交差する覚悟(2)
文字数 4,672文字
とんでもないシノの発言に、今や村人達の意識は彼だけに向けられている。いつの間にかアヤまでも人々に混じって唖然としていた。
一方、群衆から少し離れた位置にいるヒロも困惑している。シノの台詞が本心なのか、何か裏があるのか、さっぱり分からなくなっていた。なぜ彼は密猟者ではないのに自ら命を差し出すような真似をしているのか。
とっさにヒロはメアリスを探した。人の心が読める彼女なら何か分かるかと思ったのだが、当のメアリスは騒動へ背を向ける格好でうつむいている。
「なぁんでこうなっちゃうかなぁ……ま、強めにガツンとやるしかないか……」
ブツブツ呟いている彼女をヒロは覗き込む。そうしたことでメアリスが何かを両手で大事そうに持っているのが見えた。それほど大きくない黒色の物体は夕日を反射して鈍く光っている。
一瞬、ヒロは彼女が何を持っているのか分からなかった。いや、正確には一目見た時点で物体の正体は分かったのだが、あまりにそれがメアリスに不似合いだったため理解するのが遅れたのだ。
「おい……メアリス? それって、拳銃か?」
問われた彼女はヒロを見ると、あっさり頷いた。
「うん。そうだけど?」
「そうだけどって……そんなの、どうするつもりだよ」
「そりゃあ、銃だもの。こうして……」
メアリスが得物を構えようとしたのを見て、ヒロは慌てて彼女から銃を取り上げる。
「ばっ、おまっ、何考えてんだ!?」
華奢な手に握られていた物騒な代物はずっしり重い。しかし、持ってみたことでヒロは微かな違和感を抱いた。
「ん?」
「弾は入ってないよ。もしかして、私が銃で村の人を撃つと思ったの?」
メアリスは心外そうになっている。ヒロは拍子抜けしてしまったが、同時にじわりとした安堵感も抱いていた。
「だって銃だぞ? 撃つと思うだろ」
「撃ったら私が悪者になっちゃうじゃん」
「いや……だってよ、一人でブツクサ言ってたし……ヤケになったんじゃねぇかと思って……」
ヒロは弁解しながらも銃を眺める。
「じゃあ、この銃はなんだ? ってか、こんなもん持ってたんだな」
「お守りみたいなものだよ。お兄ちゃんの形見なんだ」
ヒロが銃をメアリスへ返すと、彼女は大事そうに胸に抱えた。
「あと、護身用でもあるよ。弾は入ってないけど、大抵の人は銃を見たらびっくりするじゃない? で、相手が驚いてる隙に呪術を使って、穏便に済ますの」
「もしかして、それを今やろうとしてたのか?」
「うん。私が銃を持ってたら、村の皆は私に注目するでしょ? そしたら呪術を使って、なんとか今日の儀式を中止させられないかなぁって。呪術を使う時って、相手の意識がこっちを向いてた方がやりやすいんだ」
「村人全員に呪術を使うってのか? そんなことできんのか?」
ヒロが問うと、メアリスは若干表情を硬くさせた。
「……できる、けど、何かしら悪影響が出ると思う」
「後遺症ってやつか」
「人ってそれぞれ別のことを考えてて意志の強さも違うから、複数を相手に強い呪術を使うのは加減が難しいんだ。だから最後の最後まで、この手は使いたくなかったんだよね。できれば村の人達のこと傷つけたくないからさ」
そこまで言うと、今度は彼女は淡い笑みを浮かべる。
「でも私、ヒロに死んでほしくないんだ。だってヒロが犯人のわけないもの。本当の犯人は別にいるんだから、ヒロが死ぬ必要なんてないよ」
メアリスは村人達の喧騒へ目を向け言葉を続けた。
「儀式を辞めてもらうのが一番いいんだけど……それは無理だって言われちゃったから、とにかく今日は中止してもらってさ、明日また犯人捜しをする時間をもらえないかなって思って。呪術の後遺症だって、私が頑張れば吐き気くらいに抑えられるかもしれないし!」
彼女が何をするつもりなのか、その結果どうなるのか。一拍遅れて理解したヒロは焦った声をもらす。
「ちょっと待てよ!? 頑張ればどうにかなるもんなのか? つーか、なったとしても、そんなことしたらメアリスの立場が悪くなるだろ。村の連中にどう思われるか……」
「私のわがままを押し通すんだから嫌な思いをするかもしれないね。でも、死ぬよりマシでしょ?」
メアリスはヒロへ視線を戻し、強い意志を込めて言い切った。
「上手くいけばシノだって助かるしね! よーし、頑張るぞ! 私は出来るっ」
そして、今度は少しくだけた風になって気合を入れて見せる。
対してヒロは呆気に取られてしまった。メアリスは何年も前から村へ貢献し、村人達からは恩人として扱われている。両者の関係が良好なのは今まで見てきた光景からも、彼女が聖地とされている山への立ち入りが認められていることからも一目瞭然だ。その信頼関係をメアリスは、投げ捨てると言っているのだ。
「……あのさぁ」
ヒロは呆れを隠さず、ともすれば苛立ちすら混じった口調で問いかける。
「なんでそこまで俺のことを信じるんだ? 俺とメアリスって昨日会ったばっかりだろ」
メアリスが呪術が使えるとはいえ、分かるのは彼が記憶喪失だということだけのはず。ヒロが罪を犯し、後に記憶を失った可能性は十分ある。ヒロ自身ですら過去の自分が信じられないというのに彼女の覚悟はどこからくるのか。
一方、問われた側のメアリスは視線を迷わせた。
「……それは説明したじゃない。悪い人じゃない気がしたからだよ」
「その説明に納得いってないって話だよ」
「私がヒロを信じるのに、ヒロの納得って必要?」
「は?」
ヒロがポカンとすると、彼女は改めてヒロを見つめる。
「私はヒロが悪い人じゃないと思ってるし、犯人じゃないって信じてる。だからヒロを死なせたくないって思ってて、そのためには今日の儀式をやめさせたい。だから村の人達に呪術を使うの。できるだけ、慎重にね」
メアリスは自分の胸へ手を当て人懐っこい笑みを作った。
「これは全部、私が決めたことだよ。だからヒロの納得なんて必要ないでしょ?」
「……つまりメアリスが信じてるのは、俺じゃなくて自分自身ってことか?」
「自分のことも信じてるし、ヒロのことも信じてるよ」
「…………」
「言ったでしょ。私、優しいわけじゃないって」
彼女の笑みには悪戯っぽい感情が混じっている気がした。どうやらメアリスは本気で自身の目的のために行動しており、ヒロを気遣って無理をしているというわけではないようだ。
やはりメアリスは変だ。もはやヒロは呆れやら不審やらを通り越して尊敬にも似た気持ちを抱いていた。同時に、自身への疑いを捨てきれずにいる自分を情けなくも感じる。
出会った当初からメアリスは無実を信じて手伝ってくれているのに、自分は彼女を置いて逃げることすら考えていた。こんな気持ちでは解決するものも解決しないだろう。
しばしの沈黙の後、ヒロは口を開こうとした。だが彼の言葉は突然舞台の方角から上がった怒声にかき消される。
「んぎぇっ!? 何!?」
メアリスは目を丸くして騒ぎへ意識を向けた。ヒロも振り向くとドテとシノが何やら言い争っているのが目に入る。
「ヤベぇ! 忘れてた!」
なぜ自分がメアリスを探していたのか思い出したヒロは慌てて彼女へ状況を説明した。
「シノとツチヤの話、聞いてたか? なんかシノ、自分から殺されにいってんだけど」
「はぇっ?」
またもや驚いたメアリスは反射的にシノの方を見る。途端、彼女は苦し気になった。
「……シノ、自暴自棄になってる。死んでもいいって思ってるみたい」
「えぇ……なんで急に……」
ヒロは困惑した声をもらす。今までのシノの態度を回想しても自殺願望を持っているようには思えなかったのだ。むしろ、目の前に立ち塞がる者は散々煽って叩き潰さねば気が済まない人物のような印象を抱いていた。
メアリスは一つ息を吐き出す。
「急じゃないよ。今までも、たまに弱気になるっていうか、何もかもどうでもよくなってることがあったんだよね」
「あいつ、そんな不安定なヤツなのか?」
「私が勝手に呪術で読み取っちゃった感情だから直接シノから何か相談されたわけじゃないよ。だから理由は……分かんない」
メアリスは力なく首を横に振った。
「今のシノは、本当に死んでも構わないって思ってる」
「……マジかよ」
ヒロは表情を引きつらせて呟く。策があるのかと思ったが、まさか本気で死ぬつもりだとは。
なんのつもりか分からないが、シノの行動は後先を考えない衝動的なものだろう。密猟者として彼が死ねば本当の密猟者が野放しになることも、アヤが彼が死ぬ姿を目撃することも、何も考えていないように感じる。
「シノにちゃんと話を聞くべきだけど、あの様子じゃ素直に話してくれそうにないね。っていうか皆も気が立ってて、まともな会話にならなそうだし……やっぱり呪術を使うしかないかな……」
メアリスは気乗りしない様子だが、手にはしっかり銃を持ったままでいた。人を傷つけたくないというのは紛れもなく本心だが、いざとなれば彼女はためらわないだろう。
メアリスの横顔をヒロは眺める。彼の中では最後の葛藤がせめぎあっていたが、そう時間は経たずに結論は出た。
ヒロは自嘲するような笑みを浮かべると彼女へ声をかける。
「……なぁ、メアリス。ここは俺に任せてくれないか?」
突然の申し出にメアリスは意外そうになった。
「んぇ? どうにかできるの?」
「ああ。一応シノには命を助けられてるし、借りを返したくてな。メアリスはここで待っててくれ。万が一厄介な事態になった時、呪術を使うなら安全な場所にいた方がいいだろ?」
「……うん! 分かった!」
メアリスは素直に頷く。若干顔色が良くなっている彼女へヒロは続けた。
「あとさ、シノの件が無事に終わったら、今度は俺が生き埋めになるのならないのって話になると思うんだよ。俺なりに何とかするつもりだけど、もし儀式が始まっちまったら、その時は……なんつーか、上手くやってくれ」
「何とかするつもりって、考えがあるの?」
心配そうな問いにヒロは小声で応じる。
「……実はな、マサヨって人を殺したのが誰かは分かってるんだ」
「へぇっ!? 分かったの!?」
メアリスは目を見開きヒロを凝視したが、それとは対照的にヒロは彼女から視線を反らした。
「でも、証拠が無いんだよなぁ……ま、ここまできたら俺も覚悟を決めねぇとな」
もはやヒロからは逃げる気持ちが失せている。ここまで付き合ってくれたメアリスを裏切りたくない。そして彼女に人を傷つけさせたくもない。それなら、自分が犯人でないのを証明するのが最良の方法だ。
不安点は多いが、とにかくやれることは全てやろう。ヒロは気合を入れ直すように深呼吸する。視界に入っているのは、舞台の前で再び互いの動向をうかがい合うドテとツチヤ。そして冷めた様子で立ち尽くしているシノ。
ヒロの横顔を見ていたメアリスは、表情を真剣なものに切り替え彼へ呼びかけた。
「……ねぇヒロ」
「ん?」
「その犯人の人って、マサヨちゃんを殺したこと、後悔してると思う?」
「ああ」
短い、しかし確信を持った答えを聞き、メアリスは一度瞳を伏せる。だが、やがて何かを決断したように力強く顔を上げた。
「なら、私が力になれるかもしれない」
「……頼りにしてるぜ」
雰囲気が変わった彼女へヒロは頷きを返した。恐らく、メアリスは呪術で何らかのサポートをしてくれるつもりなのだろう。
上手くいくかは、正直分からない。しかし真実が明らかになれば今の状況は一変する。それが出来るのが自分しかいないのを改めて自覚すると、ヒロは舞台へ向かって足を踏み出した。
一方、群衆から少し離れた位置にいるヒロも困惑している。シノの台詞が本心なのか、何か裏があるのか、さっぱり分からなくなっていた。なぜ彼は密猟者ではないのに自ら命を差し出すような真似をしているのか。
とっさにヒロはメアリスを探した。人の心が読める彼女なら何か分かるかと思ったのだが、当のメアリスは騒動へ背を向ける格好でうつむいている。
「なぁんでこうなっちゃうかなぁ……ま、強めにガツンとやるしかないか……」
ブツブツ呟いている彼女をヒロは覗き込む。そうしたことでメアリスが何かを両手で大事そうに持っているのが見えた。それほど大きくない黒色の物体は夕日を反射して鈍く光っている。
一瞬、ヒロは彼女が何を持っているのか分からなかった。いや、正確には一目見た時点で物体の正体は分かったのだが、あまりにそれがメアリスに不似合いだったため理解するのが遅れたのだ。
「おい……メアリス? それって、拳銃か?」
問われた彼女はヒロを見ると、あっさり頷いた。
「うん。そうだけど?」
「そうだけどって……そんなの、どうするつもりだよ」
「そりゃあ、銃だもの。こうして……」
メアリスが得物を構えようとしたのを見て、ヒロは慌てて彼女から銃を取り上げる。
「ばっ、おまっ、何考えてんだ!?」
華奢な手に握られていた物騒な代物はずっしり重い。しかし、持ってみたことでヒロは微かな違和感を抱いた。
「ん?」
「弾は入ってないよ。もしかして、私が銃で村の人を撃つと思ったの?」
メアリスは心外そうになっている。ヒロは拍子抜けしてしまったが、同時にじわりとした安堵感も抱いていた。
「だって銃だぞ? 撃つと思うだろ」
「撃ったら私が悪者になっちゃうじゃん」
「いや……だってよ、一人でブツクサ言ってたし……ヤケになったんじゃねぇかと思って……」
ヒロは弁解しながらも銃を眺める。
「じゃあ、この銃はなんだ? ってか、こんなもん持ってたんだな」
「お守りみたいなものだよ。お兄ちゃんの形見なんだ」
ヒロが銃をメアリスへ返すと、彼女は大事そうに胸に抱えた。
「あと、護身用でもあるよ。弾は入ってないけど、大抵の人は銃を見たらびっくりするじゃない? で、相手が驚いてる隙に呪術を使って、穏便に済ますの」
「もしかして、それを今やろうとしてたのか?」
「うん。私が銃を持ってたら、村の皆は私に注目するでしょ? そしたら呪術を使って、なんとか今日の儀式を中止させられないかなぁって。呪術を使う時って、相手の意識がこっちを向いてた方がやりやすいんだ」
「村人全員に呪術を使うってのか? そんなことできんのか?」
ヒロが問うと、メアリスは若干表情を硬くさせた。
「……できる、けど、何かしら悪影響が出ると思う」
「後遺症ってやつか」
「人ってそれぞれ別のことを考えてて意志の強さも違うから、複数を相手に強い呪術を使うのは加減が難しいんだ。だから最後の最後まで、この手は使いたくなかったんだよね。できれば村の人達のこと傷つけたくないからさ」
そこまで言うと、今度は彼女は淡い笑みを浮かべる。
「でも私、ヒロに死んでほしくないんだ。だってヒロが犯人のわけないもの。本当の犯人は別にいるんだから、ヒロが死ぬ必要なんてないよ」
メアリスは村人達の喧騒へ目を向け言葉を続けた。
「儀式を辞めてもらうのが一番いいんだけど……それは無理だって言われちゃったから、とにかく今日は中止してもらってさ、明日また犯人捜しをする時間をもらえないかなって思って。呪術の後遺症だって、私が頑張れば吐き気くらいに抑えられるかもしれないし!」
彼女が何をするつもりなのか、その結果どうなるのか。一拍遅れて理解したヒロは焦った声をもらす。
「ちょっと待てよ!? 頑張ればどうにかなるもんなのか? つーか、なったとしても、そんなことしたらメアリスの立場が悪くなるだろ。村の連中にどう思われるか……」
「私のわがままを押し通すんだから嫌な思いをするかもしれないね。でも、死ぬよりマシでしょ?」
メアリスはヒロへ視線を戻し、強い意志を込めて言い切った。
「上手くいけばシノだって助かるしね! よーし、頑張るぞ! 私は出来るっ」
そして、今度は少しくだけた風になって気合を入れて見せる。
対してヒロは呆気に取られてしまった。メアリスは何年も前から村へ貢献し、村人達からは恩人として扱われている。両者の関係が良好なのは今まで見てきた光景からも、彼女が聖地とされている山への立ち入りが認められていることからも一目瞭然だ。その信頼関係をメアリスは、投げ捨てると言っているのだ。
「……あのさぁ」
ヒロは呆れを隠さず、ともすれば苛立ちすら混じった口調で問いかける。
「なんでそこまで俺のことを信じるんだ? 俺とメアリスって昨日会ったばっかりだろ」
メアリスが呪術が使えるとはいえ、分かるのは彼が記憶喪失だということだけのはず。ヒロが罪を犯し、後に記憶を失った可能性は十分ある。ヒロ自身ですら過去の自分が信じられないというのに彼女の覚悟はどこからくるのか。
一方、問われた側のメアリスは視線を迷わせた。
「……それは説明したじゃない。悪い人じゃない気がしたからだよ」
「その説明に納得いってないって話だよ」
「私がヒロを信じるのに、ヒロの納得って必要?」
「は?」
ヒロがポカンとすると、彼女は改めてヒロを見つめる。
「私はヒロが悪い人じゃないと思ってるし、犯人じゃないって信じてる。だからヒロを死なせたくないって思ってて、そのためには今日の儀式をやめさせたい。だから村の人達に呪術を使うの。できるだけ、慎重にね」
メアリスは自分の胸へ手を当て人懐っこい笑みを作った。
「これは全部、私が決めたことだよ。だからヒロの納得なんて必要ないでしょ?」
「……つまりメアリスが信じてるのは、俺じゃなくて自分自身ってことか?」
「自分のことも信じてるし、ヒロのことも信じてるよ」
「…………」
「言ったでしょ。私、優しいわけじゃないって」
彼女の笑みには悪戯っぽい感情が混じっている気がした。どうやらメアリスは本気で自身の目的のために行動しており、ヒロを気遣って無理をしているというわけではないようだ。
やはりメアリスは変だ。もはやヒロは呆れやら不審やらを通り越して尊敬にも似た気持ちを抱いていた。同時に、自身への疑いを捨てきれずにいる自分を情けなくも感じる。
出会った当初からメアリスは無実を信じて手伝ってくれているのに、自分は彼女を置いて逃げることすら考えていた。こんな気持ちでは解決するものも解決しないだろう。
しばしの沈黙の後、ヒロは口を開こうとした。だが彼の言葉は突然舞台の方角から上がった怒声にかき消される。
「んぎぇっ!? 何!?」
メアリスは目を丸くして騒ぎへ意識を向けた。ヒロも振り向くとドテとシノが何やら言い争っているのが目に入る。
「ヤベぇ! 忘れてた!」
なぜ自分がメアリスを探していたのか思い出したヒロは慌てて彼女へ状況を説明した。
「シノとツチヤの話、聞いてたか? なんかシノ、自分から殺されにいってんだけど」
「はぇっ?」
またもや驚いたメアリスは反射的にシノの方を見る。途端、彼女は苦し気になった。
「……シノ、自暴自棄になってる。死んでもいいって思ってるみたい」
「えぇ……なんで急に……」
ヒロは困惑した声をもらす。今までのシノの態度を回想しても自殺願望を持っているようには思えなかったのだ。むしろ、目の前に立ち塞がる者は散々煽って叩き潰さねば気が済まない人物のような印象を抱いていた。
メアリスは一つ息を吐き出す。
「急じゃないよ。今までも、たまに弱気になるっていうか、何もかもどうでもよくなってることがあったんだよね」
「あいつ、そんな不安定なヤツなのか?」
「私が勝手に呪術で読み取っちゃった感情だから直接シノから何か相談されたわけじゃないよ。だから理由は……分かんない」
メアリスは力なく首を横に振った。
「今のシノは、本当に死んでも構わないって思ってる」
「……マジかよ」
ヒロは表情を引きつらせて呟く。策があるのかと思ったが、まさか本気で死ぬつもりだとは。
なんのつもりか分からないが、シノの行動は後先を考えない衝動的なものだろう。密猟者として彼が死ねば本当の密猟者が野放しになることも、アヤが彼が死ぬ姿を目撃することも、何も考えていないように感じる。
「シノにちゃんと話を聞くべきだけど、あの様子じゃ素直に話してくれそうにないね。っていうか皆も気が立ってて、まともな会話にならなそうだし……やっぱり呪術を使うしかないかな……」
メアリスは気乗りしない様子だが、手にはしっかり銃を持ったままでいた。人を傷つけたくないというのは紛れもなく本心だが、いざとなれば彼女はためらわないだろう。
メアリスの横顔をヒロは眺める。彼の中では最後の葛藤がせめぎあっていたが、そう時間は経たずに結論は出た。
ヒロは自嘲するような笑みを浮かべると彼女へ声をかける。
「……なぁ、メアリス。ここは俺に任せてくれないか?」
突然の申し出にメアリスは意外そうになった。
「んぇ? どうにかできるの?」
「ああ。一応シノには命を助けられてるし、借りを返したくてな。メアリスはここで待っててくれ。万が一厄介な事態になった時、呪術を使うなら安全な場所にいた方がいいだろ?」
「……うん! 分かった!」
メアリスは素直に頷く。若干顔色が良くなっている彼女へヒロは続けた。
「あとさ、シノの件が無事に終わったら、今度は俺が生き埋めになるのならないのって話になると思うんだよ。俺なりに何とかするつもりだけど、もし儀式が始まっちまったら、その時は……なんつーか、上手くやってくれ」
「何とかするつもりって、考えがあるの?」
心配そうな問いにヒロは小声で応じる。
「……実はな、マサヨって人を殺したのが誰かは分かってるんだ」
「へぇっ!? 分かったの!?」
メアリスは目を見開きヒロを凝視したが、それとは対照的にヒロは彼女から視線を反らした。
「でも、証拠が無いんだよなぁ……ま、ここまできたら俺も覚悟を決めねぇとな」
もはやヒロからは逃げる気持ちが失せている。ここまで付き合ってくれたメアリスを裏切りたくない。そして彼女に人を傷つけさせたくもない。それなら、自分が犯人でないのを証明するのが最良の方法だ。
不安点は多いが、とにかくやれることは全てやろう。ヒロは気合を入れ直すように深呼吸する。視界に入っているのは、舞台の前で再び互いの動向をうかがい合うドテとツチヤ。そして冷めた様子で立ち尽くしているシノ。
ヒロの横顔を見ていたメアリスは、表情を真剣なものに切り替え彼へ呼びかけた。
「……ねぇヒロ」
「ん?」
「その犯人の人って、マサヨちゃんを殺したこと、後悔してると思う?」
「ああ」
短い、しかし確信を持った答えを聞き、メアリスは一度瞳を伏せる。だが、やがて何かを決断したように力強く顔を上げた。
「なら、私が力になれるかもしれない」
「……頼りにしてるぜ」
雰囲気が変わった彼女へヒロは頷きを返した。恐らく、メアリスは呪術で何らかのサポートをしてくれるつもりなのだろう。
上手くいくかは、正直分からない。しかし真実が明らかになれば今の状況は一変する。それが出来るのが自分しかいないのを改めて自覚すると、ヒロは舞台へ向かって足を踏み出した。