薄暗い舞台の上で(4)
文字数 2,082文字
ヒロはシノを見つめたまま問いかける。
「なぁシノ。俺とメアリスがツチノコに襲われた時、助けてくれたよな? あれは宴の後で、場所は山の近くだった。あんな時間に、あそこで何してたんだ?」
「…………」
シノは黙り込んでいたが視線はヒロをとらえたままだ。何を考えているか分からない、ともすれば無感情にすら見える形相は、彼をますます爬虫類じみた印象にしている。
二人のにらみ合いに割って入ったのはアヤ。
「……シノはっ、見回りしてくるって私に言ってたわ! 犯人っぽい人は捕まえたけど、単独犯かどうか分からないからって!」
慌てて舞台の下まで駆け寄ってきた彼女にヒロは動揺する。しかし、何とか態度に出さないよう努めた。
「一人で山で見回りしてたのか? 確かヤマガミ神社のある山って聖地だから、村人以外は立ち入り禁止じゃねぇのか?」
「山じゃなくて、山の近くよ!」
アヤは更に続けようとしたが静かな声がさえぎった。
「アヤ、いいんです」
「シノ!?」
混乱しているアヤとは対照的にシノはいたって冷静に見える。彼はアヤを守るようにヒロの正面へ立つと、はっきりとした口調で言い切った。
「……あなたの言う通りです。マサヨさんの靴を運んだのは、私です」
広場のあちこちから息をのむ音が聞こえた。後ろのアヤは気絶しそうなほど青ざめている。
困惑のままにドテがシノへ問いかけた。
「ど、どうして……」
「……マサヨさんの意思を尊重したまでのこと」
シノはドテを見ず、ヒロと向かい合った状態で淡々と話を続ける。
「あなたの推理は正解です。マサヨさんの靴は自宅……つまり村長の家ですね。そこの下駄箱にありました。あとは状況から考えれば、犯人が村長であるのは疑いようもないでしょう。ですが妙なことに、亡くなったマサヨさんは、こうアヤに伝えていました。犯人は余所者の男だと」
シノは一度目を閉じてから、更に言葉を繋げる。
「どうやらマサヨさんは自分の祖母が殺人を犯したのを明らかにしたくないらしい。そう考えましたので、証拠になりかねない靴を処分しました」
シノは浅く溜息を吐き出し、改めてヒロを見据えた。
「……あなたなど、助けなければ良かった」
「何がどう転がるか分からねぇもんだな」
ヒロが皮肉気に応じるとシノは苛立ったように顔をしかめ、視線をそらす。しかし二人のそんなやりとりに意識を向けている者などいなかった。
村人達の視線は村長に集中しており、広場は緊張をはらんだ静寂に満たされている。やがて、おずおずと老婆へ声をかけたのはツチヤ。
「か、母さん? なぜ黙ってるんだい……?」
「村長……どうなんですか? まさか、本当に、マサヨを……?」
ツチヤの後にドテも続くが、相変わらず村長は椅子に座ったままシワだらけの自身の手を見つめている。
一方、ヒロはメアリスを見ていた。彼女は既に顔を上げており、ヒロへ向かって悲しそうな、しかし優しげにも見える笑みを浮かべている。ここから何をすべきなのか、彼にはなんとなく分かった気がした。
ヒロは村長へ向かって問いかける。
「村長さん……あんたは、俺が殺人犯じゃないってこと、最初から分かってたよな? だってメアリスに、犯人を捕まえてくれって頼んでたもんな。皆が犯人扱いしてる俺が目の前にいるのに、まるで他に犯人がいるのに確信を持ってるみたいだった」
ヒロが最初に引っ掛かりを感じたのは村長宅での会話。容疑者であるヒロが目の前にいるにも関わらず、村長は彼が眼中に無いようにメアリスへ「犯人を捕まえてください」と告げていた。村人全員から犯人扱いされていたヒロには老婆の行動は違和感となって残っている。
村長は犯人が誰かを知っているが、それを明かすつもりはない。その推理にヒロが至った時、村長自身が犯人であり、自責の念の表れがメアリスへの哀願だったのではないか、という疑念が生まれていた。
ヒロは話を続ける。
「被害者はアヤに、自分は余所者の男に殺されたって伝えていたが……これは、あんたとは正反対の犯人像を答えることで、出来る限りあんたへの疑いを反らそうとしたんじゃねぇのか?」
村長が犯人だとして、矛盾するのが被害者の証言。しかし被害者自身が犯人を庇って嘘をついたならつじつまが合う。アヤ曰く、死者は死んだ当日なら生前と同じ記憶を持っているらしい。それなら親しい者を守るため、真実を偽る場合もあるのではないか。
村長は反応を返さない。しかし、枯れ木のような指が震えているのをヒロは見逃さなかった。彼は力強い口調で、言い聞かせるように言葉を放つ。
「死んだ後も庇うなんて、あんたは孫に愛されてたんだな」
「……っ」
途端、村長は苦し気な声をもらし口を抑えた。
「母さん!?」
ツチヤが慌てて老婆へ駆け寄る。困惑する村人達の前で村長はボロボロと涙をこぼし始めた。その感情が示す真実を理解し、ますます広場には動揺が広がっていく。
「……そうだ」
村長は震える声で、しかしはっきりと答えを口にする。
「私が……マサヨを、殺した……っ」
「……嘘、だろ」
半笑いと混乱の交じり合ったドテの声は裏返っていた。
「なぁシノ。俺とメアリスがツチノコに襲われた時、助けてくれたよな? あれは宴の後で、場所は山の近くだった。あんな時間に、あそこで何してたんだ?」
「…………」
シノは黙り込んでいたが視線はヒロをとらえたままだ。何を考えているか分からない、ともすれば無感情にすら見える形相は、彼をますます爬虫類じみた印象にしている。
二人のにらみ合いに割って入ったのはアヤ。
「……シノはっ、見回りしてくるって私に言ってたわ! 犯人っぽい人は捕まえたけど、単独犯かどうか分からないからって!」
慌てて舞台の下まで駆け寄ってきた彼女にヒロは動揺する。しかし、何とか態度に出さないよう努めた。
「一人で山で見回りしてたのか? 確かヤマガミ神社のある山って聖地だから、村人以外は立ち入り禁止じゃねぇのか?」
「山じゃなくて、山の近くよ!」
アヤは更に続けようとしたが静かな声がさえぎった。
「アヤ、いいんです」
「シノ!?」
混乱しているアヤとは対照的にシノはいたって冷静に見える。彼はアヤを守るようにヒロの正面へ立つと、はっきりとした口調で言い切った。
「……あなたの言う通りです。マサヨさんの靴を運んだのは、私です」
広場のあちこちから息をのむ音が聞こえた。後ろのアヤは気絶しそうなほど青ざめている。
困惑のままにドテがシノへ問いかけた。
「ど、どうして……」
「……マサヨさんの意思を尊重したまでのこと」
シノはドテを見ず、ヒロと向かい合った状態で淡々と話を続ける。
「あなたの推理は正解です。マサヨさんの靴は自宅……つまり村長の家ですね。そこの下駄箱にありました。あとは状況から考えれば、犯人が村長であるのは疑いようもないでしょう。ですが妙なことに、亡くなったマサヨさんは、こうアヤに伝えていました。犯人は余所者の男だと」
シノは一度目を閉じてから、更に言葉を繋げる。
「どうやらマサヨさんは自分の祖母が殺人を犯したのを明らかにしたくないらしい。そう考えましたので、証拠になりかねない靴を処分しました」
シノは浅く溜息を吐き出し、改めてヒロを見据えた。
「……あなたなど、助けなければ良かった」
「何がどう転がるか分からねぇもんだな」
ヒロが皮肉気に応じるとシノは苛立ったように顔をしかめ、視線をそらす。しかし二人のそんなやりとりに意識を向けている者などいなかった。
村人達の視線は村長に集中しており、広場は緊張をはらんだ静寂に満たされている。やがて、おずおずと老婆へ声をかけたのはツチヤ。
「か、母さん? なぜ黙ってるんだい……?」
「村長……どうなんですか? まさか、本当に、マサヨを……?」
ツチヤの後にドテも続くが、相変わらず村長は椅子に座ったままシワだらけの自身の手を見つめている。
一方、ヒロはメアリスを見ていた。彼女は既に顔を上げており、ヒロへ向かって悲しそうな、しかし優しげにも見える笑みを浮かべている。ここから何をすべきなのか、彼にはなんとなく分かった気がした。
ヒロは村長へ向かって問いかける。
「村長さん……あんたは、俺が殺人犯じゃないってこと、最初から分かってたよな? だってメアリスに、犯人を捕まえてくれって頼んでたもんな。皆が犯人扱いしてる俺が目の前にいるのに、まるで他に犯人がいるのに確信を持ってるみたいだった」
ヒロが最初に引っ掛かりを感じたのは村長宅での会話。容疑者であるヒロが目の前にいるにも関わらず、村長は彼が眼中に無いようにメアリスへ「犯人を捕まえてください」と告げていた。村人全員から犯人扱いされていたヒロには老婆の行動は違和感となって残っている。
村長は犯人が誰かを知っているが、それを明かすつもりはない。その推理にヒロが至った時、村長自身が犯人であり、自責の念の表れがメアリスへの哀願だったのではないか、という疑念が生まれていた。
ヒロは話を続ける。
「被害者はアヤに、自分は余所者の男に殺されたって伝えていたが……これは、あんたとは正反対の犯人像を答えることで、出来る限りあんたへの疑いを反らそうとしたんじゃねぇのか?」
村長が犯人だとして、矛盾するのが被害者の証言。しかし被害者自身が犯人を庇って嘘をついたならつじつまが合う。アヤ曰く、死者は死んだ当日なら生前と同じ記憶を持っているらしい。それなら親しい者を守るため、真実を偽る場合もあるのではないか。
村長は反応を返さない。しかし、枯れ木のような指が震えているのをヒロは見逃さなかった。彼は力強い口調で、言い聞かせるように言葉を放つ。
「死んだ後も庇うなんて、あんたは孫に愛されてたんだな」
「……っ」
途端、村長は苦し気な声をもらし口を抑えた。
「母さん!?」
ツチヤが慌てて老婆へ駆け寄る。困惑する村人達の前で村長はボロボロと涙をこぼし始めた。その感情が示す真実を理解し、ますます広場には動揺が広がっていく。
「……そうだ」
村長は震える声で、しかしはっきりと答えを口にする。
「私が……マサヨを、殺した……っ」
「……嘘、だろ」
半笑いと混乱の交じり合ったドテの声は裏返っていた。