそろ授業が始まるよ」
クラスメイトの理彩は、持論を全て私にぶつけて、満足したのか自分の席へと戻っていった。
天使なんかいない。神様なんてものもいない。
全ては人間が考え出した妄想の産物。
窓から覗いて見える景色が、やけに虚 しく感じられた。
私が住んでいるこの世界は、このままだと闇に閉じ込められてしまうのではないか……、と。
年季が入ったボロアパートで、そんな夢想にふけっている。
鉄筋コンクリートで造られた、六畳一間のワンルームの部屋にずっと居続けていると、心が壊れてしまいそうだ。
目の焦点が定まらず、仕方なく壁を見つめ続けながら、私はこれからのことについて考えていた。太陽の日光を防ぐ為に、この部屋から唯一、外の景色を見ることができる窓には、黒いカーテンが
外界との
何もしたくない、何も見たくない、誰の声も聴きたくない。
私はこうなってしまった原因が、もしかしたら学生時代にあったのではないか……と、まるで昨日の出来事のことで、夢物語だったような、過去にある自分の歴史を
確か、私の名前は友人から、
誰もいない学校の屋上……。私は大空の下で、両手を広げていた。このままどこかに向かって飛んでいこうとしたのかもしれない。
大きな木から巣立つ成鳥になる前の鳥のように。しばらくそんなことをしていると予鈴がなり、わずかに残っていた理性が働く。我に返った私は、楽園のような世界に行こうとしていたのを諦めて、現実へと
まだ飛ぶ時ではないよ……と、何者かに声を掛けられ、地上へと戻される感覚を味わった私は、空を飛ぼうとしたことを忘れ、自分の教室へと戻ることにした。
机の席に着席すると、遠くからクラスメイトの一人がやってきて、私に話しかけてきた。
「霞? 休み時間の間、どこにいたの?」
まだ理性が完全に戻っていなかった私は、
「天使ってさ」
「えっ?」
その友人は天使というキーワードを聞くと、少し驚くようにして目を丸くさせていたが、やがて何かを思い出したかのように
「ああ、霞の家ってそういう漫画がたくさんあるもんね。また何か影響でもされたの?」
私は机にうつぶせになり、いつか落書きで描いた、天使の絵を指でなぞりながら話し始めた。
「人間のことをどう思っているんだろう?」
しばらく二人の間に
「天使なんて、人間が考え出した妄想の産物だと思う。でも、もしもどこかの世界にそんな存在がいるとしたなら……きっとこう思ってるんじゃないかな」
「私たちが助けたい人間なんて、どこにもいやしない……ってさ」
その友人の言葉がきっかけとなって、私の理性は完全に戻ってくる。そこでやっと、この教室という空間を初めて認識した。
「やっぱり……そうだよね」
「あんまり変な妄想に取り
「そんな病気になる訳ないよ。理彩って、そんなこと言うタイプには見えなかったけど」
「違う、違う。あくまでも冷静になった方がいいよってこと。この世界……何においても理性がないと、とても生き残れやしないと思ってるから。でもさ……こんな時代に生まれて来た私たちって、本当に不幸だよね。もし神様なんているとしたなら、なんで私たちなんか産んだんだろうって、本気で思うことあるよ。あ、そろそろ授業が始まるよ」
クラスメイトの理彩は、持論を全て私にぶつけて、満足したのか自分の席へと戻っていった。
天使なんかいない。神様なんてものもいない。
全ては人間が考え出した妄想の産物。
窓から覗いて見える景色が、やけに